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2018年07月20日

あまり報道されない島根の水害(2018年西日本豪雨)

シマブロ!の盆子原です。

あんたも知ってのとおり、今月西日本各地で記録的な大雨となって、あちこちで被災した人たちが、今も日常を取り戻そうと、復旧作業にあたっている。

妻の実家も被災した。

妻と結婚する前、キンチョーしながら実家に行ったときのことは今でもよく覚えている。

とても優しいご両親で、それからはちょくちょく遊びに行った。

おそらく築60年以上は経過している、立派な古民家だ。

何回もお邪魔しているので、

テレビの位置、ソファーの高さ、ノートパソコンが買い変わっている、など、

家の中のことも、義理の息子程度に把握している。

そんな実家が、今回の豪雨で被災した……。

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2013年にも、江津市は水害に遭っています。

その時はじめて「線状降水帯」という言葉を聞きました。

そして、今回。

島根県と広島県を流れる江の川。

上流部の県境で大雨が降り、降った雨が下流へ流れる過程で

川沿いの多くの地域が被災しました。

今回は、江津市の中でも約10年前に合併した「桜江町」が被害に遭いました。

テレビ報道は1〜2日ありましたが、3日後にはほとんど報道されなくなりました(ローカル局は報道していましたが)。

なので、同じ江津市内にいても、

「桜江町はどうなってる? 上流の川本町や美郷町も大丈夫なのか?」

という状態で、ほとんど状況が分からないままでした。

そんな『あまり報道されない島根の水害』が忘れ去られないように、

“島根のリアルを発信する”という趣旨の、このシマブロ!にも記録しておこうと、

シマブロ!メンバーから提案があり、こうして投稿しています。

以下、長文ですが、ご一読いただければ喜びます。

※以下の文章は、盆子原がfacebookに投稿したものを一部抜粋・編集して掲載しています。

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【水害に関する雑記と備忘録】
今回は妻の実家が被災しました。
床上浸水で、道路からの浸水高さは1.8mはあったと思います。
ご両親は早々に避難し、無事でした。
地区の方も早期に避難を終え(車も高いところに移動させ、車の浸水はゼロ!)、行方不明や亡くなった方はおられません。
島根県江津市桜江町はここ50年の間に、今回を含め3回水害に遭っており、過去の経験と、近所づきあいの結びつきの強さが発揮されたのだと思われます。

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7月6日から降り始めた雨。
夜には地区内で浸水がはじまり、7日朝には1階がほぼ水没状態。
水が完全に引くまで10時間以上かかったそうです。
また、江津市街から桜江町への主要道である国道261号が冠水したとの情報があり、桜江町へ向かう選択肢がどんどんなくなっていく。
道路の状況がわからず、行くに行けない状況でした。
職場の同僚が7日午後に江津市街地から邑南町経由で妻の実家がある地区に帰って行きました。
この時も、その迂回路が通行できる保証はありませんでしたが、同僚からの知らせで、通行できることが確認できました。

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(写真)現場にいた妻のご両親が撮影した、浸水したときの状況。

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7月8日正午前。
前日、同僚が通ったルートで被災地入りしました。
水道が止まっていると聞いたので、ミネラルウォーターを2L×10本購入。
妻の実家では被災を免れた近所の親戚や、県外にいるご兄妹が手伝いに駆けつけていました。
浸水による浮力で畳やタンスが持ち上がり、何がどうなっているか分からない状態。
タンスなどは斜めのまま止まっているものもあり、安易に動かせないので、荷重状態を見極めながら、畳から引き抜き、屋外へ。
畳を出しきったら、今度はタンスを立たせ、中身の処理。
ただ、ここからは”持ち主の判断”が影響してくるので手は出せません。
ホームセンターで買い込んだ45Lのビニール袋に不要と判断された衣類や書類をひたすら入れていく作業。
ご親戚が軽トラを持っていたので、ゴミの収集場までひたすらピストン輸送。
軽トラがないご家庭は、敷地内にゴミをためておられました。
軽トラの有無が進捗度に差を生んだように思います。
電気が通っているかがわからず、この日は日没前に作業を終えました。
風呂が使えないので、隣町の温泉施設へ。

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(写真)廃線になった旧三江線の遮断機は浮き上がり、線路立ち入り禁止看板はねじ倒されていました。

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7月9日。
国道が通れるようになり、スムーズに被災地入り。
前日の作業状況からこの日必要になりそうなものを、ご兄妹と買い出しを分担。
前日夕方から蚊などの虫が大量に発生したため、蚊取り線香は必須アイテムでした。
前日に畳と大き目の家具の撤去作業が終わったので、この日は畳の下の板張りに溜まった泥の撤去と、納屋の片付け。
納屋にも長年しまっていたと思われる物や思い出の品があり、これも家主の判断を仰ぎながら持ち出し作業です。
この日は前日以上に天気がよく、入り込んできた泥が乾燥し、においや土埃に悩まされました。
また、こまめに水分補給をしたつもりですが、途中でバテてしまいました……。
この日もお母さんの職場の方、JCを卒業された方、隣町の方が来て手伝ってくださいました。
途中、NHK松江放送局の取材クルーが来ました。(暑いので熱中症に注意しましょう、という注意喚起をしたい、とのこと)
携帯にほぼ電波が入らず、頼みの綱は防災無線だけ。

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(写真)江の川の土手に流されて漂着したと思われる小屋。

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2日間の手伝いで思ったこと。
・素早い避難行動。逃げずに家財を2階に運ぼうとする父(しかも「うちまでは水は来ない!」と言い放つ)を息子が諫めるシーンがテレビで放送されていましたが、一歩間違えれば命取りになると思います。
・家屋の復旧作業にはマンパワー、素早い判断(ごみ処理、作業効率)、運搬力、処理容量(ごみ袋)、食料が必要。
・防災無線のありがたみ。公的な情報はこれ頼みでした。携帯は通信障害や電池切れでほぼ役に立たず。
・血縁、地縁の強さ。特に前者は目の当たりにしました。
・テレビ報道は画が大事だということ。これは、ここ数日私がFBに投稿した写真で思いました。確かに写真を撮っていると、自分でもインパクトのある画を探しながら撮っていることに気づきました。「伝えなきゃ。この写真で伝わるか?」という自問が常にあり、写真を撮りました。それがテレビならなおさらだと思います。
・島根県が被災地であることが県外はおろか同じ市内にも伝わらない。←これは今回すごく感じましたし、問題に思いました。県外在住で松江市出身の方から「松江は大丈夫ですか?」って問合せがあったんですが、その時は桜江町の状況もよく分からなかったので、分かりません、としか答えようがありませんでした。近い場所なのに、それほどまでにテレビなどのマスメディアの情報に頼っている自分はかなり危険なのではないかと。ある意味情弱なのでは、と。
・7月7日は市内被災地の情報が特に断片的で本当にヤキモキしました。SNSだと全国の知人の投稿が流れてくるので、その中から見つけようとしますが、本当に非効率でした。リアルタイムで、知りたい地域の情報を得るにはマスメディアに頼れないので、何らかの策が必要だと痛感しました。

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以上が、facebookへの投稿記事です。

特に水害明けの1〜2日は道路が寸断されるなどして、マスコミも現地に入れない状況だったと思われ、こういった状況はテレビ等では伝えられなかったと思います。

今もなお、江津だけでなく、西日本各地で復旧・復興に向けた動きが続いています。

被災された方々が、一日でも早く日常が取り戻せることを、願ってやみません。



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posted by 島根 at 18:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 盆子原