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宇都宮まちづくり市民工房のブログです。
「市民による市民のためのまちづくり」を目指して!!!
まちづくりにけかる熱い思いを綴ります。

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三依愛宕山登山[2009年08月29日(Sat)]
今日、報告がありました。

三依横川農場プロジェクトで農業指導をして下さっているH氏が、メンバーのS氏を
誘って、横川地区の愛宕山に登ってきたそうです。

登山に慣れた両名の足で上りに40分かかったとのこと。
いつも畑から見上げるだけで、登ろうなんてこれっぽっちも考えたことのない私には
想像できない世界です^^;

そう、頂上から撮った写真を送っていただきましたが、まさに想像できない素敵な
写真でした。横川集落の全景がようやく判明した次第です。どうぞごらん下さい。

中央の上のほうに畑が見えますが、そこが「さとまち農場」です。



続いて、愛宕山山頂から見た「せいちゃん農場」の全景です。看板も
しっかり見えますね。緑の部分が、秋キャベツとブロッコリーです。



頂上にあった御神体です。Sさん、しっかり拝んでくださいね^^



自然とともに生きる横川を実感する写真でした。
Hさん、Sさん、お疲れ様でした!

Posted by ANDO at 18:54 | 高齢化集落/限界集落課題対応事業 三依プロジェクト | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

リーダーも大変[2009年08月29日(Sat)]
「責任は自分にあるから」
 このひと言がずーっと心に残ることになったのはなぜ
なのか。
テレビドラマの主人公みたいに特別な行動を取った
わけではありません。でも言われたあと、自分の心が
ふっと軽くなったことを覚えています。
 
 責任の取り方なんていろいろです。辞表をいつも
ポケットに入れて、という人もいるかもしれません。

自分が経験したのは、
「一人じゃないってことか」
と思わせくれたこと。

そして人の育て方。これも「お前のことを見ている
からな」という暗黙のメッセージです。まぁ、それは
それで恐ろしいものですが、やっぱり「一人じゃない」
という思いを抱かせてくれます。

この二つ、責任と育て方について影響を受けた
ことで、自分自身の抱くリーダーのイメージが
固まったと言えます。
自分がリーダーになったら、ということもありますが、
どんな人をリーダーとして認めるか、
の基準ができました。

私は前にも述べたように、盤上のプレーヤー型を
理想としていますが、それは人それぞれ。結局の
ところ、どこかから不満は出てくることになります。

「こうしたいと思うんだけど、みんなで考えてみよう」
 (面倒くさい、それを決めるのがリーダーの仕事でしょ)

「この方針でいくから宜しく」
    (まったく、何でもかんでも自分で決めるん
     だから。ちょっとは相談しろよ)

「どうしようかなぁ、これでいくしかないかなぁ」
    (どっちかはっきりしてくれ!優柔不断もいい加減に
     してくれ)

「そんなに言うなら、お前がリーダーやれよ」
    (冗談でしょ。俺、そんな給料もらって
     ないし。途中で投げ出すなんて首相だけの
     特権だろ)

まあ、大変です。どんなリーダー像を目指したところで、
どっからか文句が出てくる。だったら、悩むのをやめて、
自分の思いに従ったほうが楽です。

それはそうと、リーダーにはいくつかの大切な役割が
あると思います。

たとえば
透明人間になりたがる人、なってしまって抜け出せない
人には、周囲から見えるように「服」を見つけてあげること。
初めは会社の制服のように画一的ものでもいいから、
とにかく自分を見えるようにする。そこから少しずつ自分
らしさを主張し、強さを見つけてあげる。つまり、組織の中で
自分の居場所をしっかり確立し、存在価値を発信するための
手助けをすることです。

それから
既存の制服では飽き足らず、さらに自分が目立つよう
着飾ることができる人には、その服を作ってくれたのは
誰かを知ってもらうこと、つまり中途半端に優秀な人に
ならないように導いてあげること。着飾る=組織の資源を
活用することの本当の意味、時間をかけて先人が築いて
きた資源を使わせてもらっていること、を理解してもらう。
いつか自分がその先人の仲間入りをする日が来るでしょう、
そのとき後輩に対して出し惜しみをしないように。

さらに
着替えを用意する、つまり優秀な人を自分の組織に
囲い込まないこと。次のステップに進む道筋をいつも
考えておくこと。
「君がいなくなったらこのプロジェクトは終わりだ」
本人にはほめ言葉かもしれませんが、組織としては考えもの
です、この台詞は。
たとえ人の供給元になったとしてもそれは素晴らしいことです。
自分の組織を踏み台にしてその人が羽ばたいてもらえれば、
いつかご御利益が戻ってくるかもしれません。

