CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る

市民フォーラム21・NPOセンター 事務局長藤岡喜美子の日記

市民フォーラム中期戦略の3つの柱
 
1公共サービスを担い改革するNPOを支援する
2市民が主役となる新しい政府・行政像を創出する
3重層的で社会的存在感のある
 サードセクターを構築する


いつもありがとうございます [2011年07月29日(Fri)]
 みなさま

いつもブログをお読みいただきありがとうございます。今後はJACEVOのブログに一本化したいと思いますのでよろしくお願いいたします。

https://blog.canpan.info/jacevo/
河村改革と今後の展望NO5 [2011年02月25日(Fri)]
 私たちサードセクター組織は政府・行政へ要望陳情する消費者ではなく、社会をよくする生産者になるべきです。
 そして、意志ある市民が政治家を選び、選挙後もコントロールする。選ばれた政治家は市民の声と政治家としてのプロの判断、議会と建設的な議論を行い、政治主導にて、ビジョンを描き行政をマネジメントし政策を実行してほしい。

 選挙が続くと思われます。単によいか悪いかだけに片づけることはできないと思います。ベストではなくベターは何かを考える。起きている現象について発信されてる情報を正しく理解をし、判断をし、選挙で政治家を選び、政府・行政丸投げでなく、市民は選挙のあとも適正で冷静な判断と行動をしてほしいと思います。

名古屋の河村改革について、知りうるかぎりできるだけ事実に基づき説明をしていきたいと思います。

名古屋でおきていることは全国に広がる可能性があります。

河村市長がマニフェストに描いた「新しい自治体のカタチ」。

私はそのビジョンに共感し、応援することにきめました。またできるかぎりの手伝いができればよいと思いました。
それは議会改革だけでなく、庁舎内やそれをとりまく外郭団体改革に本格的にメスをいれるものでした。
市民が自治を確立し、市民が行政のP-D-C-Aに積極的に関わり、行政をコントロール、市民が主役のまちをつくろうとするマニフェストでした。このマニフェストを実現すること、それは改革のための「戦い」です。たやすいことでなく、既得権益からのあらゆる攻撃にひるまず挑み続けなければなりません。よって、河村市長とともに闘い続ける常勤の同士が欠かせず、先に述べたように、その同士がいなかったことが大きな課題です。これほどの改革はすべての時間と知力を使わないと無理です。

河村市長は政策を実現するための議会との戦いから、議会そのものへの改革へと向かいました。
その転機は2010年1月です。

河村市長がいう敵は最初は職員中心だったと思いますが、議員へと移っていきました。

「税金で食ってる方は天国で、税金を払っている方は地獄」
税金で食っているのは、職員と議員。
最初は二大公約といっていたことが、今は三大公約といっています。
減税、地域委員会に議会改革をつねに唱えるようになりました。

河村市長はいくつか政策はすすめていますが、わりとすぐにきる施策・事業が多く、たとえば本気で事業の改廃などをしようとおもえば行政経営ができる行政評価の仕組みの確立を含め、職員の意識改革などねばりづよく、時間をかけて庁舎内の改革を進めていく必要があり、そこには市長一人では、手をつけられないというのが実態ではなかったのでしょうか。複数で市長のマニフェストを理解しているものが庁舎内のマネジメントをサポートする必要があります。

私は改革をすすめる河村市長は庶民の心をつかんでいますが、改革を遂行する時間をたっぷりつかえる同士がいないことが気になっていました。その同志は素人では無理であり、自治体のことがわかっている必要があります。庁舎内の改革は「このようにすべき」ではすすまず、その道筋を示し、進捗管理がないと政策は実現されていきません。

●政策を実現するための議会との戦い
2009年4月 市長に当選
早速公約実現にむけて動く
よく演説ではなしてみえる公約の一丁目一番地の実現に向けて動きました。
2009年6月定例会 「名古屋市市民税減税の基本的な方針に関する条例」を提案
           「継続審議」
2009年9月定例会 「継続審議」
2009年11月定例会 自民、公明、社民が修正案を可決
            市長が再議をかける

