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市民フォーラム21・NPOセンター 事務局長藤岡喜美子の日記

市民フォーラム中期戦略の3つの柱
 
1公共サービスを担い改革するNPOを支援する
2市民が主役となる新しい政府・行政像を創出する
3重層的で社会的存在感のある
 サードセクターを構築する


復興への道筋 [2011年07月01日(Fri)]
 震災から3カ月半がたちました。このたびの東日本大震災において亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに、被災されたみなさま、ご関係者のみなさまに心からお見舞い申し上げます。また復旧・復興において、それぞれのお立場からご尽力されてみえるすべての皆様に深く敬意を表します。2011年3月11日に起こった東日本大震災とそれに伴う未曽有の被害は、改めて私たちに「生きる」ことの意味を突きつけました。これまでの価値観だけでは、災害発生後の毎日の生活と未来の社会を見通すことは難しいと思われます。このような中、救援から復興において、政府・行政はその役割を果たそうとするもその限界を思い知らされたのではないでしょうか。企業、サードセクターの企業・団体、地域の共同体、住民の懸命の活動、連携により復興へと歩んでいます。しかし、絶望の中で、気付いたことがあり、新たな強い「力」が生まれつつあると感じます。
いまこそ、サードセクターの企業や団体が自らの力でたくましくなり、日本においてもこれまで主務官庁などにおいて分断されていた非営利組織などが、サードセクターという広範を捉えセクターが形成され、政府・行政セクター、企業セクターに影響力を与え、政府・行政セクター、企業セクター、サードセクターの3つのセクターが一体的に変化し、未来に向けて社会システムが構築されるべきでしょう。私はサードセクターの経営者の立場から、自らの活動の経営力を問いただすとともに、復興への道筋としても、新しい社会システムの構築のために活動への意欲を新たにしています。

社会的企業の経営の課題は「お金がない」ではなく「人材問題」

私たちは地域や社会が抱える困難な課題を前にして、すぐに「お金がない」からできないと考えてしまいます。しかし、実は「資金」よりも、そうした問題に自らの意志で主体的に取り組み、これを解決する企画力をもち実行に責任をもつ「人材」こそ重要ではないでしょうか。。
 今回の震災に際しても、被災者の中から、活気溢れんばかりの人材が出てきています。こうした苦難を経て、わたしたち市民は力強く市民によるセクターを形成していくのかもしれません。
 この困難に立ち向かうために、私たち一人一人は、節電したり、義捐金として寄付をするだけでよいのでしょうか。むしろ地域や社会の課題解決のための大小さまざまなサードセクターの企業や団体を自らの意志と行動により創出し、参加し、互いの民主的な議論により、英知と努力を集約し、自ら問題解決の主役となっていくことが大切です。そのために、日本において、サードセクターという存在を広く認知してもらい、そうした企業や団体、そしてそれらを担う人材を持続的に支援していきたいと思っています。そして、社会的企業や団体がスタッフを雇用できる経済的基盤をもてるようになることが、将来的な人材育成の鍵であると思っています。

市民フォーラムが取り組んでいる起業支援と人材養成についてはHPをご覧ください。
http://www.sf21npo.gr.jp/
主権者としての意志 [2011年01月13日(Thu)]
 本日、名古屋市長選公開討論会があります。
愛知県知事選の公開討論会は参加者が少なかったと聞いています。
それは残念なことです。

愛知知事選、名古屋市長選、名古屋市会解散の住民投票が同時に行われます。

市民の「意志」を示すためには、議会憎しだけでなく、理解と議論が必要ではない
でしょうか。

私たち市民は、これまで、政府・行政セクターに対しては利用者であり、納税者であり、
企業セクターに対しては消費者であり労働者でした。

NPOは市民自らが社会課題を解決する生産者として、要望陳情ではなく問題解決
のための活動を実践、継続しています。

同時に主権者として、有権者として首長や議員を選ぶことができます。

私たちがめざす未来の社会、それは、サードセクター、政府・行政セクター、企業セクター
が一体的に変化し、社会全体のシステムを変えていく必要があると思います。
今、私たちに最も身近な基礎自治体も二元性議会民主主義の議論も含め新しい
自治体のカタチに変革へとうねっています。

