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市民フォーラム21・NPOセンター 事務局長藤岡喜美子の日記

市民フォーラム中期戦略の3つの柱
 
1公共サービスを担い改革するNPOを支援する
2市民が主役となる新しい政府・行政像を創出する
3重層的で社会的存在感のある
 サードセクターを構築する


河村改革と今後の展望NO5 [2011年02月25日(Fri)]
 私たちサードセクター組織は政府・行政へ要望陳情する消費者ではなく、社会をよくする生産者になるべきです。
 そして、意志ある市民が政治家を選び、選挙後もコントロールする。選ばれた政治家は市民の声と政治家としてのプロの判断、議会と建設的な議論を行い、政治主導にて、ビジョンを描き行政をマネジメントし政策を実行してほしい。

 選挙が続くと思われます。単によいか悪いかだけに片づけることはできないと思います。ベストではなくベターは何かを考える。起きている現象について発信されてる情報を正しく理解をし、判断をし、選挙で政治家を選び、政府・行政丸投げでなく、市民は選挙のあとも適正で冷静な判断と行動をしてほしいと思います。

名古屋の河村改革について、知りうるかぎりできるだけ事実に基づき説明をしていきたいと思います。

名古屋でおきていることは全国に広がる可能性があります。

河村市長がマニフェストに描いた「新しい自治体のカタチ」。

私はそのビジョンに共感し、応援することにきめました。またできるかぎりの手伝いができればよいと思いました。
それは議会改革だけでなく、庁舎内やそれをとりまく外郭団体改革に本格的にメスをいれるものでした。
市民が自治を確立し、市民が行政のP-D-C-Aに積極的に関わり、行政をコントロール、市民が主役のまちをつくろうとするマニフェストでした。このマニフェストを実現すること、それは改革のための「戦い」です。たやすいことでなく、既得権益からのあらゆる攻撃にひるまず挑み続けなければなりません。よって、河村市長とともに闘い続ける常勤の同士が欠かせず、先に述べたように、その同士がいなかったことが大きな課題です。これほどの改革はすべての時間と知力を使わないと無理です。

河村市長は政策を実現するための議会との戦いから、議会そのものへの改革へと向かいました。
その転機は2010年1月です。

河村市長がいう敵は最初は職員中心だったと思いますが、議員へと移っていきました。

「税金で食ってる方は天国で、税金を払っている方は地獄」
税金で食っているのは、職員と議員。
最初は二大公約といっていたことが、今は三大公約といっています。
減税、地域委員会に議会改革をつねに唱えるようになりました。

河村市長はいくつか政策はすすめていますが、わりとすぐにきる施策・事業が多く、たとえば本気で事業の改廃などをしようとおもえば行政経営ができる行政評価の仕組みの確立を含め、職員の意識改革などねばりづよく、時間をかけて庁舎内の改革を進めていく必要があり、そこには市長一人では、手をつけられないというのが実態ではなかったのでしょうか。複数で市長のマニフェストを理解しているものが庁舎内のマネジメントをサポートする必要があります。

私は改革をすすめる河村市長は庶民の心をつかんでいますが、改革を遂行する時間をたっぷりつかえる同士がいないことが気になっていました。その同志は素人では無理であり、自治体のことがわかっている必要があります。庁舎内の改革は「このようにすべき」ではすすまず、その道筋を示し、進捗管理がないと政策は実現されていきません。

●政策を実現するための議会との戦い
2009年4月 市長に当選
早速公約実現にむけて動く
よく演説ではなしてみえる公約の一丁目一番地の実現に向けて動きました。
2009年6月定例会 「名古屋市市民税減税の基本的な方針に関する条例」を提案
           「継続審議」
2009年9月定例会 「継続審議」
2009年11月定例会 自民、公明、社民が修正案を可決
            市長が再議をかける

