今回の特別寄稿は、独自の感性で描かれる 島根で暮らすイチ個人のリアルについてお伝えしたいと思います。
事務局からの言葉はあまり必要ないと思いますので、早速ご覧ください。
〔シマブロ特別寄稿:太田章彦さん〕
はじめまして、太田章彦です。
28歳です。
島根のことをアツく語ることを恥ずかしいと思っている性格をしています。
島根最高!!みたいなノリはもっと恥ずかしいし、島根に貢献したいって言う人たちのことを、心のどこかで嘘くさいなぁとも、思っています(偏見です、すみません)。
僕は、島根のために何かするんじゃなくって、暮らしそのものが結果的に島根のためになっていた、くらいの温度感でいいんじゃないかなぁと思っています。
とは言え、考え方はいろいろあります。
良い悪いの話ではもちろんありません。
ただ一つ言えることは、考え方は違えど、島根が大切な場所だと思う気持ちはみんなと一緒だということです。
僕は松江市出身で、
城北幼稚園、川津小学校、松江第二中学校、松江商業高校に通い、
それから3年間ほど大阪で過ごしたのち、浜田市弥栄町を経て、
現在は隠岐諸島海士町に住んでいます。
誰もが憧れる(?)離島暮らしをしています。
そのために、たまにしか帰らない地元松江ですが、成長とともに同じ速度で変わっていった街並だったからか、久しぶりに松江の街並を見ると、とても懐かしい気持ちになります。
センチメンタルです。
通学路で使っていた道が新しくなっていたり、
「ブックス文化の友」があった場所に「コメダコーヒー」が出来ていたり、
総合体育館が新しくなっていたこともそう。
僕が気付くだけでも数え上げるとキリがないくらいに、街並みは変わっていっています。
栄えていた場所が寂れていたり、別の新しい建物が建っていたりする、そういった様子から時代の流れを感じ取ると、ふと懐かしい気持ちとともにいろんな思い出が蘇り、松江にたくさんの思い出があることに気付きます。
ただ、思い出が蘇るとしても、その思い出の場所がなくなることはやっぱり悲しい。
この変わりゆく速度は止まることはないし、変わりゆくことが嫌でもない。
でも、どこか悲しい気持ちになる。
この悲しい気持ちを、ネガティブでもポジティブでもない気持ちとして、何か整理できないかなぁと思っていました。
今までは、高校時代に読んだみうらじゅんの著書の何かにあった一文の
「そこがいいんじゃない?」
という言葉に影響を受けていました。
これは、悲しいことがあったとしても、そこがいいんじゃない?と思うことで、どれほど残念なことでもなぜかポジティブに捉えることができる魔法の言葉でした。
でもコレって、結局ポジティブに捉えてる。
僕が探していたのは、ネガティブでもポジティブでもない気持ち。
28歳になり、それなりに本を読んだり人の言葉に触れたことで、少しづつだけれど、気持ちの整理や感情の向き合い方に余裕が生まれている感覚があります。
例えば、田口ランディの著書の何か(マアジナルだったかなぁ)の一文の
「悲しいという感情が美しいと知った」
みたいな表現や、
荒木経惟の
「悲しいという感情を味わっている」
みたいな一言だったり。
となると、悲しい気持ちも健全なんだ、と思えたり。
だとしたら、どの感情も素敵なものなのかも、と気付けたり。
で、結局何が言いたいかというと。
つまり、どんなに嬉しい思い出でも、
燃やしたいような悲しい思い出も、
どんな思い出でもいいので、
懐かしむための思い出があることが大切なのだと思いました。(バーン!)
暮らしの中で起こる良いこと悪いこと、いろんな思い出を島根でたくさん作ること。
これが大切。
テーブルを囲んでホワイトボードに付箋貼って島根の未来を考えることも大切なことだけれど、
でも今、冬だし、スキーに行きましょうよ。
寒いときの温泉に入りましょうよ。
寒ブリ食べましょうよ。
熱燗飲みましょうよ。
今の季節の島根を満喫しましょうよって話です。
そして、テーブルを囲む時は、酒を呑んで語りましょうよ。
とにかくたくさん思い出を作りましょう。
荒木経惟が「懐かしいっつう感情をねぇ、みんなすっごく低く評価するけど、実は、一番大切なことなんじゃないの」と言いましたが、本当にその通りです。
嬉しい思い出も、
つらい思い出も、
悲しい思い出も、
楽しい思い出も、
懐かしい気持ちとともに蘇る思い出がたくさんあることが、
好き嫌いを超えて島根を大切な場所だと思うことができる理由だとつくづく思うのです。
ということで、島根でたくさん遊びましょう。