地方自治は民主主義の学校とも言われます。

変革のプロセスにおいては混迷があります。スクラップ&ビルド、既存の制度や仕組み
の中の議論ではとどまりません。
自らの判断が迫られています。

自治体の、その自治体のめざすビジョンを明らかにし、ビジョン達成のためのプロセスを
マネジメントしていくリーダーを選ぶのは「意志」ある市民、私たちです。

現状を理解し、自ら考え、未来の社会へと、「意志」を示していきたいと思いま
す。


「ローカルマニフェスト型 名古屋市長選挙 公開討論会」

開催日時:1月13日午後7時〜(受付6時30分より)
開催場所:テレピアホール
名古屋市東区東桜1−14−27
討 論 者:石田芳弘氏、河村たかし氏、杉山 均氏(50音順)
コーディネーター:児玉克哉氏(リンカーン・フォーラム中部代表)
入場料金:無料
主 催:公益社団法人名古屋青年会議所
共 催:リンカーン・フォーラム中部
ローカルマニフェスト推進ネットワーク東海より
究極の子育て支援 [2010年04月07日(Wed)]
平成17年より、厚生労働省の委託を受け、病児・病後児の一時預かり事業を実施してきました。平成21年度の事業報告書を今、まさに作成しているところです。
 この事業は専門家でもなく、地域の人が病気の子どもを預かる相互援助活動の体制を作っていいくものです。ほんとうにこまった時の究極の子育て支援です。

 この制度は、最初は、厚生労働省が突然始めた事業であり、地域の実情にあったものではありませんでした。市民フォーラムは、この事業を担い、関係者のみなさまのご協力、ご支援と自らの知恵と努力、折衝能力にてフルコストを請求し、組織の基盤整備を行可能とし、同時に利用者視点のサービスへと公共サービスを改革してきました。さらに、市町村へ病児・病後児預かりに対するバウチャー制度を提案したり、NPOを支援したりして、そのサービスの質の向上と量の拡充を図ってきました。

 3月は、私にとっては、自分の人生の中でも、これほど、悔しく、悲しい思いと憤りを感じたことがない月でした。そん時でも、この事業にて講座を開催していました。冒頭新聞等で複数の立場にてお騒がせしたことをお詫びして、講座の講師を務めていました。受講生のみなさんは、アンケートで激励の言葉をくださったり、声をかけてくださったりしてくださいました。地域に根ざした活動、地に足をつけた活動をしていると、このような時でも応援してくださるかたがあると、ほんとうに感謝しています。





 病児・病後児スタッフのためのコンピテンシー評価書をつくりました。
 このような私ですが、ほんとうにたくさんの関係者のみなさんのご助言、ご協力を頂き、作成することができました。特に平成17年よりカリキュラム作成委員として、ご支援頂いている、山崎先生、林先生、野原先生にはほんとうに感謝申し上げます。

 


 下記は、昨日書いた、「病気・病後児保育者のコンピテンシー評価書のはじめに」の文章です。

 最近とても多くの親が「育児不安」を抱え悩んでいるといわれています。「育児不安」とは親が子どもを育てる時の過度の不安や困惑、自信のなさからくる漠然とした精神的状態のことを言います。
また,母親が「育児困難」を感じる理由や背景・状況は多くありますが、子どもが健康な時のサービスはありますが、子どもが病気はどうでしょうか。病気の時こそ、「育児不安」と「育児困難」を強く感じるのではないでしょう。
ましてや、子どもが病気であっても、仕事のトラブルや、重要な会議・業務があり、人の配置の都合で仕事を休めない時、親は強い罪悪感を覚えます。子どもたちも、とても悲しく、不安でしょう。

