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クリスマス 2 [2013年12月28日(Sat)]

篠笛 風の馬


チベット・ネパールやブータンの仏教の聖地には、巡礼者がくくりつけた様々な布がはためいている。風の馬・ルンタと呼ばれている。仏さまの功徳が谷をわたり、山を越えてあまねく世界に拡がってゆきますようにとの願いが込められているそうです。

辻畑昭代さん、風の布・パピヨン発足当初から支援活動に参加、その後、田老町・ゆいとりの会、大槌町・サンガ岩手、釜石平田仮設、大船渡保育園、そして<たいまぐら>の安部智穂さんなどにダイレクトに、ずっと心のこもったお針箱や布・毛糸などを届けてくださり、今も仲間の方たちと息の長いお付き合い続けておられます。
以下は彼女から届いた写真のごく一部です。

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手作りの針山 それを作る人の楽しみ、受け取られた方たちが選ぶ楽しみ。人間的なやり取りがある。

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出来るだけ平等に裁縫箱に選り分ける。でもみんな違う。

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布を種わけしてゆく


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寒くなって来ると毛糸を集め送る。


もうひとつ、彼女はネパールのミュージシャンの友人パンチャ・ラマさんに同行してパンチャ・イサカ小学校を訪ねたことがきっかけで、その小学校の支援にも深く関わってもおられます。
風の馬・ルンタを想います。


辻畑さんからはいつも丁寧な活動報告が届きます。その内容は、繊細で真の通ったものばかりで篠笛奏者でもある彼女の人となりが伝わってきます。
<被災地にお裁縫セットを送ろう>という呼び掛け文と裁縫箱作成レシピとも呼べるようなすごい内容の資料がありますので添付します。是非お読みください。shinobue.pdf

クリスマス前に辻畑さんよりこの二つの活動報告や田老・大槌の作品販売などの集いのお知らせが届いてきました。早くお伝えせねばと思っている間にこちらの怠慢で、事後報告ということになってしまいました。ごめんなさい!
報告会の案内です。→ 2013クリスマス報告会.pdf 2013報告会 (1).pdf

辻畑さんから届いたメッセージです。

今年も残り少なくなりました。
12月は何かと忙しく、連日走りまわる忙しさでした。
23日24日のイベントが終わり、やっと自分の時間を取り戻した途端に”風邪”を取り込んでしまい、今日25日は70回目の誕生日だと言うのにティシュが手放せない赤鼻のトナカイさんをしています。
今年も終わりですね。

23日は地球市民アジアの会のチャリティコンサート
中国の僻地の小学校の校庭作りの支援をされているグループです。
琵琶と語りと笛「敦盛と直実」を演奏させて頂きました。
24日は慣例になっている東日本大震災支援とパンチャイサカ小学校笑顔貯金に協力して下さっている方をお招きしての報告会とクリスマス会でした。
報告会の資料の中の「被災キルト」と「てびらっこつぎっこ」の部分は斉藤さんのブログから一部引用させて頂いている部分がありますので、事後報告で申し訳ございませんが報告させて頂きます。
コカリナの演奏4名 ハーモニカの演奏6名 チターの演奏1名が友情出演してくださり楽しいクリスマス会となりました。

写真の注釈は辻畑昭代さんです。

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友人が白板に力作を(私の似顔絵入り) ご苦労様でした。
シワ・ほうれい線なし・美人に・・
沢山の注文にもめげず、描いてくれました。
 

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岩手県大槌町の”サンガ岩手”田老町の”ゆいとり”の手作り品の販売コーナーです。


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パンチャイサカ小学校笑顔貯金のコーナーです。
100円バザー 売り上げは笑顔貯金へ。


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ハーモニカのグループ



クリスマス [2013年12月25日(Wed)]

キリストの誕生日は定かではないそうです。昔々、キリスト教徒以外でも特別な日<冬至>を選んでみんながお祝いできるようにしたとか。
仏教徒である私は、南無阿弥陀仏とこの日も唱えます。

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イブのジャッキー
孫のバイキンマン風船に反応しすぎ!
今をあるがまま。人生の達人です


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奈良・桜井の書道家 阪本大雅さんが毎年贈ってくれるサンタ達。庭の木の枝を削り、作られます。持ち上げて裏を見ると、「吉祥」とか「福」とかおめでたい書が記されています。


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大船渡の山崎耀樹さんからの贈り物。しょうがいがある人と行く人生を歩んでこられました。昔、支援学校(養護学校)の生徒から送られた宝物を頂きました。


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岩手・田老町のゆいとりの会から、お見舞いにと頂いたドライフラワー 同じく三陸の今泉で作られているそうです。奈良平宣子さんから頂いたパピヨン!



