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リレーハンスト [2012年09月23日(Sun)]

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大船渡の空 9/12 17:50 


明日24日、8回目のリレーハンストを連れ合いといたします。

前回からあまり間が空いていませんが、このところリレーする人が少なくなってきていて、数日前に「24日募集中」との通信が被災地NGO恊働センターより入りました。
これだけ続けていると「大変やなー」とか、「あまりストイックになったらあかん」などと思っている方もあるかと思います。ところが二人ともこのハンストに、体が慣れてきたような気もしています。体調も悪くなるどころか、逆にすっきりと整ってきているようです。普通の生活の中ですることですから、大変なことだとは思いますが、あまり大上段に構えてはしたくありません。
一日だけのハンストの意味は、やはり原発再稼働阻止の意思表示を、持続的に社会に向けてすると同時に、自らのその行為の根拠を深めるという意味合いがあるように思います。そして、今だお会いしたことのないバトンを渡しあう人たちの存在は、独りよがりになりがちな「凡夫」としての私を対象化してくれ、その方たちと社会的に連なっているという感覚があります。その先には衆生(生命のあるものすべて)への共感が広がっているようにも…

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Santa Fe 1  ’12 7月

水以外、何も身体に入れないという行為は、異常なことかもしれませんが、世界のかなり多くの地で、その日の食事を取ることのできない人はものすごくたくさんおられると思います。私たちが住むこの国でも少なからずおられるのではないでしょうか。ハンストはやはり腹が減ります。そんなときテレビなどから流れてくる情報の中で、何と食べ物関係の多いことか、いやというほど気付きます。若いタレントがこれでもかと食いまくる番組が人気のようですが、やはり飽食も極まってきているのではないか。そのようなことがリアルに身体で感じます。
また、私の生業の染物についても、以前お伝えしましたが、そこで使ってきた染料や薬品が、ハンストを重ねるごとに身体に違和感を覚えるようになってきました。(それは以前から少しずつ感じて来ていたことではありますが、もっと明確に自覚するようになりました)こどもが飲んでも大丈夫な色(草木)を使っていこうと方向転換したのも、このハンストの大きな影響です。

11月には東京で脱原発への意思表示をする百万人集会が計画されています。来たるべき総選挙に向けて、一人一人がそれぞれの思いを表してゆく行動でもあると思います。
このリレーハンストも、その行動とも連動する、自らの生活の場でのささやかな、しかし精一杯の意思表示だと思っています。


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Santa Fe 2  ’12 7月




がら紡 [2012年09月19日(Wed)]

もうひとつ、お知らせです。
私には大切に残していきたい布が二つあります。
ウール・モスリンとがら紡です。
仲間と共にモスリン会を立ち上げたのが5年前。
このほど、もう一つの大切な布<がら紡>の会をいたします。
三陸クラフト街道を夢見る私には、
このがら紡の存在がとても大きいのです。
岩手からはこれから、泥藍や柿渋作りを目指そうとしている、
岩手湾岸地区障がい者を支援する会の山崎耀樹さんも参加してくださいます。
クラフトの持つ底力が、被災地でこそ必要とされ生かされると信じています。
またとない機会です。
是非皆さま、ご参集ください。


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がら紡ショール


第一回風工房がら紡の会


今だ厳しい暑さが続いておりますが、皆様お元気でお過ごしでしょうか。
この度、風工房にて、第一回のがら紡の会を行います。
明治初期の発明家・臥雲辰致が考案し、明治、大正、昭和、平成と動き続けてきた和紡績機<がら紡>。この日本最初の紡績機で紡がれた糸で作られた布は、軽く、暖かで、柔らか、木綿の持つ良さを損なうことがありません。この日本が誇るべき紡績機も今は、僅かに数軒で動いているのみとなりました。
今回、愛知県にてこのがら紡を伝え、存続してゆこうとしている方々を風工房にお迎えし、そのお話しを聴く会を設けさせて貰いました。手動で動く木製のがら紡機も持って来てくださり、実演もして頂きます。また、当地で実践しておられる綿プロジェクトの話も共にお聞きしたいと思います。
3・11以降、宮城県沿岸で立ち上げられた東北コットンプロジェクトも今大きな広がりがあり、ごまかしのないその地に根差したものづくりの機運は今までにない盛り上がりと可能性を見せています。
私も昨4月以来、仲間と共に被災地を巡り、染めること、縫うこと、編むことを通じ、この厳しい被災後を乗り越えていければと、本当に小さな動きですが続けてまいりました。そんな中で最近特に感じるのは、確かな手触りのある仕事や、自然と共生してゆくことの大切さです。特に原発事故以降、これから生まれ来る<こどもたちのこどもたちのまたその先のこどもたち>にどのような世界を、私たちが遺していけるかを問われているのだと切に感じております。
屑綿、ぼろ綿も見事に紡ぎ直すことのできる<がら紡>は、大量消費をあおる社会とは違う方向を見ています。人のサイズに合ったスローライフを象徴するような、ある意味、最も今日的な紡績機でもあります。今語り合うべき様々な課題が、このがら紡には詰まっていると思っています。
今回は三河から来られる6名の方々のほかに、前述の山崎さんを始め、藍染めの新道弘之さん、日本テキスタルデザイン協会の方々、手織職人の影山秀雄さん、草木染研究の北澤勇二さんなど、各地より集まってくださいます。豊かな会となると思います。どうか皆様お誘い合わせてお越しください。お待ちしております。
斎藤 洋