そんな時こそ、地域で住まう人たちが、地域の子育て中の親子を見守り、支えたいと、多くの人が願い活動を初めています。

平成17年度より、病児・病後児の相互援助活動を展開してきました。これは専門家による病気・病後児の一時預かりではなく、地域の人による支え合いの活動です。平成17年度に小さな一歩、しかし、確かな一歩を踏み出しました。その後、毎年、「病気・病後児スタッフ養成講座」と修了生によるフォーローアップ研修を実施してきました。お子さんの一時預かりのあとにスタッフから提出される「ひやりはっとシート」「こんなことしてよかったシート」に基づく、専門家のアドバイスにより作成した「Q&A」集なども作成してきました。これらは、地域の心ある人が、この活動を始めるにあたって、自らの意志で勇気ある一歩を踏み出すための後押しとしたいという願いからです。
子どもが親を待っている間、せめてその間だけでも、子どもが快適な環境で、安心して過すことができるようにとの願いからできていた「仕組み」です。より安全・安心な「仕組み」とするためには、スタッフひとり一人の「意欲と能力」のレベルアップが大切です。

そのために「病気・病後児保育者のコンピテンシー評価書」を作成しました。

現状の評価制度の問題点
現状、保有能力を評価することが多くあります。また成果を明確にすることは重要ですが、傾向として成果のみこだわり過ぎると、目先の結果にこだわったり、利用者より自分のことが優先されたり、プロセスもきちんと評価してほしい、もしくは将来につながる種まきをしたのにという不満があらわれたりします。
成果目標をもちつつ、潜在能力を顕在能力へ
「子育て中の親の育児不安や育児困難を払拭し」「子どもたちの健やかな育ち」を願う活動です。その成果を問うと同時に、スタッフの「志」と「資質」を信じて、潜在能力をさらに顕在能力へ、その顕在能力を評価していきます。

「病気・病後児スタッフ養成講座」を受講された人が、主にスタッフ宅で預かることを想定して作成しました。地域の人による「病気・病後児の一時預かり事業」はまだまだはじまったばかりです。最初はこんなことできるのかと関係者のみなさまも感じてみえたのではなでしょうか。小さく施行錯誤で始まった「仕組み」ですが、地域の人(スタッフ)に支えられ、育てられていくものであると思っています。この「仕組み」を醸成していくために安全・安心な預かりを可能とするスタッフのアイデアを、専門家のみなさまからの助言を頂きながら育てていくために、本書をつくりました。

本書は二つの使い方があります。
@活動をこれから始めようとされるスタッフのみなさまが安全・安心な預かりを可能とするための、自身の行動を自己評価する
A何度も預かりの経験をされたスタッフのみなさまが、初心を忘れることがないように自身の行動を自己評価する。

本書は初級編です。
評価は「がんばりましょう」「もう一息」「できている」の3段階の評価となっています。「がんばりましょう」は最低守っていただきたいことです。何度も自己評価をして、あたりまえに行動ができるようになることを、まずは目標としてください。
さらに「病気・病後児の一時預かり事業」はスタッフのみなさまで、育てていく、「地域の助け合いの仕組み」です。「できている」にかかれていることにとどまらず、さらに安全・安心な預かりを目指すにはどのように行動すればよいのか、さまざまな具体的な行動のアイデアを考え、みなさんと共有してください。評価書に記入欄がありますのでご活用ください。将来、スタッフのみなさまのアイデアでさらに中級編を作成するつもりでいます。

ひとりの力は所詮ひとりです。多くの心ある地域の人がスタッフとなり、その力が、合わさって、地域で子育て中の親子を見守り、支えていく仕組みが醸成されていくはずです。

平成17年愛知県内にて
専門家による病児・病後児保育ではなく、地域の支え合いによる、「病児・病後児の一時預かり」の仕組みが始まりました。

あれから5年
地域のみなさまの志と行動で育てられてきた「仕組み」です。

これからも
私たちは、小さな「支え合いの輪」を急がず慌てずしかし着実に大きな輪に広げていきます。

「病気・病後児保育者のコンピテンシー評価書」は「病気・病後児スタッフ養成講座」を修了されたスタッフのみなさまが、少しでも病気の時に親を待つ子どもの安全・安心を願い、預かりにおいて行動してきたことをまとめたものです。これはスタッフのみなさまの「願い」と「行動」をまとめたものです。スタッフのみなさまの温かく優しい「志」に感謝申し上げます。
さらに多くのスタッフのみなさまにご活用頂き、本書をバージョンアップしていくアイデアをどんどんだして頂き、同時にこの「仕組み」が大きく地域の人の力で醸成されることを願っています。
最後になりましたが、本評価書作成にあたり、肌理の細かなご助言を頂き、ご多忙にも関わらずご協力頂きましたカリキュラム作成委員会のみなさま、関係者のみなさまに心よりお礼申し上げます。
めざす姿実現のために、たゆまぬ活動を続けることをお約束して感謝の意とさせて頂きたいと思います。
名古屋市議会の予算審議 [2010年03月22日(Mon)]
 名古屋市の予算審議がなされています。会期は3月25日までの延長が決まりました。

