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夏椿 [2012年06月30日(Sat)]


古き良き友人である赤松桂から、メッセージが届きました。
彼の写真と言葉は、このブログ上で幾度となくお伝えしてきました。

今回のメッセージも彼の手渡してくれたバトンと思い、皆様にリレーいたします。
リレーハンストは、それぞれがゆっくりと入れたスイッチだと思う。
もう消すまいぞ。


梅雨の候、皆様いかがお過ごしでしょうか。
先日、民主党政権、野田総理大臣のもと、関西電力大飯原発の再稼働が決定されました。その時の言葉は、恫喝と虚偽に満ちていました。
民主主義とは、手続きとプロセスにその本質がある、と考えている私にとっては、到底容認できるものではありませんでした。
この決定に対して、いろいろな人がいろいろな所で抗議の声を上げています。
私の古くからの友人である斎藤洋が、村井雅清氏の提唱したりレーハンストに呼応して、ハンストを始めました。
そのリレーはいろいろな人をつなぎ、私もささやかな形で参加しました。
ハンストは43年ぶり、東京拘置所でやって以来久しぶりでした。その間に感じたことなどを言葉にしてみました。
赤松 桂


百合ゆれる.jpg
(百合ゆれる)
    大地死に 原発四基 さまよへり



薔薇の呪文.jpg
(薔薇の呪文)
    子へ孫へ ベクレルベクレル シーベルト



立葵のつぶやき.jpg
(立葵のつぶやき)
    楔(くさび)とも  軛(くびき)にも似て 絆とは



泰山木.jpg
祈りとは 泰山木の 花開く



夏椿.jpg
(村井雅清氏に寄せて)
   断食の 瞳に優し 夏椿 




リレーハンスト 2 [2012年06月28日(Thu)]

被災地NGO協働センターの、村井雅清さんの2週間に亘るハンストが今朝の10時に取り敢えず終わりました。そして先ほど、以下のようなニュースレターが届きました。
ホッとしました。思いのほかお元気そうで、やみくもに長いハンストを続けたのではなく、強い覚悟と、そのための準備をして臨まれたのではないかと改めて感じました。


脱原発ハンガーストライキ
〜子どもたちの、子どもたちの、子どもたちのために〜
V OL13(2012年6月28日)

27日、新聞各紙に報じられてるように全国9電力会社の株主総会が開かれました。
各地の自治体や市民からの「脱原発」の声をすべて否定して、再稼働の方向に舵を切ったと言えるでしょう。大飯原発を持つ関西電力八木誠社長は、身震いするほど恐ろしい決意で「原発は重要な電源。脱原発は全くない」と断言しました。
さて、私たちは阪神淡路大震災後、「大量生産、大量廃棄、大量消費の生活を見直そう!」と宣言しました。しかし、17年が経過した今、何も変わっていません。「一体、これまで何をしてきたのか?」と自責の念を込めて、反省せざるを得ない心境で、忸怩たる思いです。
阪神淡路大震災後の1998年、私たちは『市民とNGOの「防災」国際フォーラム実行委員会(事務局・被災地NGO恊働センター)』の編集のもと、『市民がつくる復興計画〜私たちにできること〜』を発行しました。この中に当時小学校6年生が書いたという一遍の詩が紹介されています。それが次の詩です。
 「きっと神様の罰が当たったんや」
 「もう、モノはいらん。ぜいたくはいらん」
 「水も、電気も、何もかも、無駄に使うとった」
 「消防も、警察もこうへん(来ない)。いざというときは、やっぱりご近所さんや」
 「これからは、自然をいじめんの、やめとこ」
というものです。これが全てを表しているなぁと痛感しています。
ほんとに、ここで正念を入れねば・・・。
尚、2週間の断食を明け、その後のことについてはブログに書いています。
                              (村井雅清)


IMG_1150.JPG
所沢・ben flower



今日(6月28日)の夜中、午前0時30分に東京の友人から、村井さんと私宛に次の様なメールが届きました。何故リレーハンストをするに至ったか、とても良く伝わってくる言葉でした。


村井雅清様

あなたの始めたハンストのバトンはいろいろなところでたくさんの人に引き継がれています。たとえば、私は斉藤洋さんの古い友人ですが、彼のブログでリレーハンストの事を知り、しばらく、どうしようかなーと、あれこれ考えていたのですが、彼と私の共通の友人である大分の門馬夫妻(かぼそい2人です。)が、彼の故郷の相馬に思いを寄せて、今まで何もしてないからと言って、ハンストのバトンを受け継いだことを知り、「私もすぐせねば〜!」と思い、知ったのが夕ご飯をいっぱい食べた後だったのですが、すぐ今晩の10時からやろうと思いました。そして、翌々朝の10時まで、36時間のハンスト(その間2回も睡眠をとって)をしました。その間に、パートナーの赤松桂も24時間のハンストに付き合ってくれました。そしたら、また、家の2匹の猫たちも、親たちが、3度のご飯の事を全然やらないので、これはただならぬ事が起こっていると言う気配を察したのか、いつもの大食いの習慣をあっさりと捨て、全く食事を取ろうとしませんでした。そして、私がハンストを終えるころ、少しヨタヨタとしながら私の手から、猫たちにドライフードを2、3粒差し出すと、やっと食べてくれました。

このように村井さんのバトンは巷の動物たちにも受け継がれているようです。反原発の闘いはこれからも息長く続けていかなければならないと思います。バトンはもうすでに、遠くまでわたっていて、村井さんの思いは確実に多くの人に伝わっていると思います。村井さんの今までの15日間の闘いは次の15人に、次の次の、顔も知らない人たちに伝わっていって、皆で持続的に支えていく運動だと思います。村井さんは先達者として、ひとまず手渡したバトンの腕を下げて、体を休息させ、次の闘いの為の準備に入ってください。「野菜サポーター」のような、独創的な運動を期待しています。
沢田偕子



