そんな日本の風情を表現する演歌の歌詞には、曇りガラス、霧、湯煙、汽笛、霧笛、船出など、海や湿度に関わり深い言葉が並び、別れの寂しさを表現しています。特に、霧や雪などで視界が悪いときに吹き鳴らす霧笛の音色は、不安感や寂しさをより一層強調する音色になっているようで、演歌のタイトルに良く登場します。たとえば、「霧笛が俺を呼んでいる」(赤木圭一郎)、「霧笛」(ちあきなおみ、八代亜紀、氷川きよし)、「別れの霧笛」(松原のぶえ)「霧笛の波止場」(水田かおり)などなど、その数の多いことに驚きます。

霧笛
霧笛は、火起こしのふいごに、豆腐屋さんのラッパを取り付けたような形をしていて、左の持ち手の板を開いて蛇腹の部分に空気を入れ込み、板を閉じるとボーッという音が長く尾を引くように続きます。
>霧笛
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霧も靄(もや)も、湿度の高い日本ならではの、そして冬の訪れを表す情景です。演歌の描く風情は、別れの寂しさ、辛さ、孤独や嘆きが多く、厳しい冬の到来を人生の艱難辛苦とも重なります。そして、海で働く勇ましい男たちの家族と離れた寂しさにも通ずるのでしょうか。
歌舞伎の音具には船の櫓を漕ぐ音を出す楽器もあり、欧米人には、ただの雑音としか思われないでしょうが、「ギーッ」と鳴るその音にも寂しさが感じられるのは、日本の音文化の特徴かもしれません。この楽器は、棒と板の接する部分に湿気を与えると、板を回転させる時に摩擦音が出る仕組みになっています。
櫓(歌舞伎の音具)
>櫓
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これも湿気を利用して発音する楽器です。
冷え込む冬の季節の音といえば、鉄瓶の湯が湧く時に、蓋が湯気で持ち上がって鳴る音もあります。茶道では、窯の底に「鳴り金」というものをつけて湯が湧いた時に鳴る音を楽しんだそうですが、その音色が松風の音に似ているのだそうです。松風の音というと「松籟(しょうらい)」のことでしょうか。越後で聞いた松籟の響きは、冬の日本海に吹き荒れる海風にあおられて松葉が擦れ合うようなシャーッという響きで、「チンチン」と鳴るような響きではありませんでしたから、茶道の「鳴り金」の音は、象徴的な音色だったのかもしれません。
写真の鉄瓶の蓋はとても軽く、材質はサハリ鉦で出来ています。音の文化に興味のあった私に、明治生まれの父が「鉄瓶の湯が沸くとこれが鳴るんだよ」とこの蓋を持ってきてくれました。鉄瓶本体はどこかに行ってしまったのですが、どんな音になったのだろうかと、再現してみました
鉄瓶の蓋
鉄瓶の蓋の裏側
>鉄瓶の蓋の音
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サハリ鉦は、銅に錫,鉛を加えた合金で、打つと良い響きがするので「響銅」とも言います。梵鐘づくりでも、錫を入れると余韻が長くなるそうですが、この金属は仏教の鳴らし物に良く使われる金属でもあります。
湿度の高い日本だからこそ生まれた音たちが、演歌の風情を醸し出します。
次回は、「世田谷ボロ市にて」です。
文:茂手木潔子(日本文化藝術財団専門委員/聖徳大学教授)
楽器写真撮影:服部考規
音源制作:film media sound design
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