♪あら何ともなの、うき世やの
(ああ何ということなく、あっけなく過ぎ去ってしまう人生であることよ)
「隆達節」の中でも有名な歌で、無常観を短い言葉で言い表しています。戦国の世の定めは儚い命の哀しみ。この「あら何ともなの」は当時日常的に口にしていた表現だといわれます。
♪夢のうき世の露の命のわざくれ、なり次第よの、身はなり次第よの
(どうせ無常の世の無常の命だよ、なるがままに生きるしかないよ)
「わざくれ(どうせ)」もよくつかわれた言葉でした。なげやりな生き方にならざるを得ない哀しみが浮き彫りになります。
♪ただ遊べ、帰らぬ道は誰も同じ、柳は緑、花は紅(くれない)
(ただ夢中で遊ぶがよい。誰の人生も戻り道はない。それは柳が緑色で、花が紅色であるように、自明のことよ)
隆達は享楽的な人生観を歌う時も、人の世の儚さを背景にしていたのです。この歌も後戻りできない一回限りの人生を歌っています。また「柳は緑、花は紅」という言い回しもよく使われたようです。
♪、梅は匂ひ、花は紅、柳は緑、人は心
(梅は匂いが、桜の花は紅の色が、柳は緑が、そして人間は心こそが素晴らしい)
現代語訳:『戦国時代の流行歌 高三隆達の世界』小野恭靖著
人生にとっては「心の豊かさ、深さ」が最も大切。それが人の色艶になると歌った「隆達節」。
その隆達の歌は、乱世に生を享けた多くの人々の心をとらえ、口ずさむ歌として大流行し、信長、秀吉、家康へと続いていく時代に欠かせない歌になりました。
資料:
新訂増補『日本歌謡史』高野辰之著(五月書房)
『戦国時代の流行歌 高三隆達の世界』小野恭靖著(中公新書)