2009年11月23日 河村サポーターズ設立総会

2009年12月    修正案が否決
            原案が民主、自民、公明により可決
ここで、議会は恒久減税を可決しています。

また二大公約のひとつ地域委員会についても
5月より、区政協力委員、学区推進協議会などへの説明をしつつ制度設計をしていきました。区政協力委員などの反対の動きについては新聞報道の通りです。
私は、できるだけ早く市民全体への説明が必要であると伝え、市民同士の議論が必要であり、8月からは市民への説明会もなんとか始めました。選挙による地域委員会ということで、河村市長こだわりの選挙費用も含む補正予算も市議会は12月に可決しています。

●二大公約を議会が可決
つまり、二大公約は12月に「河村サポーターズ」がリコールの署名運動を本気でするかもしれないというプレッシャーもあったのか、可決しているわけです。

私は、「河村サポーターズ」は市長から独立し、市民の意思で活動をする必要があると思っていました。

私たちは、この二大公約を議会が可決したら、本気の行財政改革のために河村市長が仕事をしてくれると思っていまし
た。
本気の行政改革には、中期ビジョンが必要であり、成果目標を調査とマニフェストで目標を設定し、さらに成果指標を6カ月で設定するという、すごいことを担当課は本当に努力して実現させました。次年度の予算編成にて、一率カットではなく、事業仕分けのような手当たり次第の仕分けではなく、目標に向かって有効かどうかを検証できる仕組みをつくる準備ができていました。

地域委員会もモデル実施がきまり、地域委員の選挙も行い、その委員会のサポートを市役所や区役所がどのように行っていくのか、その専門性を問い、どうするのか、政策実現のために知恵を絞り、マネジメントすべきときでした。

しかし、河村市長は政策の実現にむけてではなく、議会改革へと向かっていきました。
私も、保守の地方議員を務めていましたので、二元制議会民主主義の限界も捉えていまし
た。その気持ちはわかりました。

 政策を実現していくために庁舎内の改革を行い同時に議会改革は困難、であらば、まずは議会改革へ

 しかも庶民にはわかりやすい

 市民の多くは安心して暮らすことができる、少子高齢化という緊迫した課題を抱える日本において福祉政策を願っているはずです。

しかし、わかりやすい先導にて、議会改革へと

●議会改革へ
河村サポーターズ設立のためのサポーターズ募集のときのチラシのキャッチコピーは

さあやろまい庶民革命
誰のための市議会だか、わっかれせんがや
庶民のための市議会へ、みんなで革命だがや


「河村サポーターズ」は河村市長の後援会ではなく、河村市長のマニフェスト、政策を実現するための市民活動団体でした。署名運動をした「ネットワーク河村市長」とは異なります。
「河村サポーターズ」の設立の記者会見では、市長がリコールをするといってもしない場合もあり、市長がリコールをしないといってもリコールする場合もあると代表が述べ、設立総会にて意志決定のルールをつくり、世話人会をおいた市長からは独立した市民団体でした。

「名古屋発どえりゃ革命!」KKベストセラーズによると議会が二大公約をいったん通したが、その後「河村サポーターズ」の中心人物がやめて、リコールをしても書名があつめられないのではという噂を議員がさぐりにきて、その後、議会が市民税10%恒久減税を「1年かぎり」と修正案をだしてきたと説明しています。
※注「河村サポーターズ」ではなく「河村パートナーズ」と記載されていました。

12月議会のあとに河村市長は「名古屋発どえりゃ革命!」KKベストセラーズによると『当選してから「議会定数も議員報酬も半減」をやろうとした』といっているように、「議会定数も議員報酬も半減」と記者発表しました。

