2012年03月01日
第十回「坊やはよい子だ」
坊やはよい子だ ねんねしな
ねんねのお守は 何処へ行た
あの山超えて 里へ行た
里のお土産に 何もろた
でんでん太鼓に 笙(しょう)の笛
起上り小法師に 振(ふ)り鼓(つづみ)
幼いころに母の背中におぶさって
よく聴いていた“子守歌”です。
その旋律はいまでも思い出されますね。
この“うた”は日本の代表的な子守唄で、
宝暦、明和(1751~1772)の頃、
江戸で歌われた“わらべうた”を集めた
釈行智の『童謡集』にもほぼ同じものがでています。
“子守唄”は、母と子のコミュニケーション。
母の歌声に安心して眠りにつく子ども。
わが子の安らかな吐息にほっと息つく母親。
その“うた”は、
いくつになっても懐かしい思い出となります。
また赤ちゃんの世話をするのは、
お母さんだけではありません。
おばあちゃんやお姉さんも、
また、お守(もり)さんも。
昔は、赤ちゃんの世話をする
守り子と呼ばれる女の子たちがいました。
7、8歳から10代で、
その多くは、貧しい家から守り子の奉公にでたそうです。
その子たちは、年に数度、山を越えて里に戻っていきます。
♪ねんねのお守は 何処へ行た
あの山超えて 里へ行た
そして、里の土産にもらったものは、
赤ちゃんをあやす玩具、
♪でんでん太鼓に 笙の笛
起上り小法師に 振り鼓
「でんでん太鼓」はご存じでしょう。
棒状の持ち手がついた小さな太鼓。
その太鼓の両側に紐に結んだ玉がついています。
持ち手を回転させると紐の先の球が太鼓に当たり、
パンパラ、パンパラ、トントンデンデンと音を立て、
赤ちゃんをあやすのです。
「笙の笛」は、ここでは雅楽に使う笛ではなく、
竹製の一本の縦笛。
江戸時代には、よく土産物として売られていた竹笛だそうです。
幼い子どもにも吹きやすくしたものです。
「起き上り小法師」は、だるまのように、
何度倒しても起き上がってくる可愛い玩具。
これらの玩具は、生まれた子どもがすくすくと
幸せに育つように願う親心が込められたものです。
この唄を歌っていると、なぜか目の前に、
夕焼けに染まった山の姿が見えてきそうで、
懐かしい夢のような情感があふれでてきます。
“うた”とはこうしたものなのですね。
いつの時代でも親にとっては“子どもの可愛さ”は
何事にも代えられません。
その親心を歌った唄が静岡に伝えられています。
この子の可愛さ 〈眠らせ唄〉
坊やはよい子だ ねんねしな
この子の可愛さ 限りなさ
天に上れば 星の数
七里が浜では 砂の数
山では木の数 萱(かや)の数
沼津へ下れば 千本松
千本松原 小松原
松葉の数より まだ可愛い
ねんねんころりよ おころりよ
天の星の数よりも、
七里ヶ浜の砂の数よりも、
松葉の葉の数よりも、
限りなくかわいいわが子!
愛情表現がこまやかで、母の愛にあふれた唄です。
この唄は沼津地方で唄われましたが、
その他の地方でも広く唄われていたようです。
しかし、歌詞は各地によって少しずつ異なっていきます。
栃木では、
♪山では木の数、千両が浜では砂の数
東京では、
♪天にたとえて星の数、山じゃ木の数、萱の数、
七里ヶ浜で砂の数
香川ではその特徴が際立ちます。
♪尾花かるかや萩桔梗、七草千草の数よりも、
数ある虫の数よりも、大事なこの子がねんねする
秋の七草などや、
数ある虫の数よりも、
大事なこの子、なんです!
