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社会保障審議会障害者部会(第152回)の資料について [2025年12月19日(Fri)]
社会保障審議会障害者部会(第152回)の資料について(令和7年11月10日)
議事 (1)障害福祉計画及び障害児福祉計画に係る基本指針の見直しについて
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_65750.html
◎岡田委員提出資料
2024年度精神障害者と家族の生活実態と意識調査〜全国家族ニーズ調査〜
4.本調査の結果からみえてきたもの ↓
本調査の結果からは、多くの家族が本人との同居に伴う日常生活上のケアだけでな く、精神科医療を継続するための協力や経済的な負担も担っていることが明らかになっている。家族が本人のケアを担うことにより、家族の健康状態や就労状況等、家族自身の生活にも大きな影響を与えている。 約8割の家族が身体面での不調を感じ、3割以上の家族が精神科の受診や服薬等の精神的な不調を抱えていることが明らかになった。また、就労している群のうち、約4割の家族が本人の病気や体調のため、労働時間を短縮したと回答しており、4人に1人が仕事を退職していた。さらには、少なくない家族が本人の病状悪化により近隣 とのトラブルや転居を余儀なくされる等、住み慣れた地域で暮らしていくことにまで影響が及んでいた。調査結果の背景にある家族の苦悩は計り知れず、早期支援や危機的状況に対するアプローチは、本人だけでなく、家族一人ひとりのメンタルヘルスといった観点からも重要であるといえる。
本調査では家族会未入会者の回答が得られたことで、若年層の回答が増加しているが、全体として家族の生活実態に大きな差異は見られなかった。障害のある本人だけでなく、家族自身も様々な困難を抱えていることは、第1回家族福祉ニーズ調査 (1985)以来、長年指摘されているにもかかわらず、問題は見過ごされ、家族が孤軍奮闘し続けている実態が明らかになった。この間、障害者総合支援法や保護者制度の廃止を含む精神保健福祉法の改正等、精神障害者と家族を取り巻く大きな法改正がありながらも、家族の抱える困難や負担感には変化がないとも言える。 このことから、家族が必要とする支援と既存の社会資源がマッチしていない可能性を指摘したい。本人の社会資源の利用状況をみると、精神科医療機関(定期受診等)と経済面を支える制度(自立支援医療、障害年金、精神障害者保健福祉手帳)を除くと、精神科訪問看護の利用が最も多いことが明らかになった。最新の630調査 (2024)では、精神科訪問看護の利用者数は249,398人と過去最大となっており、 10年前と比較すると約5倍増加し、実施施設数も1,504か所から8,335か所と急増している。精神科訪問看護は、「個別」かつ「住み慣れた自宅等」で提供されることに その特徴がある。支援内容には本人の療養生活のサポートだけでなく、再発の兆候を家族と共有することや療養生活について家族に助言すること等が含まれており、特に本人が家族と同居している場合、家族をも視野に入れた支援が求められる。また、自立支援医療の対象であることから、経済的にも家族を支えていることが推察される。 10 年間で精神科訪問看護の利用者数が急増している実態から、精神障害のある本人が社会資源につながりにくい状況は、個人の精神疾患や家族の対応が原因ではなく、社会資源が本人の障害特性にマッチしていないことが考えられる。既存の医療福祉サービ スは「通所」で提供されるものが多く、デイケアや就労支援等のリハビリテーションも「集団」で提供されることが多い。精神障害の特性として、「環境変化への不安が強い」「慣れるまで時間がかかる」「対人関係が苦手」があると言われるが、その特性に合った社会資源が少ない結果が本人や家族の社会的孤立につながっているとも言える。本調査では、もっと充実してほしい支援として「本人の希望にそった個別支援体制の確立」 が挙げられている。家族によるケアから社会的ケアに移行するためには、既存の社会資源の数が増えるだけでなく、精神障害の特性に配慮した資源開発が求められるだろう。 みんなねっとでは「わたしたち家族の7つの提言」(2009,2017)や「精神保健医療福祉への提言」(2023)の中で、「24時間・365日の相談支援体制の実現」や「本人・ 家族のもとに届けられる訪問型の支援・治療サービスの充実」を求めている。