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法然院・二人展 [2013年03月26日(Tue)]


4月1日から一週間、京都・法然院で行われる、<岩手 田野畑村・ハックの家から 2人展>と、風工房での<第二回手業展>が間近に迫ってきました。松家圭輔さんと秋田夕美さんの作品、そして二人の出身校である久慈拓陽支援学校の木工班が作ってくれた額(南部赤松)も全て届きました。
先ず二人展のことをお伝えします。


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天地の絵も全て手描きです。


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松家圭輔 作


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松家圭輔さんの絵は光の粒子がキラキラと画面いっぱいに広がります。
ほとんどが色鉛筆、一部クーピーを使用


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ごみ(ペットボトルや缶など)が浮かぶ海を泳ぐ魚の眼からは涙が (部分)

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光の中をゆく三陸鉄道、鳥そして魚たち (部分)

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木たちよ!! (部分)




秋田夕美 作


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無題


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はなび



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無題  描いた後、意識的に紙を折り曲げています。(部分)


このほかにも、見ていただきたいすばらしい作品があります。哲学の道の桜や雪柳も真っ盛り、法然院の椿も一番の見ごろです。どうか皆さんお誘い合わせておいでください。


溝淵仁啓さんのギターが、二人展の会場で響きます!

4月5日(金)11:00〜  無料

法然院ともご縁が深い、溝淵仁啓さんはこの間、二度に亘り、三陸沿岸の被災地に家族(娘さんのバイオリン、息子さんのギター)と共に、また、音楽仲間と行かれ、各地で演奏会をされてきました。リリカルで温かな音と、二人の絵画とのコラボレーション。是非お越しください。



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はざま [2013年03月21日(Thu)]

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2日前、初日を迎えた新道弘之さんとお連れ合いの二人展に行って来ました。雨の中大勢の方が詰めかけていました。私は小ぶりのマットを買い求めました。1,600円。謙虚な値にお二人の姿勢が明らかに見え、清々しくありがたい作品展でした。荒川尚也作のガラスを置いて撮ってみました。小さな藍染の布が海のよう。



みすゞとチムグリサと安倍首相
 
早世の童謡詩人金子みすゞの代表作に「大漁」がある。浜辺は大漁で祭りのようだが、「海のなかでは何万の鰮(いわし)のとむらいするだろう」とうたう▼深い悲しみと包み込むような優しさ、共感と想像力−。それに通じる言葉が沖縄にあることを元宜野湾市長の伊波洋一さんの著書「普天間基地はあなたの隣にある。だから一緒になくしたい」(かもがわ出版)で知った▼チムグリサ。「肝苦さ」と書く。同情とは違って「相手の痛みを共有するような感情をあらわす言葉」で「相手の痛みや苦しみが、わがことのように感じられて心が痛むという表現」と説明する▼「唐ぬ世から大和ぬ世 大和ぬ世からアメリカ世 アメリカ世からまた大和ぬ世 ひるまさ変わゆるくぬ沖縄」とは沖縄のフォーク歌手佐渡山豊さんの「ドゥチュイムニイ(独り言)」の一節だ▼チムグリサは苦難の歴史の中で語り継がれてきた言葉に違いない。それに引き換え、米軍基地が集中し、危険な普天間も沖縄県民が望まぬ県内移転の方針なのに「信頼関係を築く」という安倍晋三首相の言葉のむなしさ▼サンフランシスコ講和条約によって日本から切り離され、沖縄では「屈辱の日」とされる4月28日を政府は「主権回復の日」として記念式を催す構えだ。主導した安倍首相と、みすゞやチムグリサの心との間の距離の何と遠いことか。
[京都新聞・凡語 2013年03月14日掲載]



草食系男子というと、押し出しの弱い、この厳しい世の中を渡ってゆくにはいかにも頼りない存在のように捉えられ、特に今、民族主義的な空気が覆い始めているこの国では旗色が悪い。アベノミクスとやらの、あの田中角栄的な<金>最優先の、今や前時代的な無粋な流れに、気分的に乗ってゆきそうな世相の中ではなおさらかもしれない。高度に発展してきた資本主義的社会の際限のない富の収奪、また共産主義を旗印に掲げてきた国が自壊してゆく中から、エコロジカルな世界観のようなものが当然のように立ちあがってきて、<草食系男子>もそのような中から産声を上げてきたのではないだろうか。
大言壮語や国のメンツ、原理主義的宗教、主義のための主義。いわば男という動物が長年作り上げてきた建前主義、死んだらお終いだから、自分の一生で一体どれだけのことを残していけるかというような、自己完結的ないわば<一生涯主義>的世界は、今激しい痛みを伴いながら決定的に破綻して行ってるように見える。それが最も顕著に表れているのが原発という名の怪物が引き起こしている終末的な事態であるのかもしれない。