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遠野まごころネット・フェイスブックより転載


今この時も、シリアや南スーダン、ガザ 
世界中で悲しい暴力が満ちています。
原発を逃れて、またそこに踏みとどまって精一杯一日を生きているこどもたち。
プレゼントを渡してくれていた愛しき親を失ったこどもたち。
DVで苦しむこどもたち。

わたしは、クリスチャンではありませんが
笑い顔が一杯のこの季節はいいなと思っています。
でもこのX'masに生まれた「マッチ売りの少女」の物語
過酷な状況を生きているこども達を想う、大切な日でもありますね。

100人のサンタプロジェクトを立ち上げ、
寒波の中、被災の町を歩き続けた大人たちがいること
 希望です。ありがとうございました!



年の瀬のキルト展 [2013年12月23日(Mon)]

メモリアルキルト展(MQJ主催)、無事終了しました。
今ある人、浄土におられる人が、ワイワイ、ヒソヒソと語り合い、
泣き笑う時間が今年も持てました。
一年を無事にやり過ごすことの難しさ。
だからこそ情を交わし合うことの嬉しさが、
心に沁みた年の瀬でした。
報告をいたします。


病者が病者でいられる社会を!

石田吉明さんの言葉より



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2011年4月15日 赤瀬範保さんが制作した「愛のキルト」
その二ヵ月後に不帰の人となりました。今でも熱い太陽のよう。



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AIDSメモリアルキルト展inひとまち交流館京都
キルトのみんなも温かな居場所を得て、
お互いおしゃべりを始めたようです。



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華頂女子高等学校のテディベアも見つめるキルトたち。

飛び上がっている狐のキルトは、同性愛者であること、HIVに感染していることをカミングアウトし、数多くの短歌を残して逝った平田豊さんのものです。東京・東久留米のボランティアグループ<うんどうぐつ>のみんなが、大好きだった平田さんに向け縫って行きました。


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石田吉明さんのキルト(中央)

赤瀬範保さんが逝かれた後、原告の代表として先頭に立ち頑張られた人です。「京都からの手紙」という組織を作り、全国のこの病に苦しむ仲間に、最新の治療情報など、生き抜くための大切なメッセージを発信続けられました。カメラ好きな石田さんの写真を布にプリントしたものや、大好きだった琵琶湖の花火がデザインされ縫われています。


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19年前に作られた京都・華頂女子高等学校のメッセージキルトの前には、関わり続けて来られた寺尾先生(左)と手芸部のOG達。ことしもテディーベアを作って参加してくれました。中には、じぇじぇじぇベアーも!それぞれウニを抱えているレアもので、完売しました。


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制作中のメモリアルキルトには、彼が慈しんだ猫のキルトも。
その後10年、ご両親のもとで幸せな生活を送りました。



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巨人ファンと阪神ファンだった二人のキルトが一緒に展示されています。10代前半と後半に、それぞれ若くして逝かれた二人は共に血友病という病を抱えて生まれ、その治療のための血液製剤からHIV感染させられ、AIDSを発症し亡くなられた薬害の被害者です。それぞれが好きだったものが多くの人の手で縫われています。二人の生きた時間を意味あるものとして表わしてゆこうとする、慈しみが溢れています。


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一人人形芝居・がらくた座のちいおばさんこと、木島知草さんの絵そして詩 1990年からメモリアルキルトに関わり、人形劇を通じて、性、身体、人権などの大切さをこどもに伝え歩く。3・11以降は、一カ月に一度は福島を中心に通い続けている。


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白い布にイニシャルだけを縫い付けられたご夫婦のキルトは、22年前に駒込病院の医師や、仲間たちにより作られた、日本で最初のAIDSメモリアルキルトです。


