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夏の終わりの野染旅 6 [2012年11月30日(Fri)]

冬の到来。師走。遅まきながら夏の終わりの野染旅報告再開します。

私達の動きは本当に小さなものです。でもその背後には今まで400人を超える方々が、縫製道具や布、毛糸などの支援物資、そしてカンパなどを私どもに託してくださいました。私達には、その方たちへお伝えする責任があります。また、このような小さな活動を無数のグループや個人が3・11以降続けていて、行政や自衛隊、大企業などの大きな動きを鳥瞰図とするならば、市民サイドからの虫が描くような地図<虫瞰図>を描いていっているような活動もたくさんあります。阪神淡路大震災の後、季村範江さん達が持続している、市民の手による「アーカイブ」作りなどのお手本もあります。被災地NGO協働センターを始め、神戸を中心としたグループの、今回の東日本巨大複合災害以後の素早く的を得た活動は、そのような作業の積み重ねがあって可能となっているのだと思っています。願わくば、私どものような個人の集まりの、僅かな動きを記録することで、これからの時代を生きていかなければならない<こどもたちの、こどもたちの、こどもたち>にとってのかすかな光になればと願うのみです。日々の出来事をタイムリーにお伝えするようなフットワークの軽いブログではありませんがおつき合い願えたらありがたいです。

そんなわけで、タ〜ジ〜や、奈良平宣子さん、木下幸子さんレポートで今回の<夏の終わりの野染旅報告>は充分だとも思いますが、写真を中心に補足していければと思います。そのあとに、今回の晩秋の三陸野染旅レポートをお伝えすることにします。

8月22日(水)、サンガ岩手を後に、いつものペコ、ポコ、タ〜ジ〜(田島信二さん)・奈良平宣子さん、木下幸子さん(日本テキスタイルデザイン協会)そしてメモリアル・キルト・ジャパンの橋田智子さん、計7名は車二台で北に向かい、常宿のハックの家に向かいます。途中、田老の大棒さんのところに寄ったこと、そしてハックの家に集う若い人たち、冴えわたる星空のことは、タ〜ジ〜のレポートをご覧あれ。

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ハックの家の普代駅に作る新たな拠点(喫茶店・展示場・機織工房など)作りのために、青森から来て作業を続けている学生さん達。

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新潟からハックに来ていたボランティア二人。
この日、帰ることに。「作業している顔」からおしゃれに見事変身。



8月23日(木)久慈拓陽支援学校野染 快晴

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ことのほか熱かった今年の三陸の夏。
小・中・高、全校生徒が集まり、中庭に112p×30mの晒木綿を2本張る。


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久慈の染祭りのはじまり、はじまり!!


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それぞれがそれなりに生き、若菜摘み 祖母・大村あさの句


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炎天の夏空に、涼やかな青
みんなの歓声が中庭に響く。


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京都造形芸術大学の染織テキスタイルコースの学生が染め、縫った
てびらこつぎっこをリレーする。


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谷村伸郎校長と今回の仕掛け人藤原洋子副校長に
深井ゆうじんさんの詩集を手渡す。


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久慈の風を染める。その刻(とき)が染まる。
久慈拓陽支援学校の写真は学校側の許可を得て掲載させてもらいました。


岩手沿岸には大船渡から久慈まで、支援学校が4校あります。最後に残っていた、一番北の久慈拓陽支援学校での念願の野染が終わりました。3・11以降の試練の時を、どの学校もたくましく生き抜いてこられたのだなと感じるとともに、これからも、その時々に見合った外部からの持続的な支援が必要とされていると感じます。また、このような厳しい被災地の環境の中、しょうがいがある人たちの大きな役割も深く感じています。悲しみを深く感じる力、それを乗り越えてゆくときの、とても大切な心の開き方、つながってゆく方法を豊かに持っている人たちのような気がしています。いわゆる健常者が中心の社会の、ある意味での貧しさが、このような事態の中で際立って見えてきます。私たちがお訪ねするごとに感じる、身体の芯からほっこりするような彼らからの贈り物を、たっぷりと頂きながらの旅が続きます。

ここで、奈良平さん木下さんは京都と名古屋に戻りました。初めての被災地の旅。お疲れさまでした。

私達はまた南下して、釜石に向かいます。途中、普代の駅の現場に立ち寄ることに。

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あの若いボランティアの人たちが、
炎暑の中ハックの家の店作りに汗を流しておりました。


