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夏の終わりの野染旅 1 [2012年08月28日(Tue)]

8月17日(金) 
東京・町田市 三つ又冒険遊び場たぬき山


毎年8月後半行われる、竹林の中にあるこの遊び場での野染が楽しみなのは、薪を焚き、かまどで作る豚汁や、それぞれが持ち寄るおにぎりやおかずの美味しさもさることながら、美しい竹林の中で、こどもとおとながとても良いバランスで集まっている様子が心地よいからです。こどものためだけではなく、おとなが牛耳っているのでもなく、それぞれに居心地の良い場所を作るには並大抵の努力ではできないことだし、一朝一夕で出来ることでもありません。
初めての試みである草木野染も、ここならば受け入れてくれると思いました。草木を煮出すかまども寸胴もそろっているし、なによりそんなことが大好きな人たちが集まっています。


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冒険遊び場には必ず釜戸がある。
大量の玉ねぎの皮を寸胴で炊いているのは、リーダーの大野さん。


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同じくリーダーの<うさぎ>が持ってきたのはやしゃ玉
優しいベージュ色が出る。


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竹林の中にある遊び場。笹を煮込む。黄金色の染液が採れた。
染めると、ごく薄い青味がかった茶が。

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人気の柿渋は、草木染の定番。青柿(渋)を絞り、4〜5年寝かせたものが市販されている。かなり匂いがきつくなるが、今は無臭のものが出来ていて、今回もそれを使う。そのほか、南アフリカのルイボスティー、紫玉ねぎの皮を煮出したものも。

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布は、115p×18mの晒木綿。予め豆汁(ごじる)で下処理したものを染める。今までの化学染料のような鮮やかさはないが、とても良い匂い、そしてなんとも優しい発色。こどもの手に付いても、間違って口に入っても気にすることも無い。今までとはまるっきり違う野染が進んでゆく。

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右の紫系の茶が柿渋、左が玉ねぎ、向こうの薄い色は笹。

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半乾きの布の上に、木酢酸鉄を乗せるとグレーに変色。
その変化があまりに鮮やかで、夢中になる。

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鉄とアルミ(焼きミョウバン)媒染した後の布は、
微妙な変化を重ねつつ、竹林の中で揺れている。
ミョウバンを置いたところは、黄い味が増す。

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竹林に陽がこぼれ、初めての草木野染が終了。
身体が喜び、空気がきれいになるような時間。

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乾いた布をたたむ。
みんなで分けた後、熱いめのアイロンをかけ、水洗いをして仕上げる。


染め終えた後、これからはこんな風に草木から色をいただき、こどもが飲んでも大丈夫な色を使って野染をしていきたいと話したところ、さざ波のように拍手が広がりました。
胸に溢れるものがありました。

三つ又冒険遊び場たぬき山のブログにも、今回の野染の様子がアップされました。




還って来ました [2012年08月27日(Mon)]

夏の終わりの東京・三陸野染旅。
無事、全員帰還しました。
連日の炎天下の中、今回も豊かな邂逅が重なる旅でした。
おいおいこのブログにてお伝えしますが、旅の終わりあたり、花巻の「たんぽぽクラブ」での野染の様子が早速ブログ〈恵理子ママの部屋〉にアップされています。ご覧ください。

炎天の 校庭 鉄棒 アキアカネ 


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東京町田、三つ又冒険遊び場たぬき山。笹を煮出して色をもらう。


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気仙沼・大谷 曹洞宗・清涼院にて


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大船渡・気仙光陵支援学校


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大槌町・波板 ベルガーディア鯨山の風の電話


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久慈拓陽支援学校


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田野畑村・ハックの家


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釜石祥雲支援学校


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花巻・るんびにい美術館


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花巻たんぽぽクラブ


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東京・東久留米 学芸大附属特別支援学校校庭での草木野染

ちかちゃんの旅日記 [2012年08月15日(Wed)]

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柏崎・じょんのびの里 この先には刈羽原発がある。


再々お伝えしている「東北の手しごと展」を計画されている仲間の一人、所千夏さんから待望の旅報告が届きました。良き仲間との旅。その途上で出会った人たち、かけがいのない時間が、熱い言葉で書かれています。
この出会いの背後には数限りない人の涙や、いきとして生きてきた衆生・山川草木の失われた命が累々と重なるこの地の、深い願いがあります。
この後、他のメンバーからもレポートが続々届く(?)予定。ご期待を!