本調査に おいても、特に発症間もない時期や病状悪化時の家族の困難が明らかになっており、早 期支援や危機介入アプローチに関する家族のニーズは高い。訪問型の支援・治療サービスは長年家族会が望んできたものであるが、精神科訪問看護については未受診や医療中断すると利用できないこと、また急速な広がりによる質の低下も懸念されている。今後 は、行政による訪問型支援の強化や家族をも視野に入れた支援スキルの開発など質の確保を求めていく必要がある。 また、本調査の特徴は家族会未入会者の回答が得られたことである。前述したように、回答者の平均年齢と家族会入会の有無をみると、家族会入会群の回答者の平均年齢は69.5歳、家族会未入会群の回答者の平均年齢は54.6歳であり、若年層の回答が増加している。家族会入会・未入会群を比較すると、全体として家族の生活実態に大きな差異は見られなかったが、いくつかの項目で統計的な有意差が認められた。 まず、初診までの家族の経験については、[受診先を探すことに苦労した]では、未入会群の62.9%が経験ありと回答しており、入会群の53.2%よりも約10ポイント高く、[家族に精神疾患についての知識がなかった]でも、未入会群の50.2%が経験ありと回答し、入会群の43.6%を上回っていた。みんなねっとの精神保健医療福祉への提言(2023)では、早期支援・重度化予防のための啓発教育の普及を求めている。 「あのとき知識があれば、何か対応できたのではないか」という家族の自責感は本人 のケアを抱える要因になりやすい。8050問題の予防のためにも、精神疾患に対する 普及啓発や早期介入・早期支援の充実が望まれる。 危機的状況の[自傷・自殺等のリスクを考え、本人から目が離せないことがあった]では、未入会群の66.5%が経験ありと、入会群(58.4%)を大きく上回っており、統計的にも有意な差が認められた。未入会群の方が回答者(家族)及び本人の平均年齢が若いことから、本人の症状の不安定さが家族の生活にも強く影響していると 考えられる。 これまでの調査では、家族は危機的状況に対して最大限の努力をしながら対応していることが明らかになっている。こうした対応が積み重なった結果、本人と家族が分かちがたい関係に陥っていることも少なくない。長年の本人や家族に対する支援の乏しさが社会的孤立や8050問題をつくり出してきたともいえるだろう。8050問題を 解消するためには、早期支援や危機介入アプローチの開発と共に、分かちがたい関係 に陥っている家族が本人のケアを社会的ケアに委ねるために必要な支援も併せて整備 される必要がある。 就労状況については、家族会入会群の平均年齢は69.5歳であり、多くの世帯が年 金生活者であることが推察される。就労状況の変化について、家族会入会群と未入会群を比較すると、未入会群の53.9%が勤務時間の減少や転職を経験しており、入会群の46.8%より有意に高く、[身体の不調を感じた][精神状態に不調が生じ受診した][余暇活動を行う余裕がなくなった]などの他の項目においても、未入会群の方が有意に高い割合で経験していることが明らかになった。 英国では、家族が果たしているケアの社会的コストを換算し、科学的根拠をベース に家族支援の必要性を打ち出し、家族自身が支援の対象者として包括的に支援される システムが構築されている。本調査においても、労働生産性の低下による年間損失額 が約1.4兆円から約2.3兆円に上ることが示唆された。本結果はパフォーマンスの低下による直接的な経済的損失に過ぎず、家族の精神的・身体的負担といった間接的な コストを含めると社会全体の負担はさらに甚大となると考えられる。また、精神障害者家族の年収についても40歳から69歳までのすべての年齢階層において、一般就労者の平均年収に比較して有意に低いことが示された。なお、本調査では男性の回答者数が少ないため、40〜69歳の女性に限定して解析している。また、地域別の収入差や企業規模、就労業界等は考慮されておらず、今回の結果が賃金構造基本統計調査 (2024)と同様な地域分布をしているかは不明である。このため、サンプリングバイアス(データの偏り)が生じている可能性がある。今後、家族によるケアの社会的コストの詳細を明らかにすることで、政策提言にもつなげていきたい。 家族会に期待する活動については、多い順から[お互いの悩みや苦労をわかちあう]93.5%、[本人への接し方を学ぶ]92.5%、[精神疾患や治療についての知識を学 ぶ]89.7%、[行政や関係機関に働きかける]86.5%といずれも8割を超えており、 [お互いの悩みや苦労をわかちあう]が家族会入会群と未入会群のいずれにおいても 最も期待の高い項目となっている。