日時・2012年9月29日(土)13:00〜
場所・風工房   要・予約 FAXかメールでお願いします。
会費・1,000円 学生500円(資料・茶菓代含む)


風工房・京都市左京区岡崎東福ノ川町24(黒谷門前)
TEL/FAX 075-762-0500 090-6674-8082(斎藤・ケータイ)
dye.kazafu@gmail.com


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photo by Portland Japanese Garden
綿と玉糸を使用した糸で織った布(豊橋・朝光テープ作)に蝋纈染
竹田安嵯代さんとの共同作品・あわせまとふ


愛知より来られる方たち
今回の世話役をして頂いた河合隆司さん(株・小森 代表)による紹介文です

1、杉江 俊介  完和萬染(株) 豊橋市中柴町
        帆前掛け・手拭・幟等の染物をしています。      
2、浅井 英成  豊橋市前田南町
        元紡績業でがら紡にとても詳しい人です。
        手回し自作のがら紡機を持参して実演&講義をします。
3、石川 明   石川繊維資料館 豊橋市東小田原町
        特絹糸の絹紡績を経営しています。(日本には数軒です)
         資料館には貴重な資料または動体保存した機械が多数有り。
4、芳賀 正人 芳賀織布工場(有) 豊橋市往完町
        昔はがら紡糸で色々な布を織っていた。
        今も太い糸で 帆前掛けを織っています。
        もう少なくなった力織機を使っています。
5、社本 百合子  豊橋市白河町
        「くらふとフェア蒲郡」の実行委員をやっています。
         今がら紡につ いて勉強中です。
6、川合 隆司  小森(株) 豊橋市つつじが丘
        蒲郡市の繊維会社に勤務している。
        「三河木綿」に色々と係りを持っている。

がら紡? http://www.tsbiyori.jp/html/newpage.html?code=1
三河テキスタイルネットワーク http://www.yumeoribito.jp/index.php
影山秀雄さんのブログ http://teorimono.exblog.jp/17410520/
           http://teorimono.exblog.jp/17424698
影山さんから紹介された、浜松でガラ紡製糸機を動体保存しているグループ
           http://garabou.exblog.jp/
影山秀雄さん(富士宮市在住)も今回参加してくださいます。
同時期に彼も出品される「男の着物展」が京都であります。

第一回風工房がら紡の会.pdf
普通の生活 [2012年09月19日(Wed)]


夏の終わりの三陸野染旅に戻る前に、また寄り道です。
滋賀に友人がいる。
いつもふらっとやって来る。
彼が帰った後、いつも決まって、私の中に種のようなものを残してゆく。
トンっと立ち止まってしまった時などに
ひょこっと現れるパピヨンのような人、Sさん。

ある時は写真を、ある時は本を、
あのリュックの中から取り出し見せてくれるのだが、
片手には必ず(と言っていいほど)南方の香りがする焼酎を抱えてくる。
サイソクシテイルノデハ、アリマセン

彼が今回持ってきたのは、奄美黒糖焼酎・竜宮と「普通の生活」

普通の生活が宝なんだと、今ほど身にしみる時はない。
10月8日14:30 野洲文化ホールへ!!