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薬害訴訟の原告番号一番の赤瀬範保さんのキルトたちです。名前を公表し、全国の血友病の仲間たちの先頭で頑張られた「四国の親分」です。
<愛のキルト>は亡くなられる2か月前に、相次いで倒れてゆく若き仲間に向け自らが書き遺したものです。赤い字の中には自らの血液を命の証のように少量混ぜられました。〈風よ雲よ伝えてよ〉赤瀬さんの叫びです。右のキルトは浄土に逝かれた後、多くの仲間が周りを取り囲み、メッセージを縫いつけた物です。その現場に立ち会った時の文章があります。いきまっせ.pdf


人はいつか死んで小さな布になって、
そして肩を並べていくのだ。

我がキルト青空を舞え胸を張れ
ゲイである事 エイズである事  

平田豊



海よ 山よ [2013年12月20日(Fri)]

ポコこと寺元健二から文章が届いた。
今年後半は私は不測の事故による怪我で、岩手には行けず、ポコ・ペコや初めて参加する仲間達が精一杯続けてきた。旅の文章は行った人でなければ当然書けない。文章を書くのは苦手だと行って、うまく逃げていたポコも意を決して書き始めてくれた。その名も「ポコの旅日記」 これがなかなか良い。同じものを見てもそれぞれの実感というものは違う。一人だけが書いていると、イメージ(想像力)を独占しかねない。内心ホッとしている。



ポコの旅日記 4

夏の東北の旅の報告がこんなに遅くなり申し訳ありません。
前回、8月19日に陸前高田の二又復興交流センターに宿泊したところまで報告しました。8月20日(火)は下矢作保育園での野染め、藤井さんと志知さんは昨日に引き続き、夢工房めぐみで打ち合わせです。昨夜から雨が降ったり止んだりの天気だったのですが、今朝も小雨状態で野染めのことが気に掛かります。まずは藤井さんと志知さんを夢工房めぐみまで送るため、陸前高田の市街地(今やその面影は残っていませんが)に向かいます。

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陸前高田 2011年9月 photo by eri ogasawara

ところが宿泊所を出て、市街地に向かう国道は大渋滞。大型ダンプ、工事用車両等が一斉に市街地に向かっています。ダンプや工事車両には、千葉、茨城、青森等、他県ナンバーが多く見られます。今、被災地では、巨大防潮堤建設、高速道路建設といった巨大公共事業が、被災者や住民の意思を無視して着々と進められています。あれほどの巨大複合災害が起きた当事国として、そのことから学ぶべき事柄が山積しているのにもかかわらず、安倍政権は、原発再稼動、原発の他国への輸出、巨大公共事業等、私たちが決して望んではいない方向に突き進んでいます。https://blog.canpan.info/shamurie/archive/222
そして、つい先日、広範な人々の反対意見を全く無視して、特定秘密保護法案を強行可決しました。もはや彼らは、自分たちの、自分たちによる、自分たちのための政治を推し進めることをハッキリと宣言しているのです。自分たちが正しいから、秘密にすることは、自分たちで決める。自分たちが決めたことに従いなさい。従わない人は罰しますよ といっているのです。冗談じゃない!何が正しくて、何が正しくないかをほんの一握りの特権階級が判断して、その正しさを人々に押し付ける。原発再稼動は正しいと決めれば、正しくないことになる情報、資料は秘密にして世に出さない。こんなことが、法律の名において可能になってしまった。この際限ない危険な法案を廃案にしなければと感じています。

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特定秘密保護法案反対デモ 京都・河原町通り 12月5日 
photo by poko


今、私たちができること。それは、おかしいと思うことは「おかしい」と、ダメだと思うことは「ダメ」と、止めようと思うことは「止めろ」と、あきらめないで、声に出し、あるいは行動に表し、訴え続けるしかないのかも知れません。決してあきらめずに! 旅の報告を書いていたのですが、陸前高田の光景が想い出されて、この国があまりにも被災者や社会的弱者の側と対極にあるような施策ばかりを推し進めているように思えて、横道にそれてしまいました。旅の報告続けます。