 10%減税により、市民生活に影響がないかどうか、現行のサービスを廃止するのか、復活するものがあるのか議論されています。このようにひとつひとつの事業が必要かどうかを議論していても、事業を廃止するか継続させるのかの結論をだすことは困難であると思われます。また、国の制度も大きく変換しつつある状況です。

 現行のサービスはすべて、なんらかの受益者がみえます。市民生活の影響がないだけの要因で議論すれば、現在のサービスはすべて継続することになります。

 自治体はめざす社会の姿を実現するために有効な施策を企画立案し、実行し、評価、改善していきます。これが行政経営です。

 事業だけをみて、個々の事業が必要かどうかの議論はできません。目指す社会の姿実現のために有効な施策・事業であるかどうかは、目標があり、他の事業や施策を見渡し、必要かどうかを検討します。そこでプライオリティーをつけていきます。重複している事業はないか、包括できるものはないか、もっと有効な政策に転換できないか知恵を使います。それら優先順位の高い施策・事業を限られた財源にて、どのように実施するのか、ここでも頭を動かします。

 河村市長のビジョンは非常に明確です。河村市長のマニフェストにはビジョンがあり、その達成のために有効な施策が約束されています。現在公表されている中期ビジョンは、そのマニフェストと多くの市民が大切だと思っているものを軸に目標設定され、その成果を図ることができる指標が設定されています。

 中期ビジョンをマニフェストの約束通り、行政経営ができるように短期間で策定の準備をした、担当課の努力が活かされていないのが残念です。成果目標を設定し、指標を設定することは非常に高度な能力を必要とすることであり、名古屋市職員の有能さを実感しています。

 国や、自治体で行われている事業仕訳は目標なく、事業の廃止などきめています。つまり廃止のための事業仕訳です。廃止のための理由づけといってもよいかもしれません。

 目標に対して有効かどうかを検証し、さらに有効な事業があり、見直す事業があり、廃止する事業があり、事業編成をしていくことが必要です。
  陥りやすいのは、行政は、行財政改革で事業の廃止、政治家は市民の指示をえるために、単発の事業継続もしくは新規提案するという役割の構図ではなく、行政も、議会も、目標達成のために、他の主体者も意識しながら、目標達成のために有効な事業の提案、見直し、廃止についてかみ合う議論をしてほしいものです。

 

  
市民の意志と行動 [2010年01月12日(Tue)]
本日、名古屋市は現段階での次年度の予算を公表します。

 今年に入ってから、名古屋市は国保引き下げ、水道料金引き下げ、非課税世帯に対する予防ワクチンの無料化など低所得者対策を打ち出しています。

 減税10%の議論において、議員から低所得者への配慮として修正案がだされ、いったん可決されましたが、市長の再議により、市長案が可決されました。6月議会移行減税条例は継続審議となり、市民の間では、減税しても高額納税者が得するだけである、庶民革命ではないという声も上がっていました。

 私は、議員のみなさんが、河村市長のマニフェストがどのような自治体をめざし、どのような社会をめざしているのか、まずは理解をし、総論の議論をして頂きたいと願っています。そして、そのビジョンに共感できたならば、どのように実現していくのか、現実の課題は多くあり、政治のプロとして、批判ではなく、問題解決型にて議論を進めていただきたい。

 マニフェストのビジョンとその施策の効果を市民にわかりやすく説明していくことが大切であり、議員のみなさんの役割は大きいと思っています。そもそも市長と議会の間でマニフェストをどのように捉えているのか、まちのビジョンが定まらずして、論点が明確になることは難しいことです。

