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ペコ・ポコ・ヒゲ・セージ・オータそして3人のこどもたちの旅 [2015年04月28日(Tue)]

5月に東京・渋谷のギャラリー・ルデコ1Fで開催予定の 手〜心〜人とつなぐ「東北つぎっこ」展 の打ち合わせのための旅レポートがペコこと澤畑明見さんから届きました。 
あれから4年、風の布・パピヨンの平均年齢が一番低い旅となりました。

ヒゲさんペコちゃん夫妻が仲間とともに、その生涯をかけて続けている『こどもとゆく』こと。プレーパーク冒険遊び場そして チャイルドラインなど、いつもちいさき人たちに寄り添う、その居場所作りの40年。今回の旅に同行した若きファミリーもヒゲさんペコちゃんと、ともに歩いてき人たちです。

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東北初春の旅
2015年3月28日〜4月1日

総勢  8人
訪問先
1 グリーンピア田老「ゆいとり」
2 ハックの家
3 大槌「風の電話」・「わらび学園」・「おおつちおばちゃんくらぶ」
4 大船渡「うさぎのしっぽ」
5 南三陸「のぞみ福祉作業所」
6 東松島 野蒜小学校内

今回の東北への旅は来たる5月27日(水)〜31(日)渋谷駅近くのギャラリールデコにて開催予定の「東北つぎっこ展」の準備のためでした。
これは、2012年2月〜昨年9月(年1回〜2回)京都・大阪で開催された(東北手業・手しごと展)に続くもので、今回はギャラリールデコさんの協力により、渋谷というにぎやかなところで開催できることとなりました。
世田谷の仲間と東北の物づくり達人のみなさんの交流ができたらと思い、世田谷から私たち夫婦と吉田ファミリー[誠二・朋子・柚香(11歳)・幸志朗(8歳)・聰祐(6)}、そして京都からポコちゃんも駆けつけてくれ、総勢8人の旅になりました。
3月28日夜中に東京を出発して29日早朝釜石に着いて朝食をとり、被災した大鎚周辺をポコちゃんが案内してくれました。

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その日は田老の「ゆいとり」さんとの打ち合わせ。昼ころ「ゆいとり」に着くといつもの私たち大人だけのメンバーではなく、 子どもが3人も、「こんにちは!」と入っていったのでその場がぱ〜と明るくなり、子どもたちが持っているエネルギーの強さを感じました。
津波体験を語るのは、当事者にとっては、つらいのではという思いから、言い出せずにいましたが、昨年11月に伺った時、ゆいとり工房のリーダー・大棒レオ子さんから「語り部として伝えていくことの大切さと使命感がある」と、お聞きし、「東北つぎっこ展」期間中の5月29・30両日Pm14:00〜「津波体験」の時間を設けることになり、お願いしてきました。


田老から田野畑に向かいハックの家に到着。ハックの家でも子どもたちは、敦子さんちのようせいくんと、初めはもじもじしていましたが、すぐに遊び始め、寝る時間のころには、布団のうえででんぐりかえしに、枕投げなどに興じていました。翌日、ハックの家のメンバーがそれぞれの手しごとを始めているのを見学させてもらいました。
柚香は織り機の裂き織り(花咲織)に魅入られたようで、スタッフに織りを教えてもらい、熱心に織っていました。帰り際、ハックの家のかあやんこと竹下美恵子さんのご好意で、本人が織った所をカットして記念にいただいて、満面の笑みでした。
 三人の子どもの母・朋子(愛称・オータ)は、日頃から手づくりを楽しんでいるので今回の訪問場所4カ所のそれぞれの物づくりにとても興味深げで感激していました。

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そのオータがはいていたモモンガパンツを、かあやんが「作ってみたい」と早速、オータと折り紙のように布を折って試行錯誤しながら布にハサミを入れて、ミシンで縫い始め、私たちがいる間にモモンガパンツがほぼできました。
「いつやるの?今でしょ!」かあやんの物づくりへの執念に目を見張る思いがしました。

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その日はハックの家のある田野畑から、大槌のショッピングモール(マスト)へ向かう途中「風の電話」があるベルガーディアに寄りました。本が大好きな子どもらは石づくりの素敵な図書館がとても気に入り、2階の部屋に隠り、しばらく本に釘付け。

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風の電話


それから、小槌川の上流にあるわらび学園に立ち寄りました。昨年11月に「わらび学園」によったときに、手作り担当の方が交代になり、新しい方から仕上げ方が分からないと相談を受けたので、大船渡のキルト教室の「うさぎのしっぽ」の熊谷さんに、相談したところ、快く受けてくださり橋渡しをすべく、今まで作られたキルトを預かり熊谷さんのところへ届けることにしました。

大槌の店舗兼アトリエ「おおつちおばちゃんくらぶ」の拠点は、街で一番早く復活したショッピングモールのなかにあります。そこには、大槌のたくさんの方々の手づくり作品が所狭しと陳列され、代表の川原畑洋子さんが取り仕切っています。5月の催しでの出展商品を選ぶのに、あまりたくさんあり、オータと悩んで選択しました。