自らの弱さを自覚し、大声を上げず、ニュアンスを大切にし、人をパターン化して断定することはせず、じっと視つめ耳を澄ませるのが草食系人間だとするならば(かなり乱暴な分け方だというのは承知しているが)、実はそのようなあり方が希望だと私は思っている。そのような人が作り上げてゆく社会のありようは、アベノミクスなどが描く世界の対極にあり、この末世のような世界を救う、よりラジカルなものを含んでいるのではないかとさえ思っている。


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麻・レーヨンに、クスノハガシワ・マリーゴールド
玉ねぎの皮・ラックダイ・ルイボスティー・ラベンダーを染める



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蚊帳生地(麻)に カテキュー・クスノハガシワ・ログウッドエキスを染める



先日、facebook にて、滋賀県の嘉田 由紀子知事とやり取りをした文章を添付します。

嘉田 由紀子
滋賀県に降った雨の95%は琵琶湖へ、そして下流1450万人の蛇口へ
坂和伸一さんが「琵琶湖水系のひろがりはどれだけ?」というご質問をくださいました。
滋賀県内に降った雨の95%が、506を超える一級河川や普通河川、水路を経て、琵琶湖に流れこみます。その河川網図は、まさに人間にとっての毛細血管のようです。下記に図があります。アクセスください。
http://www.pref.shiga.lg.jp/h/chisui/files/1biwakosuikeizu.pdf
またこの水が下流1450万人の水源として、大阪府は和歌山県境みさき町まで、兵庫県は神戸市垂水区と有馬温泉のある北区まで届けられています。その水利用地図は、下記のPDFの1ページ目にあります。
http://www.pref.shiga.lg.jp/chiji/kouen/files/20120507s.pdf

斎藤洋
私は京都で染物をしています。使用する水は当然琵琶湖の水をいただいています。その染料は作業過程で何パーセントかは排水することになります。それが下水処理されるとはいえまた淀川水系へ流れていくことになります。私は40年以上、化学染料を使用してそれを生業として来ました。3・11以降、被災地に通う中で一番突き付けられたのは、私の今までのあり方でした。昨年、慣れ親しんだその染料から草木染にシフトしようと決めました。曲りなりにもプロですので、即100%転換は無理です。今のところ30%程度が草木で染めています。従来の染料を扱う場合、極力、無駄のないようつくりすぎないこと、やむ終えず廃棄しないといけない染料は脱色してから流すこと(そのような作業はずっと続けてきてはいました)にしています。1年先ぐらいをめどに100%にしたいと念じております。琵琶湖がもし放射能で汚染された時のことを想うと恐ろしさが募ります。同時に、私の生活のあり方を根本から見直してゆくことが突き付けられているのが、今回の複合大災害だと思います。もう誤魔化しはきかないことを肝に銘じたく思います。

嘉田 由紀子
斎藤さんへ そうですね。今回の複合災害は、生活と経済のこんぽんから、何が、人間にとって本質であるのかを考えさせました。常に大義を見失わず、同時に現実も見据えないといけませんね。行政として辛いところ、また工夫のしどころです。これからもご意見ください。
志村ふくみさんの色にまつわる思想、深い思いにはいつも感動しています。新しく塾というか、学びの場をつくられるということ。期待をしています。

脱原発ハンガーストライキ
〜子どもたちの、子どもたちの、子どもたちのために〜 

今日1日、リレーしています。



枯葎(かれむぐら) [2013年03月20日(Wed)]

このブログに再三、投稿してくれている旧友・赤松桂より、新しいメッセージが届きました。彼の了解を得て、伝えます。福島第一原発の冷却システムダウン。危機的な状況続く夜に。



今年も又、3月11日が巡ってきました。ちまたでは記憶の風化などど言われ始めていますが、問題はこれからなのだと思っております。
いつものように写真と俳句をお送りします。今回は少し長いですが、文章も添付しました。読んでいただければありがたいです。  桂