その子がねんねしているのよ、静かにね、
と囁くやさしい母親の笑顔が浮かんできます。
高知では、
♪天にたとえば星の数、山では木の数、萱の数、
七反畑の芥子の数、七里が浜の砂の数、
召したる御服の糸の数
七反畑の芥子の数よりも限りなく大切なわが子。
様々な風土が唄いこまれていて楽しくなります。
いまもこの“子守唄”が、お母さんたちの間で、
歌われるといいですね。
限りない愛情が心にあふれるのではないでしょうか。
北海道で唄われた〈眠らせ唄〉に
次のような美しい唄があります。
赤い山青い山
ねんねの寝た間に 何せよいの
小豆餅の 橡餅(とちもち)や
赤い山へ持って行けば 赤い鳥がつっつく
青い山へ持って行けば 青い鳥がつっつく
白い山へ持って行けば 白い鳥がつつくよ
小豆餅とは、赤い小豆の饀をつけた餅、あんころもち。
橡餅(とちもち)は、橡の実をかき混ぜた黒赤色の餅です。
赤い餅、黒赤の餅。
赤い山、青い山、白い山、それに続いて、
赤い鳥、青い鳥、白い鳥、
なんとカラフルなのでしょう。
また、白犬が吠える〈眠らせ唄〉が、
秋田にあります。
ねんにゃこコロチャコ
ねんにゃこ コロチャコ
ねんにゃこ コロチャコ よーよ
おれの愛(め)で子どさ 誰ァかまて泣ーく
誰もかまねども ひとりして泣ーく
ねんにゃこ コロチャコ
ねんにゃこ コロチャコ よーよ
向(むげ)ェの山の白犬コーよ
一匹吠えれば みな吠えるーよ
この子守唄は、
「音大工」http://www.otodaiku.co.jp/yoko/interview02.htmlをご覧になれば、
藤本容子さんの美しい歌声で試聴できます。
またインタビューで、唄の事がよくわかるように
楽しいお話もされていますよ。
赤ちゃんを育てることはとても大変なことですね。
ましてや昔のこと、
厳しい自然の東北の暮らしの中での
主婦の労働は大変なもの、
忙しく立ち働く母親にとっては・・・、
それはそれはつらいこともあったでしょう。
そのためにいらだつこともあるのです。
そのような中、眠りにつかないで泣くわが子。
早く眠りについておくれ、
どうしたの、そんなに泣きわめいて、
山の白犬が吠えるよ。
早く眠ってね!と、
少しおどかしても眠らせたかったお母さん。
こんな想いで子守をしていたことでしょうね。
山の白い犬、白い色の動物とは、
人間界を超えた魔物のような不思議なものといわれます。
その白い犬が吠えるのです。
怖い白犬の吠える声。
それは、子どもにとってはとても恐ろしいもの。
山の白犬が、
おまえをおどろかしているのかい。
おびえて泣く子どもの顔を見つめながら、
様々に揺れ動く母親の心。
♪おれの愛で子どさ 誰ァかまて泣ーく
と唄う母親の心の中には、
「白い犬が吠えても、お母さんが守ってあげるからね、
安心してゆっくりとおやすみなさい」
というつよい愛情があふれていたのでしょう。
母親の日々の暮らしが引き起こす様々なせつない想いを
わが子を愛する心とともに“子守唄”に託し、
美しい旋律にのせて唄うのです。
このように、“子守唄”にふれてくると、
ほんとうにこのような“うた”は
“人間のいのち”そのものといえるでしょう。
資料:
『わらべうた研究ノート』本城屋 勝著 無明舎出版
『なつかしの わらべ歌』川原井泰江著 いそっぷ社
『わらべうた・日本の伝承童謡』
町田嘉章・浅野建二編 岩波書店
『音大工』 有限会社 音大工
http://www.otodaiku.co.jp/yoko/interview02.html
2012年02月01日
第九回 「春よ来い」
2月に入ると、すぐ3日には節分、
4日は立春の日となります。
豆まきして、鬼や災いを追い出して、
冬から春への折り目とするのです。
毎日寒い日がつづいていると、