リーダーは、メンバーが透明人間から脱却する、あるいは透明化
しないようにするために、あの手、この手を考える必要が
あるのです。

もちろん、透明人間からの脱却は、組織内だけの話ではありません。
制服を脱いだらまた見えない存在では困ります。昔の企業は、
家族ぐるみの福利厚生を行っていました。制服の上に羽織る
もの、あるいは下に身につけるものにまで気配りしていました。
残念ながら今の企業にはそこまでの体力がありません。組織を
離れたときに身に着けるものを各人が別途用意しなければいけない、
それが今の社会です。

Posted by ANDO at 18:26 | 日々のあれこれ | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

大根とキャベツ[2009年08月25日(Tue)]
8月24日(月)に三依横川農場にて農作業を行いました(4名参加)。

「さとまち農場」 大根はすくすくと成長していました。来週、間引きをする予定です。



「せいちゃん農場」 サルの侵入防止と、先週設置した看板が国道から見えるように、
周囲の萱狩りをしました。おかげで遠くから看板が見えるようになりました!



次回は8月31日の予定です。大根の間引きとキャベツについた青虫取りを行います。

Posted by ANDO at 15:59 | 高齢化集落/限界集落課題対応事業 三依プロジェクト | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(1)

人を育てること[2009年08月23日(Sun)]
彼の人物は、人を育てることに関してはかなり厳しい人でした。

私は研究職だったので、現場、つまり工場のことはあまり
知りませんでした。

そんな私に彼曰く、
「現場を知らないで何を開発するつもりなんだ?」

一理ありますね。極端な話、プラモデルの飛行機はいくら精密でも
プラモデルです。人や貨物を載せて空を安全に飛ぶにはまだまだ
幾多の困難が待ち受けています。およそ実用化が不可能なものを
芸術的に作ってみたところで、企業的には通常意味がない。

容器の材質は?原料供給メーカーはどこ?その規格は?
ラインは?配合槽の大きさ、材質、攪拌羽根の形状・・・
細かいことまで突っ込まれました。

いろんな部署から資料をもらい、現場を見せていただき、
取引先を訪問し、他の部署の会議に出席し、それらの
情報をもとに彼と打ち合わせをするわけですが、やっぱり
「で、これはどうなってる?」
「ええっ!そこですか・・・」
の繰り返し。

この人の頭の中はどうなってるんだろう、と何度も思いました。

競合他社が新製品を出した時など大変です。一日も早く入手して、
その性能を評価しまとめないといけません。そのまとめについても、
一つずつコメントが入るわけです。

「今までとの違いは何なの」
「それ、確認したの?まさか鵜呑みじゃないよな」

でも、だんだん慣れてくるとわかるようになります。
「あっ、ヤバイ!ここ絶対突っ込まれる・・・」

まあ、案の定怒られるわけですが、なぜ怒られたのか
自分にもわかっているので、そこは納得できるわけです。
そうなると、そんな会話のやり取り自体を楽しめる余裕も
生まれてきます。

私は昔から、誰かに何かを教えるというのが苦手でした。
どうしても「人には人の考え方ややり方があるから、
自分の方法を押し付けたくない(これは逆に言えば、
「自分には自分のやり方があるから、人にとやかく言われ
たくない」ということになります)、と考えてしまうのです。

だから、人を育てる育成者としては失格だと思っています。

そんな自分が、「ふーん、この人と一緒に仕事するのも悪くない」
と生意気に思ったのが上述の方だった。ずいぶん高飛車なことを
考えていたものだと、今思えば冷や汗ものですね。

学ぶことがあまりにも多すぎて、時間が足りませんでした。

その方と一緒に仕事をした数年は、次々と新しいものを
吸収することができて、大変貴重な時間でした。マンツーマン
に近い形で指導を受けることができたのは、非常に幸運
であり今でも感謝しています。

いまの組織で、あんな指導をしているところって、あるんでしょうか。
本当にラッキーだったなと思います。

Posted by ANDO at 14:14 | 日々のあれこれ | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

尊敬する人[2009年08月20日(Thu)]
「尊敬する人は誰ですか」

私は昔からこの質問をされると答えに窮してしまいます。就職活動を
していたころ、ある企業から送られてきた書類にこの質問があり、
「ジミー・コナーズ」と書いてしまいました。アメリカのテニス選手です。
1970年代に活躍し、私のあやふやな印象では、いつも決勝で
ビヨン・ボルグ選手に負けていた人です。なんでこの人の名前を
書いたのか、今となっては全くわかりません。たぶんテニススタイル
にあこがれていたんでしょう。。。

