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2020年11月12日

コラム:悲しみと宮城、そして震災と自殺

― 16年以降の動き。この時期は、多くの自治体で無償で住める仮設住宅の提供が終わり、被災者は住宅を再建したり、家賃がかかる復興住宅に移ったりした。「経済的支援が終わり、生きづらさを抱える人の精神的負担が重くなった可能性がある。仮設団地でできたコミュニティーが分断されたことも大きい」とみる。−


あるつながりで、宮城県の自殺対策を調べることとなりました。私が知ってる宮城県の自殺対策は、「よりそいホットライン」といって、いのちの電話の無料版みたいなもので、震災以降につくられたもので、主に、震災の東北地方の悩んでる方を対象に、震災地域専用のダイヤルがあります。そのほかの地域でもどこからでもかけていいダイヤルもあるので、私は、2014年くらいから、親にも友達にも言えないもやもやした感情をそこで吐き出していました。


と、私が知ってるのは、このよりそいホットラインだけですが、今回、調べてみたら、宮城県のホームページには、自殺対策がずらり。相談支援の一覧表が何枚にわたってPDFになって、載ってます。分かち合いの会とかのNPOの一覧も多い。


そこには、自死、事故、震災など、死因は関係なしに、入れるところも多数あります。震災がきっかけで、死を意識するひと、悲しみの先に自殺して楽になってしまえばいいと思うひとがたくさんいることを指しているのではないかと思います。


2011.3.11
私は、再放送の「相棒」を観てました。北海道も結構揺れていたけど、まさか東北、いや、日本がこんなことになろうなんて誰も予想はしていなかったし、誰を責めたらいいかわからないまま深い悲しみを背負ったひとは数知れないと思います。


被害がなかった北海道に住んでいる私でさえ、あんな悲しい思いを、やるせない思いを、悼むのに、東北に住んでいたもしくは、あの震災の当事者は、もっともっと言い表せないくらい深い悲しみを、傷を負ったと思います。


私は、今もサンドウィッチマンを見るたびに、面白いんだけど、好きなんだけど、素直に心から笑えないんですよね。痛くて。笑う前に、頑張れ!!頑張れ!!って思うしかないんですよね。


当時私は、自分のお金なんてなかったから、募金なんて余裕はなかったから、せめてもの気持ちで、Tポイントを全部って言っても500円分にもならなかったと思うけど、全部寄付しました。そんなことしかできませんでした。


仙台に至っては、親戚が山形に住んでいるんですが、仙台空港のから行った方が便利なので、とても身近な県として応援しています。仙台のゆるキャラの「むすび丸」のピンバッジも持ってます。ずんだシェイクも嵐が流行らせる前から、空港で飲みました。
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可愛がってるぬいぐるみにも「仙台ちゃん」と「宮城ちゃん」がいます。
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直接お金や支援にはなってないけど、ものすごく東北を応援しています。そんな東北が、これ以上悲しみに染まらないように、私も微力ではありますが、東北の自殺者が一人でもいなくなるように、北海道から何かできることがあれば、協力していきたいと思います。


どんな悲しみがあっても、どんな苦しみがあっても、楽になれる方法に「自殺」なんて言葉は、どこにもありません。自殺で亡くなった方、震災で亡くなった方、みんなが見れなかった景色、聞けなかった言葉、出来なかったことを、やって、みんなに伝えることが、生きている、生かされた、生き残された私たちの役目ではないのかと、私は思います。


執筆:土屋さつき(自殺予防団体-SPbyMD- 代表)
posted by 内田 at 22:06 | TrackBack(0) | コラム
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