悲願会(ひがんえ) [2012年11月27日(Tue)]

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男が作る布草履 サンガ岩手にて
法然院もずっと支援を続けられています。


お知らせ


京都・法然院で第4回「悲願会」が行われています。


法然院に集うアーティストたちのコンサートや、バザーなど「一切衆生の成佛を信じ、被災者の悲しみに寄り添い、被災地の復興に関わる決意を表し、各々が今後の生き方や社会の仕組み作りについて考える一週間(法然院のお知らせより)」です。
そのプログラムの中で、以前このブログでもお伝えした、写真と映像で語られる福島第一原発20キロ圏内にとりのこされた動物たちの命の記録「残された動物たち」。法然院における2回目の報告会が開かれます。
またあの、深井ゆうじんさんの「詩の展覧会」も開催されています。



クリックすると大きく見れます

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京都・黒谷 金戒光明寺


往還 [2012年11月26日(Mon)]

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ハックの家で出会った本



被災地NGO協働センターに私が送ったメッセージに対して、代表の村井雅清さんから以下のような返事が届きました。
がら紡の会呼び掛けの当ブログでも、宮城の被災地で始まっているコットンプロジェクトの紹介をしました。村井さんがおっしゃるように、企業の社会貢献も、以前に比べかなり積極的になってきていると思います。このような大災害の後、勿論、否定的なことばかりではない、希望が持てるような動きも多くあることを伝えないといけないですね。



齋藤さん、村井です。ご無沙汰しています。
今日、26日のハンスト参加ご苦労様です。奥様にもよろしくお伝え下さい。
最近、土・日のニュースをお休みしているためもあり、リレーハンストの空白日が増えています。私も、時々24時間ハンストにも加わっています。

いつものことで恐縮ですが、またこの齋藤さんのメールをハンストニュースで紹介させて頂いても、よろしいでしょうか?

 さて、被災地の手仕事関連の話ですが、齋藤さんのご指摘の通り、行政は、監視や排除の論理だけで見るのではなく、支援をどうすれば被災者が元気になるかという目線で考えてほしいものです。
 吉田律子さんも加わって、岩手県では手仕事をサポートしている団体が20団体ほど集まって、岩手県に支援策を求めたり、岩手県の公的な施設での販売斡旋などを要望したりしていす。すでに「岩手県復興支援センター」では一部販売されています。また、近々の情報ではこうした情報を集め、カタログにまとめアピールできないかとお世話をしておられるサポーターもおられます。
 阪神淡路大震災のあと、当時の貝原俊民・兵庫県知事は、1998年からこうしたボランティアあるいはNPO団体が行う被災者の事業支援に対して「コミュニティ・ビジネス離陸応援業」をスタートさせました。財源は復興基金です。でも同県は復興金が終わっても、現在も一般財源で継続しています。
 阪神淡路大震災を契機に、NPO法人が生まれ、すでにこのときに「新しい公共」を見通しており、NPO(被災者自身がNPO化するのが理想だと思いますが)が主体となる事業が重要であると先読みしていたのでしょう。そのとおり、NPOセクターや企業の社会貢献分野では、数年前から社会的企業という言葉が飛び交っています。こうした傾向を手放しで喜べないのですが、営利目的のみ追求してきた企業の中から少しでも社会貢献を優先する企業が出てくることはいい傾向かも知れません。
私どもNGOが進めている「まけないぞう事業」(詳しくはホームページを。斎藤注)も、作り手は100人を超えて来ましたが、タオル集めと販売に苦戦しており、在庫が増える一方です。他のサポーターも同じような悩みを抱えているようです。阪神淡路大震災後には、こうした同じ悩みを抱えた団体のネットワークは生まれませんでした。(試みはありましたが・・・・)そういう意味では、今回東日本大震災後の動きとしては注目すべきところです。これからも暖かく見守って下れば光栄です。


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クリックすると大きく見れます。


リレーハンスト [2012年11月25日(Sun)]

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東北道・那須サービスエリア 11月15日


<こどもたちの、こどもたちの、こどもたちのため>に大飯原発即時停止、全原発再稼働阻止を目指しリレーハンストを呼びかけ続けている被災地NGO恊働センターに以下のような便りを出しました。
今、被災地で起こっているこのような不条理な状況は後日当ブログにて再度報告します。


