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2008年04月15日

“四季おりおり” 第八回 行く春


行く春を近江の人とおしみける

                                 芭蕉


四季の変化を織り込んだ季語は、日本人の心を映し出すものです。

芭蕉は、心を託している人と行く春を惜しみました。
過ぎ去ろうとする春、私たちも季語の≪行く春≫に心を託してあそびませんか。

季語は、明治時代には季題、江戸時代の俳諧(はいかい)では四季の詞(ことば)、季の詞季詞季の題などと呼ばれていました。

歳時記によれば、風光る、朧月、山笑う、春の海、花祭り、花筏、花吹雪、菜の花、土筆、木蓮、春眠、春愁、若草、蝶、そして蛙など、数多くの季節の風物が春の季語として載せられていますね。



蛙(かはづ)





古池や蛙飛こむ水の音







貞享三年(1686)の春、蛙の句合わせに出された芭蕉の句です。

芭蕉の弟子・各務支考(かがみしこう)によると、芭蕉は「カエルが水に飛びこむ音をききながら、まず“蛙飛こむ水の音”と作ります。 
すると、其角(きかく)が、上の句は“山吹や”がいいのでは、とすすめるのです」

なぜ“山吹や”をすすめたのでしょう。

其角は、形ばかりになった古い発想への痛烈な批判を考えていたようです。



当時、“蛙といえば山吹、山吹といえば蛙の声”という発想に、歌人も、連歌師も、俳諧師もがんじがらめにしばられていたのです。

かはづなくゐでの山吹ちりにけり
花のさかりにあはまし物を

                      古今集

(蛙と山吹の名所で名高い井出に来て見ると、かじかは澄んだ声で鳴いているのに、もう山吹は散ってしまっているよ。そうとわかっていたらもっと早く来て花盛りを見たであろうに残念なことだ)

この歌が其角の頭に浮かんでいたに違いありません。

其角は、蛙飛こむ水の音山吹やをぶつけ、ほら蛙は鳴かないで水に飛こんだよと、歌の発想をくつがえして大笑いしようとしたのでしょう。

しかし、芭蕉は古池やとしました。

芭蕉は、季語を観念でもてあそび、笑いを得ようとする当時の俳諧の手法から脱しようと思って、新しい方向性を模索していたのです。

自らの目と耳による感動を大切にすることを。
そこには、新しい境地が広がっていました。

静寂な古池に、水の音。
再び戻る静寂は、以前にもました深い静寂。

は、人々の心をより深い静寂の境地にみちびくために水音を立てたのかもしれません。

和歌のかはづは、飛込んだ水音の余韻によって、芭蕉の目指す新しい俳諧のとなったのです。

土芳(どほう)の『三冊子(さんぞうし)』には、
「水に住む蛙も、古池に飛込む音といひはなして、草にあれたる中より蛙のはいる響きに俳諧をきゝ付けたり。見るに有り、聞くに有り。作者感(かんず)るや句と成る所は、即(すなわち)俳諧の誠(まこと)也」とあります。

よく見、よく聞くところに感動が生まれ、句ができるのですね。

人生の真実も、よく見、よく聞いて生きるところに現われてくるのかもしれません。

そういえば、最近は身近に蛙を見ることはまれになりました。街も近郊の土地もどんどん整備されて水たまりがなくなったせいでしょうか。めだかもめったに見ることも出来ません。

子どもたちは芭蕉の頃の季語を肌で感じ取ることが出来るでしょうか。



芭蕉と行く春


千住といふところにて舟をあがれば、
前途三千里の思ひ胸にふさがりて、
幻のちまたに離別の泪をそそぐ。

行く春や鳥啼き魚の目は泪



『奥の細道』 旅立つ日の別れの句です。

過ぎ去る春はとどめがたい。
新しい句を求めて旅立つ芭蕉の心もまた同じです。

啼く鳥にも行く春を惜しむ声を聞き、魚の目にも泪を見る心。
鳥獣虫魚、山川草木、すべてのものに身心をゆだねた芭蕉。
見送りに来たやさしいこの人たちに生きてふたたび会えるだろうか。
別れを惜しみつつ俳諧という一筋の道に旅立つ芭蕉なのです。



近くの公園の落葉樹も、鮮やかな緑の葉をつけ始めています。
太い幹の真中に木の芽がぐっと力強く吹き出してくるのを見ると不思議な感じがして楽しくなります。
黄色い菜の花が咲いているのに出会うのも幸せなこと。

草木を毎日見つめていると、すごい速さで成長しているのが感じられます。
まるで大地がうごめいているかのように。

何か強い力が季節の移り変わりをおしすすめているようです。

これが芭蕉の言う「造化(ざうくわ)にしたがひて四時(しいじ)を友とす」の“造化”(天地宇宙をつくり動かす根源の力)なのでしょうか。

季語 それは日本人の心を映し出すもの。

現代日本の精神風土は、子どもたちにどのような季語を伝えていくことができるでしょうか。





資料:
『芭蕉歳時記』復本一郎著 講談社選書メチエ

『俳句の宇宙』長谷川櫂著 花神社

『松尾芭蕉集・与謝蕪村集』竹西寛子著 
集英社文庫

『芭蕉文集』富山奏校注 新潮日本古典集成

『古今和歌集』全訳注 久曾神昇 講談社学術文庫

『入門歳時記』大野林火監修
俳句文学館編 角川書店
posted by 事務局 at 14:59| Comment(0) |
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