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<国家>とは 難民棄民 原発忌



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いのちには いのちのおもさ 枯葎(かれむぐら)



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不吉なる 事件のやうに こほり割れ



広島、長崎、そして福島

 今、福島で戦後最大規模の<棄民>政策が進行している。
国策・民営という枠組みで計画、立案され、現実化した原子力発電事業。東京電力福島第一原子力発電所は、巨大な地震と津波に耐え得ず、全電源を喪失、制御不能となり、メルトダウンを起こし、水素爆発の果てに壊滅した。
「原発事故で設定された福島県の避難指示区域の再編に伴い、少なくとも事故から6年、今後4年は帰還できない住民が約5万4千人にのぼることが、各自治体などへの取材でわかった。事故後に避難指示の対象となった約8万4千人の6割超にあたる。帰還を見通せる区域の住民の中にも、戻らない選択をする人が出てきている。」(2013年3月10日朝日新聞)
避難指示区域とは、原発から20キロ圏とその外側の警戒区域を年間線量で分類したもの。年間線量50ミリシーベルト超を「帰還困難区域」、同20超〜50ミリシーベルトを「居住制限区域」、同20ミリシーベルト以下を「避難指示解除準備区域」と位置付けている。(いまだ立ち入り禁止のままで、「区域見直し未了」の地域も存在する。)
「避難指示区域」と呼ばれるまで、福島県のこの一帯はごく普通の町があり、村があり、生活があっただろう。住民たちの一人一人には名前があり、家族がいて、仕事をし、或いは、犬や猫もいたかもしれない。当たり前の生活がごく当たり前のように繰り返されていたのだ。その穏やかな生活は突然、「避難指示解除準備区域」、「居住制限区域」、「帰還困難区域」という無機的な言葉で、ある日突然分断されてしまった。
これらの言葉が<国家>から発せられた時、それはほとんど暴力と同義である。
地震、津波の被害から非難した人たちは、確認されているだけでも、31万5千196人(2013年2月7日復興庁)、「自主避難」(これも変な言葉だ。)している人たちを加えれば、その数は飛躍的に増えるだろう。

「環境省は8日、放射線量が高く、住民が避難している福島県の11市町村で、国直轄で行う除染の進捗状況を初めて公表した。着手した4市町村でも、飯館村の宅地は2012年度計画分の1%にとどまるなど、大幅に遅れている。来年3月の除染完了の目標達成は厳しい状況だ。計画を見直す可能性もあり、除染の難しさが浮き彫りになった。住民の早期帰還もずれ込む恐れもあり、生活再建や復興に大きな影響を与えそうだ。」(2013年3月9日朝日新聞)

ここでいう「除染」とは、放射能に汚染された土壌などを単に他の場所に移動するだけの作業で、放射線量を低減、無害化するものではない。
この「除染」作業から排出される土壌などを集積する「中間貯蔵施設」を、「帰還困難区域」に建設する計画が進んでいる。もし、その計画が実現した時には「帰還困難区域」は「帰還絶望区域」とならざるを得ない。
これを<国家>による棄民政策と呼ばずになんと呼ぶべきなのだろうか。広島、長崎で現出した状況が、福島で再び繰り返されようとしているのだ。
広島、長崎の原爆の惨状を写真によって告発し続けているカメラマン、福島菊次郎の著作、「写らなかった戦後―ヒロシマの嘘」から引用してみる。

「多くの被爆者は、生きる道を求めて全国各地に散り「原爆流人」と呼ばれ、被爆者であることを隠し続けて生きた。被爆者とわかれば、就職差別や医療差別、結婚差別、生命保険の加入まで差別されたからである。知らない土地で孤立無援の生活を続け、1960年代には東京都だけでも1万人以上の被爆者が病と貧しさの悪連鎖に苦しみながら、つらい就労条件の中で生きていた。」同書212頁)
「年に一度だけ被爆者が脚光を浴びる8月6日が過ぎると、広島は次の日から又札束と利権が渦巻く「平和都市」という名の砂上の楼閣を築いていった。多くの被爆者は年に一度、8月6日に「平和の聖者」にされるだけで、次第に平和都市の片隅に追い詰められていった。
「ちちをかえせ / ははをかえせ / としよりをかえせ / こどもをかえせ / わたしをかえせ / わたしにつながる / にんげんをかえせ / にんげんの / にんげんのよのあるかぎり / くずれぬへいわを / へいわをかえせ」という痛烈な詩を峠三吉に詠ませたのも、原爆詩人・原民喜を自殺させたのも、日本の戦後と広島の虚構が、感性の鋭い詩人を絶望に追い込んだからだと言われている。彼の詩を刻んだ詩碑が何者かに倒されて壊された事件が起きたこともあった。
<過ちは / 繰返しませぬから>と刻んだ慰霊碑の言葉には主語がない、と批判する活動家や文化人も現れたが、ヒロシマ自体が主語を持たない虚構の平和都市だったのである」(同書206頁)

