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太平洋島嶼国の現地記事で思い出したこと [2020年05月06日(Wed)]

例えば、かつて2012年から3年間フィジーに駐在していたことがありますが、フィジーは少なくとも2014年の民政復帰まで、暫定政権でした。軍が掌握していたので、インテリジェンス能力は高く、ほとんどの期間、実際はどうかはともかく、動きがみられていること、発言は聞かれていることを意識して行動していました。

あえて、当時フィジー政府と緊張感があった豪、NZ、米、英、仏、EUの各大使館やPIF事務局を大使館車を使って公務として回ったり、あえてフィジー政府高官に、率直な話をしたり、ということがありました。

そういう時期だったので、当然現地紙も記事の書き方を工夫していました。現地2大紙といえば、フィジー・サン紙とフィジー・タイムズ紙で、前者は政府寄り、後者は中立的(本当はより厳しい目で政府を見ている)でした。

当時(自分の直接の経験では特に2012年〜2014年の期間)、各記者は、直接的な政府批判などできず、しかし、ニュートラルな見解を伝えたいという意向があったものと思います。

当時、自分は新聞記事を読みながらポイントを探り、裏どり調査をして公電を書いたりしていましたが(特に重要な件は大使に相談し、助言を得たりして)、そのとき分かったのは、記事のタイトルに対し、記事の内容が途中から変わることがあるということ。記者が本当に伝えたいのは、実は記事の最後の方に、1〜2行で書いてあったり、新聞紙面で見た場合、目立たないところの小さい記事になっていたりすることでした。

そのため、そのように記事を読む癖があり、ときどき、日本でテレビを見ていても、年に数回程度ですが、本当はここをいいたいのだろうとか、番組の内容そのものだけではなく、「なんで今?」というのも含めて、全体的にあれ?と引っかかることがあります。

太平洋島嶼国では、面と向かって批判することは基本的に避け、婉曲的に分かる人にはわかるように伝えるので、その環境で生活してきたことも影響しているかもしれません。

そういった読み取る情報というのは、論文などに書けるものではないし、本当に必要とする人しか関心を持たないものなので、一般に共有するものでもありません。ただ、現地で友人や有識者らと話すときに、そのような気付きを共有すると、バチっとマッチして、議論が深化し、理解がさらに深まっていくという効果があります。その過程で自分の見方に自信を持てたり、間違っていることに気づくことができます。
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