東北・出会いの旅・感謝!

風の布・パピヨンが2月に開催された手業展におじゃまして、これはぜひ大阪でもやらなくては!と思い、風の布・パピヨンのご縁を頼って12月6日〜10日、大阪で「東北の手しごと展」を開催させていただくことになりました。
企画メンバーのひとり、大阪の所です。お初にブログにおジャマします。

7月19日からの東北の旅は、もともとは2泊3日の予定でした。主な目的は、2月の手業展に出展されていた、大槌町のわらび学園、田老町の仮設住宅、田野畑村のハックの家の皆さんにお会いし、「東北の手しごと展」への出展をあらためてお願いし、打ち合わせをさせていただくことでした。
わらび学園の田中先生、田老町の大棒レオ子さん、ハックの家の竹下美恵子さん、どの方とも直接面識のなかった私たちは、斉藤さん・ポコさん始め、多くの方にお願いして連絡をとっていただき、なんとか皆さんにお会いできそうだぞ、とわくわく感を高めつつ、旅の準備を進めていました。

そんなころ、風工房におじゃまして斎藤さんとお話ししたり、仲間たちと旅の計画を立てたりしているうちに、ふと、せっかく東北まで行くのなら、他にもお会いしたい人もたくさんいるし、行きたいところもたくさんあるよね、ということになり、それならなんとか予定をやりくりして一泊延ばし、本当に前日までかかって旅のルートを何度も何度も組み替えて、細部は出たとこ勝負だ、なんて言いながら東北の旅へ突入しました。

花巻空港に朝おりたってから、4日後に仙台空港から帰るまで、これ以上ないくらい、息をつくひまもないくらい、充実して濃厚な旅だったと、今ふりかえっても、あらためて思います。とてもとても言葉では伝えられません。
でもとにかく、旅の日々のなにもかもすべてが素敵な出会いの時間でした。

花巻でるんびにい美術館でいっしょうけんめい作業をしている皆さんとそれを見守る方々に出会ったのを皮切りに、大槌町のわらび学園の先生たちと手仕事の作品、おいしいパン、大槌の宿でお世話になった素敵なご夫妻、大槌町の復興に日夜奔走している友人の祐子さん、がれきの片づけられた大槌町を見下ろすご先祖様のお墓、ひょっこりひょうたん島、昨年の旅でお会いした釜石平田の前川さんとの再会、まごころ広場でお好み焼きを焼いているお母さん、ゆったりした時間の中でたいまぐらで暮らす安部智穂さんとご主人の正宏さん、田野畑村のハックの家の竹下お母さんと敦子さん、そしてそこに通う人たち、スタッフの皆さん、素敵な絵を描くまつやくん、復活!おいしいイカせんべい、ハックの家の裏庭の秘密基地、田老町の仮設住宅の大棒レオ子さんとお母さんたち、善助屋食堂のどんこ唐揚げ丼とラーメン、学校を利用した道の駅、盛岡ではひめくりの木村さんとギャラリーの作品たち、亘理町で被災された渋谷さん、亘理町の海岸沿いの土嚢、渋谷さんに紹介してもらった道中庵ユースホステル、仙台太白区の仮設住宅の自治会長さん、仮設住宅を支援する友人、女川で復興支援に奔走されてる久坂さん、コンテナ仮設住宅、女川のおサカナキーホルダー、奇跡的に残る松島の風景、復興協議会でがんばる中村くんと復興二号という名づけられた車、復興協議会の拠点になってる学校、石巻の仮設商店街、がんばろう石巻の看板と花束、横倒しのビルディング、女川の仮設商店街、海辺のお寿司屋さんとおやじさん、大川小学校、過去の震災を記す石碑……ああ、もうとてもとても書ききれません…。

