歴史というものは“男と女の愛”から始まるものではないでしょうか。神話の世界で地上の国造りを始めた伊耶那岐命(いざなぎのみこと)と伊耶那美命(いざなみのみこと)の歌をとりあげてみましょう。
伊耶那岐命(男)の歌
♪“あなにやし 愛女(えおんな)を”
(ああ、あなたはなんと美しいのだろう)
伊耶那美命(女)の歌
♪“あなにやし 愛男(えおとこ)を”
(ああ、あなたはなんと素敵な男性なのでしょう)
『古事記』は、和銅5年(712)に完成され、3巻からなっています。上巻は神話の世界が語られ、中・下巻は初代神武天皇から33代の推古天皇までの出来事が記されています。『古事記』が編纂された上古時代は、律令国家を目指し日本をまとめていこうとした時だったのです。
♪“あなにやし 愛女(えおんな)を”
♪“あなにやし 愛男(えおとこ)を”は、
上巻・神話の世界で、天の神々が国造りのため二神を地上につかわした時に歌われたもの。
地上に降り立った二神は、天と地をつなぐ天の御柱(あめのみはしら)を立て、それを中心にして広い御殿を建てました。お互いに男女の身体の違いに気づいた二神は、御柱のまわりを両方から回って、出会ったところで夫婦になろうと話し合います。
そして、回り始め、出会った二神は、
「ああ、お前はなんて美しいのだ」
「ああ、あなたはなんて素敵な男なのでしょう」と賛美しあったのです。
“あな”と“を”は、感動詞なので、この歌は、感動詞から始まり感動詞で終わります。
人は感動することで“歌”を歌うといわれます。
男は女と出会って感動し、女は男に出会って感動しました。その感動は、国を造っていく根源の力となっています。
この日本の神話に記されている原初の天と地は、空気も水も土もあらゆるものが混じりあい、形をなすものはなにもない混沌の世界でした。
そのなかで万物を生みだす祖神の力として、古代の人々が感じていたのは“愛のエネルギー”ではないでしょうか!
『古事記』を編纂した人々は、“豊かな生命力”=“愛のエネルギー”をこの歌に託したのだと思います。
この愛の歌を歌った二神が、国土を生み、多くの神々を生みだし、国造りの礎を築いていったことになります。
『古事記』の歌が表すように“男と女の愛”が、すべての始まりだった、とは、日本の文化を考える上でとても大切なことのように思えます。“豊かな生命力”=“愛のエネルギー”は、男女の愛に留まらずあらゆるものに広がっていきます。それは、社会や自然に対する普遍の愛につながっていると思います。
物語を読み、唱和する当時の人々は、どのような心で、声で、身振りで歌ったのでしょうか。
資料:
『日本歌謡史』高野辰之著
『現代語訳・古事記』全訳注・次田真幸
『ものがたり日本の神話』
島崎晋+日本神話倶楽部 編著