<国家>が強いてくる<棄民>という現実。
今、福島が直面している現実こそが、我々にとっての現実である。国策として維持、遂行されてきた原子力発電事業。原発の「安全神話」が崩壊したところから大量の<原発難民>が発生した。そして、さらに<原発棄民>として住み慣れた故郷に戻ることさえ拒否されているのだ。この福島の現実と向き合うことなしになされる議論を私は信用しない。この現実と向き合うことなしになされる原発に関する議論は、一切無効だと私は考える。

2013年3月18日   赤松 桂







はるのいろ 2 [2013年03月18日(Mon)]


はるかぜ


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豆汁で下処理した1m×40mの木綿布を、
杉と欅の間に張り、伸子を打ち、鹿刷毛で一斉に染めだす。


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この日は快晴。公園にはたくさんの人がいて集まって来る。


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その人たちもうずうずとしてきて刷毛を持ち始める。
染めだしたら止まらない。


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こどもが飲んでも大丈夫な色を使っての野染。
なにより私の気持ちが、解ける。


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東山青少年活動センター主催の野染には、しょうがいのある人、学生ボランティアなどが集まり和気あいあいとした春の1日。
気に入らなかったのは背後にある威圧的な建物の京都水族館。あの大屋根の下がイルカショーをしていて、大きな音楽と女性調教師の声が響く。音はそこの場所のイメージを独占してしまう。無粋である。多くの反対(とくに法然院を中心にした集いは単に反対だけに留まらない、豊かなヒントに満ちていた)の声を無視し建設したオリックス不動産とそれを許可した京都市の経済優先の姿勢が露骨にこの場所には見えてしまい、本当に悔しい思いをした。
ひとのこえ、風の音、時折聴こえる蒸気機関車の汽笛、もう15.6年前になるだろうか、この場所で、さおり織の人たちとした野染が懐かしい。

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今回のコーディネーター、一柳綾乃さん。彼女も布の作家です。


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伸子を外した後、春の風がそよぎ波打つ布に見とれる。



はるのいろ [2013年03月15日(Fri)]

3月17日、梅小路公園で、草木野染をします。
木と木の間に30mほどの木綿布を皆で張り、伸子を打ち、鹿刷毛で、一斉に染めていきます。染料は各自持ち寄った草木から採った色を使います。こどもが飲んでも大丈夫な色で、野染(のぞめ)をして行こうと切り替えたのは、やはり福島のことが大きいと思います。ただ、自然な素材を使う場合、やはり放射能のことが問題となります。草木染をすることは、ラジカルに「今」と向き合うことになるのだと感じています。

日程:3/17(日)  雨天・24日(日)順延
時間:11:00-14:00(受付10:30〜)
場所:梅小路公園
主催:伊賀市山青少年センター
参加費:1,500円(材料費込み)
持ち物:お弁当・水筒・汚れても良い服装
ナビゲーター:斉藤洋(染色家)一柳綾乃(画家)

お問い合わせ・申し込み:東山青少年活動センター
tel 075-541-0619
mail higashiyama@ys-kyoto.org

お世話をしてくださるアーティスト一柳綾乃さんのブログでも伝えてくれていますので覗いてみてください。

昨11月に巡った<晩秋の三陸・川崎野染旅>の様子をお伝えします。
全て草木染で行いました。


草木1.jpg
2012年11月16日
<うさぎのしっぽパッチワーク教室>での草木野染。
2011年9月にした時は化学染料でしました。今回は、地元の素材、山ブドウやそぞめ などを煮出してきてくれた方もあり、こちらから持参した柿渋・玉ねぎの皮・桜の落ち葉・ラベンダー・ラックダイなどを染ました。背後の山と溶けあう野染です。