このころ河村サポーターズでは、リコールの署名運動ではなく、住民投票条例制定のための署名運動を行う準備をしていました。

議会定数も議員報酬も半減と市長から改革をせまられ、議会が一度可決した二大公約を翻してきたわけです。この議会の動きが庶民にはどのように見えるのか。。(つづく)
河村改革と今後の展望NO4 [2011年02月19日(Sat)]
「名古屋発どえりゃあ革命!」(kkベストセラーズ発行)にある河村氏自身の視点と、視座を変えた立ち位置にて、経営アドバイザーや河村サポーターズの事務局長も務めた私にみえていること、体験したことを比較しながら名古屋・愛知でどのようなことが起きていたのか、今後私たち市民はどうすればよいのか考えていただければと思います。

人々が理解し社会が変わるプロセスには混乱、混迷があり、時間がかかるのかもしれません。

 河村マニフェストには大きく3つの公約があります。「名古屋発どえりゃあ革命!」(kkベストセラーズ発行)に河村氏がかいていますが、庶民革命の政策集としての3つの改革は「市民税10%恒久減税」「選挙による地域委員会」「職員人件費を総額10%引き下げる」です。私はこの3つは、名古屋市が「新しい自治体のカタチ」へと変革する有効な政策だと思いました。地域委員会にて住民自治の確立、10%減税による本気の行政改革、民間活用による職員人件費の総額削減、そして河村氏ならばリーダーとして、軸をぶらさないで改革を推し進めてくれると思いました。しかし、その政策を体系的に戦略的推進するためには庁舎内のマネジメントできる人材が必要です。10%減税は一律シーリングではなく、ダイナミックな事業の改廃ができる行政評価の仕組みなど確立する必要があり、地域委員会はそのサポートが重要です。民間の活用においては、公契約のあり方など制度設計の見直しなど、政策の実現のために山のような作業があります。
また、職員は「このようにすべき」だけでは動かず、河村市長がめざす将来像に対し、おそらく意味がわからず、もう少し手前の姿を説明しつつ、その方策を丁寧に示唆しながら、政策の実現へと職員を導く人材が庁舎内に常勤でいることが必須です。
関係者が集まるときには、いつも人材問題を捉え「困った」「どうしようもないか」(誰かいないか」という議論でした。

ところで、河村氏の政策集「庶民革命」にはない、議員報酬半減、議員定数半減の議会改革を前面にだし、今はなぜ減税と議会改革を大きく提唱しているのか。「名古屋発どえりゃあ革命!」にて河村氏は正直に語っています。
『前の市長選では名古屋のみなさんに「10%の恒久減税をする」「地域員会をつくって自分たちの住む地域のことを考えてもらえるようにする」「市長の給料を800万円にする」などを約束した、公約だわ。当選してからは「議会定数も議員報酬も半減」ということをやろうと思った。そしたら議会がそれはいかんと言うもんだから、実現したのはワシの給料を800万に下げることだけだった』
庶民革命の政策集にあったわけではなく、当選してから「議会定数も議員報酬も半減」をやろうとしたといっています。この経緯と議会とのかけひきを振り返ってみます。

河村改革と今後の展望NO3 [2011年02月17日(Thu)]
 市長に当選した翌日、河村氏は、市役所の前で、「税金で食ってる方は天国で、税金を払っている方は地獄」という決め台詞を拡声器から声高らかに発していました。このころの河村氏のターゲットは議員ではなく、公務員でした。

 河村市長は副市長に松原市政において副市長であった山田氏、そして住田氏を任命しました。
 その後民間人として大西副市長を任命しました。
 経営アドバイザーとして11人が就任しました。私もその一人でした。子育てや福祉を担当することになっていましたが、後が辞任したあとは、行政経営の推進、地域委員会、外郭団体改革なども担当していました。非常勤にてこれだけの仕事を進めることは困難であり、睡眠時間を削る毎日でした。
 ちなみに、経営アドバイザーは会議に出席したときに謝金が支払われ、そのほかはボランティア活動でした。謝金は源泉を差し引き、1回11990円でした。

 河村市長は自らの報酬を800万とし、同時に政務秘書設置条例を議会に提案しましたが否決されました。外部から常勤の人材を投入しようとしましたがかないませんでした。

 こまったのは、河村氏のマニフェストを充分理解し、常勤にて、庁舎内のマネジメントをサポートし市長の改革を支える人材を投入できなっかったことです。

 庁舎内の改革はたやすいことでなく、市長が指示をしたからといって積極的に行動する人材はごく少なく、抵抗勢力や、どのようにアプローチしてよいのかわからないという状態ではないでしょうか。また、所管課による市長レクチャーが毎日河村市長を待ち受けます。

