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2008年04月01日

“四季おりおり” 第七回 さくら


         さくら さくら
         野山も里も 見わたす限り
         かすみか雲か 朝日ににおう
         さくら さくら 花ざかり

                童謡「さくら」:作詞者不詳




幼い頃、風に舞う桜の花びらを追っかけたことはありませんか。

想像してみて下さい。
私たちの遠い遠い祖先が、手のひらに花びらをのせ、サクラと発音したときのことを。

桜の花びらの先はM字形。
先には小さくサカれたような切れ込みがあります。

サクラのサクの音は裂、割など、ラは状態の意をあらわし、サクラの意味はサクにあると言われます。

また、「咲く」はサキという言葉から生まれたそうです。
サキは「先」「崎」「柵」「裂く」「割く」「坂」「酒」、そして、「咲く」などの言葉をつくっているとのこと。

「サキ」というのは、もう前がない状態。
そこには、もっと前に進もうとするエネルギーがあふれてきます。

そのエネルギーが、枝の先の蕾となり、花となって開く。

それが「咲く」ということでしょうか。

このようにエネルギーがいっぱいに溢れ出るるとき、花が咲き春が感じられるのですね。




桜の宴

満開の桜が咲いて、桜の宴のはじまりです。

今年は『源氏物語』が書かれて千年です。
京都は、“源氏物語千年祭”で賑わっているそうです。

『源氏物語』の「花宴(はなのえん)」では、
南殿(なんでん)の桜の宴させ給ふ」とあり、
光源氏は「春という文字を賜はれり」と、漢詩をつくり、「春の鶯さへづるという舞:春鶯囀(しゅんのうてん)」をひとさし舞い、人々をその美しさで酔わせました。

宴では、夜になるまで酒を飲み、歌をかわし、歌舞音曲でたのしんだのです。
いつの時代もこうなのですね。



鎌倉時代には源頼朝が三浦三崎に「桜の御所」をつくり、お花見をしています。

貞治五年(1366)、婆娑羅(ばさら)大名佐々木道誉の催した花の宴はあまりにも有名です。
通称「花の寺」・勝持寺(しょうじじ)での花会です。

それは、前代未聞の花見でした。

大きな四本の桜の木そのものを活け花にしてしまったのです。

『太平記』には、「本堂の庭に十囲(とかかえ)の花木四本あり。此下に一丈余の鍮石(ちゅうじゃく)の花瓶を鋳掛けて一隻の華に作り成し、其交(あわい)に両囲の香炉を両机に並べて、一斤(きん:600グラム)の名香を一度に炷上(たきあ)げたれば、香風四方に散じて、人皆浮香(ふこう)世界の中に在るが如し」と。

庭に咲いた四本の大きな桜。
この桜の木を活けてみせようと、巨木の根本に、これまた大きな花瓶をとりつけ、活け花に見せてたのしんだのです。

伐っては生けることの出来ない桜に、逆に花瓶をとりつけるとは。

その上に、またまた大きな香炉を二つ置き、一斤ほどの香木を投げ入れ炷(た)いたのです。

京の人々は、その剛毅さと香りの風に酔いしれたとか。

“ばさら”とは、もともとは、サンスクリット語の金剛石(ダイヤモンド)のこと。
平安時代以来の日本では、「度を超えた華美」という意味で使われ、南北朝の動乱期の美意識と価値観をあらわす流行語となりました。

道誉は、乱世にあって、“いま”を生き切るため、おのれを衝き動かす美を生み出そうとしたのかもしれません。


桜絶唱

この勝持寺には、出家した西行がしばらく滞在していたと言われます。

   しづかならんと思ける頃、
   花見に人々まうできたりければ


 花見にと 群れつつ人の 来るのみぞ
    あたら桜の 科(とが)にはありける


静かに過そうとしているのに、大勢の花見の客が来て大変騒々しい、それを桜のせいにして苛立っている若い日の西行の姿が見えてきます。

西行も無類の桜ぐるいの人。

    空にいでて 何処ともな く尋ぬれば
    雲とは花の 見ゆるなりけり


あてどなく出かけると、今まで雲と見えていたのは花であったと、桜の花との出会いを喜ぶ西行。
また、夢に見る桜ふぶきにも、胸の動悸はおさまらなかった人なのです。


  春風の 花を散らすと 見る夢は
      
     さめても胸の さわぐなりけり



太閤秀吉の桃山時代には、王朝文化の復活とされる豪華絢爛な醍醐の花見がありました。

江戸時代もお花見は盛んに行われたことでしょう。歌舞伎の舞台では桜が溢れかえります。
『助六由縁(ゆかりの)江戸桜』、『義経千本桜』などですね。

明治時代のお花見はどうだったのでしょう。
オーストラリアの美術史家アドルフ・フィッシャーは次のように書いています。

「たんに若者ばかりではなく、老人も花見に出掛け、傍らに即席の蒿葦小屋ができている桜樹の下にたむろする。小さな可愛らしい容器に注がれた茶や酒を飲みつつ、花見客は優雅に箸を使い、キラキラ光る漆器の皿にのっている握り飯や菓子をつまむ。清潔、整頓、上品さがいたるところで見受けられる」と。
(『明治日本印象記』1897年ベルリンで出版。2001年、講談社学術文庫に収められました)

明治のお花見は、清潔、整頓、上品だったのですね。

さあ、今年のお花見はどうでしょうか。



受け継がれる心

春になると、桜の開花予報が毎日のように報じられる日本。
国民的に桜が大好きになった背景は何か。
それは、桜を美しいものとしてとらえる先人たちの感性が蓄積され、文化として日本人の美的体系の中に受け入れられたからです。

“桜は美しい”と感じる心は、いつまでも受け継がれていけばいいですね。


さまざまのこと思ひ出す桜かな

               芭蕉



皆さまは、お花見で何を思い出されることでしょうか。





資料:
『日本の心を旅する』栗田勇著 春秋社

『西行』白洲正子著 新潮文庫

『香料』山田憲太郎著 法政大学出版局

『源氏物語』玉上琢彌著 角川文庫

『芭蕉文集』富山奏校注 新潮日本古典集成

『季語の底力』櫂未知子著 生活人新書

『千利休』赤瀬川原平著 岩波新書

『花鳥風月の科学』松岡正剛著 淡交社

『日本美 縄文の系譜』宗左近著 新潮選書
posted by 事務局 at 00:10| Comment(0) |
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