みなさまへ いつもありがとうございます。

明日26日(月)連れ合いとリレーします。
先日8日間の三陸(最後は川崎のこどもたち)での野染旅から帰ってきました。12月に大阪の仲間が主催する「東北の手しごと展」の打ち合わせもしてきました。

仮設の集会所で被災後、皆で集まり寄り添いながら支え合ってきた人たちが、やがてすばらしい作品を生み出してゆく様子は胸を打つと同時に、あの地の人たちの手業の底力を感じ、これから先の新しいクラフト産業の萌芽まで見通せるような状況になってきた矢先、行政側から、集会所で金になるような作業は罷りならないとのお達し。
今回の作品展に向け最後の追い込みをしていた人達は、その作業場所の確保に辛い努力を強いられていました。

ならば行政側が仕事を作りだし提供せよ!

抱えきれないようなこの間の出来事の中、必死になって今を生きようと集まり支え合い、なにがしかの生活費も確保しようとしてきた人たちの、決して行政ではできない公平でしなやかな集まりは小さいけれど確かな希望の光でした。
そんな動きに対して、むしろ助成金を出して育ててゆくのが行政の為すべきことです。

このような信じられないような体制側の酷い姿勢は、今回立ち寄ったそこかしこで聞きました。
夏草が生い茂りいっとき緑に覆われた津波跡は、枯野に町の名残りが露出し寒風にさらされていました。
これからの長き冬、ゼネコンのみが突出して爆走する足元で、先の全く見えない日々を過ごさないといけない人たちがいる。
そんな中での総選挙。景気回復や国防がテーマになり、被災地や原発のことは今や遠くに霞む政治というものの異常さ。手を咥えてみているだけではいけないと強く思う

私たちがリレーしてきたハンストの意味が揺らぎそうな今こそ、<個>の意味を見つめつつ連帯していければと改めて思います。


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山田町・三陸鉄道 駅付近 11月18日

帰ってきました。 [2012年11月23日(Fri)]

晩秋の三陸・東京野染旅より、ペコ・ポコともども無事に帰還しました。

草木染による野染め、アミアミ会、<日本の凧の会・大阪>より託された凧の手渡し、20年以上前に操業停止したままで奇跡的に残っていたがら紡工場の視察など、今回の旅も密度の濃いものとなりました。
また、行政の相変わらず理不尽な、呆れかえるような話も多く聞いてきました。
夏の終わりの野染旅の報告も残っています。随時レポートいたします。


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陸前高田に入る。11月15日(木)


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大船渡・うさぎのしっぽパッチワーク教室の庭にて 草木野染
11月16日(金)

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大船渡保育園での魔法の一本針アミアミ会 11月16日(金)

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子供に遊んでもらっているポコ 大船渡保育園


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大槌町・三陸鉄道波板駅 11月17日(土)


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山田町・ケアホーム希望 草木野染 11月18日(日)


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田野畑・ハックの家 花裂き織


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手と手 ハックの家 11月19日(月)


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夏の終わりに染めた布を文化祭で展示
久慈拓陽支援学校 11月19日


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川崎・フリースペースえん 草木野染 11月21日(水)



晩秋の三陸・東京野染旅 [2012年11月13日(Tue)]

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桜の落ち葉拾い。自宅近くの黒谷・金戒光明寺にて。


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桜の落ち葉の色をいただく。


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桜の落ち葉、玉ねぎの皮、ラベンダーなどで染めたウールモスリンショール
明石のギャラリー風来にて作品展中


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ラックダイ、玉ねぎの皮などで染めたウールモスリンのショール



日増しに寒さが増してきます。
晩秋の三陸・東京野染旅始まります。メンバーはペコ、ポコ、染のジジ。
12月の手しごと展も近付いていますので、その打ち合わせや、釜石の山崎耀樹さんと<三陸クラフト>の夢を語り合いながらの旅にもなりそうです。

今回の野染は、草木染めで行います。
柿渋、桜の落ち葉、ラベンダー、玉ねぎの皮、ルイボスティー、ラックダイ(カイガラムシ)などの色をいただき染めます。8月には東京の町田と東久留米ですでに実施しましたが、三陸では初めてになります。化学染料に比べると地味な色となりますが、草木の力を、体で感じることができる時間になるのではと楽しみにしています。

旅の終わりには、長年おつき合いのある川崎のフリースペースえんのみんなと染めます。
また、京都に帰る途中、愛知・岡崎郊外にある、20年ほど前に操業停止したがら紡工場に行ければと思っています。錆びてはいるけど手入れをしたら十分使えるもののようです。

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<日本の凧の会・大阪>から託されました。
ご縁の出来た各支援学校を辿り手渡していければと思います。


夏の終わりの野染旅の残り、がら紡の会、そしてサンタフェ報告はまたまた先送りになります。ぼちぼち行くことにします。ごめんなさい。

行って来ます。
東北の手しごと展 [2012年11月09日(Fri)]

お知らせ!!