 私たち市民は議員を選びます。国では議員を選び、議員が内閣総理大臣を選びます。間接民主制です。

 ところが、地方では、首長と議員を選びます。市民が選んだ首長と議員がチェック&バランスの関係にて自治体のかじ取りをしていきます。中央集権時代においては、首長の政策はほぼどこも同じです。例えば、3年前の当時与党である神田知事のマニフェストの施策は国の概算要求の段階のものと同じであり、愛知県独自のものはほとんどありませんでした。これが日本の国と都道府県、市町村との関係を物語っています。ところが地方分権、地域主権時代です。地域の実情や市民のニーズから自治体独自の課題解決のための政策が必要となってきました。自治体で「決める」ということです。

 首長と議会の選挙がずれているとき、また首長と議員をそれぞれ選びますので、ビジョンや政策がずれる時があります。そろそろ、二元制議会民主主義を見直す時期です。現政権は地方自治法の改正を検討しています。しかし、議会活性化を議論していますが、それだけではなくむしろ、二元制に課題があると思われます。

たとえば国が二元制だとすればどうなるでしょうか。

 河村市長のマニフェストの推進を後押しする河村サポーターズは名古屋市議会議員候補者を公募します。これは、現在おきている現象は二元制を課題と捉え、一元制議会民主主義をイメージした議会と首長の関係です。決して独裁ではありません。

 中央集権時代の二元性議会民主主義制度は制度疲労を起こしています。しかし時代はまったなしです。

 また、私は議会改革は議会自ら行うのがよいと思いますが、市民が直接民主制にてその民意を示していくことも、今の制度疲労をおこした二元性議会民主主義を健全化させるものと思っています。それは、私自身も議員経験があり、議会の中だけでは、議会の中の「和をもって尊し」となりがちです。

 今、私たち、市民が問われています。

 名古屋市議会は議会改革案を2月議会に上程すると思われます。河村サポーターズでは住民投票条例制定の直接請求の準備をしています。
 議会改革の議会案と市長案のどちらがよいかを市民に問う機会を持ちたいとの狙いです。これまでの住民投票は、原発や産廃問題でした。市民が主役となるまちづくりそのものに民意を示します。またその機会も、自らの努力でつくります。

 市民の意志と行動が問われています。

 私たち市民には二つの壁があります。ひとつは、住民投票条例制定を議会は拒むことができます。これが一つ目の壁です。つぎに、住民投票の結果、もし市長案がよいとされても、法的拘束力はなく、やはり壁があります。これが二つ目の壁です。

 市長、議会、市民、それぞれ役割をしめした自治基本条例を多くの自治体が定めています。名古屋は実態において、今その役割が問われ、その意志と行動が、問われています。

坂本竜馬のドラマが話題になtっています。

平成維新、安穏として時代からの維新でしょうか。

今まさにその「とき」。それは今を生きる市民がどのように「動く」かではないでしょうか。

私は昨年大口町から名古屋に転居しています。子どもたちを育てた地域を離れました。未熟な私を議員に後押ししてくださったみなさまの地域からも離れました。みなさまへの今年の年賀状の挨拶の末尾はこのように結びました。

「社会変革の時代に生きていることを感謝し、活動を続けていきたいと思っています。」と・・・

地域を離れた私にもかかわらず、やさしく、はげましの言葉をたくさん頂き、また元気がでてきました。

人と人との出会いの大切さをかみしめ、そしてその恩恵に感謝しています。
直接民主制 [2009年12月13日(Sun)]
 私たち市民は政治にどのように関わるのか。
 私たち市民は首長や議員を選びます。
 
 かつて私は選ばれる側の議員を務めていました。私がとても信頼し尊敬していた人がそのころ、助言してくださいました。政治への関わりは議員になることだけではないと・・・
 手かせ足かせの縛りが強い議員の世界ではなく、もっと自由に羽ばたいて活動したほうがよい。なぜ市民活動に全力投球しないのかと。

最近、その言葉を思い出します。

「議会が変われば地域が変わると」一途に信じ、議員活動をしていました。今から、10数年前で、町では初めて女性議員として、孤軍奮闘していました。住民は議員にどぶ板を期待し、長老の議員は保守系の議員は議会では発言をするものではないと堂々と主張している有様でした。