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ポコ 下矢作保育園にて こども達を前に


藤井さん、志知さんを送ったあと、私たちは下矢作保育園に向かいました。天候は小雨。そこにはすでに、仙台を朝の4時頃出発したという清水千佳さんと長男の拓未君が到着していました。そこに、佐々木和也さんの知人でこの保育園に繋いでくれた陸前高田市教育委員会の佐々木亜紀さんが来られて、雨の中、園庭でできなくなった野染めをどうするか、保育園の先生たちと打ち合わせ。保育園の中で一番広い部屋を使わせていただくことになりました。


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長い真っ白な布を広げる。それだけでこどもの心は、はちきれそう。


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ペコがこどもたちに嗅いでもらっているのは、ラベンダーの染液。
五感で感じるのが草木野染。

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こどもの手に色がついても、だいじょうぶ。


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それぞれがそれぞれに咲いている

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写真は全て今回の旅仲間の真嶋優希さんの撮影。
保育園の許可を得て掲載させていただきました。
写真のコメントは斎藤

皆で部屋にブルーシートを敷き詰めて、なんとか10m弱の布を張り、子どもたちと草木野染めを楽しみました。園庭でできなかったのは残念でしたが、子どもたちの笑顔をみていると、染めることできたことに感謝です。その後、天気が回復して、染めた布を、園庭に移動して乾かし、昼過ぎには、手渡すことができました。みなさんお疲れ様でした。

下矢作保育園をあとにして、佐々木和也さんお薦めの定食屋さんで昼食をいただき、再び夢工房めぐみに向かいました。夢工房めぐみでは、朝8時から藤井さん、志知さんと徳山恵美子さんが昼食の時間も惜しんで、打ち合わせを続けていました。タイムリミットの3時を超えてようやく終了。この打ち合わせの成果は、いずれ藤井さんたちから発表されることと思います。楽しみに待ちましょう。
私とペコ、優希ちゃんは明日野染めを行う、花巻清風支援学校へ、宇都宮に一旦戻られる佐々木和也さんと藤井さん、志知さんは一ノ関駅まで、仙台から駆けつけてくれた、清水千佳さんと拓未君は、再び仙台へ、別れを惜しみながら出発しました。みなさん、本当にありがとうございました。そして、お疲れ様でした。


命の布 [2013年12月16日(Mon)]

耳を澄まし 見つめてください


AIDSメモリアルキルト


場所・ひと・まち交流館京都 河原町五条下がる 075-354-8711
時・12月20日〜22日 10:00~17:00 (22日は16:30まで)
入場無料



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クリックしたら大きく見れます。コピー可


恒例のAIDSメモリアル・キルト展が今年も開催されます。
キルトによって残された人の中には、薬害で犠牲となった多くのこどもたちがおります。辛い状況の中でこどもたちとそれを支え続けた大人たちがどのようい闘ってきたのか、キルトは静かにそして熱く語りかけてくるようです。そのキルトを見つめると、原発被害を受け続けているこどもたちや家族を、どうしても想ってしまいます。
クリスマスで賑う河原町を南へ、五条を下がった東側、ひと・まち交流館京都まで、恋人同士で、家族みんなで「命の布」に会いにきませんか・・

子どもたちが大人になって、後で甲状腺ガンなどの症状が出てしまった時に、国に補償してもらおうと思っても、裁判を起こし、因果関係を証明し・・・といった、途方もない労力がかかるのです。
水俣病のときも、それがどれだけ大変なことだったか、過去の歴史からも明らかです。薬害エイズの裁判で、国を相手に戦ってきた経験からも、それだけは何としても避けたかった。もう、自分と同じような思いを子どもたちに二度と味合わせたくはなかったのです。
だから、この法律で、子どもたちの健康診断や治療を受けられるようにして、放射性物質から守れる体制を先に作っておきたかった。

改めて考える!「子ども・被災者支援法」の“今” 川田龍平オフィシャルブログより 


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photo by Maiko

華頂女子高等学校の生徒たちが作ったテディベア
この売り上げは、HIV/AIDSを抱え生きている人たちを支援する
「テディベア基金」に寄付されます。




藍千里を走る  [2013年12月14日(Sat)]