東北


大阪の建築設計を生業とする仲間が集まり、
三陸沿岸で作られている素敵な手しごとを紹介する会が開かれます。
今年2月、京都・風工房で行われた手業展をリレーします。

師走の、温かな集いに、是非皆様お誘い合わせておいでください。

ほりだしものありまっせ!


連絡先・東北の手しごと展実行チーム
間工作舎・一級建築士事務所内 tel/fax 06-6856-4677

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クリックすると大きく見れます。
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東北の手しごと展_チラシ_121102_2.pdf 案内(チラシ)コピーできます

カンパのお願い・主催者の方たちは、今回参加してくださる三か所の方たち計6名を、大阪に招待しようと動いておられます。あの津波から1年8カ月。それぞれの場所でリーダーとして踏ん張って来た方々のご苦労は計り知れません。休む間もなく、息を抜くこともできないような時間の重なり。せめて一時でも現場を離れ、手しごと展を見ていただき、そして上方の朗らかな空気を存分に味わい、肩の力を解いてもらいたい。近くには上方芸能の拠点「繁盛亭」もあります。
そこで、その方たちの旅行費用を皆さんのカンパで賄っていきたいという呼び掛けです。
お問い合わせ先は東北の手しごと展実行チーム 06-6856-4677 間工作舎まで。


今日、11月9日、ポコがリレーハンストしております。




サンガ岩手 [2012年11月03日(Sat)]

8月22日(水)サンガ岩手


夏の終わりの野染旅、た〜じ〜の報告で充分だとは思いますが、補足せなアカンことや、日本テキスタイル協会から新しく参加してくださった方のレポートなどありますので、再開します。

サンガとは仏教用語です。ブッダの教えを尊ぶ人々の、清らかな集まりというような意味に捉えて良いように思います。しかし本来人間とは業に囚われた凡夫であるとするならば、そのような人たちの集まりもまた〈サンガ〉といっても良いのかもしれません。まさしく私達〈風の布・パピヨン〉もそのような集まりのように思います。
サンガ岩手は盛岡に住む僧侶・吉田律子さんが3・11以降いち早く被災地で始めたものです。彼女の活動の様子は京都・法然院のご縁でお付き合いさせてもらっている友人から知りました。なかなか直接お会いすることがありませんでしたが、今年の一月、これも法然院のご縁で知り合った落語家の桂塩鯛さんの、大槌町での落語会を企画した際、初めて会場でお会いしました。吉田さんは大槌町の仮設を中心にその時その時必要とされるものを集め、必死に動き回って来られたようです。その様子は手書きのニュースレターで以前より読ませてもらっておりました。
そして今年の5月、彼女の案内で、旧安渡小学校の敷地内にある仮設で、野染を行うことが出来ました。吉田さんがいかに当地で頑張って来られたかを垣間見ることが出来ました。

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今年7月の初め、吉田さん達にとって念願のサンガ岩手の拠点が大槌町にオープンしました。仮設での生活はやがて終りになります。今までは仮設の集会所などで〈チクチクの会〉などをしていた集まりが出来なくなるのは時間の問題です。吉田さんが作られたこの復興支援センター・手づくり工房カフェ・サンガ岩手は、とても大きな意味があると思います。
45号線沿いにあるピンク色の建物は、この近くを通るたびに何度も目にしたものでした。ここも津波が来たところですが、なぜかこの建物は残っていました。補修を済ませた後の貸店舗にサンガ岩手の拠点が出来たということです。店に入るとそこには所狭しと布の手作り品が並んでいました。右手にはテーブル、椅子、そしてミシンが何台も並んでいる工房になっていて、仮設より来ている方たちが集まっておりました。奥は喫茶スペース。カウンターがありコーヒーなどが飲めます。このようなスペースは本当に被災地にはなかなかありません。以前この大槌町の避難所にあったまごころカフェを思い出しました。