先日東京でお会いした女性議員は議会改革と同時に市民の意識が課題であると話してみえました。熱意をもって語られる姿に、かつて私も同じく熱く語っていたのを思い出しました。

 河村市長が11月議会に提案した基本条例の三つの柱のうち、議会改革については「研究会」が設置されただけで具体的な内容はだされていません。

議会改革については、議会自らの改革を期待しますが同時に、市議会と市長だけで結論をだすのではなく、市民の民意を問う機会も設けてほしいと思います。

河村サポーターズでは、市長案と議会案のどちらがよいか民意を直接問うことができる住民投票制度をつくるために、市議会に対して住民投票条例の制定を請求する直接請求運動を実施すること検討しています。

議会自ら議会改革するためには、市民が政治に積極的に関わることが重要です。

かつて、議員としては、自分の思ことはほとんどできませんでしたが、今、一人の市民として、多くの市民の気持ちを集め行動するためにできるだけ自分の力を使おうと思っています。

志高く議員になられた人も、いざ議会の一員となると、少数では議会を変えることは困難でしょう。

市民が政治にどのように関わるか問われています。
 
河村市長減税条例修正案拒否、再議へ [2009年12月10日(Thu)]
 河村たかし市長の二大公約のひとつ10%減税は、9日本会議にて自民党、公明党からの条例案の修正案を可決しました。

河村市長は修正案を拒否。再議を表明しています。


また、河村サポーターズの世話人会が本日開催され、今後の運動方針を検討しました。柳川代表の発案で、河村サポーターズには、河村マニフェスト、政治ボランティア化条例推進のための「切り札」があります。

 間接民主制に直接民主制が「活」をいれていくことが可能です。
私たち市民が政治にどのように関わっているのかも問われています。

 今回の修正案は低所得者に配慮し、納税者が納める均等割り年3000円を100円にするものだそうです。河村市長は、「減税は、給付金ではない」と反発しています。修正案は低所得者、非課税世帯をどうフォローするかを議論しその延長線上にあります。

 日本ではじめの減税条例です。減税=庶民革命だから低所得者に配慮すべきという直接的な論理と議論になっているような気がします。河村市長の二大公約、そしてマニフェストはどのような自治体をめざしているのか、それは、行政経営を可能とし、、行財政改革を断行している自治体であり、同時に住民自治が確立しているまちです。地方分権、地方主権時代の自治体の在り方をめざし、二大公約とマニフェストにある政策は有効な政策であると思います。まずはそのグランドデザインを共有してから、制度設計の議論をすべきではないでしょうか。低所得者の方への配慮は必要ですが、減税の制度設計にその考えをいれるべきかどうか、しっかりと政治のプロが議論すべきことでしょう。
 
 ところで、少し思いだしたことがあります。わたしが保守系の無所属の議員であったころ、2000年介護保険が導入されたときです。、そのころ、議案の提案権を定数の8分の1から12分の1に緩和されていました。野党の議員が低所得者に配慮し、介護保険料の減免のために介護保険条例の一部を改正する条例提案をしていました。私はその時、保守系与党として、反対討論を行いました。議員になったばかりで、低所得者に対する配慮は必要であると思っていましたが、尊敬できる先輩議員に、議員として、外部からの批判でなく、与党としてしっかり判断するように、清濁のみこみ、八方美人にならず判断するようにおしえてもらいました。介護保険は、従来、一部の生活困窮者に対する福祉という観点ではなく、来るべき高齢化社会に備え、すべての国民が利用できる社会保障制度の再構築を図るべく創設された社会保険です。特に導入時は制度設計が非常に重要となります。低所得者への配慮は、制度とは別に福祉対策として行うべきと判断し、反対討論を行い、提案された条例に反対しました。

自民党、公明党は政権交代までは与党でしたが、野党になっています。野党にになるとこのような修正案をだすということは不思議でたまりません。

河村氏市長の再発議の理由は下記のようなことではないかと思われます。
・100円では徴収コストのほうが高くなる。
・納税の義務があり、ゼロに等しい修正は原則に反する。
・半田市の減税は単年度であり、名古屋市の恒久的なものとは異なる。
・低所得者への対応は別途福祉対策で行うべきである。

