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トンガ(1) [2020年03月11日(Wed)]

3/9、2010年12月から4年間にわたり首相を務め、2015年1月から3年間国会議長であったトンガの「トゥイバカノ卿に対する裁判があり、有罪となった」との報道がありました。

https://www.rnz.co.nz/international/pacific-news/411347/former-tongan-pm-found-guilty-of-3-charges


「罪状は、パスポート取得のための虚偽の申告、偽証、ライセンス無しの銃弾の所持の3件」。2015年に問題が明らかになった際には、「中国人に対するトンガパスポートの不正発給、収賄など9つの容疑が挙げられていましたが、王室の権限で中国人へのパスポートや収賄に6件の容疑については、裁判の前、取り下げられ」ました。マタンギトンガ紙(3/6付)


良い機会なので、2〜3回に分けて、背景など紹介したいと思います。



数年前、過去30年の現地マタンギトンガ紙の記事や現地財務省資料などを基に調査した自分用の未発表資料があるのですが、良い機会なので、抜粋し、紹介していきます。

トンガは1875年、国を統一したジョージ・トゥポウ1世の下で、憲法が制定され立憲君主国となり、1900年から英国の保護領、1970年に外交権を回復し独立国家としての歩みを始めました。(独立という言い方に議論がありますが、ここでは混乱を避けるため独立と書いていきます)

太平洋島嶼国では、Chief=伝統的酋長がいますが、トンガでは王族、貴族、平民の身分の違いがあります。

独立時の国王は故トゥポウ4世(1965.12.16〜2006.9.10)で、子息として、ピロレブ王女、皇太子(のちのトゥポウ5世)、王子(のちの現国王トゥポウ6世)がいました(*トゥポウ5世には子がいません)。

トンガの政治は独立以来、王室が握り、2010年まで、議会は平民議席9、貴族議席9、国王が任命する内閣14名で構成され、首相も国王が任命していました。

たとえば、1990年代から2010年までの指導部は以下になります。

(1)1991年8月〜2000年1月
   国王:トゥポウ4世
   首相:バロン・バエア(トゥポウ4世のいとこ)
   外相:のちのトゥポウ5世(〜1998年8月)
      のちのトゥポウ6世(1998年8月〜)防衛相兼任
(2)2000年1月〜2006年2月
   国王:トゥポウ5世
   首相:のちのトゥポウ6世、外相・防衛相兼任

(3)2006年3月〜2010年12月
   国王:トゥポウ6世
   首相:フェレティ・セベレ(貴族)


トンガは独立以来、台湾と外交関係を結んでいましたが、1998年、国王トゥポウ4世の意思として、以下を理由に中国と国交を結び、台湾と断交しました。
(1)トンガ国連加盟へのサポート(台湾は1971年に国連を脱退)
(2)中国へのキリスト教布教
(3)トンガの将来の経済成長

この変化の大きなきっかけとなったのがピロレブ王女です。王女が中心となり、1994年、民間のトンガサット社が設立され、香港に支所が設置されました。

トンガサットの構想は、1988年頃、米国インテルサットの技術者であった在トンガ米国人ニルソン氏が、トンガ上空のアジアと太平洋をカバーする衛星スロットの活用を王室に働きかけたことが基になっています。

当時の現地報道を見てみると、1996年、香港の中国返還前頃から王女の香港での活動が活発化し、王女と中国がビジネスで繋がり、やがて王室と中国を繋ぐ窓口となっていったことがわかります。同年、国王トゥポウ4世は、香港に拠点を持つ王女ピロレブに対し、中国との国交正常化を指示、王女は北京を数次にわたり訪問することとなりました。

そして1998年に中国にシフトという流れです。

当時の動きを時系列でまとめると
1994年 トンガサット香港事務所開設(ピロレブ王女)
1995年7月21日 第三次台湾海峡危機勃発(1996年3月まで)
1996年 国王トゥポウ4世 王女ピロレブに中国との国交正常化指示
  (以後、王女ピロレブは1998年10月まで北京を6回訪問)
1997年7月 香港、中国へ返還
     国王トゥポウ4世、香港、北京訪問
1998年8月 外相(のちのトゥポウ5世)辞任
1998年10月26日 外相(のちのトゥポウ6世)、北京で共同コミュニケ発表
1998年11月2日 中国と国交樹立、台湾と断交

また、その後のトンガと中国が結んだ2010年までの主な協定は次のとおりとなります。
1998年11月6日 海底鉱物探査協力協定
1999年 中国人民解放軍・トンガ軍 活動協力協定
1999年 二国間貿易協定(WTO加盟向け)
2005年 観光MOU締結、中国のADS(Approved Destination Status)獲得

ちなみに、1998年11月の国交樹立後、中国はニューヨークにトンガの国連代表部を設置するため、王女ピロレブを介して、約2億円の援助を行い、1999年9月、トンガは国連への加盟が承認されました。またトンガは中国など複数の国と二国間貿易協定を結び、2007年にはWTO加盟が正式承認されました。

(つづく)
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