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似た感性を持つ人たち(1) [2019年11月22日(Fri)]

今日は9時の訪問先でのミーティングから始まり、17時前に戻りました。
しかし、フィジーは日本との時差+4時間のため、17時は日本ではまだ昼食後。ここから日本や他のフィジーより西側の国の人たちとの仕事が始まります。

気づくと何も食べずに現地時間22:30過ぎ。ルームサービスで、簡単な食事を済ませ、追加の調べ物をして、今、2時前。明日は8時から動きます。

出張中は、いかに睡眠をとり、食事をとり、疲労を取ることができるかが問われます。各会合では事前準備も当然必要。その中で、キラッと光るものを捕まえられるかどうか。


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NZ高等弁務官事務所(大使館)で、クリスティンさんと。

この事務所には2013〜15の間、数回訪ねたことがありますが、当時は日本の動きに警戒感が強く、今ひとつ打ち解けて話せませんでした。

今は、アーダーン政権とそのパシフィック・リセット政策を反映してか、島の人間に対して優しく、自分とも同じ目線で話してくれます。

確かにNZは増やしたとは言え、太平洋島嶼国に対する関連予算が大きいわけではありませんが、その人的アプローチの変化で、金額以上の効果が表れていると思います。今まで薄かった北部ミクロネシア地域で、ポジティブなニュアンスでNZの名前を耳にする機会が増えました。

太平洋島嶼国とその地域を面で見た場合、北は日本が人的に親しい繋がりがあり、米国は強い立場にいる。南はNZが現地の人に近いところがあり、やはり強い立場で豪州がいる。この4カ国がそれぞれの強みを活かして連携することで、地域にルールに基づく秩序、グッドガバナンス、反腐敗、自由と民主主義をしっかりと確保すべきだと思います。

やはり同じような視点で地域に関わっている人とは、生産的な意見交換ができるし、苦労を共有できます。


あと今日は4〜5年ぶりに、大の親日家でフィジーの元移動大使のリティアさんに会うことができました。

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今の現地の日本大使館の人も、日本の外務省の人もおそらく知らないと思いますが、日フィジー関係が特に悪化していた2012-2014のころ、リティアさんが関係回復のために尽力してくれていました。

当時自分は正式には経済協力担当一等書記官で、少しでも政務に関わると政務担当書記官に非難される状況のときでした。一方、自分をフィジーに送ってくれた本省の方々は、自分の経験と人脈を活用して、正確な現地情報を日本に送ることを期待してくれていましたし、当時の大使も支えてくれていました。また任期付であったため、守りに入る必要もなく、首になろうが気にせず日フィジー関係の回復のため、裏で動きました。

当時フィジーの外務省にはあまり大使館の書記官が訪問しておらず、しかし自分の経験上、まずは人的ネットワーク構築が必要と考え、経済協力の目的を作り、外務省に通うようにしました。同僚には何で外出するのかと訝しがられましたが、本省と大使の支えと、任期付きの腹括りでやり続けたというところ。

大使館の人が外務省にあまり行っていなかったと思った理由は、本省からのレターなどを手渡し(手交)することがあまりない様子だったのと、外務省待合室に「Dokto」と書いてある韓国の冊子が並べられていたことからです。(それと、フィジーの人たちから、日本大使館は眠っていると言われたことが、何度かありました)

当時は、フィジー外務省の課長クラスの面会相手に「フィジーは韓国の立場を支持してるんですね?」と言ってみたのですが、それを大使館で報告したのちに政務班の方が見に行って「そんなものはなかった」と非難するように言ってきたことがありました。バヌアツであった国旗の件もそうですが、日本の誇りというと大げさですが、自分は気になります。

一昨日外務省に遊びに行った時には、さすがに「Dokto」はありませんでしたが、韓国の冊子が並べられていました。

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普通、フィジー外務省なのだからフィジー  を紹介するのが普通でしょうが、何故か韓国。日本の外交官はこれを見ても何も言っていないんでしょう。気にすることではないのか。。。

で長くなりますがリティアさんの話。

当時はまだ大使と首相が面会もできないほど関係が悪く、元駐日大使の当時のクンブアンボラ外相も事務官も日本によそよそしい時。

最初の頃は、相手も警戒し、ひきつった笑顔を見せていましたが、自分はそれでも理由をつけては通い続け、やがて3カ月ほど経つと当時のヤウボリ外務次官(今はフィジーの気候変動大使で、メラネシアン・スピアヘッドグループの事務局長)に「おう、ヒデ!」と声をかけられるようになりました。

当時の大使館の上位の人には、「塩澤書記官は島が好きだから、一生懸命やっている」と言われるなど、いつも日本側には敵ばかり。「中国の影響がこんなに強くなっているのに、このままじゃ、まずいでしょ?」「日本の外交官でしょ?」と思いつつも、苦笑いでやり過ごしてました。

そんなある時、当時移動大使だったリティアさん(2000年ごろに駐日大使館の参事官で、息子さんは日本人と結婚してます)に大使室で挨拶することがありました(ヤウボリさんに連れて行かれたのかもしれません。それかフィジーの誰かに名前を教えてもらい、会いに行ったのか、ちょっと思い出せません)。

そこで、まず日本の政治の話。その時は、急激に日フィジー関係が悪化した2012年に何があり、政権が代わったこととか、日本では専門家の人がこんなこと言ってたけど、違うよね、とか話しました。

(いったん切ります)

(つづく)
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