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クリックすると大きく見れます。


リレーハンスト [2012年09月16日(Sun)]

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大船渡保育園を望む 9月11日


明日、連れ合いと7回目のハンストをします。

被災地NGO恊働センターの村井雅清さんに次の様な便りをしました。

お世話さまです。17日、連れ合いとリレーします。

三日間ほど、大船渡、釜石、大槌と巡ってきました。あちらもいまだ夏日が続いていて、みなさんの疲弊感がより増してきているように感じました。
三陸道が各地で工事中ですが、相変わらず、住民への事前の話し合いをすることなく、強権的な道路作りが行われています。それも復興支援基金も使われて。
「津波は来なかったけど、今度は道路で畑や家が潰される」 この5月に、田老町で聞いた話です。これだけの大災害に見舞われているというのに、ますます傲慢になってゆく国というものの正体は何であるのか。

米倉弘昌経団連会長が原発ゼロを目指す方針について「承服しかねる」と伝えたことを明らかにし、「政権を担当する与党は日本の将来、経済成長についてもっと真剣に考えてもらいたい」と苦言を呈したという。原発再稼働、他国への売り込み、その先の核保有というビッグビジネスを手渡すわけにはいかない、ということだろうと思います。

日本企業の海外資産は何と563兆5260億円(2位の中国が137兆8000億)。ダントツで世界最高だそうだ。日本のGDP(国内総生産)が450兆円。それを軽く上回っている。(ちなみに2012年度の国家予算は96,7兆円)不景気だ危機だと、声高に叫んでいる者たちの、このあたりのからくりに騙されてはいけないと思います。

金中心の社会が作りだしたといってよい、今回の原発事故。
それに対峙する軸を、決して派手に晴れ晴れしく打ち立てるのではなく、それぞれが自己を見詰めつつ、連帯を重ねてゆく中で、言葉を見つけ、人間中心でもない、いきとして生きる自然に連なるものとしての、柔らかで、しなやかな強さのあるシステムを作りだして行かねばと思うのです。


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脱原発ハンストを実行する有志のブログ〜https://blog.canpan.info/stopnps/

三陸邦楽の旅 2 [2012年09月15日(Sat)]

夏の終わりの野染旅のレポート中ですが、この間チョコっと行ってきたえんの人たちとの旅の様子を挟みます。

9月11日(火)〜13日(木)


<邦楽普及団体えん>の三陸邦楽の旅に合流すべく、初めて新幹線を乗り継いで京都から新花巻まで。昨四月に一人で歩いた以降、いつものポコ、ペコちゃんがいない旅は、初めて。いつもは14時間ほどかけて車でやって来る旅程も、たった6時間。なんとも楽な、拍子抜けするような気持ちで、新花巻の駅を出て、レンタカーに乗りこむ。8月の旅でお世話になった遠野・宮守のS宅、そして釜石・平田仮設にちょこっと立ち寄り、大船渡保育園へ。あの園歌、さかみちをのぼっての楽譜を事前にいただくために、お邪魔しました。

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大きな銀杏と桜の木のある所が保育園。
その下はみな津波により流された住宅地。
夏草が生い茂って、以前とは違う世界に見えます。


9月12日(水) 午前 大船渡保育園


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えんの伊藤和子さんと娘さんの志野さんは、熱い中、着物をきれいに着て琴を。(志野さんは三味線で地唄も演奏しましたが、張りがあり、よく響く声は抜群です)盛岡からは、やはり琴奏者の菊池隆明さん。尺八の三嶋廣人さんは気仙沼の高校の化学の先生。授業を2日休んでの参加です。合奏するのは今回の旅が初めてだそうだけど、息のあった演奏。
園歌も、即、ものにして、柔らかなお琴と尺八の音は、こどもたちの歌声と見事に溶けあいました。こどもたちのそれぞれの声や表情が胸を打ちます。この地には、本当に多くの失われた命が重なっていること、抱えきれない哀しみが満ちていること、こどもたちの存在が大きな救いであり、希望である事を感じました。
その様子はビデオに撮りましたので、いずれこのブログ上でお伝えします。お楽しみに。

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お琴に初めて触れるこどもたち。三嶋さん、菊池さんはいずれも京都の学生時代に、伊藤さん達が10数年開催している全国学生邦楽フェスティバルで、出会ったということです。伊藤さんの今回の呼び掛けに、打てば響くように参加してくれたとのことです。

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さかみちをのぼって かぜのおか ひだまり
せのたかいいちょうが まわすかげにすわろう
ひととうたとゆめと あつめてはむすぶよ
さかみちをのぼって かぜのおか ひだまり
大船渡保育園歌 「さかみちをのぼって」2番 作詞・覚 和歌子 作曲・千住 明


9月12日(水) 午後 釜石・平田仮設住宅


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旧釜石商業高校敷地内にこの仮設団地はあります。あの時500人を超える人たちが避難していた体育館での演奏会が始まります。この場所は、昨6月に私たちが最初に、お針箱を持って訪ねた思い出の場所でもあります。また同9月には野染の後、この場所でアミアミ会もしました。その時の懐かしい顔もたくさん見えます。また、<岩手湾岸地区障がい者を支援する会>の山崎耀樹さんも来てくださり、藍や柿渋づくりの可能性などを話し合うことが出来ました。(このあたりのことはまたお伝えします)

