※#04のボツネタ(パロディ)です。興味のない方は読み飛ばしてください。
婆「しびれを切らしたか?」
なんでもお見通しらしい。
盆「私の自治会長としての仕事に、何か不備でも?」
婆「不備はない。だが、通常の自治会活動を再開するには、今しばらく時間がかかる」
盆「なぜでしょうか?」
婆「直に分かる」
そろそろ五類に移行でもするのか……。
盆「待ちきれませんね。一体いつになったら、再開できるんですか?」
婆「変化のない現状に耐えられないか?」
盆「まあ、今までがあまりに忙しい人生でしたからね」
婆「アレをする回数も増える、と」
盆「……」
婆「アレをやるようになって、そろそろ一年か?」
盆「……はい。どうしても、やめられません」
すると、婆さんは姿勢を正し、声を張り上げた。
婆「防御! 伏せ! 立て!」
盆「……っ!?」
身体が反応する。
婆「腕! 心臓! 脚、脚!」
それは、ナイフを用いたオオキンケイギクの刈り方。
婆「逆手に持ったナイフを相手の腕の内側から入れ、そのまま筋肉を切断。相手の指を引き金から離すと同時に左の肩から手を回しストラップで首を絞める」
特定外来生物の、駆除の訓練。
婆「心臓を一突きする。胸骨の上から刺し、地面に引き倒す。大腿部を刺す。動脈を狙え。邪魔な腕をどかし、脇から肺に向けてナイフを突き入れろ」
盆「ぐ……うぅ……っ!」
ぴきぴきと、全身の血管が沸き立つ。
条件反射で、身体が疼くのだ。
盆「はあっ……はあっ……」
婆「……」
じわっと、額に脂汗が浮かぶ。視界がぐらぐらと歪み、みぞおちが潰れそうなほど痛む。
婆「……それほど、恐ろしかったか」
盆「うぅ……」
海外から入ってきた外来種が、島国固有の在来種を淘汰するという悲劇。
園芸用に持ち込まれた、北米が原産地のオオキンケイギクは、その強靭な繁殖力で、次々と在来種を根絶やしにした。
国の当局は特定外来生物に指定し、その駆除を国民に呼びかけた。
行政の広報紙なとで周知が図られたが、関心を示す国民は少なく、派手な見た目に惹かれて、法律で禁止している栽培に手をそめる者もいるほどだ。
盆「おれは……見ている……。鮮やかな黄色の花びら……花が枯れ落ちた後の蕾の中の大量の種子。空き地一面に広がる黄色の絨毯……。ヤツラは草刈り機で地上部だけを刈っても意味がない。多年草だから根から取らないと次の年も生えてくる。種の数も尋常じゃない。昨年まで生えてなかった空き地が翌年ヤツらで覆われることもある。そして……」
婆「だが、お前は、とある空き地のオオキンケイギクを一人で駆除している。迅速かつ的確な行動を称賛され、勲章まで授与されているではないか」
そのとき、おれの中で溜まっていた衝動が爆発した。
盆「仕方がなかったんだ!!
駆除しないと在来種が減っていくってのにそんなことも知らないで市民一斉清掃のときに綺麗な花だからってオオキンケイギクだけ残しやがったあのクソの地主野郎があろうことか水やりしててだからおれは侵入して背後から――!!!」
婆「腕、喉、心臓、脚、脚、肺……マニュアル通りにナイフを突き立てたわけだ(オオキンケイギクに)」
盆「うおおおっ!!」
婆「ぬっ……!?」
踏み込むと同時に、狙いをつけていた。
左足。
押し車がないと歩けないお婆さん。その身体的欠陥を狙い、腰にばねを利かせ、強烈な回し蹴りを放った。
婆「ぐぅっ・・・!」
盆「はあっ・・・はあっ・・・!」
全身が熱い。
特に、振り上げた右足が。
荒れた呼吸が引いていくにつれて、状況が見えてきた。
婆「……いいぞ、若いの」
吹っ飛んだ押し車を拾いおこし、もたれかかる婆さん。
よろよろしながら体勢を整えていく。
婆「私とて人間だ。そうやって不意に弱点を突かれれば、対処の仕様がない」
盆「はあっ……はあっ……。す、すみません……つい……考える間もなく……」
婆「そう、なにも考えるな。考えていては外来種は駆除できない。そう教えたのは我々だ。私はむしろ、お前のいまの行動によって、お前への指導が間違っていなかったと確信した」
盆「……」
婆「お前は、自治力養成試験に合格できなかった。だから、その埋め合わせとして一年間の草刈りボランティアに強制参加する羽目になった」
盆「わ、わかってます。おれの貧弱な意志を叩きなおすために……」
婆「だが、人間の意志というものは、そのような極限状態に置かれては、お前に限らず、みな等しく弱い。残念ながらお前は、後遺症を負ってしまった」
盆「は、はい……毎日夢に見てしまいます……。あのときの光景や、ときには匂いや感触すら……だから、おれは……っく……あ、うぅ……」
婆「アレをやりたいのならば、ここでやってもかまわんぞ」
盆「す、すみません……」
おれはたどたどしい手つきで背負籠から鉄アレイとシェイカーを取り出した。
盆「はっ……ふっ……」
婆さんは、おれをじっと見ている。震える手で鉄アレイを繰り返し持ち上げ、上腕二頭筋をパンプアップさせ、プロテインを一気に飲み干して恍惚の表情を浮かべるおれを。
盆「だ、だいぶ、落ち着いてきました」
……どうやら、まだ大丈夫なようだ。
婆「その粉は、外国産のかなり高価な栄養補助剤のようだな?」
盆「調べたんですか?」
おれが持っている粉を、没収されたことはない。
婆「運動後すみやかに摂取することで、アミノ酸の吸収効果が高まり、効率のよい筋肥大が期待される。依存性は低いが、使用を続ければ幻覚や妄想を引き起こす。常習者の躁鬱症状も多く見られているようだ」
本に載ってる通りの知識。
盆「……まったく、最近は深く考え込んでしまったり、回覧板から資料を抜いて回したり……キャラが安定しないんですよね……クク……」
婆「お前が自治会に莫大な貢献をすると誓う限り、私はお前の不正(職務中の筋トレ)に目をつむろう」
ありがたいぜ。
おれがおかしな真似をしたら、すぐにしょっぴくってわけだ。
そうやって、首に縄をかけているつもりらしい。
盆「それでは……失礼します……なんだか疲れました」
草刈りは途中だったが、おれはその場を後にした。
(おわり)