12月1日(日)福知山藍同好会・作品発表会へ


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大槌町の山間を開墾し、藍や苧の畑を作り、染織やバスケタリーの材料を育ててゆこうと奮闘している山崎輝樹さんのもとへ、福知山藍同好会の主要メンバーの一人である花城正明さんご夫妻が遠路訪ねて行ってくださいました。土を育て畑を育てるところからの藍作りをしているこの同好会との繋がりは、藍の種を探していた時、快く橋渡しをしてくださった、京都・美山の藍染作家、新道弘之先生のご尽力によるものでした。藍の世界の豊かな気持ち良い広がりは、3・11以降の苦難を生きる被災地とも結び合っていきました。
その藍同好会の作品展が福知山で開催され、山崎輝樹さんも遠く釜石より馳せ参じ、ポコと3人お邪魔してきました。
今年の5月に同じ場所で「藍まつり」があった際、北澤勇二先生とポコと3人でお邪魔して以来2回目の訪問となりました。 私事ですが、その後札幌で大層なけがをしてしまいましたが、まさかこの時期に福知山まで来れるとは、予想しておりませんでした。そう言った意味でも今回の小さな旅は私にとって感慨深いものがありました。

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右が花城さんご夫妻 右から3番目がこの会の創始者・塩見敏治先生のお連れ合い。その隣が釜石から来られた山崎輝樹さん。

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支援学校からの出品作を前に語らう山崎さん達。

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この藍の会には、多様な人たちがたくさん関わっておられます。こういう会にありがちなピラミッド型の窮屈な「縛り」のようなものを微塵も感じない、まことに自由な空気に満ちていて心地よい。

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花城さんの型染め作品「広島原爆ドーム」


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大槌・田老・田野畑からの作品コーナーも


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藍を育てるところから始まる染の世界。様々な場所に住む様々な人たちが20年間、緩やかに結び拡がって来られたとのこと。
やはり山崎さん達とご縁がある、宇都宮の佐々木和也さん達が目ざしている世界と重なります。


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会場を後にし、塩見敏治先生宅の工房へ、お邪魔する。
先生の一念発起の言葉が、清々しい!



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福知山から三陸海岸へ
 藍千里を走る
大槌の山間、あの藍畑に蒔かれた由良川や
陽だまり保育園の藍の種が根付き
津波に翻弄された人たちの手が、深き青に染まる日を・・!




力合せる [2013年12月11日(Wed)]

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2011年4月29日南相馬にて
美しすぎる春。ここにはもう住めない。



福島から避難して来られ、伏見で<みんなの手>という組織を作り踏ん張り続けている西山祐子さんとその仲間たち。「今まで甲状腺エコー検査を受診していない東日本から避難移住してこられた子どもさんは甲状腺エコー検査を無料で受診できます。」とのお便りが届きました。<内部被曝から子供を守る会・関西>発行の手記集購入がこの検査のカンパにもなります。
内部被曝から子供を守る会・関西 http://kyotosokai311.jimdo.com/
みんなの手・http://www.minnanote.com/
みんなのカフェ・https://www.facebook.com/Minnanohiroba123

中村純さん主宰の内部被曝を守る会関西様より甲状腺エコー検査の案内が届きました。
今まで甲状腺エコー検査を受診していない東日本から避難移住してこられた子どもさんは甲状腺エコー検査を無料で受診できます。
これまで避難移住者の手記を出筆された皆様や販売協力をされてきた避難者の方々、やっと、実現いたしました。
東京から移住された主宰の中村さんが企画、出版、販売まで携わり、避難ママが思いを綴り、自ら販売し、思いに共感した多くの方々が手記を購入され、実現するものです。
受診される避難者の方は、多くの方に支えられて、お子様が受診できることを忘れず、これからも大切なお子様の命を守りつづけるよう、頑張ってください。
いつか、互いに、サポートしてくださった方々に恩返しをする日が訪れますように。

つなぐ手と手。紡ぐ命。ずっとずっと。思いを永遠に。。 西山祐子


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内部被曝から子どもを守る会・関西 検診プロジェクト(検診+相談・学習会)のご案内です。
みなさまに応援していただいた「避難移住者の手記」と「詩集・3.11後の新しい人たちへ」の冊子の売り上げにより、甲状腺エコー検査の費用を助成します。
今回は、京都府の民医連さんが、医療機関として協力をしてくださることになりました。

