
暑き日を 海に入れたり 最上川
芭蕉
(赤い夕日が今まさに海の中に引き入れられようとしている。まるで暑い一日を、最上川の水に浮かべて海に流し込んでしまったかのようだ。もう河口あたりには、涼しい夕風が立ちはじめている)
『おくのほそ道』堀切実著より
この句の前には、
川舟に乗りて、酒田の港にくだる。
淵庵不玉(えんあんふぎょく)といふ医者のもとを宿とす。
あつみ山や 吹浦かけて 夕涼み
(最上川河口の袖の浦に船を浮かべて夕涼みしていると、南の方には、暑さに縁のある温海山が仰がれ、北の方に頭をめぐらせば、暑気を吹き払うことに縁のある吹浦あたりが見渡される。こうした大きな自然の景観の中で、のびのびとした気持ちで夕涼みをするのは、なんとも快いことである)
『おくのほそ道』堀切実著より
とあります。
暑い一日も夕方には涼しくなったのでしょう。
最上川がもたらす涼しさは、暑く燃える夕日を海に流し込むかのように爽快だったのです。
上々吉の暑き日々

夏の暑さは、農家の人々にとって必要不可欠なことなのです。
小林一茶は詠います。
米国(こめぐに)の 上々吉の 暑さかな
米作りにとってどうしても必要な暑い夏。
稲穂の実は暑さの中でこそ豊かに結ばれるからです。
太陽の光をいっぱい受けて美味しいお米は育ちます。
暑い夏が秋の実りを約束してくれるのです。
なにはともあれ、夏は暑い方が良いし当たり前。そう想って暑さと元気につきあいましょう。
夏にはさまざまな行事があります。
夏の行事といえばお祭り。お祭りに行って暑さを吹き飛ばすのが一番ですね。
夏祭り

ねぶた祭り
八月には大きな祭りが全国的に行われます。そのほとんどが月遅れ盆の行事。
東北四大祭り(青森ねぶた祭り、秋田竿燈まつり、仙台七夕まつり、山形花笠まつり)や、大文字・五山送り火や燈籠祭、火祭りなど、有名な祭りがいっぱいです。
夏祭りは、もともと夏に多い災害や疫病を祓うためのものでした。
それが全国的に広まり、地域ごとの年中行事や信仰などと結びついて、神輿(みこし)や山車(だし)、祭り太鼓といったにぎやかなものが中心となっていったそうです。
宵に睡(ね)て 又目の醒めし 祭かな
中村草田男
祭りと同じく、夏の間は至る所で盆踊り。
夕暮れになると、どこからか盆踊りの太鼓の音や歌声が聞こえてきます。
盆踊り
盆踊りは、盆に招かれてくる精霊を慰め供養する踊りです。
その原型は、鎌倉時代、一遍上人が広めた念仏踊りと、先祖供養が結びついたのが始まりといわれます。
一遍上人は歌います。
念仏をとなえながら踊ることによって、煩悩をはらい、阿弥陀仏の極楽浄土に導かれていくのです。
はねばはねよ をどらばをどれ はるこまの
のりのみちをば しる人ぞしる
ともはねよ かくてもをどれ こゝろこま
みだの みのりと きくぞうれしき
(のりのみちは「法の道」。みだのみのりは「弥陀の教え」)
その後、盆踊りはお囃子(はやし)も加わり、笛や太鼓でにぎやかになっていくのです。
歌や三味線などが加わったのは江戸時代。
やがて、そろいの衣装で踊るなど、変化に富み、楽しく娯楽性の強い行事になっていきました。
盆踊りの原点は、参加する人々がお互いにあたたかな情感につつまれ交流し合う先祖供養の場なのです。
そういえば、亡くなった家族の供養のために花火を打ち掲げる地方があるそうです。
花火もお盆と深くかかわったところがあるのでしょう。
俳諧では花火は秋の季題でした。それは、盂蘭盆(うらぼん)の送り火と同様だったからです。
花火はお盆の行事としての意味が薄らぐにつれ、俳句で夏の季語に入れられるようになりました。
花火
ド・ドーンと身体に響く打揚花火の音。
炸裂する花火は華々しくてはかないものです

音たかく 夜空に花火 うち開き
われは隈なく 奪われてゐる
中城ふみ子
昭和二十九年、彗星のように歌壇に登場し、それからわずか四ヶ月、乳癌によって命を奪われ、三十一歳の若さで生涯を終えた女流歌人・中城ふみ子の歌です。
この歌から香りでるせつなさは、ふみ子の人生そのものなのでしょうか。
手花火を 命継ぐ如 燃やすなり
石田波郷

兵役中にかかった病と闘いながら「私の俳句は散文の行ひ得ざることをやりたいと念ずるのみである。日々に命の灯を恃(たの)み得ぬものが、何(ど)うして散文の後塵を拝するの十七文字を弄(もてあそ)ぶを得んや」と句集『雨覆』(1948年)に記した波郷。
その“明澄な孤独の詩魂”が、命を継ぐが如く燃やす手花火。
見えてくるものは、「素速く、美しい、波郷俳句」
その華やかさゆえに人を魅了し、瞬時に消え去っていくはかなさゆえに、人の心を捉えてはさない花火。
その花火の光跡は、見る人の心を一瞬にして映しだす鏡でもあるのです。
暑き日、自ら花火となって“耳を澄まし、目を澄まして”、自分の周囲を見わたすとき、何が見えてくるでしょうか。
資料:
『日本人のしきたり』飯倉晴武編著 青春出版社
『日本の年中行事』弓削悟編著 金園社
『芭蕉文集』富山奏校注 新潮日本古典集成
『おくのほそ道』堀切実著 NHK出版
『俳句の宇宙』長谷川櫂著 花神社
『季節の366日』倉嶋厚著 東京堂出版
『入門歳時記』大野林火監修 俳句文学館編 角川書店
『季語の底力』櫂美知子著 生活人新書 NHK出版
『名句 歌ごよみ』大岡信著 角川文庫
『一遍上人』栗田勇著 新潮文庫