この日の宿は大船渡「福祉の里」。途中、熊谷さんの「うさぎのしっぽパッチワーク教室」に寄り「わらび学園」からお預かりしたキルトを届けました。うさぎのしっぽのお庭は初春の花々たちが私たちを出迎えてくれました。ず〜と車に乗っていた子どもたちは、庭を満喫していました。
福祉の里には思ったより早く到着でき、お風呂上がり後ゆっくりと過ごす時間が持てました。
子どもらの父・誠二が3人に今日までの感想を聞いたところ、柚香は、「ハックの家で裂き織りができたこと!」幸志朗は、「ハックの家の、ようせいくんがおもしろかったから、楽しかった!」と、聰祐は、「津波でお家が流されたおうちの人たち大変だったね。」真顔で話してくれたのがとても印象的でした。そしてその夜、誠二からヒゲやポコちゃんに「帰りの車の運転は全部俺に任せてくれ。」と、頼もしくありがたい発言もありました。


 NPO法人エイブル・アート・ジャパン(障がいのある人たちが表現活動を通じて、生きる尊厳を獲得すると同時に、障がいのある人たちのみずみずしい感性あふれる表現を通じて、社会に新しい芸術観や価値観を創ることを目的に様々な分野で企画・活動を展開している。)の柴崎さんから、5月の「東北つぎっこ展」に南三陸の「のぞみ福祉作業所」さんの商品は素敵なので、連絡を取ったらいいよと勧めてくださり、連絡したところ、なんと東京世田谷ライオンズクラブさんと今でも交流があるとのことでした。同じ世田谷なので親近感を持ち今回の旅の最終日は初めて伺う南三陸の「のぞみ福祉作業所」さんを尋ねました。

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施設長の畠山光浩さんから震災当時のお話を伺いました。「地震から50分後に襲った津波で、全て流されてしまった作業所、そして利用者さん2名の尊い命を奪われてしまい、5年目を迎える今日までに2回引っ越しがあったこと」など、さぞ大変だったことかと思います。

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伺った日は作業所の皆さんは仕事はされていなく休憩のようでしたので、実際にお仕事の様子は見学できませんでしたが、少し話した方がパンフレットに「僕が載っている!」と嬉しそうに見せてくれたのがとても印象的でした。世田谷ライオンズクラブさんから寄付された紙漉き機械で牛乳パックでできた「笑はがき」やモアイをモチーフにしたタオルなどがありました。
紙漉きの部屋には、作業はお休み時間なのに一人ひたすらもくもくと牛乳パックを剥がす作業をしている利用者さんがいたのも印象的でした。


南三陸を後にして、向かったのは、東松島です。ここの野蒜小学校内に震災直後から現在も支援活動に携わっている世田谷の私たちの息子のような青年・中村健司がいるので寄ってきました。
私たち夫婦は2011年9月に泊まり草取り作業などに加わったことがありましたが、吉田フャミリーは初めてでしたので、野蒜周辺の震災当時の写真を見せてもらい、これからの野蒜の街づくりのジオラマが展示されていたので見ながら、中村健司が「これから先のことは、まだ見えてこない」としみじみ言っていたのが胸に突き刺さりました。
それらの話を聞いていた6年生の柚香が皆で記念写真を撮った後で「さよなら!」との
別れの時に「私ここに残る!一週間いや一年」と唐突に言い出したのが、なぜか嬉しかったです。

ハックの家の裏山はとても心和む森でした。初めてハックの家に伺った時に、かあやんが「いい場所があるから来て」と、誇らしそうに案内してくれたのが裏山でした。
しばらく裏山から海を眺めて、かあやんがしみじみと「悩み事や何か困ったことがあるときはこの裏山に来て海を眺めていると気持ちが落ち着くんだよね。」と言っていた言葉と風景が今でも心に残っています。

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今回、あの美しい裏山の自然が、復興という名目で、無惨にも見る影も無く崩されていたのを目のあたりに見て心が折れました。相変わらず45号線を行き交う車はレンタカーのダンプカーばかりです。どうしてここに高速道路をつくる必要があるのでしょうか?復興事業とはなんなのでしょうか?現地の声を反映した復興事業を願いたいものです。

今回の旅は吉田ファミリーの可愛いかわいい子どもたち三人との濃厚な3日間でした。
車の長旅にもかかわらず、車中でもどこででも天真爛漫な子どもたちに心和ませてくれた旅でした。子どもたちの将来のために私たちが今できることをしなければとしみじみ実感した旅でもありました。

4月1日夜中に東北から東京に戻りました。その際Facebookを開けると齋藤さんのフェイスブックに『天国を地獄に変えてはいけない!〜。」を拝見。今回の旅でますます安倍政権に怒りを覚えました。I AM NOT ABEと声を大にして訴えなきゃ、と強く思いました。 齋藤さんのおっしゃるように私たちも、「手を動かし、美しいものを作ろうとしている人たちと、衆生・生きとして生きるものたちを慈しみながら生きる側に居たいです。」に同感です。

長々とつたない文章にお付き合いくださいましてありがとうございました。5月の「東北つぎっこ展」に向けての私たちの旅の報告とお知らせまで。

                               深謝 澤畑明見