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三嶋さんが尺八で、<南部牛追い唄>と<チャグチャグ馬っこ>を吹くと、皆が唄い出しました。皆で和して唄える歌がここにはあります。三嶋さんは12歳から尺八を始められたそうですが、周りには民謡を愛する人たちが多く、最初は民謡から始められたとのことです。牛追い唄の絶妙な間が、風のように心の襞に沁み込みます。三嶋さんはこの会の後、気仙沼に帰って行かれました。
ここの仮設住宅の作りは、他の所に比べると、とても粗末に感じます。夏の暑さ、冬の寒さにはとても堪え切れないように思います。一年ぶりにお会いした人の中には、あの時より随分としんどそうな様子の方たちがおられるように感じました。いくつかの選択肢の中で、なおここに住むことを選んでおられる、お年寄りの人たちの心境はいかばかりであろうか。これから来る厳しい冬のことを想うと胸が痛みます。
あれ以来、アミアミ会はずっと続けておられるそうです。皆で集まる時間はとても大切です。これからも毛糸等の支援はまだまだ必要かなと、思いました。

その晩は、平田地区の集会所に泊りました。銀河の夜でした。


9月13日(木) 大槌町・和野仮設団地・和野っこハウス


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今年1月の桂塩鯛師匠の落語会以来の和野っこハウス。三々五々お年寄りたちが集まってきてくれました。なんと、田野畑からハックの家のお母さんと仲間、総勢4人も軽自動車でやってきてくれました。このあとには、あの風の電話に行かれるとのこと。
伊藤志野さんの、卓越した演奏力ととびっきりの笑顔、ハンサムな菊池さんの奏でる骨太な17弦。心洗われるような時間を皆楽しんでくださったと思います。
6日で8ステージというハードなえん三陸邦楽の旅はこれにて打ち止め。本当にお疲れさまでした。

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8月にサンガ岩手の店でお会いした人も来てくださいました。


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演奏会に来てくださっていた年配の男の方が、
手帳を開いてはなしかけてくれました。
ふるさとは九州だと伝えてくださった時、涙が溢れておられました。


その後伊藤さん達は、4つの小学校と一つの中学校が寄りあっている大槌町の仮設の学校に、大阪を出発前に、急きょ集めた飲料水と塩飴などを差し入れをしました。冷房のない校舎は連日40度を超え、熱中症が相次いでいることをフェイスブックで知ったということです。
道路や街作りに群がる利権。被災地から見えるこの国の姿は、やはり金中心。震災後、却ってそれが加速しているようにも見えます。壊滅した町に住むこどもたちの生活・教育環境を、おとなの、国の責任において、最優先事業として全力で整えていくべきです。


その後私達は、わらび学園にお邪魔しました。ハックの家のおかあさん、学園の田中静子先生、それぞれの大黒柱が、初めて出会った歴史的?な日となりました。

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わらび学園の新作
12月の大阪での手しごと展にも出品してくれると思います。


短かったけど、いろいろなものがギュッと詰まったチョコッと旅でした。


三陸邦楽の旅 1 [2012年09月10日(Mon)]

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ベルガーディア鯨山 森の図書館


お知らせ


夏の終わりの野染旅報告の途中ですが、少し前のブログでお伝えしましたが、明日より3日間ほど「夏の終わりのチョイ旅」に出ますので、またこのブログはしばらく休みます。
始めて被災地に出かけられた〈えん〉の伊藤さん達は、陸前高田や気仙沼などで、すでに何回か演奏会をされています。フェイスブックを通じてその様子が刻々と伝わってきています。琴や尺八の奏でる音に聴き入る人たちや、琴を触り楽しんでいるこどもたちの写真は、本当に楽しそうです。

今回は私一人なので、新幹線で花巻まで行き、レンタカーを借りて伊藤さん達と合流、大船渡保育園、釜石・平田仮設、大槌・和野っこセンターにご一緒します。大船渡保育園では、あの園歌を、こどもたちがお琴の伴奏で歌う会が実現しそうです。
今回の旅の報告も随時します。
行って来ます。

えんの伊藤 志野さんのフェイスブックより転載させてもらいます。


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登米市南方仮設住宅に住む南三陸町志津川地区の方々にお琴と三味線を訊いて頂きました。一緒に歌う曲では、みなさん元気に大きな声で歌ってくださいました。
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ええのぉ。こりゃ、やみつきになるわぃ。と、ずっと、仰ってました。
9月8日


