CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
« 2014年12月 | Main | 2015年02月»
プロフィール

さいとうひろしさんの画像
さいとうひろし
プロフィール
ブログ
<< 2015年01月 >>
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
カテゴリアーカイブ
リンク集
最新記事
最新コメント
成広のり子
風花 (03/11) ハックの家
つ ど う (09/17) 佐藤美紀子
梅雨展 (06/20) さいとうひろし
もうすぐ春だよ (03/17) chako@h2o
もうすぐ春だよ (03/16) さいとうひろし
アワワワワ〜! (12/11) さわだともこ
アワワワワ〜! (12/11) さいとうひろし
神様 仏様 (09/12) saito
神様 仏様 (09/11) うえむら
言葉 (07/11)
月別アーカイブ
日別アーカイブ
https://blog.canpan.info/shamurie/index1_0.rdf
https://blog.canpan.info/shamurie/index2_0.xml
20年 [2015年01月18日(Sun)]


か た り つ ぐ

2015年1月17日


写真 (36).JPG

神戸市役所脇のモニュメント会場 


神戸をあるいています。
市役所を抜けて
デザイン・クリエイティブセンター神戸で開催中の、
加川広重・巨大絵画が繋ぐ東北と神戸2015 へ。
ちいさき人たちの声こそ聴きたい、
そこに和したいと、改めて意を決する。


写真 (33).JPG

 
寒い中、振る舞われた善哉や、
仮設テントの中で暖を取る人たち。
あの時の光景と重なる
写真 (45).JPG


写真 (34).JPG

雪のお地蔵さん


写真 (37).JPG

 亡くなられた方の数だけ竹があり火が点る。夜明け前にはこの辺りは身動きできないほどの人たちが集まられたとか。

写真 (40).JPG

語り部の人たちの声に耳を澄ます。冷たいみぞれが降る。



写真 (41).JPG

無数の白い花が水面を埋め尽くす。地下からそれを眺める。
そこには亡くなられた方たちの名前が彫られたモニュメントがある
10929545_672286712882759_6300764214135332905_n.jpg
photo 朝井 由香里



写真 (43).JPG

福島第一原発 一号機を描いた巨大な水彩画。よく見つめると、破壊した原子炉建屋のうえには、人なき街を彷徨い歩く牛や、作者が実際に見た、イノブタ(放置されたブタとイノシシの交配により産まれた)や、除染土が詰め込まれた袋などが配され、事故後の風景が16メートルのキャンバスに象徴的に描かれている。 デザイン・クリエイティブセンター神戸

写真 (44).JPG


惑いながら [2015年01月11日(Sun)]

写真 (27).JPG

春の色 セージ・キハダ・マリーゴールド
ウールモスリンに染めています。


今日 0:00~24:0 脱原発ハンガーストライキのリレーをしています。

脱原発ハンガーストライキ
〜子どもたちの、子どもたちの、子どもたちのために〜
https://blog.canpan.info/stopnps/

fuki01.jpg

昨年7月に生まれた孫の手 


2012年6月14日 阪神淡路大震災・被災地NGO恊働センターの呼びかけでスタートしたこのリレーハンストは2年7か月、一日も途切れることなく、多くの人たちによりバトンをつないできました。
昨日は、たつの市の岡本さん。明日は神戸の東條さんがつなぎます。いずれの方も私は一度もお会いしたことのない人たちです。ハンスト中、だれも監視をしている人はいませんので、本当に何も食べずにいるかどうかは、知る由もありません。私は私の24時間を惑いながら過ごすだけです。
顔も知らない、でも何度もお見受けする名前に手渡され、手渡してゆく行為の中で培われてゆく大切なものが確かにあること、そしてこの静かな時間が、原発という暴力装置を廃棄する道筋に、すこしでも和してゆくものであることを願っております。写真は2011年9月宮古恵風支援学校での野染めのワンカットです。


ブログ 風の布・パピヨンでのリレーハンストのカテゴリー
https://blog.canpan.info/shamurie/category_14


鳥瞰図と虫瞰図 1 [2015年01月04日(Sun)]

1014913_715230658566998_2518184824634892445_o.jpg

小槌神社より大槌町を望む

晩秋の三陸野染旅報告 1


新年あけましておめでとうございます。
京都では61年ぶりの大雪、厳しい寒さの正月となりました。
昨11月にお邪魔した三陸各地の寒さはいかばかりでありましょうか。
PCが壊れ、買い替えたもののうまく扱えず、私的な都合も重なり、晩秋の三陸野染旅報告遅れてしまい、年を越してしまったこと、申し訳なくお詫びいたします。

5月以来、久しぶりの野染旅でした。年に一回は必ず行こうと思っている支援学校をはじめ、計4か所で、寒風の中、染めつないでまいりました。あれから3年8ヶ月を経て、ご縁のある方たちの頑張りと、前向きな姿勢に、心を打たれました。一方、圧倒的な規模と予算をつぎ込み、行われている復興事業という名の公共工事の異常さに、強い違和感を感じた旅でもありました。
たった一週間弱、それもたまにしか行くことのないよそ者。的外れなこと多々あると思いますが、感じたことをお伝えしたく思います。