就職してからも社内外を通して、問いに対する答えは見つからず、
今に至っています。

まさか、自分より優れた人間なんていない、などと尊大な考えを
抱いていたわけではありません。
たぶん、「人は人、自分には自分のやり方があるから」と思って
いたのではないかと。
だから誰かの生き方や方法を手本にすることにあまり興味がなかった
のだと思います。

ただ、会社である人に出会ったことで、二つのことを学びました。

瞬間湯沸かし器のような人で、一般に言われるところの「人格者」とは
タイプが違う(申し訳ありません!)のですが、この方から学んだ
二つのことは今でも心に残っています。

一つは、責任を取る、ということ

もう一つは、人を育てる、ということ

責任を取る
私が感じた日本企業と欧米企業の違いの一つが、責任の所在です。

何かトラブルが起きたとき、日本企業では、「誰のせいか、を問題に
しているんじゃない。原因をはっきりさせて、以後同じ過ちを繰り返さない
ことが一番重要だ。だからこの会議を開いている」という論理が
成り立ちます。その後の処遇で「責任を取らされたのかもね」という
人事がある場合もありますが、はっきり責任の所在を明らかにすることは
あまりなかったと思います。

欧米企業では、原因をはっきりさせる=責任の所在を明らかにする
=人事評価に加味される、こととなります。
「生産スケジュールが過密すぎる」
「取り引き先が納期を守らなかった」
「品質基準が必要以上に高すぎる」・・・
いろいろな言い訳をしますが、結局問題発生の責任者という重荷を
誰かが背負うことになるのです。

そんな風土のなかで、
「それは自分に責任があること。君たちが苦しむことじゃない」
と言ったのがその人でした。

「えっ、そんな『カッコいいこと』を言う人、本当にいるんだ」
というのが第一の印象でした。
今までのイメージとのギャップがちょっと大きかった、
というのも偽らざる感想ですが。

私の人生でこの手の台詞を聞いたのは、これが最初で最後、
ましてや自分で言ったことなどありません。

私たち以外に数名いたかいないかの内輪の場でのこと、
公式の会議でお偉方の前で発言したわけではありません。
でも、本人はサラッと言ってのけてましたが、結構凄いセリフだなぁ、
と後になってからじわじわ心に浸み込んできました。この言葉で
自身の重荷がかなり軽くなったことはしっかりと覚えています。

ドラマみたいに、スタッフ一丸となって問題に取り組めば最後は
奇跡みたいなハッピーエンドが待っているわけではありません。
多くの場合は、かなり落ち込む状況が待ち構えています。
そんな中で「自分に責任がある」って言えるのは、相当度胸が
すわっていないとできないことだと思います。

この一件があってから、「責任」という言葉をかなり深く考えるように
なりました。

かなりの影響を与えてくれたひと言でした。

Posted by ANDO at 09:47 | 日々のあれこれ | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

白菜の定植[2009年08月19日(Wed)]
8月18日、三依横川農場で作業をしてきました。

今月3日より従来の畑(通称「せいちゃん農場」)のほかに、地域の方々が使っている
横川集落の上にある農場(仮称「さとまち農場」・・・お世話になっている方々の名前を
くっつけました)も一部使わせていただいてます。

さとまち農場:3日にトラクターで耕し、12日に堆肥やり・耕地・種まき・ネットはり

(カラス、ハトよけ)をしました。

順調に芽が出て、18日にはネットをはずして、間引きと土寄せをしてきました。




せいちゃん農場
白菜の苗を定植しました。約200株。この日はとても暑かったので、たっぷり水を
与えてきました。



秋キャベツは、一部雑草に覆われてしまい、大変なことになっていたので、
何とか草むしりをしました。除草剤もまいたので、一安心?でしょうか・・・。

さて、先月の「サルになんて負けないぞ」祭りでお披露目する予定だった
看板が、この日ようやく設置できました。



当初は国道沿いに立てようかと話をしていたのですが、敷地所有の件と穴掘り
(地面が固くてシャベルでは穴が掘れない^^;)の問題で、畑の中に設置することに
なりました。

でも、かなり大きいので、道からも見えます。

来週以降は、サル害防止も兼ねて、周囲の萱狩りをしていく予定です。

Posted by ANDO at 18:39 | 高齢化集落/限界集落課題対応事業 三依プロジェクト | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

透明人間になりたい?[2009年08月11日(Tue)]
何か自分で作りだす作業、それが見えないものを見るために大切。

どうしてかというと、自分自身が見える存在になるからだと思います。
作り出すことで、大きい小さいは別にして責任が生じます。
責任が生じるということは、社会のなかで自分の存在を示すことに
つながります。

たとえばサラリーマンは、会社という組織がさまざまな手続きを代行
してくれることで、社会の中で透明人間にされていると思うのです。
厚生年金保険、健康保険、雇用保険、介護保険、源泉所得、住民税、
年末調整・・・社会を動かすために必要な仕組みから遠ざけられ、
顔は見えないけどとにかくお金は払っている、そんな存在になって
しまった。