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陸前高田市の介護老人保健施設松原苑に行って来ました。助っ人は、笹井ゆかりさん。ここには、元から入居されているかたと、被災されて入られてるかたといらっしゃいました。静かに聞いておられましたが、童謡でにこやかになられました。いつも、老人ホームでは、演奏だけですが、今回はここでも体験をしてみました。車椅子の方にも触って頂きました。一人のお婆ちゃんは、普段、何も興味をもたず、動かない方らしいのですが、お琴を熱心に聞いてくださり、体験もしてくださいました。そしたら、施設の方がびっくりされて、こんな表情するの初めて見ました、と。とても嬉しい体験でした。 
9月9日


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今日は、鹿折小学校。4,5年生にコンサートを聞いてもらい、5年生にお琴、尺八を体験していただきました。今日の助っ人は、福田邦智さん。今日初対面ですが、群馬から手伝いに来てくださいました。子達は元気。先生方が、子供達の元気に大人が救われているとのこと。
楽しかった!
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さくら弾いてます!
9月10日(午前)


えん06.jpg
午後は…いろいろありまして… 急遽、いろんな方のご協力で、鹿折中学校の仮設住宅にお邪魔することになりました。30分後にコンサートしますと、地区会長さんと、副会長さんが、一軒一軒廻ってくださり、小さな仮設住宅で急だったのに、40人近く集まってくださいました。もう、ありがたくてありがたくて、おじいちゃんおばあちゃんの顔を見ながら演奏しました。悲しい涙ではなくて、嬉しい涙が出ました。皆さん、とても明るくて、会話をしながらのコンサート。とても善いご縁に出会えました。
9月10日(午後)

夏の終わりの野染旅 5 [2012年09月08日(Sat)]

8月21日(火)〜22日(水) 大槌町・吉里吉里・浪板


気仙光陵支援学校での一日がかりの野染が終わり、火照った体、汗だくのまま北へ。やはり<うさぎのしっぽパッチワーク教室>の熊谷さんの顔を見ていかなければ。
いつものように綺麗な庭、ホッとします。丸太造りのアトリエには、昨9月にてびらこつぎっこした時のあの人が来られていました。あの時、皆、野染の布を取り囲みおもいおもいに蝶々を縫っていました。ひときわキラキラ光るてびらっこ(蝶)を縫い付けておられた方の印象が強く残りました。陸前高田の広田半島に住んでおられる、その方のお連れ合いが、今でも行方不明のままです。3月11日、仕事で家を離れていたそのお連れ合いは、激しい揺れと、津波が来るかもしれないというその中で、奥さんが心配だと広田半島に向かったということです。
「目立つ蝶々を縫ったのは、お父さんがそれを見て早く出て来てほしいと思っているのかもしれないね」熊谷さんがそっと教えてくれました。
あれから一年ぶりにお会いした彼女は、やはりなんともいえない眼をされていました。(そんな方々に会うことの多い私達は、話す言葉がみつかりません)ただ、こんな風にまたお会いできたのは、浄土におられるお連れ合いの働きなのではと、うっすらと感じられるのです。
その方に、深井ゆうじんさんから託されていた詩集「詩の展覧会」を受け取ってもらいました。今回は5冊お預かりしてきたのですが、<この人に>と感じた時に手渡そうと思っていました。

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昨9月のてびらこつぎっこ。中央が熊谷さん

アトリエの前で皆で記念撮影をして、お別れしました。後でその写真を見ると、彼女の表情が心なしか和らいでいるようにも私には見れました。
これからまた家に帰られてから過ごしてゆく時間、いかばかりかと想う。

大船渡を後にした私達は、釜石で、奈良平さん(京都)、木下さん(名古屋)、橋田さん(大阪)の三人と合流。車二台で宿泊先の浪板に向かう。


21日 浪板交流センター 再会


今夜の宿も、釜石祥雲支援学校の刈屋先生からの紹介で見つけることが出来ました。今までどんなに助けていただいたか。まさに<コマッタトキノ、カリヤダノミ>です。釜石を過ぎ、大槌町の中心を通り抜け、トンネルをくぐると一直線に海に向かって下っていきます。ここが吉里吉里。海につきあたり左に北上し、坂道を上がる途中、左手に山田線の浪板駅がある。草が生え、錆びた線路を越え曲がりくねった細い道を辿り登っていくと今夜の宿、浪板交流センターがありました。
玄関に着くと、宿直の方が一人、外に出て出迎えてくれました。玄関の明りが逆光でその人の顔はすっかり見えません。「やっぱり斎藤さんだ!」びっくりしてその人の顔を見ると、大槌町の数少ない知人であるTさん。私もポコも、ペコもあまりの偶然に大騒ぎをしました。
Tさんとは、昨6月に大槌のまごころカフェで初めてお会いしました。避難所となっていた体育館のわきにあるこの小さなスペースで、野染をした時に、Tさんも参加してくれていました。その後何回となくこの場所にお邪魔することになるのですが、やがてここにはお好み焼きなどの仮設店舗が出来、そのスタッフとしてTさんは、配達などをしていました。訪ねるごとに必ず会うことが出来ていました。今年五月に行った時、もうそこは辞められていて、とても気になっていたのです。