「わかちあい」は家族会の原点であり、「わかちあい」は世代や立場を超えても変わらず、家族を支え続けていることが示唆されている。[本人への接し方を学ぶ][精神疾患や治療についての知識を学ぶ]という「学びあい」に関する項目への期待も高い。「学びあい」は、社会の中で自分たちが置かれて いる現状を知る機会でもあり、「わかちあい」「学びあい」を通して、「運動」の重要性を認識する家族も少なくない。実際に、家族会は統合失調症の病名変更をはじめ、医療の改善を要求したり、作業所やグループホームづくり等、地域の社会資源の開発にも力を注いできた。このような「運動」は今も活発に行われており、医療費助成や公共交通機関の運賃割引等、家族会の働きかけにより実現した制度やサービスも多い。 近年は三障害一元化の方針もあり、他の障害者や家族と共に自治体の会議に参加して、意見を述べる機会も増えている。家族会がより積極的に発言できる団体に成長することが社会からも求められている。本調査では、PPI(患者・市民参画)の認知不足が明らかになっているが、「精神障害者にも対応した地域包括ケアシステム(通称: にも包括)」等の政策を実現していくためにも、当事者・家族が参画できるような仕組みが必要であり、その足掛かりとして家族会の果たす役割は大きい。 前述したように、本調査の特徴は家族会未入会者の回答が得られたことである。家族会入会・未入会群を比較すると、未入会群では若い年齢層の親やきょうだい、配偶者(パートナー)、そして子どもの立場が増加している。また、本人の病名についても 未入会群では「気分障害(うつ病、躁病、双極性障害)」と「発達障害」が増加している。これまでの家族会は「統合失調症の親(特に母親)」がその中心となっていたが、 今後はそれ以外の立場にある家族をどのように巻き込んでいくかが鍵となるのではないだろうか。 自由記述の分析からは、政策課題として@薬に依存しない治療アプローチの推進、 A親なきあとや8050問題への包括的対応と成年後見制度の改善、B参画可能性を担 保する生活基盤整備(経済的支援・医療負担軽減)、C情報格差・地域格差是正のためのプッシュ型支援と全国標準化、D精神疾患に関するスティグマ・偏見解消に向けた 社会的啓発が示されており、これらはみんなねっとの精神保健医療福祉への提言 (2023)と重複するものが多い。 障害者権利条約の前文には、障害者だけでなく、家族自身が「社会及び国家による保護を受ける権利を有する」と明記されている。精神障害者本人に主体的に生きる権利があるように、家族一人ひとりにも地域で暮らす生活者としての姿があり、その権利がある。また、8050問題をはじめとする「親なきあと」を憂える状況は、精神障害者本人の側からみても家族がケアを担えない状況になったとき、これまでの生活を維持していくことが困難になるということでもある。精神障害のある本人が安心して 精神科医療や地域生活を続けていくためにも、家族に依存しない施策や仕組みを早急に検討していくことが求められるだろう。 “Nothing About Us Without Us”(私たちのことを私たち抜きに決めないで)は、 障害者権利条約の批准において盛んに使われてきた言葉である。既存の社会資源に足りないものは多くある。しかしながら、既存の社会資源はこれまで精神障害者家族会をはじめとする当事者団体が声をあげてきたからこそ、少しずつ変化してきたものでもある。本報告書が精神障害者および家族に対する有効な支援を検討するための材料になれば幸甚である。

5.本調査への家族の意見 ↓
1)精神障害者への構造的ネグレクト
→ 調査結果を見てまず思ったことは、2017年8月発行の東京大学医学部付属病院の論文「精神疾患をもつ人の平均余命は一般人口に比べて20年以上短い〜精神障害者の健康格差〜“です。この論文の中で、“日本では、精神障害者への構造的ネグレクト(無視する、放置する等)がある”と指摘しています。今回の調査結果は、東京大学が指摘する“構造的ネグレクト”の表れでもあると思います。そして、構造的ネグレクトの要因は、精神障害者に対する政策の遅れにあると実感しています。 政策の遅れとは、障害者権利条約で精神保健、人権及び法制度に関連し国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)とWHOが求めている“生物学的アプローチから支援パラダイム”(※1)への転換が遅れていることです。転換に関連し、現在、厚生労働省は、“精神障害者にも対応した包括ケアシステムの構築”(通称:にも包括)を推進しています。しかしたとえば、これに関連する予算(地域包包括ケアシステム構築支援事業)は2024 年度8.5 億円にしかすぎません。よって“にも包括”が十分に機能していないこともあり、例えば以下の事態が生じています。 @ 近隣とのトラブル発生により転居を余儀なくされた家族7.6%。 A 警察に通報せざるを得ない状況になった家族は42.8%。 B 約8割の家族が、身体面での不調を感じ、精神状態に不調が生じ精神科を受診した 家族は、32.8%。