透明人間になるのは意外に心地よいものかもしれません。

年金も健康保険も会社や国が何とかしてくれるから心配することはない、
という根拠のない、かつ誤った楽観論にあぐらをかくことができたからです。
制度がどうして成り立っているのかを知る必要がなかった。払うべきもの
は会社を通してきちんと払っている、だから安心だ、と感じてしまう。

でも、そんな生活を続けると、自分の存在を自身で消してしまうことに
なりかねません。

見えないように思えるけど、実はとても重要な役割を果たしている無名の
人々、彼らの存在をきちんと自覚することが必要なのは言うまでも
ありませんが、では無名の人々は自らの存在を発信しているのでしょうか。
いつのまにか、透明人間である心地よさにどっぷり浸って、自分から
「見えない」存在になってはいないでしょうか。

仕事を通して自己PR出来る人はまだいいと思います。でも、社外は
もちろん社内でも注目を集めることなく、日常業務を黙々とこなして
いる人はたくさんいます。それ以外は、家族と知人とのわずかな交流だけ。

何かを自分で作り出す、ということは、社会との接点を持つことに
他なりません。自らの存在を見えるものに変えることで、周囲も自分に
気づく、そして自分も周囲の「見えない」存在に気がつくようになる、
それが無関心からの脱却につながります。

人から見えない存在は、決して居心地が良いものではないはずです。

Posted by ANDO at 17:12 | 日々のあれこれ | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

地域のCSRセミナー[2009年08月06日(Thu)]
8月5日に

地域と企業をつなぐCSRセミナー2009

を開催しました。

参加者50名、企業、NPO、行政や大学関連など幅広い分野の方が集まって下さり、
異業種の出会いの場としても有意義だったと思います。

Posted by ANDO at 18:56 | 市民工房 事業 | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

見えない?見ていない?[2009年08月06日(Thu)]
直接目に見えないものを、一つひとつ丁寧に見つけて、
ひろい上げて、尊重する、その過程が今の社会では
特に大切なのだと感じます。

全体がうまくいっているときに、わざわざ見えない部分を
見ようとする人はいないかもしれません。でも、白鳥の
足かきと同じように、そこが一番重要なところで、
うまくいっているときだからこそ、本当にこのままで
いいのか、という自問が必要になります。

制度などの仕組みでもそうですが、でももっとも注目
すべきなのは人だと思っています。

どんなに優秀な社長がいても、政治家がいても、一人で
できることは限られています。

今、若い世代で戦国武将が注目を集めているようですが、
たとえ「愛」の兜をかぶっていても、それは兜、つまり戦さの
ための装いであり、武将の指揮のもと名もない農民や
下級武士たちが死んでいったわけです。一人の武将の
信念が平和への道筋をつけた、それ自体は歴史が評価
するとしても、その陰で命を落とした無数の人々がいての
偉業だという事実、それを忘れることはできません。

戦国時代と比べれば、今の日本では人の命の重さは
格段に増しています。なのに、自殺者の数は年間3万人
を超え続け、働き盛りのうつ病が増加し、多くの人がいとも
簡単に職住を失なう、これはなぜでしょうか。

国、とか会社、とか器が重視され、それを本当に支える
人々の姿が見えなくなっているからだと思います。
そこで実際に汗水たらして働いている人々を見失っている。

今の国や会社を築いてきたのが誰なのか、その原点に
立った思考を取り戻さないと、組織の存続が危うくなります。

ではどうすればいいのか。一つの方法として、一人ひとりが
自ら何かを生み出す、作り出す、手に入れる作業に関わる
ことがいいのかなと思います。生み出す現場、作り出す
過程を見ることがないから、それを尊重する気持ちが
芽生えない。でも、自分自身がその中にいれば、今まで
当たり前と思って使ったり、利用したりしていたことが、
実は当たり前ではない、ということに気づくのではないで
しょうか。

PCの画面上で巨額を右から左に動かすのでは
なく、自分の手で現金を届けるようなもので、自宅で育てた
野菜や自ら釣った魚で料理する、でもいいし、庭の縁台を
手作りしてみる、でも構わないと思います。今まで人に
頼んでいた資料の印刷製本を自分でやってみたっていいかも
しれません。工場の現場で試作に立ち会うだけでも、ずいぶん
と考え方が変わるものです。

やり方はいろいろあるでしょうが、見えないのではなく、
実は見ていないことに気づくことが第一歩だと思います。

Posted by ANDO at 16:25 | 日々のあれこれ | この記事のURL | コメント(0) | トラックバック(0)

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