今後、どのような議論になっていくかは、なお注目されます。


自律した市民の行動 [2009年12月08日(Tue)]
 昨日、河村サポーターズのやろまい庶民革命ー各区署名活動勉強会がスタートしました。代表になられた前御嵩町長の柳川喜朗さんのお披露目を兼ねた講演もありました。各区勉強会にすべて参加すると話してみえました。

 柳川さんの著書「襲われて」のあとがきには
私は、特に正義心が強かったわけでもなく、勇気があったわけでもなく、ただ、道理にかなわないことを見て見ぬ振りができなかっただけだと語ってみえます。



 河村市長は名古屋市民を信じて庶民革命をするといっています。市民が考え判断し、行動してくれると信じ、柳川さんの言葉を借りれば、年俸800万で「やせがまん」をして、市民との約束の庶民革命を進めようとしています。

 同じく柳川さんは、「河村市長とわれわれがやろうとしていることは民主主義の壮大なる挑戦、市民もスタンドで手をたたいるだけではだめ、政治に参加しないと。」と語ってみえます。

 自律した市民一人ひとりが、志を集めて、「自治体のかたち」を変えるまさしく革命でしょう。
 河村市長、初登庁の日の「日本民主主義発祥の地ナゴヤの懸垂幕が思い出されます。

 ところで、議会はどうでしょうか。河村市長の政策はどのような社会、自治体を目指し、どのような戦略なのか、現在は大所高所の議論ではなく、各論の課題を論じているような気がしてなりません。減税しても高額納税者だけがとくするのではないかと直接的な結果のみで議論しています。
 減税することで、人はどのように変わっていくのか。社会はどのように変わっていくのか。庁舎内はどのように変わっていくのか、どのような自治体像をめざすのか。減税はどのような意味をもつのか、地域委員会はどのような意味を持つのか、議会改革となぜ一括で条例案としているのか、その意味と意義を捉えてほしいと思います。そうすれば、なぜ地域委員会の委員は公選なのか、減税は定率なのかが理解できるのではないでしょうか。中途半端な修正、または、妥協策としの修正は成果を生み出すことができないかもしれません。

 私も議員をしていましたが、議員のみなさんを一括「無用の長物」にしてはいけないと思っています。志高く議員になられた方は、今、相乗りで緩んできた名古屋市の議会改革の機会を外さず、自発的な議会改革をしていただきたいと願い、信じたいと思います。

 市民の目は議会に向けられています。
 議会がだす結論が注目されます。
河村市長の名古屋ことばの復権 [2009年12月04日(Fri)]
 名古屋市は、河村市長と市議会の論争が続いています。そのゆくえについてはまたお話ししたいと思いますが、今日は「名古屋ことば」について感じたことがあります。
 河村市長の名古屋ことばは、汚いとか、なんとかやめてほしいという声を選挙の前から聞いていました。しかし、河村市長には信念があり、投票行動に影響があるといっても、絶対に「名古屋ことば」をやめようとはしません。
 最近の市議会の様子をテレビのニュースなどで見ると、議会での質問など、議員さんも「なんじゃそれ」とか、名古屋ことばが多くなっているような気がします。私も東京などへいくと、自分では標準語を話しているつもりが名古屋ことばですねと言われることがあります。ことばは不思議なもので周りへの影響があります。私も、河村市長の使う「名古屋ことば」が知らず知らず映ってきたのでしょうか。
 東北や九州のかたは行政の職員の方も、市民も、商売屋さんも、その土地の方言を話します。
河村市長は、「誇りを持って“名古屋ことば”を復権させよまい」と話されています。

 河村市長はお聞きしたことですが、名古屋の人が名古屋ことばをあまり使わないのは、古く、徳川宗春の時代にさかのぼるといわれます。

 徳川宗春は、徳川御三家の尾張徳川家の第七代当主です。第三代当主・徳川綱誠の十九男であったため、本家を継ぐことなどありえませんでした。兄、甥が早世しなければ、3万石の小大名として、歴史に名を残すことはなかったでしょう。ところが、第八代将軍吉宗と同じ『幸運』で尾張徳川家の当主になったのです。
 