●検査助成項目(甲状腺エコー 3000円)先着50名
【対象者】東日本から、京都府内に避難・移住しているお子さん(18歳以下)で
甲状腺エコー検査を希望される方。(他府県へ避難の方もご相談ください)
(エコー結果は、データ記録にして希望者にお渡しします。病院でも長期間保管します。)

●提携医療機関:京都民主医療機関連合会(京都民医連)の下記医療機関で受けられます。
・かどの三条こども診療所(京都市右京区山ノ内西裏町15-7)
・吉祥院こども診療所(京都市南区吉祥院西浦町23)
・京都協立病院(綾部市高津町三反田1)

●お申込み・ご相談は、下記までお電話、もしくはメールを必ずお願い申し上げます。
【申込先】京都民医連 TEL:075-314-5011 e-mail:info@kyoto-min-iren.org
     担当:田中、長(ちょう)

・受付は先着順。2014年3月末締切です。
・第一次検診期間は、受付日より2014年6月末までとさせていただきます。
・検診結果を受けた相談会のほか、どなたも参加できる学習会を予定しております。
・京都民医連では、このほか血液検査も3500円で受けられますので、ご希望の方は、ご相談ください。
・内部被曝から子どもを守る会・関西で助成するのは、甲状腺エコーの費用3000円のみです。ご了承ください。

健康の異変は早期発見が大切なことは言うまでもありませんが、
手記や検診記録の保管は、子どもたちが将来、認定や尊厳恢復が必要になった時の、証言記録になります。
内部被曝から子どもを守る会では、この二つの事業を柱に、歩んでまいります





アワワワワ〜! [2013年12月09日(Mon)]



岩手 田野畑村・ハックの家に注文していたものが届きました。セッケンにフェルトを包んだもの。その名もフェルケン! これで手などを洗うと細かな柔らかい泡が出て来て気持ち良い。石鹸を使い終わったら更にフエルト化しているはず。それをきれいに洗った後、ペンダントなどにして遊んでくださいとのこと。かなり重度のしょうがいがある人の手による傑作です。
ハックの家のホームページ

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強行採決の夜に [2013年12月07日(Sat)]

木を植え、土を耕し、糸を紡ぐように、小さな営為を慈しみ重ねる。
そんな朗らかな一日をこどもたちのこどもたちの、
そのこども達のかなたに手渡して行けたらと、
欠陥だらけの私でも必死に念じていきたい。
特定秘密保護法案、強行採決の夜に。


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所沢・ベンフラワー からの贈り物


やむなく同じ土俵にあがり、闘わないといけないことが確かにあるけど、上がる前のこちらの生活を、本当の意味で豊かなものにして行きたいと思う。
原爆を落とされた広島・長崎、あの水俣、そしてフクシマ、その中から心を揺さぶるような詩や唄、絵画などの作品が生まれ、後世のこどもたちへの宝物として手渡してくれているけど、原爆を落とし、有機水銀、放射性物質を垂れ流した側からは、どんな「作品」が生まれてきたのだろう。想像力を独占し、暴力でしか自らを守れない人たちの言葉の貧しさ、醜さ、弱さ。それを聴くこどもたち。

人間というものは、置かれた縁によって限りなく理不尽なことを平気でしてしまう動物なのかもしれない。私が変わらなければ、何も変わらないのではとつくづく思う。自らの優位性のみに固執する人間の業の深さを見据えつつ、そのような人間の身の丈に会った社会の在り様を今こそ作りなおして行かねばと・・40数年、化学染料を垂れ流して来た私はおもう。

今の政権や官僚が仕掛けているのは、そのような人間の危うさを、より深みに引きづり込もうと、それも意図的にしているように思えてならない。

ひどい法案を強行採決し、笑いながら万歳をしている人たちを見ていると、私たちがこの間被災地やAIDSメモリアル・キルトで出会った、名も知れぬ人たちを想わずにいられません。本当は、そのような人たちが世界を作って来たのだと、また変えていくのだと肝に銘じたく思います。

珍しく日本のメディアも危機感をつのらせた悪法。本当の試練はここから。メディアに向けても批判精神を緩めず行きたい。反原発に向けて大きなうねり、そしてこの間の全国規模のデモ。その中で培われてゆく市民の力。この国の真の民主主義獲得のためには今がチャンスなのかもしれない。それを「彼らは」恐れていることは確かだと思います。