10476099_713407542082643_4602541129855637728_o.jpg

今回の野染め用に、連れ合いとともに、岡崎公園で桜落葉拾い。
9日から始まる晩秋の三陸野染め旅にむけ、染料作り。
なんという赤たち!
10697324_713475438742520_5975078513968468272_o.jpg


11月9日午後1時半、いつものようにポコ(寺元健二)と、車に野染の道具、染料を積み京都を出発し、今回も同行する東京世田谷のペコ(澤畑明見)宅へ。おいしい朝食をいただき、毛糸をたっぷり詰め込み、ペコちゃんの連れ合いのヒゲさんに見送くられて陸奥へ。京都から釜石まで1,030Kほどの道のりを行く。秋の東北道は、いつ走っても美しい。しかしこの旅程600キロ近くは放射能汚染地帯といってよいだろう。福一事故以後を生きるとはこういうことなのだ。錦秋の東北道、何とも言えない口惜しさがみちる。
花巻南を右折し東和へ。花巻清風支援学校の佐々木健先生とおち合い、歓談。釜石に向かう途中、佐々木先生の、いつも宿泊などでお世話になっているご両親が住まわれている、宮守の家に立ち寄り「おっ茶っこ」その後、遠野を抜けたあたりでは陽も落ちている。岩手の夜は早い。
宿泊先の障がい者自立センターかまいし<まりん>では、あの山崎耀樹さんの笑顔が迎えてくださいました。


大槌󠄀01.jpg


11月10日(月)大槌町・小槌神社にて野染め
晴天なれど風冷たく極めて強し

小槌神社.jpg

おおつちおばちゃんくらぶ、<障がい者自立センターかまいし>や<かだっぺし>などのしょうがいがある方たちと念願の野染めです。境内にあるご神木の見事な樅ノ木を起点に、あらかじめ豆汁で下処理しておいた115センチ幅の薄手の木綿布26メートルを2本張り、伸子張りをし、天然染料10色ほどを24個のバケツに入れ、媒染剤を入れ、鹿刷毛を持ち一気に染めてゆきました。
.
1796052_715231665233564_2372230573678711752_o.jpg


高台にある神社ですが、津波はここにもあがってきたとのこと。そこから見下ろす景色には大槌の町の面影は一切ありません。ダンプが走り回り盛り土工事が行われています。おおつちおばちゃんくらぶのリーダーの河原畑洋子さんの家もこの境内から見下ろせる場所にあったとのこと。彼女の話によると津波が押し寄せてくる直前に、皆、この境内を走り抜け、道のない山を必死に上り逃げられたとのこと。その山にも火が広がっていったそうで、かなり焼けた跡が残っておりました。
あれから、3年7か月経た今、笑いながら染めている方たちの思いは、計り知れません。

a02.jpg


風が強く、乾くまで皆律儀に染め終わった布を持つ。
変わり果てた町をどんな思いで見ておられたのでしょうか。



大槌󠄀04.jpg

野染めの後、おおつちおばちゃんくらぶ の皆さんとおいしいお弁当をいただいたあとでHIV/AIDSにより亡くなった人に向けて作られたメモリアルキルトを囲んで語り合いました。今までも何回かこのキルトを抱えて、被災地の旅をしていたのですが、みなさんの前で拡げることができずにおりました。
わたしも、ポコもペコも、長い時間このキルトと深くかかわってきた仲間です。
あれから3年8か月が経てもなお行方不明者が多数おられる、ここ大槌町。その町を望みながら皆で笑いながら染めた後、初めて「ああ、もう皆さんに見てもらえる時期が来たのかもしれない」と思えたのです。
状況は違えど、失われた命の大切さは変わることはないからです。その無念さも。

a04.jpg

1415270_715231101900287_4720333442847166907_o.jpg

最後に乾いた布を切り分けました。それぞれが熱いアイロンでプレスすることで色を定着します。女っぷりが上がった<おおつちおばちゃんくらぶ>


大槌の町は今、盛り土工事が行われています。ゆくゆくはこの写真の盛り土の高さまでかさ上げされます。そこには住宅地はできず、商業地域となる予定とか。土を盛っただけの地盤は当然かなり脆弱なものとなります。大地震や津波にどれだけ耐えられるものになるのでしょうか?さらに14,5メートルの防潮堤が建設される予定です。防潮堤の限界は、あの田老町の10メートルの防潮堤を16メートルの津波が超えていった事実を見ても明らかです。莫大な費用をつぎ込んで完成させても、その後の管理や補修は町などの地方自治体が背負うことになります。
何よりもそこに住む人たちの意見がどれだけ反映されてこのような巨大土木事業がなされているのか、根本的な疑問を持たざるを得ません。
「14mの防潮堤つくったら、ぼくらは町を出る」をご覧ください。

a09.jpg


大槌󠄀03.jpg

おばちゃんくらぶ のリーダー河原畑洋子さんには、大阪の藍染め作家・大音英子さんから託された布をお渡ししました。鮭のクラフト作品などに利用されます。