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2014年01月01日

第9回 上古時代末:『万葉集』より その2

明けましておめでとうございます。
今年はよい年でありますように、大いに幸あれ、と祈る大伴家持の心をお伝えして、新年の挨拶とさせていただきます。

歌謡1月写真.JPG

天平宝字3年(759)の正月元旦。
因幡国(いなばのくに:現在の鳥取県)で、役人や郡司たちが新年の朝拝をすませた後、祝賀の宴が開かれました。そこで朗誦された歌が『万葉集』の最後の歌として残されています。

♪新(あらた)しき 年の初めの 初春の
今日降る雪の いやしけ吉事(よごと)

歌の意味は、「新しい年のはじめである初春の今日、めでたくも降り積もる雪のように、いよいよ重なれ、よいことが」
(現代語訳:『和歌の解釈と鑑賞事典』井上宗雄・武川忠一)

雪は良い知らせで、豊年になる前兆とされていました。「この年がよい年でありますように」と祈りをこめて詠ったのは、大伴家持です。
『万葉集』の編纂者でもある大伴家持は、「永遠の幸せを祈る歌」として、『万葉集』四千五百余首の最後にこの歌を載せました。
家持は貴族で歌人であった大伴旅人の子です。
兵部大輔(ひょうぶのだいふ)、右中弁(うちゅうべん)などを歴任した中央の役人でしたが、当時、藤原一門に権力が集中するなかで、この歌を詠った前年に、因幡守に左遷されてしまっていました。
その後も、何度も都から遠い地方に赴任させられ、政治的に不遇の日々を過ごすようになりました。
最後には、亡くなって26日後に起こった暗殺事件の首謀者にさせられ、官位、姓まで剥奪されてしまいました。
家持は政争に翻弄された一生を過ごしたといえるでしょう。

『万葉集』は罪人の書として、平安遷都までの21年間、国庫に眠っていて、世に出ることはありませんでした。
この“新しき年”の歌を詠んだのは家持42歳の時。その後68歳で亡くなるまでに詠われたはずの歌は一首も記録には残されてはいません。
名門・大伴家に生まれた家持は、時代の波に翻弄され、政治の敗者になりました。あまりにも哀しい家持の人生でした。
しかし、文学の世界では、勝利者として歴史にその名を刻まれてきたのです。
『万葉集』は「永遠の和歌集」として万代まで続いてほしいものです。
歌謡1月写真01.JPG

資料:
新訂増補『日本歌謡史』高野辰之著(五月書房)
新編『和歌の解釈と鑑賞事典』井上宗雄・武川忠一(笠間書院)
『万葉集』角川書店編(角川ソフィア文庫)
『古典文学』監修 大橋敦夫 西山秀人(ダイヤモンド社)
posted by 事務局 at 00:00| Comment(0) | 日本歌謡物語
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