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2021年10月27日

とある自治会の暗黒奇譚 #09 「組長会の開催」

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2021年10月07日

とある自治会の暗黒奇譚 #08 「敬老会(記念品配付)」

9月の自治会長会議で、後期高齢者(=うちの自治会の敬老会参加対象者)に配付する記念品が各自治会長に配られた。

うちの自治会だけで、その数80超。大きめの段ボール……60立方センチメートルくらいだろうか、その中にぎっしりとタオルが入っている。

これを自治会長が全部訪問してお渡しする……

なんてことはなくて、うちでは12人の役員(組長)と手分けして配った。把握リストのときと同じように、12人の組長宅に持って行って説明することにはなったが……。

自治会長で配られたこの物量のタオル、高齢の自治会長だったら自宅に持ち帰るだけでも大仕事だろうに。ちなみに、記念品がタオルだったのは令和3年度で、令和5年度には商品券になった。

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戸別訪問の意義

さて、おれは組長でもあるので、うちの組内の後期高齢者世帯を訪問して歩くわけだが、

「今年もコロナ禍で敬老会は中止になりましたが、記念品をお配りしています。今後も元気にお過ごしくださいね」

みたいな感じで、まあ一応? 労い? の言葉をかけて回った。

普段は仏頂面なおじいさんも、この時は若干照れ臭そうにして記念品を受け取ってくれる。

この「後期高齢者把握のために一軒ずつまわる」⇒「タオルを配るために一軒ずつまわる」ことを通して、

@どの家に、どんな人が住んでいるのかが知れる(特に後期高齢者の存在)

Aコロナ禍においては貴重なコミュニケーションの場(玄関先で1〜2分程度)

このような効用があることも認識できた。いずれも福祉委員(#05参照)としての活動に重なっている。まあ、これに気付いている組長なんてほぼいないだろうけど。

コロナ禍における代替として記念品を配付することになったが、結果的に戸別訪問をすることになり、その重要性を改めて認識した、というわけだ。

あんたは何か重大な勘違いをしているようだから教えてやるが、島根県のような田舎でも”人と人とのつながり”みたいなエモい人間関係はなくなってきている。

「となりにどんな人が住んでいるか、よく知らない」

というフレーズは島根県に住んでいても聞くことがある。

そんな状況で「敬老会の記念品を手渡す」という口実をもって、近所のお宅訪問をすることになったのだが、玄関先でのわずかなやりとりでも、観察すると分かることがある。

(暑いのに家を閉め切って、大丈夫か?)

(先月回覧板持ってきたことを覚えてない……ちょっと怪しいぞ)

(おじいさん、ここ1か月でかなり弱弱しくなったな)

などなど。観察なんて失礼だと言われそうだが、社会福祉の分野では対象者とのコミュニケーションから様々な情報を得ることはスキルとされており、失礼でもなんでもない。

「よお、じいさん。ずいぶん老けたな。飯食ってるか?」

これが許されるのは毒蝮先生だけである。

回覧板も含めた戸別訪問はそこの住人の生活状況を把握する貴重な情報源であり、行き過ぎた個人情報保護社会において共助を機能させるための手段の一つだと考えている。

まさか敬老会の記念品配付をとおして、こんなことを考えるとは思わなかったが……。





もう一度、問う

前回(#06)の投稿で ”敬老会の在り方” を考え直した方がいいのでは……と思うに至ったのは、このタオルの配付を済ませたところまでがセットになっている。

コロナ禍ということで物品の配付だったが、通常通りとなった今、敬老会を再開するとして、やはり一度その意義や目的は再考したい。

前回、今回と見てきたように、敬老会を開催するための事前準備には多くの人たちが関わり、労力を割いている。投稿では触れていないが、主催元の事務局であるコミュニティセンターの職員も様々な事務処理を行っている。

そうして開催される敬老会が――たいして人数も集まらず、みんなで弁当を食べて歓談して、音楽鑑賞か健康体操して帰る――こういった内容だとすると、事前準備に割いた膨大な労力と見合っているのか?

すべてを合理性で判断するのは危険だが、それでもやっぱり、敬老会に限らず「おや?」と思われる地域の事業は意義や目的を考え直したい。
posted by 島根 at 19:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 盆子原