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2008年02月15日

“四季おりおり”第四回 梅の花:春告草

梅まつりの季節です。



春を呼ぶ花

長い冬が終わりを告げる頃、咲き始める梅。





梅一輪一輪ほどの暖かさ

             嵐雪







嵐雪は江戸時代前期の俳諧師。
松尾芭蕉の高弟です。

梅一輪には一輪ほどの、わずかな暖かさがある。寒さはまだ厳しいけれど、確実に春の予感をとらえた、素晴らしい歌ですね。

梅とともにやってくる春。

凛として、一輪でも存在感のある梅の花。

花言葉は「高潔、忠実、気品」です。



梅の宴

梅は、奈良時代、遣唐使が中国から薬用として持ち帰ったのが最初と言われています。

そして、たちまち日本人の心をとらえた梅の花。かの『万葉集』には百数十首、梅が詠われた歌が載っています。

天平二年(730)、大伴旅人は大宰府の長官であったとき、梅花の下で宴をひらきました。
招かれた山上憶良は詠います。


春されば まず咲く宿の 梅の花
  独り見つつや 春日暮さむ



主人の大伴旅人の歌は、


わが園に 梅の花散る ひさかたの
 天(あめ)より雪の 流れ来るかも




どのような宴だったのでしょうか?
梅の花に見入って歌を詠みあう万葉の男たち。

「花見」と言えば、桜ではなく梅のことだった時代が見えてきます。

そう、はるかな万葉の時代、春の花といえば「桜」ではなく、まず「梅」だったのです。

当時の人びとは梅の花を手折っては、髪に挿し、袖にいれ、杯に浮かべて楽しみました。
それだけではありません。病にかかって、疲れの癒えない大伴家持は、体力と気力の回復を願って詠います。

春の花 今は盛りに 匂ふらむ
 折りてかざさむ 手力(たじから)もがも



花をかざして健康と長寿を祈る。それは、この美しい花には神霊が宿っていると思われていたからです。

そう言えば何事につけ、私たちは大切な人に花を贈ります。それは、花の持つ生命力に自らの願いを託しているからですね。



梅の香り

時代がくだって平安時代になっても、「梅」は「春」の季節感を代表するものであり続けました。特に人びとに愛される理由となったのは、その芳しい香りです。

花といはば、かくこそ匂はまほしけれな

「花というならこのくらいいい香りがしてほしい」とは、『源氏物語』の主人公、光源氏の台詞です。

『古今集』にもこんな歌があります。
梅を贈る時に添えられた歌です。

梅の花を折りて人におくりける

君ならで 誰にか見せむ 梅の花
  色をも香をも 知る人ぞしる
               紀友則



美しい梅の色も素晴らしい香りも、本当にわかってくれる人にこそ見せたい。
そして、自分の真価も知る人ぞ知るのだという思いを花に託して詠っているのです。

歌うだけでは物足りず、人びとは梅の香りに似せた梅花という薫物(たきもの)を求めました。

薫物とは香料の配合によって好みの香りをつくり、その芳香を楽しむものです。

黒方(くろぼう)、梅花(ばいか)、荷葉(かよう)、侍従(じじゅう)、菊花(きっか)、落葉(おちば)と名付けられた「六種の薫物(むくさのたきもの)」と呼ばれるものがあります。四季の香りをこめたものです。

梅花は特に春の香として人気のあるものでした。




心を繋ぐ

梅の香りと言えば、こんな物語もあります。
久しぶりに訪ねた家で、おそらく恋人であった
女主人に恨みごとを言われた貫之は、こんな歌をつくりました。

ひとはいさ 心もしらず ふるさとは
 花ぞむかしの 香ににほひける 
                 紀貫之


「そうはおっしゃるが、さあ本当はどんなものものですか、お心のうちはよくわかりません。けれども、この家の梅は、私を疎遠(そえん)にしないで、昔ながらに香っているじゃありませんか」


返歌はこうでした。

花だにも 同じ香ながら 咲くものを
 植ゑたる人の 心知らなむ


「花だって、同じ香りで咲く誠実さを持っているとおっしゃるのに、この花を植えた私の気持もわかってくださらないの」

なかなかのやりとりですね。最後には、二人は仲直り。梅の香りが歌を通して心を繋ぎます。




雅(みやび)な小学唱歌・「夜の梅」

『古今集』には、紀貫之の友人である凡河内躬恒(おおしこうちのみつね)も歌を寄せています。

春の夜、梅の花をよめる

春の夜の 闇はあやなし 梅の花 
 色こそ見えね 香やはかくるる


春の夜に梅の花を見ようと思ったら、あいにく
月もなく何も見えない。しかし、香りは隠れようもなく薫ってくるのです。

だから、花にとっては夜の闇は「あやなし」(意味がない)なのです。
今と違って、夜は暗いから、匂いも強烈に感じられたのでしょう。

花を薫物の「梅香」をたきしめた女性と見立てる説もあります。何とも妖しく美しく、かつ知的な遊び心が感じられる歌ですね。


その後千年、梅の香への想いは今でも受け継がれているようです。

大正三年、「尋常小学唱歌」にも『夜の梅』がありました。

梢(こずえ)まばらに咲初(さきそ)めし、
花はさやかに見えねども、
夜もかくれぬ香にめでて、
窓はとざさぬ闇の梅


当時の子どもたちは、とても雅(みやび)な歌をうたっていたのですね。

今の子どもたちはいかがでしょうか。




資料:

『花を旅する』栗田勇著 岩波新書

『和歌の解釈と鑑賞事典』井上宗雄 武川忠一編
笠間書院
『芭蕉歳時記』復本一郎著 講談社選書メチエ

『入門歳時記』大野林火著 角川書店

『源氏の薫り』尾崎左永子著 求龍堂

『季語の底力』櫂未知子著 生活人新書
         
『花鳥風月のこころ』西田正好著 新潮選書
 
posted by 事務局 at 09:00| Comment(0) |
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