春の来るのが待ち遠しいですね。
このような春への思いを“うた”にした童謡があります。
古来よりの“わらべうた”ではなく、
大正時代後期につくられたものですが、
春への思いを込めて歌ってみませんか。
「春よ来い」
春よ来い 早く来い
あるきはじめた みいちゃんが
赤い鼻緒の じょじょはいて
おんもへ出たいと 待っている
春よ来い 早く来い
おうちのまえの 桃の木の
つぼみもみんな ふくらんで
はよ咲きたいと 待っている
作詞は、詩人相馬御風(そうまぎょふう/1883〜1950)。
早稲田大学校歌「都の西北」や「カチューシャの唄」を作詞。
作曲は、弘田 龍太郎(ひろた りゅうたろう/1892〜1952)。
『鯉のぼり』、『浜 千鳥』、『雀の学校』などを作曲。
「春よ来い」の“うた”では、
春よ来い 早く来い
あるきはじめた みいちゃんが
と、みいちゃんが春よ来い、早く来いと歌い、
そのみいちゃんのモデルは、作者の長女といわれています。
あるきはじめた幼い子どもが
片言の幼稚語で歌うのは可愛いですね。
赤い鼻緒の じょじょはいて
おんもへ出たいと
「じょじょ」とは、草履のことで、
「おんも」とは家の外のこと。
赤い鼻緒の草履をはいた女の子が
お外に出たいと、春の来るのを待っているのです。
うららかな春風の吹く日を楽しみにしているのですね。
なんと可愛いのでしょう。
この可愛さの中に、
雪国の人々の春への思いが託されていて、
歌う人、聴く人の心にその思いが響いてきます。
そして、
春よ来い 早く来い
おうちのまえの 桃の木の
家の前には桃の木があって、
つぼみもみんな ふくらんで
はよ咲きたいと 待っている
蕾もみんな膨らみ、
早く咲きたいと、春の来るのを待っています。
想像力豊かなイメージで、
人も自然も一体化していて素敵です。
それこそ自他一如!
“自他一如”とは仏教の教え。
作詞した相馬御風は新潟県糸魚川市出身の詩人で、
早稲田大学講師を勤めた後、故郷に戻り、
良寛の研究に没頭しました。
私たちが親しく良寛さんを知ることができるのは、
相馬御風の功績だといえます。
良寛さんには、
春の日に子どもたちと楽しく遊ぶ詩があります。
春には少し早いですが、よき春の来ることを祈り
読んでみましょう。
冬ごもり 春さり来れば
飯乞ふと 草の庵を
立ち出でて 里にい行けば
たまほこの 道のちまたに
子どもらが 今を春べと
手毬つく ひふみよいなむ
汝がつけば 吾がうたひ
吾がつけば 汝はうたひ
つきて唄ひて 霞立つ
永き春日を 暮らしつるかも
そして、反歌は、
霞たつながき春日をこどもらと
手まりつきつつこの日暮らしつ
こどもらと手まりつきつつこの里に
遊ぶ春日はくれずともよし
“今は春べ”と喜ぶ子どもの笑顔。
良寛さんも、手まりに加わって、
手毬つく ひふみよいなむ
汝がつけば 吾がうたひ
吾がつけば 汝はうたひ
子どもたちの弾む心。
良寛さんの弾む心。
楽しさあふれる詩ですね。
良寛さんの過ごす越後の冬はさぞや寒かったでしょう。
長く、堪える冬。
春を迎える喜び。
人々の心は弾みます。
それは、
あるきはじめた みいちゃんも一緒でしょう。
私たちもみんなで“春を呼ぶうた”をつくれば
楽しいでしょうね。
資料:『糸魚川歴史民俗博物館ホームページ』
『風の良寛』中野孝次著 集英社
【邦楽囃子コンサートのご案内】
明治神宮の杜の中で、邦楽囃子のコンサートを
行います。
日時:平成24年2月19日(日)
13:30開場、14:00開演
場所:明治神宮 参集殿
出演:藤舎流家元 藤舎呂船社中
初めて邦楽囃子を聞かれる方、お子様にも
ご参加いただきたいと思っております。
詳しくはお問合わせください。
(公財)日本文化藝術財団
TEL:03-5269-0037