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2019年02月01日

第23回 春迎え

2月になってもまだまだ雪深い北陸に、春の到来を知らせる音は、「雪おろし」の音です。
どんよりした雲の中から響く鈍い雷の音のことで、雪が降り始める頃と、そろそろ終わりの頃に、まるで合図のように鳴るのです。山梨生まれの私が知っている雷の音は「バリバリ」と鳴っていましたので、上越市で真冬の早朝に初めて体験した地響きのような不思議な音が、まさか雷の音とは想像もできませんでした。
ところで、「雪おろし」と聞いて、どこかで聞いた名前だなと思う方もいらっしゃるかもしれません。この名前は、歌舞伎で雪が降る場面に打たれる大太鼓の奏法の一つなのです。TV ドラマでも、12月14日忠臣蔵の討ち入り場面の背景で、良くこの音が聞こえます。「雪に音はないのですが、歌舞伎では大太鼓で雪の音を打ちます」という解説が一般的ですが、五世福原百之助著『黒美寿(くろみす)』には、冬の北陸で聞こえた雷の音を歌舞伎に取り入れたと書かれています。

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上から太桴、長桴、雪バイ

歌舞伎の大太鼓を打つバチは3種類。雪の音を表現する時は、中央の「長桴(ばち)」と、布で包んだ「雪バイ」を使います。歌舞伎の雪の音は、深々と雪が降る様子を表す「雪音」、屋根から雪が落ちる様を表す「雪おろし」の2種類です。雪音は雪バイだけで革を一定のリズムで打ちますが、雪おろしの時は、左手で一組の長桴を持って革面に当て、右手に持った雪バイで小刻みに革を打ちます。すると、長桴が革に触れてビリビリと鳴り、雪が落ちる様子が表現されるのです。
>雪音〜雪おろし

布を巻いた桴で響きを抑えた「雪音」は、私が実際に体験した雪雷の音と実に良く似ていました。ただ、小さな太鼓で同じように打っても雪雷の音を出すことはできません。歌舞伎用の大太鼓だからこそ聞こえる音色です。

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>神楽鈴(上の写真左の新しい鈴)

日本各地には、三番叟という舞踊があります。能、歌舞伎、文楽や日本舞踊などで有名ですが、各地の民俗芸能でも踊られています。能では新年を寿いで踊ったり、飛騨高山祭りではからくり人形の三番叟が祭屋台の上で踊ります。三番叟は五穀豊穣を願う踊りですから、春迎えの祈りにも通ずるのではないでしょうか。
踊りは、地面を踏む動作「揉(もみ)の段)と、手に鈴を持って踊る「鈴の段」で構成され、鈴の段は、地面に向かって鈴を振リ下ろす動作を何度も繰り返します。鈴は写真のような鈴なりの形です。鈴を振る動作は種をまく動作とされています。小鼓の奏でる一定のリズムに乗って足を踏み鈴を鳴らす躍動的な姿は、伝統芸能の中でも近寄りやすく楽しい演目です。 

2月初めには各地で「初午」の祭りが行われます。鹿児島神宮の初午は、大きなデンデン太鼓を背中に飾った馬が(2017年第7回 デンデン太鼓の写真参照。一番大きなデンデン太鼓が鹿児島神宮のもの)、歌と囃子のリズムで踊りながら練り歩く楽しいお祭です。馬の首には神楽鈴と同じ形の鈴が一杯下がり馬が両足を挙げてリズムを取るたびにシャンシャンと鳴り響きます。馬は農耕のシンボル、馬の気持ちを鎮める役割は馬鈴でしょうか。
今回の最後に、「鈴なり」つながりとして、鈴でできた瓔珞(ようらく)をご紹介しましょう。浄土真宗の仏壇の瓔珞として飾られていたものですが、このような鈴なりもあるのですね。大きな鈴に神様がいっぱい詰まっていると考える「神留る(かんづまる)」(2017年第8回参照)と対象的に、この鈴は立体の曼荼羅のように、仏様たちがいっぱい並んで春の訪れを祝いでいるようです。

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鈴の瓔珞(片側のみ)
>鈴の瓔珞


次回は、「春夏秋冬 音を楽しむ」です。


文:茂手木潔子(日本文化藝術財団専門委員/聖徳大学教授)
楽器写真撮影:服部考規
音源制作:film media sound design
※スピーカー等の環境によって、再生されない場合があります。