2009年11月23日 河村サポーターズ設立総会

2009年12月    修正案が否決
            原案が民主、自民、公明により可決
ここで、議会は恒久減税を可決しています。

また二大公約のひとつ地域委員会についても
5月より、区政協力委員、学区推進協議会などへの説明をしつつ制度設計をしていきました。区政協力委員などの反対の動きについては新聞報道の通りです。
私は、できるだけ早く市民全体への説明が必要であると伝え、市民同士の議論が必要であり、8月からは市民への説明会もなんとか始めました。選挙による地域委員会ということで、河村市長こだわりの選挙費用も含む補正予算も市議会は12月に可決しています。

●二大公約を議会が可決
つまり、二大公約は12月に「河村サポーターズ」がリコールの署名運動を本気でするかもしれないというプレッシャーもあったのか、可決しているわけです。

私は、「河村サポーターズ」は市長から独立し、市民の意思で活動をする必要があると思っていました。

私たちは、この二大公約を議会が可決したら、本気の行財政改革のために河村市長が仕事をしてくれると思っていまし
た。
本気の行政改革には、中期ビジョンが必要であり、成果目標を調査とマニフェストで目標を設定し、さらに成果指標を6カ月で設定するという、すごいことを担当課は本当に努力して実現させました。次年度の予算編成にて、一率カットではなく、事業仕分けのような手当たり次第の仕分けではなく、目標に向かって有効かどうかを検証できる仕組みをつくる準備ができていました。

地域委員会もモデル実施がきまり、地域委員の選挙も行い、その委員会のサポートを市役所や区役所がどのように行っていくのか、その専門性を問い、どうするのか、政策実現のために知恵を絞り、マネジメントすべきときでした。

しかし、河村市長は政策の実現にむけてではなく、議会改革へと向かっていきました。
私も、保守の地方議員を務めていましたので、二元制議会民主主義の限界も捉えていまし
た。その気持ちはわかりました。

 政策を実現していくために庁舎内の改革を行い同時に議会改革は困難、であらば、まずは議会改革へ

 しかも庶民にはわかりやすい

 市民の多くは安心して暮らすことができる、少子高齢化という緊迫した課題を抱える日本において福祉政策を願っているはずです。

しかし、わかりやすい先導にて、議会改革へと

●議会改革へ
河村サポーターズ設立のためのサポーターズ募集のときのチラシのキャッチコピーは

さあやろまい庶民革命
誰のための市議会だか、わっかれせんがや
庶民のための市議会へ、みんなで革命だがや


「河村サポーターズ」は河村市長の後援会ではなく、河村市長のマニフェスト、政策を実現するための市民活動団体でした。署名運動をした「ネットワーク河村市長」とは異なります。
「河村サポーターズ」の設立の記者会見では、市長がリコールをするといってもしない場合もあり、市長がリコールをしないといってもリコールする場合もあると代表が述べ、設立総会にて意志決定のルールをつくり、世話人会をおいた市長からは独立した市民団体でした。

「名古屋発どえりゃ革命!」KKベストセラーズによると議会が二大公約をいったん通したが、その後「河村サポーターズ」の中心人物がやめて、リコールをしても書名があつめられないのではという噂を議員がさぐりにきて、その後、議会が市民税10%恒久減税を「1年かぎり」と修正案をだしてきたと説明しています。
※注「河村サポーターズ」ではなく「河村パートナーズ」と記載されていました。

12月議会のあとに河村市長は「名古屋発どえりゃ革命!」KKベストセラーズによると『当選してから「議会定数も議員報酬も半減」をやろうとした』といっているように、「議会定数も議員報酬も半減」と記者発表しました。

このころ河村サポーターズでは、リコールの署名運動ではなく、住民投票条例制定のための署名運動を行う準備をしていました。

議会定数も議員報酬も半減と市長から改革をせまられ、議会が一度可決した二大公約を翻してきたわけです。この議会の動きが庶民にはどのように見えるのか。。(つづく)
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