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前列、左が所さん、真中が窪添さん、右が小笠原さん、後列、左がエビさん(ブログに彼女からの手紙を載せましたね)中村さん、ペコ・ポコちゃん。 宮城・東松島にて(一人一人の顔をつぶさに見たい人は画像をクリックすると見れますよ)

…で、最後にやっぱり書きたいのは旅の仲間たちのこと。
「東北の手しごと展」を一緒に企画している小笠原さんと窪添さん、それから我々と旅をともにしてくれたポコさん、ペコさん、エビさん。一年以上がたっているとはいいながら、まだまだ大変な風景を目前にしながら、みんなのあたたかくて前向きな気持ちに支えられて、本当に素敵な旅になりました。
今回はご一緒できなくてほんとにほんとに残念でしたけど、多くのご縁をつないでくれた斎藤さん、アメリカから絶妙なタイミングでお電話してくれたこと、忘れられません〜!

とにかく、すべての皆さんに感謝!としか言いようがありません。ありがとうございました。

でもでも、大阪の「東北の手しごと展」はこれからが本番、ようやくスタートラインです。
皆様ぜひぜひご声援のほど、お願いいたします!!!

所 千夏


これから12日間に亘る旅が始まります。その間このブログはまたお休みとなります。
このブログを見てくださっている方々のメッセージを求めます。このブログは私、斎藤が中心に書いておりますが、皆さんの思いを発表する場所としても開かれています。被災された方、今避難生活をされている方からの投稿お待ちしています。また賛同意見のみならず、ご批判や、アドバイス、そして私はこんな形で3・11以降の世界に関わっている等、お寄せください。お待ちしております。
斎藤




おかえり [2012年08月15日(Wed)]

大文字の送り火の日、野染の旅に出ます。

京都造形芸術大学で臨時講師を始めて二年目、昨年に引き続き、今年も生徒たちと〈てびらこつぎっこ〉をしました。

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キャンパスで1m×20mの晒木綿を染める。


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一から十まで全部自分が作った作品を課題として提出するのが通常の授業内容ですが、野染は人が染めた上に、いさい構わず重ねて染めてしまう。野染に関わるのは、人だけではない。その時の天候、気温、湿度、風、雨、場合によっては桜の花びら、鳥のフンさえ関わることもある。その作業を通じて人より優れた物、自分にしかできないものを作ろうとするいわば人の業(ごう)のようなものを解いてゆく。そして、布が手元に来るまでいかに多くの人たちが関わって来たか、もっとその先に、綿や蚕や羊などの生きものがいることに思い至るヒントになればよいと思っている。

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そんなたくさんの時間や命が重なった布に、白い蝶を一人一匹ずつ縫いつけてゆく。

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8人の生徒がそれぞれの命として縫いつけた8匹の蝶。このてびらこつぎっこを持って旅に出ます。
昨年、同じように作ったものは、大槌町のわらび学園で縫い継がれ、<ともだち>という作品になりました。今回の物はどこに手渡されるのでしょうか。

昨年は、この授業がきっかけになって、生徒の一人の佐田芽衣さんが野染の旅に同行しました。四年生になった彼女は、教員免許を取り、これからこどもたちと共に生きてゆくと思います。彼女の旅の報告があります。再度、読んでいただければと思います。若き人たちの持つとてつもない力を私は信じています。

夏の終わりの東京・三陸野染旅 [2012年08月13日(Mon)]