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山田町・ケアホーム希望  2012年11月18日

ここでも2011年9月に野染をしました。
あの季村敏夫さん詩的衝撃を得たところでもあります。
今回は冷たい風の中でしたが、みんな夢中で染めました。

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山田湾一杯にカキ養殖などの筏が浮かんでいて、活気を感じます。


フリースペースえん 2012年11月21日

川崎のフリースペースえんは、毎年呼んでくれる野染の常連です。私たちの活動にも温かな後方支援を今までしてくれています。今回は草木で染めたい、という私の提案に即答えてくれて、素晴らしい会が出来ました。
居場所を見つけづらいこどもたちのためのフリースペース。学校以外の教育の場ではなく、<ただそこにいるだけでもいいよ>というスペースの存在の意義は、そのようなこどもたちにとって大きいと思います。このスペースの私が持っている印象は、いつも大きな鍋で美味しそうなものを煮ていること、そしていつも音楽を誰かしらが演奏していることです。彼らがそのようにして自然に結成されたバンドロス・えん・クエントロスの実力は半端ではありません。何しろCDまで発売されています。こどもは<あるがままでいいよ>という場所を与えられると、やがて何かをしだします。そこから始まるものを大切に拾い上げ、守り広げてゆくのが大人というものの役割なのだ、と、ここにお邪魔するたびに気づかせてくれます。

草木10.jpg
なんと10何種類もの草木の色を作って待っていてくれました。

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中心になって動いてくれた、ここのスタッフのたかちゃんは、それぞれの色を木綿糸に染めていました。多様な種(しゅ)の多様な色は本当に美しいものでした。この糸はその後、田野畑村・ハックの家に織物用に送られました。
 

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人一人に、色がある


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青は藍

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赤紫は大船渡の山ブドウ
堅牢度は弱いけど、いっとき山ブドウの精が現れるのがいい


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花の春 京都でしますよ! [2013年03月13日(Wed)]

日本テキスタイル協会主催のSHAKE HAND それがぞれのお思いが託された、それぞれの鮭が、それぞれのもとへ泳いで行きましたね。鮭の行方を想っています。

さて、お知らせです。昨年2月の風工房での手業展に続いて、第二回手業展と法然院での「田野畑村・ハックの家から 二人展」を、風の布・パピヨンの主催で行います。昨12月の大阪の建築設計の仲間が主催された「東北のてしごと展」が成功のうちに終わり、この11月には彼らのつながりで、大阪・岸和田で第二回てしごと展も予定されています。このような自然な形で持続してゆくことがとても大切かなと感じています。
今回のチラシは15日に刷り上がってきますが、時間も押し迫っているので、先ずはブログにてお知らせいたします。ダウンロードしてくださりみなさんにお知らせいただければ嬉しいです。


なおこの催しを手伝ってもいいよ、という方がありましたら、風の布・パピヨン斎藤までお知らせください。セッティング、会場係等募集をしております。

連絡先・090-6674-8082(斎藤ケータイ)・075-762-0500(FAX) 
メール・dye.kazafu@gmail.com  またfacebook 斎藤洋でもOKです

なおこのチラシは、斎藤美知子さんがボランティアで作成してくれました。


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クリックすると大きく見れます

tewaza.jpg


1303.pdf   ← チラシ、ここからダウンロードできます。


坂道のうた [2013年03月12日(Tue)]
 
覚 和歌子さんと千住 明さんは <さかみちをのぼって>と同時に、姉妹曲とも言える、〈坂道のうた〉も作っておられます。お二人自らが唄っています。



坂道のうた.jpg


千住・覚.jpg


友人がShake Hand に来てくださり、大槌のおかあちゃんたちが作った鮭のキーホルダーをたくさん買ってくれました。自らのブログにその鮭の写真を載せてくれました。あまりにも素敵なので添えられた文章と共にダウンロードさせてもらいました。

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mitikusa2.gif


厳しい土地に帰る、と安易に言えないのでは・・と
不安に思う気持ちもありましたが、
東北のご婦人たちの作られた布の鮭のあたたかさと、
置いた時にピンと反る生命感に驚き。
とにかく「帰る」という目標が始まりなのだ、と感じたのでした。
モノの伝える力ってこういうことなのですねえ。
鮭たちは光の方へ。




さかみちをのぼって [2013年03月11日(Mon)]