 地域委員会と減税を実現する。しかし議会では否決もしくは継続審議にて遅々とマニフェストの政策はすすみませんでした。

  
河村改革と今後の展望NO2 [2011年02月16日(Wed)]
 河村氏と直接話をしたのは、2009年4月の市長選の出馬の準備をしている3月ごろでした。チーム河村がマニフェストを作成していましたが、その一人である、後氏から河村氏を紹介してもらいました。そのころはマニフェストの素案ができ、議論していたころです。私は福祉や子育て、民間開放、NPO政策などについてマニフェストにかかわりました。
そのとき、二大公約の減税と地域委員会について、河村氏より直接話を聞きました。

 その政策にほれ込み応援することを決めました。ただし実現のために、政策をどのように進めるのかアプローチの方法と庁舎内のマネジメントが課題であり、重要であると思っていました。誰が担っていくのか、その人選はまだみえませんでした。今思えばいなかったということになります。

 私は、住民自治の確立、そのためには近隣政府、都市内分権の考え方が必要であり、最小行政単位でできないことを、自治体が行う。そのときに、市民がコントロールし、目標達成のために事業の改廃ができるような、行政経営ができる自治体になっていることが緊要であると思っています。

 住民自治確立のために、自治の決定と実施を分離し、決定を選挙で選ばれた地域委員会の委員がマニフェストでは中学校区では約1億、小学校区であらば5000万程度の予算をどのような施策に使うのかきめるというものでした。

 減税は、10%減税することで、行政が本気で行財政改革するように仕向けるためのものです。

 この二つの政策をすすめることで、住民自治の確立と筋肉質に自治体改革が進むと思いました。

 名古屋市議会はこの二つの政策を6月議会、9月議会と否決しました。

 2009年11月には、「河村サポーターズ」が設立され議会リコールという圧力もあり、名古屋市議会は12月には、市民税10%減税と地域委員会のモデル実施を一旦は可決しました。

<河村サポーターズ設立趣旨書抜粋>
 私たちは、こうした状況のなかで河村マニフェストを実現するためには、市民の力で河村市長を強力に支援することが不可欠だと考え、ここに河村サポーターズを設立することを決意しました。議会解散直接請求(地方自治法76条)を含め、必要なあらゆる手段を用いて河村マニフェストの実現を行動によって支援することが本会の趣旨です。本会の会員は河村サポーターとして、それぞれの条件のなかで、可能な限りその趣旨に沿って行動していきます。

 ところが、二大公約が可決されたにもかかわらず、河村氏は議員報酬半減、議員鄭州半減、政務調査費、飛揚弁償廃止を唱えました。

河村マニフェストの議会改革は下記のように記されています。
(4)議会改革
議会に対しても、自主的な改革に期待し、行財政改革を促す。
@ 政務調査費、費用弁償の改革
(ア)政務調査費の支払いは、会派に対してではなく個人に対して行う。
(イ)使途と金額は情報公開する。
(ウ)費用弁償は実費支給とする。
A議員定数改革
議員定数は、議会が現下の社会経済情勢を熟慮して決断した「議員報酬及び政務調査費」10%削減と同様に、定数を10%削減する。
B地方議員年金の廃止
議会の地方議員年金廃止の取り組みを強くサポートし、国に働きかけていく。
C市民3分間議会演説制度創設
市民の議会への関心を高め、議会審議に参加する機会を増やすため、希望する市民が議会で3分間考えを開陳できる機会を創設する。