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昨6月、まごころカフェでの野染。左がTさん。

そのTさんが、目の前にいたのです。その夜、初めてゆっくりと話が出来ました。あの時のこと、もう4回も仮設を転々としてきたこと、このセンターで宿泊客が来る時だけ宿直の仕事をしておられるとのこと。冷やしてあった美味しいブドウも、皆にご馳走してくださいました。吉里吉里の夜空も、満天の星でした。

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翌朝、記念撮影。
左からペコ、奈良平さん、田島さん、私、Tさん、ポコ、橋田さん



8月22日(水) 風の電話 ベル・ガーディア鯨山


昨日、帰り間際に、うさぎのしっぽの熊谷さんが是非訪ねてほしいと教えてくれた<ベル・ガーディア鯨山>は、(これも不思議なご縁としか言いようがないのですが)私達が泊まった交流センターのすぐ上にありました。吉里吉里の海が遠くに見える斜面に、その美しい庭はありました。ちょうど好い塩梅に手入れされたイギリスの田舎風の庭、おしゃれな母屋のわきには、石造りの教会のような家が。三陸沿岸のあの風景の中をいつも巡っている私達にとって、何か信じられないような世界がここにはありました。こちらの都合で、朝8時前に突然電話させてもらったのにも関わらず、快く向かい入れてくださったのは佐々木格さん。
震災前に釜石からこちらにお連れ合いと移り住まわれ、将来はB&B(Bed&Breakfast)などをしたいと、準備をされていたところに、今回の大災害。こどもたちに夢をはぐくむ場所をと、大きく方向を転換されたとのこと。石造りの建物を完成させ、こどもたちのための図書館を作られたとのことです。

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森の図書館


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こどもたちが大好きな屋根裏(私も憧れだった)には
たくさんの童話や絵本が。
こどもたちには、ここだけでなく、庭や林の中など、
好きなところで読んでほしいと話された佐々木さんは、
樹医の資格も持っておられるそうです。


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一階はギャラリースペースにも。
これから、佐々木さんが気に入っておられる、
しょうがいのある方の作品(絵画)展をされるみたいです。
裏手にはよく手入れされた森があり、これからツリーハウスを作られるとか。


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そして、遠く海を望む庭には、白い電話ボックスが。
その横にはベンチがありました。


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風の電話。
失われた大切な命。
その人たちに向けて思いのたけを話してほしいと。


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悲しみにゆっくり向き合うことの大切さ。
だからこその美しい花や草木。風の中座るベンチ。


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深井ゆうじんさんより託された詩集を、佐々木格さんに手渡したところ、
この風の電話に置きたいと、即、おっしゃってくださいました。

ここにも、こんな大人がおりました。朝一番、早起きは三文の得!!



夏の終わりの野染旅 4 [2012年09月05日(Wed)]

8月20日、大船渡・盛川の権現堂橋の辺りを通りかかると、
水面(みなも)にぽつぽつと小さな灯りが揺れていました。
灯篭流し。 その先にはあの海、大船渡湾があります。
やがて夜空には花火。
浄土におられる方々とゆく夏。満天の星。



8月21日(火)快晴 岩手県立気仙光陵支援学校で野染


私達がこのような動きを始めるきっかけとなったのが、この支援学校の養護教員の方と昨5月に出会ったところから始まりました。その辺りの経緯(いきさつ)はこのブログのスタートに書かせてもらっています。それは偶然のようで、必然の出会いだったように今は思っています。
三浦祐子校長先生を始め皆さんの顔を見ただけで、なんともいえない懐かしさがこみ上げてきます。
雲ひとつない青空の下、気仙光陵支援学校での二回目の野染が始まります。

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先ずは小学部全員。バックネットと桜の木の間に1,13m×30mの晒木綿布を張り、伸子を打ち、一斉に染め始めます。強い光に反射した真っ白な布が、一気にカラフルな色に染めあがっていきます。草木に切り替えようとしている野染ですが、被災まもない状況の中での、明るく透明感のあるこの色たちが果たした役割は確かに大きかったなと改めて思いました。綺麗な色は心を開放させ、笑顔が生まれます。

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鉄棒と校庭南のフェンスの間に布を張る。
密度の濃い刻(とき) 中学部全員の野染

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午後は高等部2年生たちとの野染。
昨年と同じメンバー。一年を経て随分とみんな落ち着いて、
より大人になってきているのが感じられました。


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それぞれの体が重なり溶けあった色。
光キラキラと遊ぶ。


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昨年染めた布の行方。見事な赤


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これも野染の行方。高等部、手芸クラブの作品。
カトレアの花からのイメージ!!

