毎月1回開かれる自治会長会。
7月の自治会長会で出た宿題が
『後期高齢者の把握』
というものだった。
あんたも知ってのとおり、この国では75歳以上は後期高齢者というカテゴリーに分類されている。
では、なぜ、各自治会で後期高齢者の把握をするのか。
敬老会対象者の把握のため
毎年秋に開催される敬老会。対象は町内に住む75歳以上。
この時はコロナ禍真っただ中。集まってのお祝いはできないので、敬老会対象者に記念品を渡すことになっていた。
その対象者だが、今年75歳になる人もいれば、鬼籍に入る人もいる。となると、対象者リストは毎年更新する必要が出てくる。
秋の敬老会に向けて、夏の時期に後期高齢者の人数を把握する、というのが今回の宿題だ。
75歳以上を探すには
自治会長会では、昨年時点での75歳以上リストが配られた。
どこの組の、誰が、何年何月何日生まれか、という完全なる個人情報。これを最新版に更新せよ、という訳だ。
いや、そんなの行政から名簿か何かをもらえばいいじゃん、という声が聞こえてきそうだが、この国では2003年に個人情報保護法というshitな法律ができた所為で、そういうことができなくなった。
いや、厳密に言えばできなくはないのだが、手続きとかいろいろ面倒なので、うちの自治会では行政からの入手ルートは使っていない。
令和3年はこの作業は初めてだったので、そもそもどうやって把握するのか方法が分からなかった。
うちの自治会は世帯数約170。それを1軒ずつ回って聞いていくなんてアホの所業。効率のいいやり方が存在するはず。
しかし、令和2年はコロナ禍で記念品の配付すらしていない。なので、把握方法は引継ぎ資料にも具体的には情報がなかった。
ほかの自治会長に聞くと、
「自分のとこには詳しい人がいて、その人に聞けばほぼ把握できる」
というチート人材がいるという。
うちの自治会には、残念ながらそんなチート人材はいない。
把握方法は自分で考えるしかなかった。
手分けをしてリストを更新
唯一、手元にある情報は、自治会長会で配布された、昨年時点での75歳以上の名簿。A4裏表1枚に、1〜13組までの75歳以上の人の名前、生年月日、所属する組が書いてある。
これを1〜13組に分割して13枚のリストを自作。これを各組長に配って調べてもらうことにした。
加入世帯約170を自治会長一人で調べるなんていろいろ無理があるし、これくらいしか方法が思いつかない。
とはいえ、このやり方は初めてなので、おれ以外の12人の役員(組長)に作業内容を説明する必要がある。結局、各組長宅へリストを持参して説明。まあ、一人で170軒分調べることと比較すれば10分の1以下なのでラクはできた。
おれの組は5世帯なので即終わるが、30近くの世帯を抱える組は負担が大きい。特にはじめて役員(組長)をやる人にとっては、1軒ずつまわって聞き込みをするので大変だったと思う。
期日までにリストを提出してもらい、元のリストを更新して公民館に提出して完了。
最初にこれをやったときは「こんなこと毎年やるのか」と辟易したのを覚えている。
敬老会の意義
「こんなことをやらなきゃならんのは、敬老会があるからだ」
という Axis of Evil 的発想は各方面から怒られそうだが、そもそも敬老会とは何なのか?
この国には敬老の日という祝日があるくらいなので、高齢者を敬うということは疑問を挟む余地がないかもしれないが、思っちゃったんだからしょうがない。
インターネットで「
敬老会 起源」と検索すると、諸説あるが、今の形……公民館に集まって長寿を祝う……になったのは、昭和22年の兵庫県多可郡野間谷村(現・多可町)に求めることができるようだ。
当の多可町は「敬老の日 発祥の町」ということを行政としても謳っており、
専用ページがあるほど敬老会を推している。
ここの情報がほぼ原典になると思われるので、その内容を少し見てみたい。
@当時の村長が「老人を大切にし、年寄りの知恵を借りて村作りをしよう」という思いで敬老会を1947年9月15日に初めて開催
A太平洋戦争で子どもたちを戦地に送り、精神的に疲れていた親たちに少しでも報いてあげたかった
B養老の滝の伝説をヒントにした
Bの養老の滝については、どういう話かを超おおまかに言うと「親孝行の話」で、ヒントにしたというのは「養老」という言葉から「敬老」という表現を思いついた、ということだと思われる。知らんけど。
敬老会を発想するに至ったキッカケとしてはAであり、令和の敬老会にはこれはそのまま当てはまらない。@をどう思うかは読者に委ねたい。
「老人を大切に」するというのは分かるし「年寄りの知恵」を借りることも大切なことだ。
しかし現状としては、敬老会の多くは@の「老人を大切に」という部分だけで続いているのではないだろうか。
敬老会は必要か?
高齢者の数は年々増えているが、敬老会の参加人数はそれに比例して増えていないらしい。
知り合いの高齢者の中にも「敬老会? 行かないよ」という人もいる。
コロナ禍で数年中止したことで、そのまま敬老会を廃止したところも見聞きする。
一方で、今でも盛会な敬老会もあると思う。
敬老会に限らず、地域の運動会も同じように「やめる」ところと「以前と変わりなく盛り上がっている」ところがある。
後者はおそらく、開催目的をハッキリさせていないのだと思われる。やることが目的化してしまっているパターン。
特に、昭和の時代から続く地域行事というのは、このパターンに陥っている可能性がある。
「昔からやってるんだから、やめるわけにはいかない」
見直しを提案した人に対して、長老世代がそんな発言をした、ということを耳にすることもある。
すべてが合理・非合理で判断する必要はないと思うが「何のためにやるのか」はハッキリさせておきたい。
目的を考える際にヒントになるのが歴史、特に起源だと思う。「なぜ始まったのか」は目的とほぼ同義。
特に、時代が古ければ古いほど、今の時代とズレている可能性がある。(逆に、今の時代にも通じたり、今の時代だからこそ大事な観点があったりもするが……)
今回の敬老会の起源を考えると、少なくともおれの住んでいる地域では再考の余地ありだと思う。
先日食した、喫茶店の珈琲ゼリー(夏季限定)