現状の
市議の報酬が1600万円、政務調査費が600万円、さらに費用弁償が議会1日につき1万円という数字が市民の間に露出していきました。

 議会は何をしているのかよくわからないと感じていたという名古屋市民の感情は、この経済の低迷時期であることも加わり、名古屋市議会への批判へと強まって行きました。

河村改革と今後の展望NO1 [2011年02月14日(Mon)]
 いつも休日もとらずとにかく活動していますが、久しぶりに休暇をとり、少し立ち止まり考える時間を持ちました。河村改革のことを考えました。 

 2月6日の愛知県知事選、名古屋市長選、市議会解散の是非を問う住民投票は大村知事の誕生、河村市長の再選、議会解散賛成多数となり、河村市長の勝利となりました。

 河村氏は選挙では圧倒的な強さをもっています。地盤看板カバンがない河村氏は自転車の街宣など独自の方法で有権者の心を掴んでいきます。

 2009年5月河村市長が誕生しました。
 私は、真に応援したいと思う政治家はこれまで、あまりいませんでした。しかし、河村市長は別であり応援したいと思いました。
 
 そのときのマニフェストの公約の柱は「減税」と「地域委員会」であり、河村市長は市長就任のときに、「日本民主主義発祥の地ナゴヤ」と「日本減税発祥の地ナゴヤ」という10メートルの長さに及ぶ二つの懸垂幕を披露しました。

 2010年12月、議会が減税と地域委員会を可決し、事業の改廃をしていくための行政改革のための評価の仕組みづくりや、地域委員会の運営上の課題解決など内政をすすめて行くべき時期に、河村市長は議員報酬半減、定数半数削減を唱え、さらなる議会改革を仕掛けていきました。

 待ったなしの課題が山積するこの時代に、河村市長の手法でよいのか。また河村市長の主張する議会改革と減税=本気の行政改革、地域委員会=住民自治の確立の3つの公約の柱はどのように実現していくのか。

 自分の考えを整理するためにも、河村氏との出会いなどこれまでのことなど事実を一度整理し、今後の行方や展望を考えていきたいと思います。

 整理しながら、このブログに段階的にかいていくつもりです。
しあわせな暮らしのために [2011年01月07日(Fri)]
 あけましておめでとうございます。

 慌ただしい年末、そして家族が集う年の初めに、「幸せ」とは何か、「喜び」とは何かを考えました。
 毎日、物質的に豊かに暮らしていて感じる「幸せ」と、多くの苦労や困難が身に降りかかり、しかしそれを周りの人の支えにより乗り越えて感じることができた些細な「幸せ」はきっと異なるでしょう。

 私事ですが、昨年は想像もしていなかったことが身に降りかかり、周りの人を騒がせたり、家族に心配をかけたりしました。
 一番困っている時の心の支えは家族でした。そして、ほんとうに困っている時、自分ではどうしてよいかわからない時に助けてくださる方がありました。
 
 12月28日には、三重県伊勢市の団体さんへコンサルティングにお伺いしました。そして1月5日は愛知県犬山市の団体さんへお伺いしてきました。
 市民フォーラムに入職してから、400近い団体さんのコンサルティングをしています。表面的な相談を受けるのではなく、かなり踏み込んで団体の成長の後押しをさせて頂きます。
 多くの団体のみなさんが、身近な地域で、困っている人や困っていることを「ほっておく」ことはできないと意志を持って活動を始め、継続してみえます。困っている人の問題が少し少し解決し「幸せ」を感じることができるはずです。

 私は団体さんを訪問するたびにその活動に感動し、敬服し、自分自身は毎回その後押しの仕事ができることに感謝しています。そして同時に自らの非力さを悔みます。おきてくる現象に悲しみや憤りを感じることが多く、どうしようもないことが多く、それでもいろんな工夫や努力をしてみえる方たちとともに活動をしたいと思います。

 市民は評論をしたり、社会への批判ばかり唱えているのではなく、自ら担い手となり社会課題を解決していきます。それは、毎日の生活の中で人のために小さな親切をしたり、身近な地域でボランティアをしたり、NPOなど社会的企業の経営をしたり、そこで働いたり、ひとり一人が共に生きる人のために「動く」「活動」することで、ひとり一人が物質的な豊かさによる「幸せ」ではなく、心にしみる「幸せ」を感じることができるのかもしれない。

