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2013年11月01日

第5回 上古時代:『日本書紀』より その1

歌謡写真2 (2).JPG

皇極記(日本書紀)に記されている興味深い出来事があります。
皇極紀3年7月、東国の富士川のほとりの人・大生部多(おおふべのおお)という者の扇動によって、巫女たちが神のお告げとして「橘の木に生じた虫は常世神、これを祭れば貧しいものは富み、老人は若返る」といいふらしました。その当時の新興宗教のようなものでしょうか。
彼らは、人々に家の財宝を投げ出させ、道端に酒や野菜や家畜を並べて「新しい富だ」と連呼した
のです。
多くの人々がすぐに信じてしまい、虫を祭り、歌ったり踊ったりしました。このことが都や地方にどんどん広まって、信じた人々は、福を求め、若さを求め、持っている家の財宝を投げ出したのでした。
そのように惑わされ、踊らされている民たちを見て、厩戸皇子(うまやどのみこ:聖徳太子)の側近で太秦の広隆寺を建立した秦造河勝(はたのみやつこかわかつ)という人が、大いに怒り、いいふらした大生部多を討ち懲らしめました。

こうした事件が起きた時には、祈願や福を求める面白い歌があったはずです。しかし『日本歌謡史』の著者・高野辰之博士によると、そうした歌は記録されることはなかったようです。
伝わっているのは、当時の人々が秦造河勝を賛美して作った“歌”のみです。

♪ウヅマサハ、カミトモカミト、キコエクル、
トコヨノカミヲ、ウチキタマスモ

内容は、
“ウヅマサ(河勝)は、神の中でも神という評判が聞こえてくる。常夜の神といいふらしたものを、討ちこらしたのだから”

歌謡写真2 (1).JPG

この歌は、しばらくは流行り歌になったそうです。
いつの時代にも人の世には、はやりすたりというものがあるものですね。



資料:新訂増補『日本歌謡史』高野辰之著 五月書房
   『全現代語訳・日本書紀』宇治谷孟 講談社学術文庫
posted by 事務局 at 10:59| Comment(0) | 日本歌謡物語
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