今回ゲストとして記事を書かせていただくことになりました。
久保田といいます。
松江市で「キッチンスタジオ等(ナド)」というレンタルスペースを運営しています。
http://www.kitchennado.jp
「キッチンスタジオナドって何?」って話をすると長くなるので、ちょっと後回しにします。
ただ、この場所は、私がやっと掴めた”安住の場”ということだけお伝えしておきますね。
最近たまに私についてお話させていただく機会をいただきます。
そういう場では、だいたいポジティブでワクワクするようなお話を中心にさせていただきます。
もちろん、いまの私は基本的に「こんなに楽しい人生で申し訳ない」って思うくらい毎日好きなことをして過ごしているわけですが、
この機会はせっかくなので、ちょっと違うネガティブな視点のお話をさせていただこうかなと。
「たくさん挫折したから今の自分が好き」っていう内容です。
私はふつうの女の子として松江市で育ち、すくすく成長しました。
でも、今思うと、ですが高校生くらいの時から、なんとなく自分は「ふつう」じゃない部分を持っているんじゃないかって違和感も感じていたかもしれません。
田舎の狭い世間のなかでは自分をうまく表現できずにいた気がします。
頑固だしマイペースだったし、
子供だったし、思ったことを話してもうまく理解してもらえなかったし、好きなことの表現を教えてくれる場所もなかった。
だから「松江から県外に出る」という選択肢を迷うことはありませんでした。
都会に出ると、自分と同じような感覚を持った人たちとたくさん出会えたし、自分を超える世界をたくさん見ていろんな勉強もできた。
いろんな経験を積んで、それなりに「居心地の良さ」を感じていただのだけど、
いろんなことにつまずいて、25歳のときに島根に帰ってくることになります。
近頃も大変な「就職活動」ですが
私の時代もそりゃあ大変で、特に私は芸術大学でデザインを学んでいたという、なんとなく就職に不利な環境で、
「好きなことを仕事にする」ということに対してめちゃくちゃ怖さを感じていました。
「好きなことを仕事にしたい」の一念で都会の大学に進学したはずなのに、すっごく怖じ気づいていたのです。
もともと絵を描くのが好きで芸大に行ったのですが、就職活動の段階ではなんかもう絵を描けないってくらいにまでテンション下がっちゃってました。
「好き」なことで「お金」を稼ぐってのは、「好きなモノをクライアントのニーズにあわせて歪めなければならない」ということで(当時はそう感じていた)
それがどうしてもできなかったんですよね。
自分が良かれと思って作ったものを否定されることに耐えられなかったんです。弱い人間ですね〜〜
まあ実力の世界ですから、そもそもデザイン職として就職できる気もしなかったし、やる気が全くなかった。
つまり逃げたんです。
自分が一番好きな「絵を描くこと」や「デザインすること」の仕事を探すのを一切あきらめ、就職活動ほとんどせず(笑)
ある意味すごい度胸の持ち主ですけど、まあ器用な人間だし、生きて行くことはできるでしょう〜くらいの気持ちでのほほんと大学4年生。
しかしたまたま大学4年間アルバイトしていた大阪の会社から誘っていただき、映像制作会社に技術職で新卒採用していただきました。
誤解があるかもしれませんが、その仕事もなんとなく就いたのではなく、すごく好きな仕事だったから選んだんですよ。とってもラッキーでしたね。
1番好きなものは妥協できないけれど、1番じゃないものだったのでいくらでも師匠からのアドバイスを受け入れられました。
必死で勉強も努力もしたし、そこで学んだことは計り知れないです。
人間関係も恵まれていて、本当に良くしていただきました。
でも、仕事の性質上、毎日毎日朝から晩まで仕事漬け・・・終電で帰るのは当たり前だし、休みは週に1度がやっとだし、食事は不規則だし、、、
当然体調も崩すし、精神的にも追いつめられるし。
仕事ってそもそも生活のための手段だと思うんですけど、仕事オンリーの人生になっちゃってたんです。
「生活」の部分が全く出来ていなかったんです。
同時に「やりたいこと」とか「目標」とか「夢」なんて考える余裕ゼロで、日々目の前のものをこなすことで精一杯。
目の前に「未来」が全く見えなくなってしまった。
荒んでました。
話は飛びますが、先日大学時代の友達と同窓会的なのをしたときに
すごくハードな制作の仕事をしている友人が「やりがいを感じない」と言っていて、すごく昔を思い出しました。