ハンストが終わり、朝の味噌汁のなんと美味いこと。
それだけでも、リレーハンストお勧めです。

東北の手しごと展の下準備のため、大阪の建築設計仲間やポコ、海老沢さんと、三陸を巡ったばっかりのペコちゃんが、そのあとすぐに、友人のかおるこさんと二人で、ハックの家に行きました。リトルイーグルという服のブランドを作っているかおるこさんが、ハックの家の裂き織とのコラボレーションが出来ないかと話しに出かけたのでした。とてもいい時間が持てたとのことです。二人はそのあと、私が参加していた新潟・十日町での〈染織のための自然素材展〉にまで足を延ばしてくれました。なんという身の軽さでしょうか。<糸へん>のネットワークは広がり続けているようです。その旅のレポートも、どちらかにお願いしようかなと思っています。

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じょんのびの里・柏崎 先日行った素材展の旅で


さて、5月以来の野染の旅です。今回は三陸の旅の前後に、東京の町田と東久留米で毎年恒例の野染もします。旅の仲間も、途中合流する人たちを含めると7人。どんな旅となるのでしょうか。楽しみです。

夏の終わりの東京・三陸野染旅


8月17日(金)東京・町田市 三つ又冒険遊び場たぬき山13:00~
                    雨天18日
  20日(月)気仙沼・大谷小学校野染 13:00〜15:00
                    鶴見大学ボランティアサークル主催
  21日(火)大船渡・気仙光陵支援学校野染 小・中・高 午前・午後
      kouryou23.pdf  
  22日(水)大槌町・サンガ岩手 チクチク会  わらび学園訪問 
           ハックの家泊
  23日(木)久慈拓陽支援学校野染 10:00~11:30 雨天24日
  24日(金)るんびにい美術館 魔法の一本針ワークショップ
  25日(土)花巻・たんぽぽの家の庭にて野染 10:00〜
  26日(日)東久留米・学芸大附属支援学校の庭にて野染10:00~
        うんどうぐつ・さかもと助産所共催


今回の旅は、ぺコ、ポコ、私のほかに、田島信二さん、橋田智子さん、奈良平宣子さん木下幸子さんが加わります。田島さんは、長い間、しょうがいがある人の側で立ち続け仕事をしてきた人です。橋田さんは学校の養護教員、メモリアル・キルト・ジャパンの主要スタッフでもあります。奈良平さんと木下さんは、日本テキスタイルデザイン協会のメンバーです。この協会の総会で〈風の布・パピヨン〉の話をしてほしいとの依頼を受け、話させてもらったのがきっかけとなりました。被災地では本当にたくさんのグループが布作品を作り、販売しています。その作品の質を高めていくことが大きな課題となっているように見えます。これからは物資を送る支援も大切ですが、豊かな想像(創造)力を持った(しかも人間味のある)指導者が求められているように思います。被災地には良い手を持った人たちはたくさんおります。同じ手間暇かけても、デザインの良し悪し、こなし方で、モノの価値はかなり違って来ます。またそもそも、どのようなものを作っていくのか、今の社会や生活にコミットしたものをいかに発想して行くことが出来るのかが、これからの課題となると思っています。そういった意味で今回、参加してくださるお二人の役割はとても大きいと思っています。
なお今回の活動には、公益社団法人企業メセナ協議会 からの助成を受けております。no-title



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ねむの木・じょんのびの里・柏崎

町田と東久留米は毎年夏の終わりに、必ず野染をしています。特に東久留米のボランティアグループうんどうぐつとはもう20年以上、欠かさず続いています。
今回この二か所では、従来の化学染料を使わず、野染史上初めて自然素材から採った染料による野染を実施いたします。いったいどのような染になるのか始めて見ないと分かりません。従来のようなカラフルな多色を使った野染ではないことは確かです。
このブログでもお伝えしましたが、子供が飲んでも大丈夫な色を使って野染も私の仕事もやっていこうと決めました。それは即座に切り替えることはできませんが、この一年ほどかけてチェンジして行こうと思っています。町田と東久留米の皆さんには実験台になってくださいと話しました。

