猿楽から発展した能は日本独自のものです。今回は、『翁』を紹介します。これは「能の中の能」「能以前の能」といわれる程、最古のもので、特別に敬意をはらわれています。後に能を大成させた世阿弥元清が有名ですが、それよりもずっと古い時代からこの『翁』は出来ていたといわれています。
能の流派の一つである金春(こんぱる)家所伝の『翁』は、四段からなります。
♪翁「トウトウタラリタラリラ。タラリアガリララリトウ」
地「チリヤタラリタラリラ。タラリアガリララリトウ」
翁(神の中の神)が「トウトウ」と呪文のように笛の譜面を謡っています。
「タラリタラリラ」は、篳篥(ひちりき)。
翁「處(ところ)千代まで御座在(おはしませ)」
地「吾等も千秋(せんしゅう)さむらはう」
翁「鶴と亀と齢(よはひ)にて」
地「福(さひわひ)心にまかせたり」
翁「トウトウタラリタラリラ」
地「チリヤタラリタラリラ。タラリアガリラリトウ」
「處」は、社殿におられる神のこと。
「アガリラ」は「タラリ」の訛りらしく、
「チリヤ」も笛の譜面を謡っています。
(二段目・三段目略)・・・・・
♪翁「凡そ千年の鶴は萬歳楽(まんざいらく)と謡うたり。
又萬代の亀は。甲に三極をそなえたり。
天下泰平国土安穏。今日の御祈祷なり。
ありはらや。なぢよの翁ども」
地「あれはなぢよの翁ども。そやいづくの翁ども」
翁「そよや。千秋萬歳の悦の舞なれば。
一舞まはう萬歳楽。萬歳楽」
地「萬歳楽」
翁「萬歳楽」
地「萬歳楽」
「ありはらや」は漢字で書くと「在原や」で、在原業平の歌から出てきているのではなかろうかとといわれています。
(新訂増補『日本歌謡史』高野辰之著より)
古来より新年の行事などで演じられてきた『翁』。ドナルド・キーン氏は、「おそらく元々は神を視覚化させようとしたもの」であり、「豊穣と長寿の悦びに満ちた祝典劇」であると書いています。
『翁』は、「神の中の神が人間に祝福を与える儀式」とされ、私たちの生活が神仏と共にあることを自覚させる芸能なのです。これからもずっと受け継がれていくべきものだと思います。
資料:
新訂増補『日本歌謡史』高野辰之 著(五月書房)
『能・文楽・歌舞伎』ドナルド・キーン 著/吉田健一 松宮史郎 訳(講談社学術文庫)
『能』高岡一弥 アートディレクション/高橋睦郎 写真/森田捨史郎 著(ピエ・ブックス)
『日本美 縄文の系譜』宗左近 著(新潮選書)