@ 暴言・暴力等により、身の危険を感じることがあった。ややあったをあわせると 57.7% たとえ“にも包括”が機能したとしても、支援パラダイムが実現するとは思えません。 例えば、当事者の状態が悪くなり緊急事態となっても適切な支援体制が無いことに変わりはありません。日本では、1965年の精神衛生法の改正当時から、入院中心の医療から地域精神保健へ移行させる必要性が認識されていたと聞いています。しかし、60年 たった現在も有効な地域精神保健の政策がとられていません。改革のためには、強力な 政治的リーダーシップが必要です。

2)精神障害者への構造的ネグレクトの背景→ ここで、精神障害者に対する構造的ネグレクトについて、もう少し説明します。 @優生思想の残り→ 戦後の福祉行政に「劣った者は、隔離・管理すべき」という思想が残っており、精神障害者への支援もこの枠組みの中で設計されたのではないでしょうか。そのため、1950 年代より精神科病院への隔離がすすみ、1960年代より更に加速されました。現在、退院促進(地域移行)が言われていますが、退院後の地域保健福祉に関する有効な政策が、とられていないと感じています。その為、例えば、医療保護入院の比率は年々UPしています。 A国際的批判と改善の遅れ→ 国連(国連人権高等弁務官事務所)や国際法律家委員会(ICJ:国際NGO)及び WHOより勧告を受けて改善は勧められましたが、精神保健福祉の根本的な構造改革 至っていません(勧告:生物学的アプローチから支援パラダイムへの転換等)。 Bスティグマ(偏見と烙印)→ 精神障害者に対する根強い偏見があります。 一般市民の間でも「理解できない=怖い」、「予測できない=危険」という認知的不安が強く、精神障害者に対する「距離化、排除、施設化の容認」につながります。 C同調圧力・均質性志向→ 日本社会は「みんな同じ」が重要視される傾向があり、異質とみなされる精神障害者は、排除・無視される傾向が強くなっています。 D専門家中心主義→ 医療や福祉の現場では、「専門家が決めるべきという」文化が根強く、当事者や家族 の声を政策に反映させることが難しくなっています。(※2)E制度設計の後まわし→身体障害に比べ精神障害者に対する施策は医療モデルに偏り、福祉・社会参加の視点が後まわしにされてきたのではないでしょうか。 医療モデル:@ケアの主な焦点は、診断、投薬、病状の軽減 A施設中心のケアや 隔離、強制的な治療等(長期入院、拘束、多剤・大量投薬等)。 F不確実性への不耐性(耐性力が無い)がもたらす構造的影響→ 制度設計における「予測可能性」重視 精神障害者の行動や状態は、他障害に比べ予測困難性が高いとされます。行政や医療制度は「管理可能性」「リスク回避」を優先し、柔軟性よりも画一的な対応を選びがちではないでしょうか。その結果、長期入院や隔離処遇が「安全策」として制度化されています。 支援者側の心理的バイアス 支援者(医療、福祉、行政職員)が、曖昧さや変化に対する耐性が低い場合、対話的支援よりも「診断⇒処理⇒管理」の直線的モデルを好む傾向が強くなっています。オープンダイアローグのような多声的・非決定的(※3)アプローチが敬遠されています。

3)精神障害者に対する構造的ネグレクトの具体例→ 各種制度を他障害者と比較した場合は、以下の通りです。 @ 交通運賃割引制度(国鉄、JR)の導入→身体障害者:1952年、知的障害者:1991年、精神障害者:2025年に導入されており、精神障害者は、身体障害者より73年遅れています。 A 医療費助成制度(富山県の場合)の導入→ 身体障害者:1972年、知的障害者:1972年、精神障害者:2020年に導入されており、精神障害者は、身体障害者より48年遅れています。 B 障害者雇用促進法(法定雇用率を制定した年)→身体障害者:1976年、知的障害者:1998年、精神障害者:2018年に制定されて おり、精神障害者は、身体障害者より42年遅れています。