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昨年のたぬき山での野染。染めた布の上に障子紙を載せて、リプリントしたもの。 photo 岡本千尋

このような決断を、最終的に後押ししてくれたのは、大飯原発阻止に向けての意思表示で始めたハンストでした。その辺りの心境を、このリレーハンストを提唱し、とっぱじめに14日間という断食をした、阪神淡路・被災地NGO協働センターの代表の村井雅清さんに送った文章がありますので記します。


村井さま
猛暑が続いていましたが、この数日、朝晩何とも心地よい空気に変わって来て季節が一ページめくられたようで、ホッとしています。
私ども夫婦で参加している、リレーハンスト、5回目となります。この間、随分と自分の体が素直になってきているなと感じています。
私は、43年ほど前、転がる石のように東京から京都に流れてきて、金が無くなり、新聞の求人欄で見つけた「住み込み」の文字だけに惹かれて行った所が染物屋でした.
こんなに長くそれを生業とする事になるとは、その時は夢にも思っていませんでした。その時から今まで、ドイツ辺りで作られた化学染料を当たり前のように使って来ました。この15年ほどは、環境への負荷をできるだけ少なくするような処理を心がけてきました。
昨4月から、被災地に通うようになり、以前から続けていた<野染>にも従来の染料を使って来ました。色に透明感があり、皆で染めた後空にかざした時の美しさは特別で、灰色のような被災地の気分を一気に変えるような力が確かにありました。その一方、化学染料を使っていくことの違和感は以前にまして、感じるようになりました。
そして、リレーハンストを続けていく中で、その違和感は決定的なものになってきました。ハンスト明けの体には、その色がきついのです。この間、サンタフェ(アメリカ)への旅の途中、43年慣れ親しんできた、今までの染料とさよならをすることの決意をしました。(高木仁三郎さんの本が「同行二人」のように常に手元にあったことも大きなことでした)
一気に切り替えるのは難しいと思いますが、この一年を目途に、野染だけではなく、私の生業においても<子供が食べても大丈夫な色>を(本当に遅すぎる決断だと恥ますが)選び取っていこうと思います。
曲りなりにもプロですので、堅牢度の問題など、これから一から学んでいくのは大変なことだとは思いますがその決意の後、私の心身は、確かに「自由」になったようです。決して後戻りなど考えられません。
そのような決意を導いてくださった、リレーハンストに、感謝です。 
斎藤



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柏崎・越後門出和紙 楮(こうぞ)畑

2日前、草木のみの染めをしました。薄手の木綿布に豆汁(ごじる)を、鹿刷毛で引き、乾いたら、柿渋とルイボスティーを染め、その後、ミョウバンと木酢酸鉄で、色を変化、定着させました。作業の工程が今までとまるで違い、身体に添っていくようです。
木酢酸鉄の代わりに食酢に錆鉄を漬けて鉄媒染液を作ったりします。ミョウバン(正確には焼きミョウバン)はアルミ系の媒染剤です。椿の木の灰などに多く含まれてもいますが、ミョウバン石から精製されたものです。濁った井戸水などに入れると不純物を沈殿させる作用があり、古代ローマ辺りから使われてきているみたいです。殺菌作用もあり、昔私達が小さなころ、眼に「ものもらい」などが出来た時、よく親がミョウバンを水にとき消毒してくれました。漢方、生薬や食品添加物としても多用されています。いずれも、染めた色を変化させ、定着させる媒染剤です。この媒染剤というものが曲者で、中には錫や重クロムなど、面白い発色はするけれど「劇薬」のような物もあるので注意して選びとっていかなければなりません。。
ちなみに柿渋も、抗菌作用があり、漢方薬としても使われています。ルイボスティーは南アフリカの一部でのみ栽培されているもので、私は以前から気に入って飲んでいたものです。
乾いた色の上に、媒染剤を置くと、即座に色が変化してゆく様子は、染めるのではなく「染まる」感じです。今まで私が慣れ親しんできた染とは根本的に違う世界に、心が動き続けました。
出来上がった布の様子をご覧ください。