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右端が吉田律子さん


私たちが来るというので集まってくださっていた方たちと話します。皆表向きはとても元気にたくましく感じます。一人一人と話すと当然皆それぞれの生活を抱えながら、先行きが見えない中でどうにか生きて行く糸口を見つけ出そうとしている方たちばかりだと思います。ここに集まってお茶っこをしながらのおしゃべりを楽しみに遠くの仮設からバスなどで来るお年寄りや、海の仕事、漁師への復帰を目指している人、そして布製品作りで少しでも収入を得て行きたい人ももちろん集まっています。
今回の旅の目的の一つは、被災地で芽生え始めたこのような<チクチク会>の質をレベルアップし、<被災地で作られたもの>からこの地で作られた唯一無二の工芸作品として、市場でも通用するようなものを、これからいかに作って行けるかを、プロのデザイナー・物作りの方たちに来てもらって模索してゆくきっかけ作りにありました。
旅から帰って間もなく、奈良平、木下両氏(日本テキスタイルデザイン協会所属)よりレポートが届きました。

まず京都から参加してくださった奈良平宣子さんが日本テキスタイルデザイン協会(TDA)のホームページに寄稿されたレポートをご覧ください。また、名古屋から参加の木下幸子さんのレポートも添付いたします。
三陸視察報告書p2.pdf 三陸視察報告書p3 (1).pdf

た〜じ〜のレポートもそうですが三陸を行く一人一人のメンバーのそれぞれの視点がとても瑞々しく伝わってきて、私だけが書く報告だけでなく、このブログができるだけたくさんの人たちが寄稿できるものでありたいと切に思います。お二人の丁寧なレポートは、これから私たちがそれぞれのものづくりの拠点の方たちと関わってゆく上で、とても良いヒントを与えてくださっています。これからTDAとも連携し合いより優れた作品作りに向けて知恵を絞って行ければと思います。

サンガ魚.JPG
サンガ岩手で見つけた“ さかな” がヒントになりました。ほとんどの被災者が海の仕事に従事し生活しています。“ さかな” をサンガ岩手のキャラクターとして完成度の高いものにし、そのキャラクターを中心としておかあさん達の温かな手づくり品を、東京などの都市部やイベントで販売することで支援の第一歩にならないかと考えます。<木下幸子>

今作られている作品の中で、小さな魚のぬいぐるみに彼女たちは注目しました。やはりここ大槌は海の町、魚の町です。皆の願いがこの小さな魚には詰まっている。ケータイストラップにしたらどうだろうか。女子高生など若い人たちにも呼び掛け、コンペなどを通じて今欲しいと思うようなビビッドな作品を目指していければ・・・この場所に若い風を!
田老町・ゆいとりの会の大棒レオ子さんも、教えてほしいという要望にこたえ、地元の高校に通っています。三陸沿岸の方たちの縫うことの底力は大したものがあります。布を<つぎ>とこの辺りの人は言います。<てびらこつぎっこ>のつぎです。寒く長い冬、大切な布を継いで継いで生きてきたたくましい人達の手、心意気がまだ息づいているように私には見えます。そのDNAは若い人たちにもきっとあるはずです。
<三陸を世界のクラフト地帯に>私の夢です。

最後に、奈良平宣子さんのレポートからの文章を・・
「それぞれの訪問先の項目でTDAができる支援の可能性を述べましたが、これからTDAとして検討して長い期間をこの人々と関わっていってほしいと思います。 震災に遭遇し今までの仕事や暮らしを失い、人間本来の生き甲斐である手づくり心に光を見つけ励みとして頑張っておられるお母さんたちに出会い、東北の手間ひま惜しまぬ技術とクラフトセンスある品々を、その素晴らしい価値に見合った販路を見つけることが共通の必要性です。」

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和野の仮設から通っておられます。
松ぼっくりに小さな花が咲いています。
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11月4日(日)連れ合いとリレーハンストを行います。
「原発のことなどそうたいしたことではない」と石原前都知事。首都東京の莫大な電力需要を賄うために遠く離れた福島に原発を作り、あれだけの被害を与えてしまった事実を前に、首長であった彼が言い放った言葉。許すことはできません。
11月11日には脱原発100万人集会が東京であります。