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2014年08月15日

第24回 大正から昭和の時代へ 流行歌

長野県中野市にある『中山晋平記念館』には、大正時代の女優松井須磨子の写真や資料があり、「カチューシャの唄」が紹介されています。作詞は島村抱月・相馬御風、作曲は中山晋平です。大正4年3月、トルストイ作『復活』が帝国劇場で上演された時、松井須磨子がこの歌を歌いました。

♪カチューシャ可愛いや、別れのつらさ、
せめて泡雪溶けぬ間と、神に願を 
ララ かけませうか。
♪カチューシャ可愛いや、別れのつらさ、
今宵一夜に降る雪の、明日は野山の 
ララ 道かくせ。
♪カチューシャ可愛や、別れのつらさ、
せめて又逢ふそれまでは、同じ姿で 
ララ 居てたもれ。(略)
(歌詞は『日本歌謡史』高野辰之著より)

後には大正デモクラシーといわれる時代です。文化の大衆化がおこり、西洋的な曲風のものが一般に歌われるようになりました。娯楽やスポーツも盛んになり、宝塚の少女歌劇団も誕生し、浅草オペラなどがもてはやされました。国産の蓄音機とレコードが1914年(大正3)にできました。そのころ「カチューシャの唄」のレコードが最もよく売れたそうです。

昭和になると、映画やカフェー、バー、ダンスホールの流行とともに歌謡曲も大はやりになりました。「紅屋の娘」「君恋し」「アラビアの歌」「東京行進曲」「愛して頂戴」など一般大衆に愛される歌謡がたくさんできてきました。とくに「神田小唄」は、当時の学生の様子を歌い、若い男女の心をとらえました。

♪肩で風切る学生さんは、
ジャズが音頭取る 神田神田神田、
家並家並に金文字かざり、
本にいはせる 神田神田神田。
♪ジャズは流れるレコードは廻る。
赤い灯影にボタンが光る。
白い蝶々かエプロンさんか、
下駄が音頭取る 神田神田神田。

世の中は非常に不景気で、ひどい就職難でした。「世界恐慌」が迫る中、若者たちの心はつらく行詰まっていました。にもかかわらず情緒たっぷり浮かれたように明るく歌うこの唄に、心を動かされるしかなかったようです。

時代は移り変わり、子どもたちは三味線ではなくピアノを習うようになってきました。歌謡も新たな時代へと常に変化していきます。これからも愛される歌謡にであっていきたいものです。
          
バラ.JPG

今回で「にほん歌謡物語」も最終回とさせていただきます。長い間おつき合いいただき誠にありがとうございました。

資料:
新訂増補『日本歌謡史』高野辰之 著(五月書房)
『スーパー日本史』益田宗・中野睦夫 監修、古川清行 著(講談社)
posted by 事務局 at 00:00| Comment(0) | 日本歌謡物語
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