 NPOの活動はその「幸せ」「喜び」を伝え広げていく活動です。
 政府や行政でない非営利組織が、温かみのある公共サービスを提供し、助け合いの活動をします。その活動量が増えていくと、きっと幸せになる人が増えてきます。自ら活動し、人に「ありがとう」の一言をもらって喜んでもらえる「幸せ」と、困っているときに助けてもらえる「幸せ」と2倍に「幸せ」が増えていきます。

 政府行政セクター、企業セクター、サードセクターが連携し、一体的に変化しながら、それぞれの成果を生みだし、役割を果たしていく新しい社会システムを目指します。 そのためには、まだまだ存在感の乏しいサードセクターが形成されることが重要です。

 サードセクターが形成されるには、政府・行政セクター、企業セクターの「ひと」がボランティアやプロボノとして関わり、交流することも必要ですが、サードセクターで本気で働こうとする多くの「ひと」がサードセクターに流動してくることが必要です。

所詮は「ひと」のチカラです。社会を変えるのは「ひと」のチカラです。

 特に若い世代のみなさんがこのセクターで働くことができるように、生活できるだけの給料、その人の能力にあった給料を支払うことができるようになっていることを目指します。そのためにはサードセクター組織が多様なステークホルダーから資源を引き付けつつも社会課題を解決するというとても難しい経営ですがその「経営力」をあげることと、制度や仕組みを変えることと、双方のアプローチをしていきます。

  今年は、サードセクター組織の経営者や働く人の労働環境の整備を考えていきたいと思っています。 そして心ある若い世代の人がサードセクターにて、起業などチャレンジしたり、働いたりできる社会にしていきたいと思います。

 2007年イギリスのACEVOへコンパクトやチャンジアップの調査にいった時に、30少し前ののACEVOスタッフに会いました。以前は内閣府に務めていたそうです。

 私は「なぜ、ACEVOに転職したのか」と問いました。
 彼は「あなたと同じ想いである」と答えました。
 彼のさわやかな志に感銘を受けるとともに、自分の意志で政府セクターからサードセクターに転職できるだけの基本的な環境がイギリスにはあるということがわかりました。その後のサードセクター組織のヒヤリングではCEOやスタッフの給料など労働環境も聞くように努めました。

 新しい公共の推進会議でも議論されている寄付の見直し、プロボノの推進は必要ですが、根本的に、存在感が乏しいサードセクターが形成され、3つのセクターが連携し、それぞれの役割を果たすことができる新しい社会システムを目指していくならば、サードセクターの経営者の立場から考えれば、サードセクターを支える人材問題であると最近は思っています。

サードセクターの経営はたやすいことではなく、その経営とそこで働く人材不足、「ひと」のチカラの問題です。

「ひと」がセクター間を流動することができるようにするのはどうすればよいのか。

政府・行政セクター、企業セクター、サードセクター間を人が流動することができる社会になることができるのか。

 NPO法人の代表はNPO試行後まもなくは定年退職後の方や、子育てがひと段落した女性がめいっぱいその労働力を投入して、孤軍奮闘でここまできています。

これからの、若い人、そして今の現役の人がどのセクターで働くのか、働くことができるのか。

 今の私の関心はここにあり、よく研究したり調査したりしながら、めざす姿にするために何を行っていくのがよいのか考え行動していきたいと思います。

今年もよろしくお願いいたします。

 
 

 
今年もお世話になりました [2009年12月31日(Thu)]
今年は、自民党政権から民主党政権への「政権交代」が実現しました。

12月末には、2010年の政府予算もきまりました。これまで、各省と財務省と官僚間で行っていた折衝を、政務官、副大臣、大臣などの政治家同士で行っていました。
私たち国民が直接選挙で選んだ政治家が予算編成をしています。

今の政権は地方分権、地域主権とし、主権者である国民がコントロールする新しい「国のかたち」へと変わりつつあります。

事業仕訳は話題になりました。予算編成の過程を公開することは評価されます。しかし、誰の目からも無駄であるという事業施策の廃止はできても目標に対し有効かどうかの価値判断は難しくなってきます。その仕組みはさらに検証が必要です。