4)家族支援の重要性について→ みんなねっとが過去に行った調査(複数)でも指摘されている家族支援の重要性が改めて確認されたのではないでしょうか。 本人との同居62.8%は、家族が本人を支えており、更にその他(入院中など)は 8.3%ですが、入院中で高齢者(65歳以上)の場合、親の死亡等により支援が受けられなくなり、病院で一生を終える本人が多くいることを示唆しています。これは、極めて残念なことです。危機的状況では、ほとんどの自治体で現状、警察の介入しか方法がありません。本人、本人の関係者(友人、職場の同僚など)、家族、支援者を交えた支援が無く家族だけで、本人のケアを担っていると様々な問題が発生します。 支援があっても、その支援者は、本格的な教育・訓練を受けていないと実感していま す。そのため、訪問支援を受けると状態が悪化する等の事例も報告されています。一方、 訪問支援が無いため、家族は自由な外出ができません。家族会に加入していても、家族会の活動に参加できない家族の方も多くいます。第3者の介入がなく、家族が不適切な対応(批判する言動・表情、過剰な心配等)をしていると再発率が高くなります。 家族支援とアメリカ大リーグ選手との比較(MLB:野球)すると、米国大リーグの日本人選手O・Sは、打撃、盗塁、ピッチング及び日々の活動で監督、コーチ、通訳、 トレーナ及び分析スタッフ等より様々なサポートを受けています。これに比べ、精神に問題がある本人を家族だけでサポートすることは、問題があります。 @家族に負担がかかる。 就労状況が変化した(勤務時間を減らす、転職する、退職する等):49.0% ・家計の収入が減り、経済的困難が生じた:38.5% ・身体の不調を感じる:77.8% ・精神状態に不調が生じて精神科を受診した:32.8% ・向精神薬(抗うつ剤など)や睡眠薬を服薬した:32.2% A本人の病状悪化に伴う、家族の危機的状況の経験→ ・近隣とトラブル発生:27.1% ・トラブル発生し、場合により転居を余儀なくされた:7.7%・家族の身の危険(暴言、暴力):57.7% ・警察に通報せざるを得ない状況:42.8% B本人にも家族以外の適切な相談相手・対話する相手が必要→本人とその家族への支援コストに関する試算について、退院を促進し、本人とその家族に対する支援や職場や社会生活での支援強化などによりインクルーシブ社会を実現した場合、その医療コスト、社会的コストはどのようになるのかシミュレーションを求めます。欧米先進国の事例により、ある程度シミュレーションは、できると思っています。恐らく、医療コストだけでも削減できるのではと思っています。先進のモデルはあ るので是非試算し、日本の現状と比較していただきたい。例えば、イギリスでは家族支 援の導入等によりその医療コストや社会的コストはどのようになっているのか知りたいところです。
5)患者・市民参画(PPI)の活動について→ PPI について、知らないと回答した人は75.2%です。私も知りませんでした。活動をしたいかについて、とても思うが26.3%、少し思うと回答は42.3%で合わせると、 68.6%で意外と高い数値であると思います。自治体の各種会議(委員会等)に参加して思うことは、開催は1回/年、多くても3回程度/年で、人数は15〜30名程度、時間は90分〜120分程度です。仮に20名参加の会議で、家族が10分程度意見を述べたところで、その意見を取り上げる意思を感じることはあまりありません。つまり、本人、家族の意見を聞いたというアリバイに使われているという印象です。施策について、 共同で研究し、検討・立案・評価する意思は感じられません。 繰り返しになりますが、共同で研究、検討・立案・評価は、少人数(10名以内)で、 少なくても 5 回以上開催し、対等な立場で意思決定に関与することが基本であると思っています。

あとがき ↓
・この30年と今後の方向性
→ 1992年、私事ながら、「みんなねっと」の前身である「ぜんかれん:全家連」(全国精神障害者家族会連合会)の事務局に入職した。33年前になる。とはいえ、お世話 になったのは、3年間にとどまり、その後は、教員として精神保健福祉に関する講義 を担当。そのため、第一線の現場から離れたのだが、いわば傍観者として、 精神保健福祉の動向には、常々関心を持ち、今回も含めて、機会があれば家族会調査 にも参加させていただいてきた。 今、あらためて考えると、ご家族のおかれている社会的な状況は、あきらかに30 年前とは異なっていると感じる。今回、この調査に携わる機会を与えていただき、その結果を拝見しながら、ここでは、これまでを振り返り、行く末に思いをはせてみたい。