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フィジー総選挙2018開票作業続く(1) [2018年11月15日(Thu)]

昨日フィジーで現憲法下、2014年以来2回目の総選挙が行われました。現在開票作業が進められているようです。

現憲法は2013年のものですが、以前の憲法では先住民系、インド系、ロトゥマ(1)など民族別に議席が割り当てられ、さらに議会の上に、貴族院的な伝統的権威によるGreat Council of Chiefs(GCC)が置かれていました。

バイニマラマ首相は2005年、軍司令官として、実はその1年前から「この変動する世界情勢の中で、現在のドナーに頼る政治ではフィジーの繁栄はない」と当時のガラセ首相(現在のソデルパ党)に、「軍は国と国民を守るためにある」とし、政治改革を進めないならクーデターを起こすと警告していました。その1年後、2006年11月、ある複数の関連する出来事をきっかけに無血クーデターを起こしました。

バイニマラマ軍司令官の主張は、当時の民族の違いで国民が分断され、先住民系優遇の政治では、本来潜在力がある経済も伸びず、いつまでもドナーに頼る=国がドナーの意向に左右され続け、繁栄はない。すべての国民が同じ権利を有するフィジー人として団結する国にして、フィジー人の力で国を発展させるという、真の民主化を求めるものでした。

自分はこれをフィジーの多民族・多文化国家改革と名づけていますが、当時も2014年も、上記の内容も、下に書く内容も、日本では中身を理解せず批判する文章ばかりで、結果的に日本とフィジーの関係は、特に信頼していた日本側の外交的に非礼な態度などもあり、フィジーから関係を冷やし、2012年には日本にあるフィジー大使館を閉じ、中国にあるフィジー大使館が日本も担当するという噂が流れるまでに悪化していました。その過程で、2009年3月に経済的理由で日本とフィジーの直行便が停止され、香港〜フィジーの直行便に変わりました。

フィジーは対外的に2009年3月に選挙を行い、民政復帰すると約束していましたが、新憲法なしに選挙を行えば、また先住民系(特にエリート)優遇政治となることが容易に想像できるため、新憲法成立まで選挙をしないとし、民政復帰の約束を守れませんでした。

新憲法はすべての国民は、インド系もアジア系も欧州系も皆フィジー人だ、というものになるはずでしたが、この考え方を国の都市部だけではなく村落部の隅々まで浸透させるには、先進国のように情報が早く伝わるわけではなく、特に当時は過去の政権の影響で、村落・離島部の住民は、放されていたようなもので、固定観念を変えるために非常に長い時間が必要とされていました。

フィジーがある程度状況が落ち着き始めた2011年ごろから、ようやく大きな狙いが、Great Council of Chiefsを廃止することだとわかってきました。

先住民系フィジー人(人口の6割弱)にとっては、フィジーの伝統や文化(生まれた時から村民で共同所有する形となっている土地の所有権を持つなど人々が土地に根ざしている)が他の民族に奪われてしまう、という恐怖感が根深くあります。2013年ごろだったか、バイニマラマ首相に対して否定的なある先住民系の人に、フィジーで、「日本が他の民族系の人に政治を握られたら、日本人はどう思う?日本人なら我々先住民系フィジー人(イタウケイ)の気持ちはわかるだろ?」と言われたことがありました。現在のソデルパ党支持者の多くは、自分たちの伝統的権利を守るというこのような人たちが多いです。

フィジーファースト党は、すべての国民が同じ権利を有するフィジー人として団結する国にして、フィジー人の力で国を発展させるという、真の民主化を求めるものです。

自分の考えは、どっちもわかる。というもので、フィジーファーストの主張する国家改革(真の自立への道)を進めながら、その改革にソデルパが積極的に関与すべき、というものです。

先住民系(全体の6割弱)の人のソデルパ支持は7割から8割、残りの多くはフィジーファースト支持だと思います。

2013年に公布、施行が翌年だったと思いますが、新憲法ではGreat Council of Chiefsが廃止され、議会は政党政治となり、選挙もかつての非常に非常に複雑なものから、これも誰でも選挙に参加できるように非常に単純なものに変わりました。

選挙では各候補者に番号が割り当てられ、投票する際にはその番号に丸をつける形となります。候補者への票は所属政党に積み上げられ、党の中での各候補者の獲得票による順位づけがなされてドット式かどうか忘れましたが、得票数に応じて各党に割り当てられた議席に候補者が当てられていきます。

ポイントは閾値。確かこの閾値がなければ、議席を取れる個人票(1万票とか)を獲得できる候補者がいますが、政党として、確か全投票数の5%(2万5000〜3万くらい)の票が取れなければ、議席が配分されないというものです。

前回選挙では定数50のうち、3〜5議席がこの影響を受けました。

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