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ベンフラワー


2013年12月6日 名も知れぬ市民が手を取り合って泣き、感謝をささげられているネルソン・マンデラさんと、名も知れぬ市民を愚弄する現政権と官僚たち。今朝の京都新聞一面「凡語」の記事を転載します。

マンデラ氏の不屈と自由
 赤や青の色彩の渦、腰を横に揺らせる打楽器の強烈なビート。黒い肌の群衆のうねりが「自由を!」と叫ぶ。11年前に訪れた南アフリカのスラム街。汚水があふれる道に響く自由への希求は、世界から取り残されているように感じた▼今、京都で同じ叫びを聞くとは想像もしなかった。「思うことを話す自由を」。秘密保護法案反対のデモが、クリスマスの電飾が輝く河原町通を進む。自民党幹事長から、デモを「テロ行為」呼ばわりした暴言を受けても▼亡くなったネルソン・マンデラ氏は1950年代、南アのアパルトヘイト(人種隔離)による統制に抵抗し、人々にこう呼び掛けた▼屈してはならない。コンクリートの床に寝かされ、寒い夜に震えても。集会を開くことが許されなければ工場の機械の傍らで、帰宅のバスの中で集会を開こう。自由について、一緒に話そうと▼それが犯罪とされ、長い獄中生活を送った。「この国では絶えず良心と法律の板挟みにならざるを得ません」。マンデラ語録の「この国」に、政府が一方的に秘密指定する法律ができた日本の明日がだぶる▼それでも、報道は官僚が都合の悪いことを隠すのを許さず、市民団体は知りたいことを情報公開請求しよう。声を上げ、集まって歌い、踊る自由のために。屈してはならない。

[京都新聞 2013年12月07日掲載]





耳を澄まし、見つめる [2013年12月02日(Mon)]

11月23日(日)AIDS文化フォーラム にてキルト展示
陸前高田・第一中学校にて


陸前高田市は2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)の津波で市街地の約7割が壊滅する被害を受けた。 しかし、第一中学校は高台にある立地条件が幸いし、津波の被害は免れた。そのため、第一中学校の校舎や体育館は被災者の避難所(市内最大)となった。仮設住宅の建設は津波再来の危険性や用地不足などの影響により、阪神・淡路大震災の時よりも遅れたとされているが、第一中学校のグラウンドでは仮設住宅が被災地で最も早く着工された。仮設住宅36戸に対し1160世帯が入居を希望したため抽選が行われ、4月9日から入居を開始した。 震災の影響で2011年度の始業は4月22日までずれ込んだため、夏休みは8月6日から17日までとなった。Wikipediaより。*現在、仮設住宅数は150戸

1,000人を超える被災者の避難所となったこの中学校は、2011年4月1日には 矢作中学校を統合。岩手県内最も被害が甚大だったこの地の復興の拠点として、この2年9ヶ月踏ん張って来られました。
そこで開かれるこのフォーラムはとても大切な意義があると私は思います。
今世紀の最も深刻な医療課題とされるHIV/AIDSは、社会環境が厳しい場所であるほどその脅威は増してくるという事実があります。また、あまり公にはされて来なかった、3・11以降の劣悪な状況の中で家庭内暴力(DV)やレイプなどが、今になって大きな問題として語られてくるようになりました。あの阪神淡路大震災時では、いち早く復興したのは風俗営業店だとも言われました。表に出にくいこのようなことの中にこそ一番深刻な問題がはらんでいると思います。ややもすると綺麗ごとのみが話題となる被災地で、今だ社会的弱者といってよい女性や、同性愛者などの性的マイノリティの人たち。またしょうがいがある人たちや在日外国人などが、このような大災害のただなかで、より深刻な状況に置かれていることを見つめていかねばなりません。
AIDSメモリアル・キルトが作られて行った背景とまさに重なる社会が、被災地にも存在しているように感じています。
今の政治状況を見るとこの辺りの認識が欠如しているばかりか、男社会の権化のような施策を暴力的にたたみこんでいる様子は、まるで弱者を痛みつけるDVのようにも見えてきます。