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たった2色で染めたとは思えません。草木の力を感じます。


今回も、多くのヒントに満ちた旅になりそうです
行って来ます。
サンタフェ報告は、旅から帰ってからお伝えします。


贈り物 そしてリレーハンスト [2012年08月08日(Wed)]

十日町の旅から帰って来ると、嬉しい届け物がありました。

釜石祥雲支援学校の刈屋先生から、詩人の深井ゆうじんさんから、そして立派なお針箱も。


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エプロン、ネクタイ、うさぎのぬいぐるみ、がま口、
ティシュケース、そしてトートバッグ。野染の行方です


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きっと芽が出る三陸鉄道!!

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深井ゆうじんさんから届けられた5冊の詩集「詩の展覧会2012」
これから行く、夏の終わりの三陸野染旅で手渡します。


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大阪の町野さんからは綺麗なお針箱が。
釜石祥雲のチクチクの会に届けますね。


先日、大阪・天神橋商店街で行われる予定の、東北の手しごと展の打ち合わせのために,建築設計の仲間3人、ポコ、ペコちゃんが三陸に出かけましたが、もう一人の参加者である海老沢和子さんから、次のような手紙が舞い込んできていました。
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8月12日(日)5回目のリレーハンストを連れ合いとします。
絶対、原発はアカンのです。

[2012年08月01日(Wed)]

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オキーフ美術館の中庭にて Santa Fe


また旅に出ます。
今日、7月1日から7日まで、新潟の十日町に行きます。
染織のための自然素材展W・十日町 に参加します。

わたしは、およそ42年間に亘って染色という仕事をしてきました。
この生業をするようになったきっかけは、自ら進んで選びとったものではありませんでした。惑いの中にあった(今でもそうですが)私は、転がる石のように、東京から京都に流れてきて、金が底をつき、京都新聞のわずか二行の求人広告、「住み込み」という字に惹かれて行った所が、染物屋だったのです。取り敢えず寝泊まりするところがあればよかったのです。
その時は、まさかこんなに長くこの仕事を続けるとは夢にも思っていませんでした。
その間、連れ合う人と出会い、息子二人が生まれたことが、大きかったのだと今は思います。

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Santa Fe

15年ほど伝統的な染の世界で、着物などを染めた後、カジュアルなものが本来は好きな私は、その世界を離れ、手紬の木綿や麻、ウールなどを染めるようになり、下手なりに今まで続けてきました。その間出会った大好きな布、それはこの国で練り上げてきたものが多かったのですが、次々と途絶して行き、今では殆ど無くなってしまいました。
その中でその極みで、生き延びている僅かな素材の中の一つに、ウール・モスリンがあります。
今回の素材展では、その素材を紹介させてもらうことになりました。

そんなわけで、またまたこのブログは一週間ほどお休みします。

帰ってきましたら、サンタフェや夏の三陸野染旅のことなど、お伝えいたします。

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Santa Fe


住み込みから初めて、今まで、染料はずっと化学染料を使って来ました。出来るだけ環境への負荷を避けるように、たとえば残った染料は脱色して廃棄するなどしてはきました。
でも3・11以降、特に原発崩壊という出来事が起こった後、ずっと体や精神の奥底で、この染料への違和感が募り、今回のサンタフェへの旅で、この42年間慣れ親しんだ「色」とのさよならを決めました。即座には無理ですが、この一年ほどをかけて、自然染料への移行を決断しました。
野染に使う色もそうして行くつもりです。
昨日4回目のハンストが終わりましたが、ハンストが終わるたびに、今までの染料に対する違和感が特に増して行きました。このあたりのことはもう少し詳しく後日書きたいと思っています。