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3・11 大船渡保育園は高台にあったため、寸前のところで津波を逃れました。園庭から見下ろす街は壊滅。子育て支援センターも併設するこの保育園はその直後からコミュニティの中心として、皆が寄り添い助け合う大切な場所となって、今まで頑張って来られました。
そこを訪れた、作詞家の覚 和歌子さんと、作曲家の千住 明さんは、深く胸を突き動かされ「さかみちをのぼって」という園歌を作られたということです。

この歌は、<さかみちをのぼって、あのくもをつかもう  さかみちをのぼって、かぜのおかひだまり  さかみちをのぼって、だきしめるあおぞら>と、こどもたちが繰り返し唄うことによって、地震が起きたら、何をおいても先ずさかみちを登ろうという意識を、身体の芯にまで染み込ませたいという、切なる願いが込められています。今、私たちが訪れるとあちこちの部屋からこの歌が聴こえてきます。みんなこの歌が大好きな様子です。
この歌は、大船渡保育園だけに留まらず、広く多くのこどもたちに届き、歌い継がれて行ってほしいと願います。

その坂道の上の園庭には、立派な銀杏と桜の木があります。この二本の木が踏ん張って、津波を止めてこども達を守ったような気が、訪れるたびにいつもします。

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この映像は2012年9月12日大阪の<邦楽普及団体・えん>が保育園を訪れた時、その前の晩に手に入れた楽譜をみて、ぶっつけ本番で伴奏をし、こどもたちが一生懸命唄っている様子です。琴を弾かれている伊藤志野さん(えんの主宰をされている伊藤和子さんの娘さん)が急遽編曲し、立命館法学部のOBの三嶋廣人さん(現在は気仙沼の高校の化学の先生。授業を2日休んでの参加です)が尺八を、菊池隆明さん(今は盛岡在住)が十七絃を演奏しています。

さかみちをのぼって

作詞:覚 和歌子  作・編曲:千住 明  
伴奏: えん  合唱: 大船渡保育園園児 
  



今日であれから二年。多くの犠牲者と今だ見つからない行方不明の方々。その後、「関連死」と呼ばれるような形で逝かれた方々(福島の人が圧倒的に多い)。仮設で、避難先で、それぞれの場で、辛い思いを抱えて寒い夜を今日も迎えている数多の人々。被災は今だ続いております。
統計によるとしょうがいのある方たちの今回の災害による死亡率は、いわゆる健常者の2倍であるとのことです。私たちが作ってきた社会が、いかに脆いものであったかがこの複合巨大災害で露呈されたと言ってよいでしょう。
今行われている<復興>はそのような脆さを、見据えるところからしかなしえないと思います。ところが湯水のように使われる復興資金は、そのもろさを更に重ねてゆくような形で使われているとしか見えないものが多々あるように思います。

私たちが被災地を巡る中で、勇気や明るさをもらうのは、しょうがいのある人たちや、こどもたちです。
こどもたちの笑顔は太陽です。
こどもたちの こどもたちの こどもたちの ために。山川草木・衆生ともども、わたしたちもさかみちを登って、陽だまりの中に行きたく思います。


大船渡保育園は2011年10月の野染以来、私達、風の布・パピヨンにとっても、本当に大切な関わりを続けさせてもらっています。これからもよろしくお願いします。
SHAKE HAND 6 [2013年03月10日(Sun)]

Shake Hand 2日目の様子をお伝えします。

一日中、来場者で溢れました。
500体のShakeHand、次から次に買って行かれて、
残りが僅かになっています。
「みんな忘れてないよ」という思いを、被災地にお届けします。


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岩手からサンガ岩手の代表・吉田律子さんもきてくださいました(左から3人目)。そして昨年12月に「東北のてしごと展」を成功させた建築設計の仲間や、そのつながりで、今年11月に岸和田でのてしごと展を計画されている4人の方たち。風の布・パピヨンのスタッフのチャコも。
背後の大きな鮭のぬいぐるみは、普段<てづくり工房>で展示されているものが<回遊>してきました。

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まるで鮭の花が咲いたよう!

