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2014年11月01日

心臓移植と募金と嘆き

「きょうこちゃんを救う会」についてSPbyMDの考えをメモ帳に下書きしたものの、心臓移植の賛否については以前から数多くの記事を投稿してきたこともあり、いま改めて取り上げるまでも無いだろうと一時は思い直した。

しかし、さきほど気になって救う会HPを見たところ、募金額が僅か半日で「475万円」も集まっている現状に驚きと嘆きを感じた。

ざっくりとだけSPbyMDの考えをこの場で表明しておきたいと再度思い直した。この子を批判するのではなく、「心臓移植」を推進する人々やその行為についてのみ言及するに留めたい。

「きょうこちゃんを救う会」
・拡張型心筋症のため心臓移植が必要
・海外手術のため費用1億7千万円を集める
HP:http://kyoko-chan.jp/

(1)心臓移植は生け贄行為である
心臓移植ドナーは「脳死状態の人」であり、死が迫っているものの現在ただいま「生きている人」である。ドナーから心臓を頂戴すれば「殺す」ことになる。ドナーを殺す代わりにレシピエントは生き延びることができるとすれば、これは生け贄行為である。

(2)脳死はNO!死である
心臓移植ドナーは「脳死状態の人」であり、脳は停止しているが心臓は動いている「生きている人」である。脳死は人の死ではない、NO!死である。

(3)心臓移植は合法的殺人である
法律で認められている殺人の代表例に「中絶」があり、心臓移植もまたその一つである。「合法ゆえに善」ということは決してない。人の命を奪う行為は合法的であっても悪である。人の命は尊い神仏に与えられ生かされているがゆえに尊く、これを人が奪うことは許されることではない。

(4)寿命として受け入れたい
人の命と引き替えなければ生きることができないような病気は、寿命として受け入れてほしい。人の命を奪ってまで生きようとしても、それは寿命を僅かに延ばすに過ぎない。短命は不幸ではない。短命は無価値ではない。魂修行の一つとして、また学びとして受け入れ、今世与えられた寿命を精一杯全うしていただきたい。

【参考記事一覧】
2014.05.06(火)16:00 『善意の行為だと断言できる場合は?』
2014.05.05(月)23:04 『脳死=「心臓は健康状態にある死体」!?』
2014.05.04(日)21:02 『臓器移植ネットワークの誤り』
2014.01.07(火)18:33 『光と影』
2013.12.01(日)22:06 『映画「闇の子供たち」を見てモヤモヤしたことを1つ』
2013.10.23(水)20:47 『脳死はNO!死』
2013.08.23(金)18:30 『寿命が短いのは「不幸」か?』

【参考文献】
・江原啓之「苦難の乗り越え方」
・江原啓之「人はなぜ生まれ、いかに生きるのか」
・中島みち「脳死と臓器移植法」
など

以上
自殺予防団体-SPbyMD-
2014.11.01 01:08

2014年05月06日

善意の行為だと断言できる場合は?

臓器移植のうち「生体移植」は、いわゆる「善意の行為」だと断言できる。なぜなら、ドナーとなる人が発言する意思を直接聞くことが可能だからだ。直接本人と会話をして、提供意思を確認できる。

一方で「死体移植」は、ドナーとなる人が発言する意思を直接聞き確認することが不可能だ。本人がドナーカードに提供意思を明記していない限り、提供に対して本当に善意を持っているのか不明であり、「善意の行為」だと断言できない。

つまり、「善意の行為」だと断言できるのは、「生体移植」と「ドナーカードに提供意思を明記している場合に限定する死体移植」のみである。


SPbyMD『脳死はNO!死』
2014.05.06 火 16:00

2014.05.10 土 22:40 表記「愛の行為」を削除
・"善意=愛"とは限らないため
・"善意"はあくまでも"意思"に対する善悪表現のため

2014年05月05日

脳死=「心臓は健康状態にある死体」!?

脳死状態に陥れば自発呼吸が出来無いためそのままなら心臓も止まり自然死に至る。

日本臓器移植ネットワークによると、脳死状態の人から臓器を移植することを「死体移植」と言うそうだ。脳死の人は明らかに生きているがしかし、そのままでは心臓を移植できないため「死体」にする...ということだ。

心臓を移植するには、ドナーが「心臓は健康状態にある死体」である必要がある。それは脳死状態の人を指すそうだが、死体ではないだろう?脳死状態の人が死体でなくては困る。だから脳死は人の死と法で定めて、脳死状態の人を死体として扱い、心臓移植を可能としたのだ。

『脳死はNO!死』
SPbyMD 2014.05.05 23:04
タグ:心臓 脳死 死体

2014年05月04日

脳死はNO!死 - 臓器移植ネットワークの誤り

日本臓器移植ネットワークの普及啓発パンフには次の説明が記載されている。

「健康な家族からの肺・肝臓・腎臓などの部分提供による移植を生体移植。亡くなった人からの臓器提供による移植を死体移植といいます」

更に、

「死体移植には脳死の人の臓器提供によるものと、心臓が停止して亡くなった人の腎臓や角膜の提供によるものがあります」

とある。

脳死の場合は"殺した人からの…"という表現が適当だ。法律で定められているとしても、脳死は人の死ではないという真実がある。脳死状態はまだ生体であり、そこから臓器を提供するために、殺され"死体"にされる。