それってやっぱり「目標」とか「よくしたいこと」とかを見失っているからだと思うんです。
たった一歩踏み出すだけできっと状況は変わるのに・・・と思うけど、その一歩がなかなか難しいんですよね。
今私は島根で「よくしたいこと」がたくさんあります。
だからやりがいや達成感も得られるし、仲間も楽しさも得られます。
そういうのって、向こうから勝手にやって来ることは絶対に無くて、自分から一歩踏み出すしか道はないと思うんです。
さて、話は荒んでいた大阪社会人時代に戻ります。
慣れない社会人としての仕事。けっこう無理な仕事もがんばってやっていたなぁと思う。当時は。
これ以上人生の底はないんじゃないかって本気で思いました。今思うとまだ底はあったけど(笑)
荒みまくって、都会の荒波に負けて、なんか急に島根に帰りたくなっちゃったんです。
心が病んでいたから”田舎でしばらくゆっくりしたいなぁ〜”って思ったんです。
私が生きて行くのは、やっぱり家族のいる松江の大自然の中じゃあないかしら。とね。
その時はまだ特に「目標」も「やりたいこと」もなく、ただ”島根に帰りたい”というだけの理由でした。
相変わらず行き当たりばったりの性格。
島根に帰ってからも、そこそこ器用な性格を生かして仕事を得てきました。
そこでいろんな人と出会い、いろんな経験をし
「未来」や「目標」を見つけることができるようになってきたのがこのごろ。
もちろん楽しいことだけではなく、辛いことや悲しいこともた〜〜くさんありました。
(島根での素敵な出来事は語ると長〜くなるので省略☆)
子供の頃に感じていた田舎の閉塞感は、大人になって技を得るとそんなたいした壁ではなくなりました。
ネガティブなことを上回る楽しさ素晴らしさを得ました。
言わずもがないろんなステキなものに恵まれた島根県ですから!!
過去を振り返って思うのは、これまでに経験してきた
無理してきたことや
仲間の裏切りや
信頼できなかったことや
助けてもらえなかったこと
失敗したこと、
怠けてきたことなんかが、
今の私の強さや自信になっているんだと誇りに思います。
自分のなかに「あれ以上辛いことは無い」という底があるので、いろんなことにでもチャレンジできるタフさを得たのですね。
だから、こんなダメ人間の私から後輩達に伝えられるかもと思うことは
「どんどんチャレンジしてください!!」ということなんですよね。
一歩を踏み出す勇気、です。
失敗を恐れないで欲しい。
他人と同じようにとか、世間体とかを気にしないで欲しい。
自分のタイミングを信じて欲しい。
マイナスもいつかプラスになると、ハングリーに生きて欲しい。
いつも新たなチャレンジをしていれば、絶対に明るい未来が見えてくると思うんです。
いま「キッチンスタジオナド」という場を通して私がやりたいことは、
・島根の良さを伝えたい
・島根でがんばる人を応援したい
・島根の素晴らしい食を発信していきたい
ということです。
いろんなものを「支える」場として機能したいと思うのです。
これまで生きて来て、なんとなく裏方としての仕事が自分に向いているな〜と気づきました。
持ち前の器用さを生かして人と人を繋いだり、物事を調整したりする仕事です。
だから、キッチンスタジオナドの仕事は「好きな仕事」というよりは「向いている仕事」ということになると思います。
もちろん好きではありますが、「一番好き」ではありません。
やはり一番好きを仕事にするのは難しいなぁと思うからです。
「好き」もいいけど、これからお仕事探す方はぜひ「向いているかどうか」にも目を向けてみて欲しいですね。
私はこの「向いている」を見つけたのが30歳のときですけど、この仕事をすることができて本当に幸せだと思います。
最初にお話したように「申し訳ない」と思うくらい毎日充実していますから。
本当に自分の納得できる仕事なんて、そう簡単に見つからなくて当然ですよね。
いろんな失敗や挫折があったからこそ、いま私は自信をもって「楽しい」毎日を送れています。
まだまだこれからも新しいチャレンジをしていきたいと思える場を得ています。
かつて底は感じたけど、てっぺんはまだ見たことないので、いつかは「一番」を仕事にできるように貪欲に生きていきたいなぁ。
人生まだまだこれからです。
長く語ってしまいましたが、このあたりでしめくくり。
また機会がありましたら語らせてくださいませ。
ありがとうございました。
※写真はキッチンスタジオナドの様子