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奈良の〈たんぽぽの家〉からもエールが。


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TDA(日本テキスタイル協会)の会員の作品は楽しさと、プロのセンスが光ります。このShakeはお腹にマグネットが仕込まれています。川を遡上する様子が繊細な針金とビーズで表現されています。

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いわおかりつこさん 作

Shake Family から届いた便り。

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人気イラストレーター・上田バロンさんの今回のみの限定オリジナル。
まさにレアものです。


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この日はトークショーが行われました。
最初は、今回の会をひっぱて来てくださった奈良平宣子さんが基調スピーチ。昨年8月巡った岩手沿岸、とくに大槌の様子をスライドを見ながら、なぜこのような動きをするに至ったかをとても分かりやすく、温かな言葉で語られ、こちらの胸にも響きました。長年、美術・クラフトの第一線で頑張って来られ、京都の美大で良き教育者としておられた方が、このような大災害を前にし、手で指で物作りをしてゆくことで、どうにかして<人間らしい生活>を取り戻し、皆で乗り越えてゆこうと決意されたことの意味を、改めて考えさせていただきました。それは今のこの国の在り様を考え、変えていくことでもあると思いました。

そのあと、今回のフライアーを制作してくださった、セメントデザインのカナヤツトムさんによる講演がありました。
自ら美しいデザイン作品を作られつつ、日本各地で、よい技術を持ち、物作りをしている方たちに、より今にコミットする商品を、斬新な切り口でアドバイスしつつ、本来持っている力を引き出してゆくような、とても示唆に満ちた仕事をしている方と思いました。
私たちが関わっている被災地での物作りも、持続しつつ<食べていける>ために、もっと大きな視点で行かねばと思います。これからが本当に大変だと思います。沿岸の人たちと内陸の人たちとの交流、若い人たちの都会流出を防ぎ、地場産業(仕事)を創出し、どれだけ取り込めていけるか、そのためには企業や行政といかに賢く付き合って行けるかなど、課題が山積しています。
私は、三陸沿岸の人たちの底力を実は、とても信じています。このような課題を乗り越えてゆくためにも、カナヤさんのよう方の視点と実行力が本当に必要だと思ったトークショーでした。

最後に吉田律子さんが、被災地に関わって来られた今までの経緯と、今回の会に対する感謝を涙ながらに語ってくださいました。大槌の風が一気に吹いたようでした。

3月11日にまで、Shake Hand 続きます。



ドキュメンタリー映画上映会「禁じられた大地・フクシマ」栗本一紀監督
日時:23013年3月11日(月)
   PM2:00〜PM3:30(1203号室)
   PM6:30〜PM8:00(1202号室)
場所:兵庫県民会館
   (神戸市中央区山手4−16−3)
   (TEL078−321−2131)
    http://www.hyogo-arts.or.jp/arts/kenminmap.htm
   参加費:無料(カンパあり)
   要予約・阪神淡路大震災・被災地NGO恊働センター 
TEL : 078‐574‐0701 

     

明日、3・11 ハンスト、リレーします。



SHAKE HAND 5 [2013年03月08日(Fri)]

Shake Hand 始まりました。鮭達、圧巻です!!傑作ぞろい。作者の意気込みや思いが一杯詰まっていて胸を打ちます。サンガ岩手てづくり工房からも中心メンバーの川原畑洋子さんと、娘さんが駆け付けてくれました。明日は代表の吉田律子さんも来られます。
みなさんお誘い合わせいて、お越しください。

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開廊と同時にたくさんの方が
中心スタッフは、ほぼ徹夜で準備をされたみたいです


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画廊に入るとまず500匹のSHAKEが迎えてくれます

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80人を超える参加者の心尽くし、思いが溢れます


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サンガ岩手てづくり工房のコーナー
オリジナルなキーホルダーや刺し子の布きんのほか、
弁当入れなどにピッタリの大阪のアーティストがデザインしたバッグや
京都芸大生デザインのフエルト製のおしゃれな財布などが並ぶ


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今回のリーダー、奈良平宣子さんデザインの鮭の手ぬぐい


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おしゃれなバッグも、オリジナル。


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鮭をテーマに、陶・ガラス・紙・フエルトなどの作家作品も。

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それぞれがそれなりに生き


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左からTDAスタッフの木下さん・矢澤さん・奈良平さん
そして大槌から川原畑さん親子



【スペシャルゲストトークイベント & 懇親会 】
[開催日] 3月9日(土)
[時間] 16:30〜19:30
[場所] kara-Sスタジオスペース

■スペシャルトーク
・「東北支援視察レポート」
TDA 東北支援プロジェクト Shake Hand 奈良平 宣子

・「デザインが結ぶ人と人との絆とその先にあるもの」
CEMENT PRODUCE DESIGN.,LTD. 代表取締役 カナヤ ツトム


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