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2015年08月01日

第5回 盆踊り

8月といえば夏休みの真っ盛り。海水浴に行ったり、山間の行楽地に出かけたり、楽しい思い出作りの月です。そして、お盆の行事の月でもあります。お盆といえばお墓参り、14日と15日には実家に帰ってお墓参りをする人も多いようです。それは親戚どうしが集まり先祖と自分たちとの関係を懐かしむ機会でもあります。

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しかし、何といってもお盆といえば、盆踊りです。団地や町内会で催される盆踊り大会では、中央のやぐらを囲んで輪になって浴衣姿の男女がおおぜいで楽しく踊ります。東京音頭やアンパンマン音頭など、それぞれ地方ごと時代ごとの誰でも親しめる歌が大音響で流れて、見ていても楽しいのですが、思い切って踊りの輪の中に入って自分も踊ってみると、けっこう楽しい興奮を体験できます。

ところで盆踊りとはいったい何なのでしょうか。鎌倉時代の時宗の開祖の一遍上人が始めた踊り念仏に由来するという説もありますが、歴史の記録だけからの追跡ではよくわからない部分が多いようです。そこで参考になるのは、民間伝承として日本の各地に伝えられている盆踊りのいろいろです。
たとえば静岡県の遠州大念仏の類は新盆の家を廻って踊り、その年に新しく亡くなった死者の供養をするのですが、よく似た盆踊りが奥三河から南信州の山間地域にかけて広く伝えられています。それらはそもそも盆踊りとは、その年に亡くなった新しい死者の霊魂の鎮送と供養のための踊りだったということを伝えています。
また、秋田県雄勝郡羽後町の西馬音内(にしもない)の盆踊りは観光的にもよく知られていますが、踊り手が顔を黒い覆面で隠した不思議な魅力が印象的な盆踊りです。同じ秋田県鹿角市毛馬内の盆踊りも留め袖姿で着飾った美しい踊り手たちで知られていますが、みんな布の頬かむりで顔を隠して踊ります。覆面で顔を隠して踊る盆踊りの例は、他にも島根県津和野町などに伝えられています。それらの例が伝えている覆面というのは亡者の扮装であり、亡者(踊り手)たちがお盆の夜中のひととき、この世を訪れて舞い踊るという見立てです。そして、それこそが盆踊りのもともとの意味だったと考えられるのです。

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 熊本県の山鹿燈籠まつりの盆踊りは踊り手たちの綺麗な着物姿とともに頭上の灯籠が美しい盆踊りです。お盆の先祖供養や死者供養の行事に欠かせないのが燈籠です。お盆の行事では燈籠の明りとともに精霊を迎え、送ります。墓地にもたくさんの灯籠があげられます。その燈籠を頭上にしておおぜいの踊り手たちが舞い踊る光景は、精霊たちの訪れとその喜びとをみごとに表わしています。

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 観光行事として有名な徳島県の阿波踊りも盆踊りの一種です。それをよく表わしているのは両手をあげて踊る独特の所作でもありますが、何よりも菅笠です。遠州大念仏でも、秋田県の西馬音内や毛馬内の盆踊りでも、踊り手はその多くが菅笠をかぶって踊ります。菅笠は異郷からの来訪者を表わす意味を込められた衣装です。日本各地の盆踊りの観光化の程度はさまざまですが、古い伝統をよく伝える盆踊りの中には、もともと先祖や死者の供養のための踊りであったということを伝える要素がよく残っています。

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現在の団地や町内会で催される盆踊りではそのような要素はなくなっていますが、夏の夜の娯楽という意味はしっかりと残っています。若い男女の出会いの場というのも古くからの盆踊りの要素です。恥ずかしがらずに実際に参加して踊ってみてはいかがでしょうか。
「踊るあほうに見るあほう、同じあほなら踊らにゃ、そんそん」
踊っているうちに、ひとときでもあの世の先祖の霊と自分とがつながっているかのような、妙な興奮と感動を体験できるかも知れません。

文:新谷尚紀(日本文化藝術財団専門委員/国立歴史民俗博物館名誉教授)
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