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2008年05月01日

“四季おりおり” 第九回 端午の節句


       柱のきずは、をととしの、
       五月五日の、背くらべ。
       粽(ちまき)たべたべ、兄さんが、
       計ってくれた、背のたけ。
       きのふ くらべりゃ 何のこと、
       やっと、羽織の紐(ひも)のたけ。

            童謡『背くらべ』作詞:海野厚

子どもの頃、家の柱に、背くらべの線がついていたのを覚えています。
最初は父が計ってくれたその線は、いつしか兄弟でつけるようになりました。
皆さまもそんな思い出はありますか。



端午の節句

五月五日は子どもの日。

この節句は中国の邪気払いの行事が日本に伝わったもの。
病除けや毒除けの薬効があるとされる菖蒲(しょうぶ)や蓬(よもぎ)。
それを、家の門につるしたり、菖蒲酒にして飲んだりしたそうです。

日本ではもともと女の子のお祭りだったと言われます。

田植えが始まる前、厄払いをする日だったのです。
早乙女(さおとめ)とよばれる若い娘たちが仮小屋や神社にこもり、田の神様のためにケガレを祓い清めました。

このお祭りが男の子の祝い事になっていったのは次のようなことからです。

平安時代、宮中で馬上から矢を射る勇壮な行事が行われていました。
その武術を大切にする心端午の節句が結びついたのです。

武術を大切にする意味の「尚武(しょうぶ)」と「勝負」。
そして端午の節句で用いられる「菖蒲」。

まるで語呂合わせのようですが、尚武=勝負=菖蒲と。
そのようなことから、女の子のお祭りが、男の子の勇壮な前途を祝う行事になっていったということです。

江戸時代には、武者人形を飾るようになり、また中国の故事「龍門を登って鯉が龍になった」にあやかり鯉のぼりを立てるようになりました。
子どもの出世を願う気持ちからです。

菖蒲で作った兜(かぶと)や刀で遊んだ男の子たちは楽しかったでしょうね。



武者人形

幼い頃、五月になると、床の間には凛々しい武者人形が飾られていました。

目を輝かせ興味津々、親の目を盗んで華麗な兜や鎧(よろい)をはずし、手にとってしばし見とれ、はては黄金の太刀までぬいて遊んだものです。

遊びの合間には、邪気を払うとされる粽(ちまき)や柏餅をほおばって大満足。

武者人形の後ろには、勇壮な騎馬武者の掛軸がかかっていました。

「この人は誰」と無邪気に訊いたものです。
「この人はね、八幡太郎義家」





源義家の話

後年、武士道の本を読んでいたとき、この騎馬武者・八幡太郎義家こと源義家と再会しました。

それは、十一世紀の前九年の役、衣川(ころもがわ)のほとりで戦われた合戦でのこと。

東国の軍は敗走。
追っ手の大将は源義家。

逃げる軍の将は、安部貞任(あべ さだとう)。

源義家はその背後に迫り、声高く呼ばわりました。

   きたなくも うしろをば見するものかな。
   しばし引返せ、物いはん


   (敵にうしろを見せるとは、
    武士にとっては恥辱なるぞ)

すると、貞任は馬首を返します。

それを見て義家は、大音声を張り上げ作ったばかりの歌を貞任に向かって詠みました。

   衣のたては ほころびにけり

   (衣のたて糸が切れたように
    衣の館は陥落してしまった)

声が聞こえるやいなや、すかさず敗軍の将・貞任は落ち着きはらって、上の句を付けるのです。

   年を経し 糸のみだれの 苦しさに

   (年を経た糸が乱れるように、
    私の長年の指揮が乱れた苦しさの中で)

義家の投げかけた下の句が、貞任によって上の句が付けられ、歌として完成しました。

   年を経し 糸のみだれの 苦しさに
      衣のたては ほころびにけり


なんと、義家はそれまで貞任を射ようとして引き絞っていた弓をさっとゆるめ、敵を逃げるにまかせてその場を立ち去りました。

周りのものたちはさぞ驚いたことでしょう。討ち取ることもできたものをと。

そのことを問われた義家は、答えて「敵に激しく追われつつも、なお心の平静を失うことのない人物を、どうして辱めることができようか」と。

戦場における勇気ある知的な勝負。
そして、それを可能とする平静沈着な心。

仁愛(じんあい)といういつくしみの心を生む真の勇気

それは、修羅の戦場において、生きていくことの悲しみを分かつ心情なのです。

幼き日に見たあの騎馬武者は、こんなことを語りかけていたのでしょうか。



鯉のぼり

友だちの声で外に出ると、鯉のぼりが大空に泳いでいます。

「鯉のぼりは明るく澄んだ青空よりは、水のような空気の中で泳いでいるほうがふさわしい」とも言われます。

端午の節句というのは、もとは陰暦の五月五日でした。

陰暦の五月は、太陽暦の梅雨の季節。
雨も多く、空気は水蒸気で満たされています。
その「水のような空」で泳ぐ鯉のぼり。

今、鯉のぼりは青空の広がる五月の晴れた空に泳いでいます。

五月晴(さつきばれ)というのは、もともとは梅雨の晴れ間のことだったのです。

現在は五月のころの快晴を意味して使うことが多くなっていますね。



暦(こよみ)

日本の暦が、旧暦から新しい暦(太陽暦)に改まったのは明治初頭。
それから1世紀以上が過ぎています。

明治政府は旧暦の明治5年12月3日を太陽暦の明治6年(1873年)1月1日としました。

それ以来、季節ごとの言葉の意味が、少々わかりにくくなっているように思われます。
 
鯉のぼりは、旧暦の「水のような空気」で泳ぐほうがふさわしいのか、太陽暦の「明るく澄んだ青空」で泳ぐほうがふさわしいのか。

皆さまはどう思われますか。


さあ、ゴールデンウイークです。
鯉のぼりを見上げ、菖蒲湯に入り、のんびりと過しましょう。
旅に出るのもいいですね。





資料:
『日本人のしきたり』飯倉晴武編著 青春出版社

『日本の「行事」と「食」のしきたり』
     新谷尚紀監修 青春出版社

『武士道』新渡戸稲造著
     飯島正久訳・解説 築地書館

『俳句の宇宙』長谷川櫂著 花神社
posted by 事務局 at 10:13| Comment(0) |
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