ススキの揺れる秋 撮影:服部考規
歌舞伎の舞台下手御簾内で演奏される唄に「露は尾花」という端唄があります。「露は尾花と寝たという 尾花は露と寝ぬという・・」という意味深な歌詞で、『東海道四谷怪談』「隠亡堀の場」の「だんまり」(暗闇の中で主な出演者が登場して無言で探り合う様子を様式化した場面)など、不穏な場、時には残忍な場面で歌われます。師匠の小泉文夫先生が、この唄の情趣が好きで「生きていれば楽しいのに、お前は今死んでゆくんだぞ、と歌う対比が面白いよね」とよく口にしていました。
そんな色っぽい題材になるススキ(尾花)が風に揺れる秋、草むらからは虫たちの声が聞こえてきます。あたり一面から静かに絶え間なく聞こえる鈴虫の声。チンチロリンの松虫は、子供たちにもなじみの深い歌になっています。
歌舞伎の擬音笛(右から 虫笛、ヒグラシ笛、按摩笛) 撮影:服部考規
歌舞伎では、音響係の人たちが舞台裏で小さな竹笛を吹いて、秋の情景を醸し出します。写真の一番右が鈴虫の声を出す「虫笛」で、長さ8cm、外径3mm。極細の竹で作られています。2管の音高を微妙にずらして調律し、吹いた時に「リーン、リーン」と揺れるように響かせます。
>>虫笛
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真中の笛は「ヒグラシ笛」。長い管が11cm、外径5~6mm。両端の笛の音は、虫笛のように微妙にずれた音高で、真中の笛は両端の笛より約完全4度下の高さ(ファとドの音程差)に調律され、3本一緒に吹くと、両端の笛のズレの効果で不思議な響きが生れます。
>>ヒグラシ笛
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この虫笛の構造を利用して「按摩笛」も作られました。こちらは長さ16cm、外径9mm。按摩さんが通りを行く時に吹きますが、静かに吹き始めてそのまま息を切らずに強く吹き、再び静かに吹きます。強く吹いた時に高音域で音のズレが強調されます。
>>按摩笛
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松虫 撮影:服部考規
歌舞伎では足がついた金属製の伏鉦を二つ並べて二本のT字型の撞木で打つ「松虫」という楽器もあります。
>>松虫
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ここでも、2個の鉦の音高が微妙にズレるように組み合わせます。まさに「音の不即不離」です。
これらの「不即不離」の音色の考え方は、〈明確な音高ではなく、微妙に擦れ合う音が集まって作る音色を良しとする〉日本の楽器に共通する最も基本的な特徴なのです。
秋、稲刈りの季節、昔の田畑では縦横に縄が張り巡らされて「鳴子」が吊り下げられていました。実った米を狙う鳥が縄に触れると鳴子が音を立て、鳥がびっくりして逃げるのです。この歌舞伎の鳴子は、『北斎漫画』七編にも描かれている鳴子と同じ形ですから、江戸時代から使われていたものなのでしょう。身近な道具や素材が、楽器を作り出します。
歌舞伎の鳴子 撮影:服部考規
>>歌舞伎の鳴子
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「ぼうやはよいこだ ねんねしな 里の土産になにもろた でんでん太鼓に笙の笛」
稲刈りの季節、ぐずる赤子の子守役の女の子が手にするのはでんでん太鼓。日本各地には色とりどりのでんでん太鼓がありました。和紙製のでんでん太鼓から聞こえる音は一つ一つに揺らぎのある深い響きです。この音のゆらぎは、赤ちゃんを眠りに誘う心地よい音だったことでしょう。
でんでん太鼓(日本玩具博物館所蔵) 撮影:竹内敏信
次回は、「鈴の音」です。
文:茂手木潔子(日本文化藝術財団専門委員/聖徳大学教授)
音源制作:film media sound design
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