ただし、確実に変化の歩みを踏み出していると感じます。

文部科学副大臣の鈴木寛氏にお話を聞いたときは、とても疲れてみえましたが、高い志で市民を信じて改革を進めると話してみえました。

そして名古屋市では、4月に河村市長が誕生し、河村マニフェストの推進と「住民分権を確立するための市政改革ナゴヤ基本条例」の実現にむけ、脱官僚、脱職業議員の改革を行い「自治体のかたち」を変え、自治体を主権者である市民に取り戻す庶民革命を行っています。

 河村マニフェストの二大公約が11月議会にて承認されました。二大公約の一つである市民税10%減税は、税金の一部を役人や職業議員の手から市民へ戻そうとするものです。そして市民自らお金の使いみちを考えます。また、それによって、無駄な事業を削減し、もっとも有効な事業編成へとダイナミックに変えていきます。

もうひとつの二大公約の地域委員会が設置され、そこで市の予算編成の一部を決めます。地域の身近な問題を解決するために、これまでのように区政協力委員や市会議員を通じて市に陳情する必要がなくなります。自分たちの地域のことは自分たちで決める、「決定」をみずから住民が行います。

また、「住民分権を確立するための市政改革ナゴヤ基本条例」は「政治ボランティア化条例」ともいわれます。これは議員は無償で活動をするということではなく、脱職業議員であるべきという主張です。ボランティア化とは、高い志を持ち、社会をよくするために市民のために活動をします。議員は大所高所から市全体のことを考え議論するようになります。減税と地域委員会にて、住民自治の確立に向けて確実な歩みを踏み出し、同時に団体自治をも確立していきます。また議会も改革されていきます。日本における本当の民主主義が名古屋の地域から始まるのです。

市民は選挙にて議員や首長を選びます。
政府・行政セクターに対しては、税金を納め、利用者になります。企業セクターに関しては、そこで働き、サービスを受けます。これからは、それだけでなく、地域でできることは地域でおこない、主権者である市民として行政をコントロールし、行政が地域や民間でできないことを行わせ、その行政の各段階(P-D-C-A)に積極的に関わっていきます。

 NPOセクター全体は、この11年で量的にも質的にも急成長を遂げましたが同時に、次のステップへと飛躍できるかどうかが問われています。
つまり、社会や地域の課題を解決するために、その成果を生みだすことができる組織となるように「経営力」が問われています。

 3月に日本サードセクタ経営者協会設立準備会の立ち上げ、その後市民フォーラムが事務局を務め、9月に設立総会と記念イベントの開催。設立後のJACEVOと連携を取りながら、政府への提言や、サードセクター組織の力量拡大の後押しをしてきました。

 名古屋市では、私が名古屋市の経営アドバイザーを務め、団体自治の確立のための行財政改革、住民自治確立のための地域委員会のモデル実施などを河村市長と共に進めてまいりました。

 サードセクター組織の「経営力」を問い、人材育成に特に力を注いできました。

 市民フォーラムはみなさまのご支援ご協力のもと、少し少し経営が安定してきました。しかし、社会が大きく変わろうとしています。その変革の原動力となるために、微力ですがさらなる挑戦をし続けたいと思います。みなさまのおかげをもちまして、民設民営の支援センターとして、ささやかですが、成功を体験することができたと思っています。ほんとうにありがとうございます。

新しい年は、未来のために大きく変革のうねりがおきる年です。この時代に市民
活動ができることに感謝し、努力をしていきたいと思っています。

来年もよろしくお願いいたします。

そして、みなさまどうぞ、よいお年をお迎えください。

 また私事ですが、自分の活動領域はどんどん広がっていますが、地域でのボランティア活動も行っています。毎年年末に、地域の人と、お正月花教室を開催しています。
 新しい年を迎えるにあたって、気持ちを新たにし、新年を祝うためにおめでたいお花をいけます。とても安らぎほっとする時間です。