来年もし出来たら草木で染めてみようね。


気仙光陵支援学校のホームページにも、野染の様子がアップされました。



****** お知らせ ******


法然院の仲間、邦楽のグループ〈えん〉の伊藤和子さん達が、三陸を巡ります。私達のご縁のある所でも、演奏会をしてくださいます。私も大船渡保育園、釜石・平田仮設、大槌・サポートセンター和野っこハウスにごいっしょします。お近くの人たちに是非お知らせください。

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夏の終わりの野染旅 3 [2012年09月01日(Sat)]

8月20日(月)大船渡保育園 さかみちをのぼって


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昨10月、大船渡保育園での野染


気仙沼・大谷小学校での野染が終わり、今夜の宿泊先の大船渡・福祉の里センターに向かう。必ず通らなければならない陸前高田は、炎天下、より寂寞感があり、何回通り抜けても胸に迫るものがあります。
途中やはり大船渡保育園に寄らなければ。野染やアミアミ会落語会太鼓の会など昨10月以来ご縁を重ねてきたところです。ただそのような行事が無くても、どうしてもお邪魔したくなるのは、こちらの職員の方々になんともいえない温かみがあり、旅の途上の小さなオアシスのように私達は感じていて、迷惑を顧みずつい立ち寄ってしまうのです。保育の終わる夕方になることが多いのですが、いつも笑顔で迎えてくれます。申し訳なくもついつい甘えてしまいます。
ここは高台にあり、寸前のところで津波の被害は免れましたが、園庭から下を見ると、そこは凄まじい風景が広がっていました。今はだいぶ整理され、当初から比べると変わってきています。
3・11以降の想像を絶する心労の中、ひっきりなしの重機の音、舞い上がる埃、魚の腐った匂いなどで、こどもは勿論、保護者の方たちの消耗度がひどくて、引きこもってしまう方たちも多くおられたということです。
昨九月に、同じ大船渡のうさぎのしっぽパッチワーク教室の庭で野染をした際、参加されたこの保育園の職員の方が、是非、私達の所でもしてくださいと話されました。その様子が、とても切羽詰まっているように感じられ、心に残りました。三陸の冬は早く来ます。そこで仲間で話し合い、一カ月後の10月の終わりごろに出かける算段をしました。
もう一つ気になっていたのが、わらび学園で出会った岩手湾岸地区障がい者を支援する会の山崎耀樹先生の「是非、田野畑村のハックの家に行ってください」という言葉。そして「今回は日程が厳しいけれど、今行くしかないんじゃないか」というポコの言葉に押されて、結局、その二か所に急きょ出かけたのです。このブログでも再三お伝えしてるように、この二か所の人たちとの出会いは、その後の私達にとって、かけがえのないものになって行きました。


今年の5月にお寄りした時、新しい園の歌が出来ることを知りました。
様々な人の思いが重なり、歌が生まれました。


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保育園の玄関に可愛いキルトがある。忙しい保育の合間をぬって、ここでは実にまめに手を動かしている。いつ訪ねても何か新しいものがあり、それが瑞々しい空気を作っている。<さかみちのうた>と縫われたキルト。特別な思いがこもっている。

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裏面には小倉ゆき子先生から送られた布がパッチワークされ、
様々な刺繍が施されていました。


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大船渡保育園、千住 明さん、覚 和歌子さんの
了承を得て掲載させていただきました。


CDでこの2曲を聞かせていただいた。
シンプルなメロディー、詩が体に染み込む。
私達が口ずさむ愛唱歌というものがある。
時間に濾過され残って来た歌の、その成り立ちは、
ひょっとしてこの歌のように、辛い出来ごとが重なったところから、
祈りのように生まれてきたものが多いのではないかと、ふと想う。
この園歌も、歌い継がれてゆく名曲になるのではと思った。

こどもたちの歌声を聴きたいと、心から思った。



夏の終わりの野染旅 2 [2012年09月01日(Sat)]