当時は、吉宗による財政再建を目標とする緊縮・節約が幕府の基本政策でした。
 それに対して、宗春は積極財政政策、規制緩和政策を展開し、名古屋の経済活性化を目標としました。
 それ以外でも、吉宗と宗春の路線対立は発生します。江戸方に尾張のものとわからないように、名古屋ことばを使わなくなったということです。

 私たちは、名古屋で育ち、名古屋で暮らす「誇り」をもっと持つべきでしょう。

ところで、市民フォーラムのスタッフで3英傑をしらないものがいました。学卒は一般社会常識に欠けていることが多いと感ことがありますが、基本的な教養も乏しいと感じることが多くあります。

 

 
団塊の世代から未来のこどもたちへ [2009年11月28日(Sat)]
 「地域デビュー」の講座を聞いて、何かお手伝いできることはないかと、市民フォーラムに問い合わせがありました。 
 1回ぽっきりのフォーラムですが、反応があることは、とてもうれしいことです。

 私たちは、定年退職後しばらくゆっくりしてからでなく、現役の時から、できるだけ早く地域とかかわってくださいとお話ししました。
 未来のこどもたちのために新しい社会システム構築のための原動力となってくださいと・・・

 ことのきっかけは
全国4都市にてシニアイベントとして日経シニア・ワークライフ・フォーラム 2009 が開催されています。名古屋会場は11月25日に開催されました。

プログラムは下記です。

13:00〜14:00 特別講演「森と暮らす、森に学ぶ 〜自然が教えてくれる生き方〜」
■講演者:柳生 博氏(俳優、作庭家、財団法人日本野鳥の会会長)

◆14:10〜15:10 テーマ別レクチャー(1)
■ 「地域デビューセミナー 〜企業人から地域人へ〜」(東海労働金庫提供)
パネリスト:
末松 雅彦  (米野さわやか会 会長)
水野 千惠子  (特定非営利活動法人 かくれんぼ理事長)
コーディネーター:
藤岡 喜美子  (特定非営利活動法人 市民フォーラム21・NPOセンター事務局長)



◆15:20〜16:20 テーマ別レクチャー(2)
■「知らなきゃ損する年金術〜60歳からの働き方のヒント〜」(全労済提供)
講師: 原 令子氏(社労士、年金のエキスパート)
講演内容: ねんきん定期便と60歳からの働き方のヒント

◆16:30〜17:30 実益講座 「お金」をテーマにした内容
■「あなたの未来生活、一緒に描きまへんか!」
講師: いちのせ かつみ氏(ファイナンシャルプランナー、生活経済ジャーナリスト)

私はテーマ別レクチャーにて、東海労働金庫と2006年より始めている地域デビュートータルサポートプログラムの説明と、団塊の世代のかたの実践事例を紹介し、「地域デビュー」の心得などをお話しました。

 会場は400人近くのかたで満席であり、壇上にいるとみなさんが真剣に聞いてくださっているのがわかります。私たちはどのような社会をめざすのか、そこで、政府・行政セクター、企業セクターに続くサードセクターが確立し、これまで、私たち市民は、有権者であり、納税者、利用者、労働者、消費者でしたが、自らが社会の担い手となり、社会を支えるサードセクターの確立を目指します。

 私はポスト団塊の世代です。団塊の世代のみなさんが社会を変えようと運動をしていた若かりし頃をみています。

 「今の若者は・・・」という声が聞かれます、長く安穏とした時代に育てば、自ら問題解決するということはどういうことかわからないかもしれません。

 団塊の世代のみなさんは、伝統的な社会のあり方に反発し、若者らしい性急さで、いささか乱暴ですが、社会制度に激しく抵抗していきました。その運動は未熟なまま成果をみずに終わっていますが、市民参加型社会をつくろうという心のエネルギーは蓄えられているのではないでしょうか。

団塊の世代のみなさまは、きっと子どもたちや孫たちのためなら、再度時代の最先端で誇り高く生きられるのではないでしょうか。

子どもたちに、私たちの活動を伝えていくのが、私たちの役割かもしれません。











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