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2013年11月15日

第6回 上古時代:『日本書紀』より その2

愛する人を殺された影媛(かげひめ)の哀しい歌が『日本書紀』に残されています。
影媛とは物部麁鹿火(もののべのあらかひ)の姫。
仁賢天皇の皇太子(後の武烈天皇)は、影媛を気にいり、妻に娶りたいと思いました。
しかし、彼女は既に大臣平群真鳥臣(へぐりのまとりのおみ)の息子・平群鮪(へぐりのしび)という青年を愛していました。怒った皇太子は大伴金村連(おおとものかなむらのむらじ)に命じて数千の兵を率いて、平群鮪を攻めて殺すことにしました。
愛する人の危機を知った影媛は、その現場まで追って行き、はからずも愛する人が殺される様子を見てしまいました。
驚き、怖れ、おののき、悲嘆に泣きくれたあげく、影媛は、愛する人の埋葬の時、次のような歌を作ったのです。

♪石上(いそのかみ) 布留(ふる)を過ぎて
薦枕(こもまくら) 高橋過ぎ 物多(さは)に 
大宅(おほやけ)過ぎ 春日(はるび)の
春日(かすが)を過ぎ 妻籠(つまこも)る
小佐保(こさほ)を過ぎ 玉笥(たまけ)には 
飯(いひ)さへ盛り 玉盎(たまもひ)に 
水さへ盛り 泣きそぼち行くも 影媛あはれ

(石上の布留を 高橋を過ぎ、大宅を過ぎ、春日を過ぎ、小佐保を過ぎ、死者に供える美しい食器には飯まで盛り、美しい椀に水まで盛って、泣きぬれていくよ。影媛は ああ。)
現代訳:『全現代語訳・日本書紀』宇治谷孟
影媛1.JPG

その後、愛する人の埋葬を終え、家に帰ろうとする時、
「つらいことです。今日わが愛する夫をうしなってしまった」とむせび泣きして、つらい心のうちを歌います。

♪青丹吉(あおによし) 奈良の谷間(はざま)に
鹿如物(ししじもの) 水つくべに隠(こも)り
水灌(みなそそ)ぐ 鮪(しび)の稚子(わくご)を
求(あさ)り出(づ)な猪(ゐ)の子

(奈良山の谷間に、鹿が水浸しになるように死んで、水をあびている鮪の若子を、あさり出すようなことはしないで。猪よ。鮪の骸を掘り出さないで。)
現代訳:『全現代語訳・日本書紀』宇治谷孟
影媛2.JPG

ここに出てくる猪は皇太子の兵のことです。
愛する人を目の前で殺されるという哀しみの歌です。当時、愛の歌に次いで多かったのはこのような哀傷歌でした。

資料:
新訂増補『日本歌謡史』高野辰之著(五月書房)
『全現代語訳・日本書紀』宇治谷孟(講談社学術文庫)
posted by 事務局 at 00:00| Comment(0) | 日本歌謡物語
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