調査報告とは直接に関係がない雑感にとどまるのだが、ご容赦ください。 「ぜんかれん」の事務局員としては、当初、作業所や住居および就労の提供をはじめとした福祉的活動、家族会活動、当事者運動などおいて、先端的な活動を展開している方々を全国から東京へお招きして、活動内容を報告していただくようなイベントを年に1回開催することがメインの仕事であった。メールもインターネットも携帯電話さえもなかった時代である。今でいう対面で直接会って話し合っていただき、報告書を作成して、少しでも多くの方々に知っていただくしかなかった。 そんな時代だったから、とにかく情報を手に入れるのが、今では想像を絶するほど困難であった。たとえば、自分の子どもに診断が下されても、医師から説明されるわけでもなければ、書店で本を見つけても家族だと思われるのではないかと、手にする勇気も持てず、たとえ、図書館でひっそり見たとしても専門家向けの内容をすんなり 理解するのは容易ではなかった。そもそもこの病気が何なのかも、これからどうなっていくのかも、一体どうすればいいのかも、すべては闇の中であって、途方に暮れるしかなかった。ありあまる情報が手に入る現在とは、全く事情が異なっていた。 そのため、ご家族にも十分に理解できる情報を提供するために、ハンドブックの作成が急務であり、相談室スタッフを中心に、医師をはじめ、看護士や保健師、ソーシャルワーカーなど、家族支援に携わる専門職に集まっていただき、議論を重ねてメッ セージを絞り込んだ小冊子を作成した。 さらに、それでも読んでもらうだけでは、理解しづらいであろうからと、ハンドブックをテキストとする家族教室をプログラム化し、それを実際に行ってくれる専門職の育成を目指して、全国各地で研修会を実施した。 おそるおそる家族教室に集まったご家族たちが、講義を聞いた後に、まさに初めて、小グループでわが子の様子や自分のつらい思いについて、堰を切ったように話し合うのを目の当たりにしたときの感動は、今でも忘れることができない。人が集まる 場の力を実感した。
あれから30年になる。もちろん社会は、日々刻刻と変化し続けている。そんな中、印象に残っていることについて、3点に絞って記しておきたい。 ↓
一つめは、1993年に障害者基本法が制定されたことである。これによって、精神障害が身体障害や知的障害と並んで、福祉の対象であると明記された。いわば、三障害が同列に位置づけられたのであった。それによって、その後、手帳制度を定めた精神保健福祉法が制定され、精神保健福祉士が国家資格となる。ただし、このときの変化は、これまで福祉業界で隅に追いやられていた支援者にとっての意義あることで、 ご家族には直接関係がなかったともいえる。
二つめは、2002年に「精神分裂病」という病名が「統合失調症」に変更されたことである。個人的には、このことがここ30年の中で最も画期的な変化であった。今となっては、統合失調症があたりまえになっているので、この変化に立ち会っていなければ、その衝撃は理解しづらいであろうが、この病名変更は、まさに、「ぜんかれん」から、つまり、家族という立場から出された要望に対して、医学会が対応した結果なのである。いわば、ご家族の要望が医学会を変えたという、世界でも稀な例であるといえる。 そのことは、精神科医の学会である「日本精神神経学会」のHPで、「見解・提言/ 声明/資料」にある「統合失調症について−精神分裂病と何が変わったのか−」の 「はじめに:呼称変更の経緯」にも明記されており、そこに家族会からの要望は、先の障害者基本法制定と同じく1993年に行われたと記されている。 それによって、1995年、学会内に小委員会が設置され、1996から2000年にかけて、学会員、評議員、当事者へのアンケート調査が実施されて、公開シンポジウム やワークショップが開催された。そして、三つに絞られた新病名候補に関する一般からの意見公募が新聞紙上で行われ、最終的には、理事会、評議員会を踏まえて、2002 年8月の総会で議決がなされ、病名が変更されるという、非常に慎重かつ丁寧な手続きが踏まれたのであった。 さらに決定的だったのは、この病名変更が直ちに政府によって採用されたことである。かなり周到に準備が進められていたのであろうが、総会決議を待っていたかのように、同年8月、厚生労働省は各都道府県や政令都市に対し、「統合失調症」を精神保健福祉法に関連するすべての公文書や、診療報酬明細書の病名として使用するよう通知したのであった。これによって、新病名は、メディアや出版業界への浸透をも加速させたといえる。