8月19日(日)〜20日(月)東京から気仙沼へ


19日の朝、京都から田島信二さん(しょうがいのある人の側に立ち、35年間車いすを押し続けている。今回初めて被災地に向かう)が合流、いつものように世田谷のペコちゃん(澤畑明見さん)の自宅に寄り、ポコと私、4人で出発。野染の道具や小倉ゆき子先生から託されたお針箱、そして各自の荷物で、ポンコツ銀河号は超満杯。炎天の東北道を一路、気仙沼へと向かう。福島の手前のパーキングエリアで昼飯を喰うことに。ペコちゃん持参の放射線測定器(ドイツ製GAMMA SCOUT)を持ち車外に出たところ0,3マイクロシーベルト。山寄りの藪の辺りに行くと一気に0,9マイクロシーベルトに跳ね上がる。一般人の年間の被曝限度線量は1ミリシーベルト(=1000マイクロシーベルト)という国が定めた基準があり、時間当たりにすると0.114マイクロシーベルトである事を考えると、ゾッとする数値です。この小さなパーキングエリアの、その山の辺の深い緑に、こどもと手をつなぎ、分け入ることはできない。

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石原東京都知事が、脱原発に集まる市民の大きな動きを、<センチメントの愚>と揶揄した。その彼を支持する人たちも多い。この星に生まれ来る、こどもたちの、こどもたちの、こどもたちのために原発を停止しようという大きなうねりを、センチメントと切り捨てる人が、1,000万人を超える巨大都市のトップにいる。人という存在のあわれさを見つめる眼を閉ざし、自らの優位性のみに固執し続ける大きな声の持ち主。裸の王様のように滑稽である。(ワタシモフクメテ、ヒトトハ、ソウイウモノデアルノカモシレナイ)

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晩飯は、復興屋台村・気仙沼横町で、マグロのづけ丼。

その夜は大谷海岸を少し南に下がり、山手に入ったところにある
シャンティ国際ボランティア会・気仙沼事務所に横浜・鶴見大学の学生ボランティア20人ほどと宿泊。ここにもボランティアセンター独特の匂いがある。満天の銀河。一気に冷え込んでくる。

8月20日(月)快晴 大谷小学校で野染


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お盆を過ぎ、ここかしこに花が残る。
新しい墓石に3・11と刻まれたものを見つける。


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この事務所は、曹洞宗の寺院、清涼院の敷地内にある。


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夏休みの間、鶴見大学の学生ボランティアによる学習支援・まなび〜ばが行われている。ここにはあそび〜ば〜もあり、こどもたちにとっては、とても恵まれた地域になっている。学生ボランティアは一週間がワンクールで、この日は4クール目の初日。こどもたちの前で自己紹介。中には2度3度と通う人もおりました。今回の野染は彼らの主催ですることになりました。

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昨4月釜石にて

3・11以降、全国いや他の国からも駆けつけたボランティアと呼ばれる無数の人たち。4月、あの釜石の町、立っていられないくらいの強風の中、瓦礫撤去に向かう4人の若者たちの後ろ姿が忘れられない。今年五月、宮古のボランティアの拠点でお会いした、何カ月も泊まりこみ「写真洗浄」を続けておられる私と同年輩の方も・・・ 
やむにやまれぬ思いというものがある。弱く、不完全な人という存在だからこそ、かけがえのない役割というものがあるように感じている。


8月20日(月)快晴 気仙沼・大谷小学校にて野染


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あの雪の上での野染から5ヶ月半。懐かしい大谷小学校のグランドで、今度は猛暑の中での野染。こどもたちの様子は、あの時よりは落ち着いて、明るくなっているように感じました。今は鹿折小学校に移られた、前校長の藤村先生も来てくださいました。たった一回お会いしただけなのに懐かしい。そのような特別な感慨が被災地を巡り出会いなおした時、多々あります。ずっと非常な状況が続いている中での出会いがそんな思いにさせるのかもしれません。

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染終わったあと、釜石祥雲支援学校で作られた<野染の行方>を見てもらいました。このところ被災地で出来た物がよく送られてきます。〈非常〉な中でチクチク針を動かす人たちと、これからもご一緒できたらと思う。
今回呼んでくださった鶴見大学の学生災害ボランティアチームのブログにもその時の模様がアップされました。ご覧ください。

明日9月1日(土) 6回目のリレーハンストを連れ合いとします。8月29日(水)にはポコがしました。京都、大阪など関西は今夏、ことのほか熱く、特に京都は湿気がすごく不快指数は半端ではありません。それでも関西電力の電力使用率は常に90%をかなり下回っていました。節電の意識もかなりのレベルまで進んで行っていると思う。官民一体となって強行したあの大飯原発再稼働の根拠は何だったのだろう。当然、秋口には再停止しないとおかしい。なし崩し的に他の原発も再稼働を狙っているが、その根拠はもう崩れていると言ってよいと思う。全ての原発を停止、廃棄するまでリレーハンストは続けていきたいと思っています。