『脳死はNO!死』
2014.05.04 21:02

2014年01月07日

光と影

北大で心臓移植手術が行われたと北海道新聞の第一面に掲載された。

脳死はNO!死だと知らなければ、心臓移植が行われたというニュースを見ても、レシピエントが助かったことに対して「良かったね」と思うだけで終わってしまう。一人が助かっても、同時にもう一人の命が犠牲になったことを知らずに終えてしまう。良かったね、ではない真実を。

「脳死はNO!死」

2013年12月01日

映画「闇の子供たち」を見てモヤモヤしたことを1つ…

映画「闇の子供たち」を鑑賞して、一つモヤモヤと頭に残ったことだけを感想として書いておこうと思う。

この映画から、

心臓移植を受けなければならないときは、"闇ルート"を絶対利用してはならない。法律に則って脳死者から臓器提供を受けなければ、間接的に"人殺し"を犯すことになる

というメッセージを受け取った。

でも真実として、法律に則って脳死者から臓器提供を受けたとしても、間接的に"人殺し"を犯すことに変わりない。法律で定められたとしても、脳死は人の死ではないのだから。

劇中、闇ルートの臓器移植が"生きている子どもに麻酔をかけて心臓を取り出す"という現実を知った主人公が、「まるで生け贄じゃないか」と叫ぶシーンが印象的だった。その通りだし、また脳死臓器移植も同様に"生け贄"なのだがな…と思った。

その点がモヤモヤと頭に残る映画だった。

※映画「闇の子供たち」では、おもに人身売買・幼児性愛・心臓移植についてタイを舞台に描かれている。気軽に見るような作品ではないし、家族と食事中に見たり、リラックスタイムに見ることは推奨しない。じっくり一人で見たほうがいい。


2013.12.01(日)22:06
SPbyMD 代表

2013年10月23日

ドナーカードがいかに大事か!

『脳死はNO!死』
これを標語として掲げましょう。

本日はドナーカードの大事さについて書き綴ります。

脳死状態の人は生きています。家族でさえ、人の生死を決める権利はありません。現行法で認められていようと関係ありません。人というのは神仏に生かされている立場です。

現行法では、脳死状態の人は『一切の臓器を提供しません』と記入してあるドナーカードを所持していない限り、家族の同意があれば息の根を絶たされてしまいます。

家族の同意は殺害の同意。『殺して新鮮な心臓を持ってってくださいな』と言っているのと同じです。

では、どうすれば家族に殺されずに済むか。家族に殺されずに寿命まで生きることができるか。

『ドナーカード』です。
20131025001.jpg
ドナーカードとは、臓器を提供したい人が所持するものではありません。脳死は死だと考える人のみが所持するものではありません。

むしろ、脳死はNO!死
生きているのに家族によって殺害されるのは嫌だ!という人こそ所持しなければなりません。いつ訪れるか分からない、いざという時に自分の命を自分で救える『意思表示』の手段になります。
20131025002.jpg
ドナーカードは、公共施設・大学・病院などで無料頒布されています。自分の意思をしっかり記入して、いつでもサイフに入れておきましょう。サイフを開いたときに見える位置がベスト。
20131025003.jpg
『脳死はNO!死』

2013.10.23
自殺予防団体SPbyMD
タグ: 脳死

2013年08月23日

寿命が短いのは「不幸」か?

例えば札幌市ではピンクリボン運動がある。
起源はどっかの女性が乳がんのため若くして
亡くなった悲劇を繰り返されぬように云々らしい。

「若くして亡くなる」のは悲劇か?
寿命が短いのは悲劇か?そうじゃないよね( ̄Д ̄)ノ

寿命までにどれだけの学びを得ることができるか、
寿命までにどれだけ深い愛を与え続けることができるか、
これが大切。

寿命が短かくても、学びが多ければその死は幸福なのだ。
仮に100年生きても学びが少なく、
愛を与えてこなかった者は不幸なのだ。

同じ価値観で、脳死心移には賛同し兼ねる。

ドナーが生後間も無くても、その短い寿命までの間に
家族はどれだけの深い愛を赤ちゃんに注ぐことができるか。
赤ちゃんは家族からの温かい愛をいっぱい受けとって寿命を全うしてゆく。
この赤ちゃんは幸福である。

24時間TVでよく、
海外で脳死心移手術を受けるために幾億円が必要!募金を!と、
赤ちゃんの両親が涙浮かべて奔走する姿が映るよね。
ああいうのに対して冷ややかな目でいつも見ている。
赤ちゃんの命を救うとか言っても、結局は延命だ。
寿命を受け入れようとしない態度には賛同し兼ねる。

脳死心移というのは、
レシピエント側の家族は脳死者の登場と順番の到来を喜ぶけど、
対してドナー側はどうだろうね。
脳死になってくれたことを喜ばれ感謝されるのだろうか。

脳死者の臓器が新鮮なうちに運ばれて解体される。
そもそも脳死は「死」ではない。生きてる。
生きたまま解体される生き地獄。幸福なわけない。

一人でも多くの人が、
命について霊的価値観を以て考えられるようになるために、
スピリチュアルを用いた学習の機会を作っていきたいと思う。
これは自殺予防に直結する取り組みだと捉えている。
価値観によって不幸は幸福に変わっていくことを、啓発していきたい。


2013.08.23(金)18:30
※2014.05.08(木)23:52 一部修正