
朝から小雨のぱらつく曇り空、
晴れ間を見つけて、さんぽに出かけました。
JR中央線三鷹駅からバスで20分、神代植物公園に到着。
園内には約4,800種類、10万株の植物。
まさに花と緑のオアシス。
四季折々の花と緑を楽しめます。
入口近くにある大きな水鉢に、
オニバス(スイレン科)が浮かんでいます。
熱帯のオオオニバスとは違い小ぶりで、
池沼中に生育する1年草の水草です。
緑の葉が水面にひろがり、ワニの皮に似た模様。
絶滅危惧種で、この地球上からなくなってしまうかもしれない種です。
大切にしたいですね。
植物との愛
今回は、植物と私たちの間に生まれる「道徳と愛」がテーマです。
“植物との道徳、植物との愛”って、いったいなんでしょう。
『萩原朔太郎詩集』の序文に書かれています。
原始以来、
神は幾億万人といふ人間を造った。
けれども全く同じ顔の人間を、
決して二人とは造りはしなかった。
人は誰でも単位で生れて、
永久に単位で死ななければならない。
私たちは、誰一人として同じ顔の人はいません。
よく似た人はいるが、どこか違う。
生まれるときも死ぬときもひとり。
とはいへ、
我々は決してぽつねんと切りはなされた宇宙の単位ではない。
我々の顔は、我々の皮膚は、
一人一人にみんな異なって居る。
けれども、
実際は一人一人にみんな同一のところをもって居るのである。
わたしたちの顔は、あたりまえのことですが、
目はよこに2つ並び、その真ん中には鼻。
外見だけではなく、喜怒哀楽に心が動かされるところも似ている。
この“共通”を人間同志の間に発見するとき、
人類間の『道徳』と『愛』とが生まれるのである。
この“共通”を人類と植物の間に発見するとき、
自然間の『道徳』と『愛』とが生まれるのである。
そして我々はもはや永久に孤独ではない。
私たち人間は、他の生物と共通したところがたくさんあります。
宇宙の星たちを動かす、らせん運動さえも、
私たちの身体の中に取り入れられています。
ええっ、宇宙と似ている、らせん運動!
頭のつむじ、指の指紋の渦は、
銀河の渦巻きにそっくりじゃありませんか。
花に想う

目の前に広がる緑の木々を見ながら、少し歩くと、
花がいっぱいのだりあ園です。
花には想い入れのある珍しい名前がつけられています。
君待坂なんて粋な名前もあります。
白い花びらの先がうす紫に染まり、
恋しい人を待つようにやさしく咲いている花を見ると、
キク科テンジクボタン科と言うより、
君待坂と呼ぶ方がいいですね。
人間の思い入れなのか、花を愛するゆえか・・・・・
さまざまな想いが花に名前をつけさせるのでしょう。
花に名前をつけるとき、
人と花の間に、
特別な感情が生まれているようです。
花の美しさと名前が見事に一致するときは、
一編の詩が生まれるとき。
俳人・三橋鷹女(みつはしたかじょ)は詠います。
千万年後の恋人にダリア剪(き)る
千万年後の恋人とダリア、凄い想いですね。
ダリアとはそういう想いを抱かせる花なのでしょう。
広大なバラ園が見えます。
中央に大きな噴水。ヨーロッパの庭園のようです。
バラの栽培は、西洋では紀元前2000年代から
おこなわれていたといわれます。
日本では、野茨(のいばら)と呼ばれる野生のものがありました。
西洋原産の薔薇を観賞するようになったのは、
明治以後のことなのです。
童(わらべ)は見たり、野なかの薔薇
この懐かしい『女声唱歌』(明治42年)は、
ゲーテの詩に曲がつけられたものです。
薔薇は、夏の季語。
明治から昭和に生きた水原秋桜子は、雨夜の薔薇の美しさを詠います。
咲き満ちて 雨夜も薔薇の ひかりあり
江戸時代の蕪村は、愁いの心と野茨の美しさを詠いました。
愁ひつつ 丘に登れば 花いばら

小雨が降ってきてバラの花にも透明な水滴がつきました。
涙のようです、それもまた自然の詩なのでしょう。
雨脚がすこし強くなったので、大温室に向かいました。
途中に多くのトンボが舞っています。
大温室は、「センス オブ ワンダー」
「センス オブ ワンダー」とは、レイチェル・カーソンの言葉で、
「神秘や不思議に目を見はる感性」のことです。
熱帯植物は、珍しい姿とあざやかな色をしていて、
見ればみるほど不思議で神秘です。
球根ベゴニアがたくさん咲いている部屋があります。
おどろいたのは、種!
球根ベゴニアの種はとっても小さいのです。
粉のようです。
置かれているゴマの種に比較すると、
問題にならないくらい小さいのです。
この小さい種が、球根になるのですか!
この小さい種が、美しい花を咲かせるのですか!
それこそ、感動する心「センス オブ ワンダー」の全開。
広大な宇宙を見るときと同じ感動が、
この小さい種を見るときにもわきおこってきます。
花の世話している方に教えてもらいました。
「この花は、1つの株に雄花と雌花が咲き、
雌花の花びらは一重、雄花は八重なんです」
えっ、雄花の方が、豪華で美しい!
動物のライオンと同じですか・・・・・。
いや、雌花はつつましく咲いて美しい!
雄花のすぐ下に雌花が咲いています。
花粉が下に飛んで受粉しやすいのでしょう。
うまくできていますね、自然の神秘というのは!
このように、1つの株の中に雄花と雌花があるのを
「雌雄異花同株」といいます。

清純な心・熱帯スイレン
外に出ると雨が上がり、青空が見えはじめています。
大温室の庭の大きな水槽に、
白や黄、ピンクのスイレンの花が美しく咲いています。
水に浮かんでいるその姿は、清純な心・信仰という花言葉のとおりです。
スイレンとの関わりは、5000年の歴史をさかのぼります。
紀元前3100年頃、すでにエジプトの第1王朝のシンボルとして
用いられ、現在も、エジプトの国花です。
第5王朝のベニ・ハサンの墓には、水鉢に生けられたスイレンの花が
浮彫りされています。
記録に残っている世界最初の生け花といえるでしょう。
ナイルの水をひいた池には美しいスイレンの花が咲き、
その花は、花束や花輪や首飾りに編まれたそうです。
係りの方にスイレンについて訊ねました。
「スイレンは寒さに耐えることができる温帯性と、
寒さに弱い熱帯性に大別されます。
今咲いている熱帯スイレンは、夏は外に出しているけれども、
冬には温室の中に入れて見守る」のだそうです。
遠路はるばる日本にもってこられた熱帯スイレン。
それにはそれなりの礼儀が必要です。
いたわりと愛が、人とスイレンの間に生まれます。
これこそが、自然に対する道徳と愛だと思います。
世話をする人の愛があればこそ、私たちはいつも美しい花を、
愛することができるのです。
あの「星の王子さま」(サン=テグジュペリ作)も、
残してきた1本のバラの世話をするため、
命をかけて、星に帰っていったのです。
いつのまにか青空が広がり、明るい陽光がさしています。
水槽で、オタマジャクシが水面に顔をのぞかせます。

資料:
『萩原朔太郎詩集』川上徹太郎編 新潮文庫
『入門歳時記』大野林火監修 角川書店
『植物ことわざ事典』足田輝一編 東京堂出版
『植物ごよみ』湯浅浩史著 朝日出版社
「都立神代植物園内・案内説明」
その他、都立神代植物園パンフレット