今回、メモリアル・キルト・ジャパン(MQJ) からの依頼を受け、風の布・パピヨンのポコとペコが第一中学校のあの1,000人を超える避難所となった体育館に出かけ、メモリアル・キルトが展示されました。報告いたします。
私は今回も体調のことを考え、とてもとても行きたかったのですが自重しました。 写真は全てポコが撮ったものです。

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辛い病を抱えながら精一杯生きた人達のキルトが並びます。


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10代で逝った薬害被害者のキルトの中には、被災地を巡る木島知草さんが、いつも抱えている12歳で短い一生を終えた<ゆきちゃん>のキルトも

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薬害訴訟の先陣を切った、愛媛の〈親分〉赤瀬範保さんのキルト達。
没後22年を経た今も闘い続けています。
MQJの機関誌に書かせてもらった文章があります
行きまっせ.pdf

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一番最初に作られた、イニシャルのみのご夫婦の<ホワイト・キルト>は、今だ名前が無いまま旅を続けています。

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赤瀬さんが逝かれた後、薬害訴訟のリーダーとして闘った京都の石田吉明さん(左)そして、震災後共に旅をしている平田豊さんなど3枚のキルトも

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木島さんは、仲間と作っている被災地に届けるキルトを、
大船渡幼稚園の富澤・佐藤先生に手渡しました。


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風工房で作られたキルトを囲んで
左より、ペコ・木島さん(ちいおばさん)・佐藤先生・富澤先生

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一日中様々なプログラム


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会場に来てくれた仮設に住むおばちゃんたち。
ちいおばさんが、ずっと通って行くうちにご縁が出来た人達です。



陸前高田でメモリアル・キルトが展示されるなんて、なんともいえないご縁を感じます。
実は、2011年四月に初めて被災地を巡った時、私がお預かりしている三枚のキルトを抱えて共に旅をしました。そのおかげで一人きりの旅が、なにか心強い相棒と一緒のような気がしていました。その後何回となく通う中でも時に、キルトとは同行し、見たいという人には、回数は少ないですが広げて見てもらいました。抱えきれないような苦しみの中で、失われた命を想い、皆で集まり布を囲んで語り合うその時間と場所が、どんなにか悲しみの内にある人たちを慰め、力を与えてきたか、私たちはこのAIDSメモリアル・キルトとの長いお付き合いの中で感じてきました。布の、糸の、針の、そして縫うことの限りない力は、状況は違っても、この被災地の人たちにも届くと信じていました。

しかし、いまでも行方不明の方たちがおられるような状況で、あのキルトを見たらかなりしんどいと想い、ほとんど広げることもなく共に旅を続けてきました。それでも野染の布の上に一匹ずつ蝶々のキルトを縫ってゆくてびらこつぎっこはいろいろな場所で作られています。
今回、岩手県でも一番犠牲者が多く、被害も甚大な陸前高田でAIDSフォーラムが開催されることになり、メモリアル・キルト・ジャパン(MQJ)にも、お誘いが来て、たまたま、松家圭輔展に行く用事があったので、MQJから託された、たいせつなキルトを抱えポコ・ペコ コンビがポンコツ銀河号に積み込み会場に展示することになりました。
そして我らが大切な仲間の<一人人形芝居がらくた座>の木島知草さん、松沢たかひさんも福島を巡っているということで、急遽、フォーラムに参加することになりました。木島さんとは1990年5月、松本で出会って以来、良き友として、付かず離れず、歩いてきたキルトフレンズです。また、ポコも、メモリアル・キルト・ジャパンの初期に主要スタッフとして活動し、1992年ワシントンの「ザ・モール」で開催された大規模なキルト展示に、木島さんや今は亡き仙台の加藤哲夫さん達、60人を超えるメンバーで日本のキルトを持って参加しました。ペコもやはり世田谷をベースに今でも続けられている雑居まつりやプレーパーク活動の現場に是非キルトが来てほしいと招待され、20年以上前に出会った仲間です。
そして、今回、3・11以降出会った岩手の友人たちがキルトを囲んで集う、特別な時間となりました。

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帰り道、見事な富士が。
ポコ、ペコそしてキルト達 ポンコツ銀河号も
 お疲れさんでした!!