ご家族の要望が、医学会だけでなく、政府をも変え、さらには社会全体にも影響をもたらしたのであった。 ただ名称が変わっただけで、病気そのものは何も変わってないではないかと思われるかもしれないのだが、「精神分裂病」と言われれば、人格の中核を形成している「精 神」が、「分裂」してバラバラになってしまった不治の「病」というイメージしか持つことができず、「心が壊れてしまった」と思い込んだご家族がどれほどの絶望に追い込 まれていったかは、想像にかたくない。 それに対して「統合失調症」であれば、まとまり(統合)が崩れた(失調)状態(症状)ということになり、いわば、一時的にバランスを崩しているので、治療によってバランスを取り戻し、回復をめざそうということになって、わずかながらに希望をもつことができるようになる。 また、この病名変更によって、医師による患者さんへの病名告知率が、3割台から 7割近くに上昇したという調査結果も出され、医師にとっても患者さんやご家族とのコミュニケーションが格段に容易になったとされている。
三つめは、再びであるが、2011年に障害者基本法が改正され、「社会的障壁」に対して、その除去に「合理的配慮」を行うことが求められるようになったことである。 「社会的障壁」とは、「日常生活又は社会生活を営む上で障壁となるような社会における事物、制度、慣行、観念その他一切のもの」と定義されているのだが、いずれにせよ、社会の責任で障壁を除去しなければならないと規定されたのであった。いわば、 これまでのように、一方的に障害者に変わってもらおうとするのではなく、誰もが生活しやすくなるように、社会の側に変わることが求められるようになってきたということになる。 これら三つの変化から読み取れることで、今後目指すべき方向性についても三つ挙 げておく。 ↓
一つめは、総合化である。三障害は同列になったのだが、今後は、そうした障害だけでなく、誰かが困っていることに対して社会が責任をもって対応するように向かっていくことが必要になる。すなわち、高齢、児童、障害、生活困窮などといった理由や種別を問わず、誰かが困っていること、立ち行かないことに対しては、一切の縦割りをなくして、制度の狭間を取り除き、あらゆることにことごとく対応する方向を目指していくことが求められる。実際、厚労省もこの方向に向けていくつかの事業を展開し始めているのだが、その延長線上で、いわば総合福祉法の制定に向けた土台を作っていく作業が始められなければならない。
二つめは、家族会の要望によって病名変更が実現できたように、声を上げ続けることである。もちろん声を上げれば、必ず聞き取ってもらえるわけではない。しかし、 やはり、声をあげなければ誰も気づかないのも確かであり、今回のアンケートを含めて、今後も、声を上げることができ、それが集約されていく機会を定期的に作ること は不可欠であるといえる。 そして、三つめは、「社会的障壁」を少しでも取り除いていくことができるように、 社会全体が変わっていくことである。これについては、障害者差別解消法で、「合理的配慮」が、役所等の公的機関だけでなく、民間企業にも法的に義務化されるようになったのは、ようやく昨年2024年4月1日であったため、まだまだ社会全体に浸透しているとはいえないのだが、「統合失調症」という病名が20年を経てあたりまえになってきたように、少しずつ、「合理的配慮」に何らの違和感も覚えることのない社会になっていくことを先導していくことが必要である。 ただし、そうはいっても、ご本人やご家族が抱えている苦しみやつらさは、いかなるときも、いささかも変わってはいない。今回の調査でも、悲痛なコメントをこれほどまでにというほどいただいている。「なぜうちの子が」「どうしてこんなことに」といった誰にも答えることのできない問いの残酷さは、時代を超えても全く変わることがない。 しかし、私たちを取り巻く社会は、この30年で確かに変わってきた。だからこそ、たとえ、今がいかにつらい状況であったとしても、「どうせ」などと投げやりにな ることなく、社会は変わっていくものだという希望だけは、どうか捨てないでほしいと願うばかりである。

○執筆分担
3.本調査の結果・・・・・・・・・・・・伊藤千尋、鈴木秀
4.本調査結果からみえてきたもの・・・・伊藤千尋、鈴木秀
5.本調査への家族の意見・・・・・・・・中村喜久男
あとがき・・・・・・・・・・・・・・・・稲沢公一

次回は新たに「第10回今後の障害者雇用促進制度の在り方に関する研究会(資料)」からです。

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