このブログを読んでくださっている方々の中でも、様々な思いで、大飯原発再稼働に対する思いがあると思います。ハンストという形に踏み切れない方、もっと違う形で向き合おうとしている方、それぞれの思いを忌憚なくお聞かせください。このブログ上でお伝え出来ればと思います。
メール宛先 dye.kazafu@gmail.com


今日は京都の仲間のチャコとポコが、明日は私達夫婦がバトンをつなぎます。


沢田さんの猫の話がニャンとも・・猫好きな私にはグッとくるものがあります。ここで特別な付録です。
たいまぐらの安部智穂さんの所に、とびっきりの子猫がやってきました。
猫好きな人は是非、ご覧を!



低落差発電 [2012年06月27日(Wed)]

村井雅清さんのハンストは14日目となりました。

京都は山に囲まれている。山からは無数の小川が流れ込んできている。京都盆地の地下には琵琶湖に匹敵する水量が溜まっている。まさに水に浮かぶ都。私が住む左京区岡崎から東山、南禅寺の方に行くと琵琶湖疏水があり、レンガ作りの水道は古寺名刹、周りの風景にも見事に調和していて、大好きな散歩道である。琵琶湖の水位は京都盆地より高い所にある。その標高差を利用して今から120年も前に作られたこの疏水は、今も京都市民に、琵琶の湖(うみ)の恵みをもたらしてくれている。散歩道には急斜面をかなりの勢いで流れ落ちる小川も随所にあり、ここに小さな発電装置(マイクロ水力発電)を設置すればいくらでも電力が得られるのにと、もったいないきもちがいつもしている。

1890年に完成した第1疏水と1912年に完成の第2疏水を合わせ、23.65m3/s[1]を滋賀県大津市三保ヶ崎で取水し、うち水道用水12.96m3/s、他に通水の翌年に運転をはじめた営業用として日本初となる水力発電、灌漑、工業用水などに使われる。電力は日本初の電車(京都電気鉄道、のち買収されて京都市電)を走らせたのを始め、工業用動力として使われ京都の近代化に貢献した。また、水運にも用いられ、琵琶湖と京都、京都と伏見・宇治川を結んだ。落差の大きい蹴上と伏見にはケーブルカーと同じ原理のインクラインが設置され、船を線路上の台車に載せて移動させた。水運の消滅に伴いインクラインはいずれも廃止されたが、蹴上では一部の設備が静態保存されている。現在でも無鄰菴や平安神宮神苑、瓢亭、菊水、何有荘、円山公園をはじめとする東山の庭園に、また京都御所や東本願寺の防火用水としても利用されている。一部の区間は国の史跡に指定されている。また、疏水百選の一つである。wikipediaより

竹.jpg
工房の小さな庭に、今年も生えてきた大名竹


6月24日の京都新聞の朝刊の読者欄に、以下のような投稿が載りました。

山を守り低落差発電を  綾部市・櫻井通夫(無職・85)

日本列島は、世界でも有数の降水地帯である。天からのもらい水を「緑のダム」が保水し、年中とうとうとたる流れを作っているのが、奥入瀬川や四万十川ではないだろうか。
水の流れは即、電力になる。従来の高落差水力発電は自然破壊が大きく、地震にも弱い。これからは中、低落差発電が安上がりで手っ取り早く、設置場所は無限にあると思う。一つ一つは小さいが、ネットで結べば大きな電力になる。
さらに電力の地産地消で地方に産業を起こせば、過疎の緩和にも役立つ。降水量の多い東北や山陰などは、この適地ではないだろうか。
水源である山をいかに守り育てるかが、大切だと思う。地勢や植生を科学的に研究して乱開発を禁止し、保水力に優れた造林を進めれば、山崩れや洪水被害も減って、水資源も豊かになるだろう。
ドイツやイタリアにならって、放射能の危険がある原発を無くして行けば、安全である。温暖化の一因たる火力発電もいらない。今、電力だ、停電だと騒ぐ人たちは、たとえば水の中にいて乾きを叫ぶようなものである。遠回りのようででも、山を納める人こそ国を救う人だと思う。


ざっくりとした意見で、即具体化してゆくには様々な課題があるとは思いますが、このところの大量に降る雨水を眺めながら、賛成するところ多々ありました。豊かな山は、また豊かな海も作ります。まさに森のミルクです。
友人の賀川督明・一枝さんご夫妻が関わっておられる〈ミツカン水の文化センター〉の活動も是非知ってほしいと思います。必見です!
こんな豊かな水の国に54基もの原発を、それも自然の力が豊かな所を選び作り、結果、土や水を取り返しがつかないほど汚染させてしまったこの大失態の責任を、それを結果的に阻止できなかった人(私)も含めて猛省しなければなりません。原子力中心の電力システムを根本からやり直していかなければ、<こどもたちの、こどもたちの、こどもたちのために>申し訳が立ちません。

明日ハンストをリレーするチャコが、太陽光発電で家の電気を賄うことに最近決めました。近々そのための工事が始まります。遠くを見据えながら、自らの足元を作りなおしてゆく時代になって来たように思います。
リレーハンスト [2012年06月26日(Tue)]

gubijunsou.jpg


被災地NGO協働センターが呼び掛けたリレーハンスト。代表の村井雅清さんは、今日で13日目、命懸けのハンストが続いています。
消費増税を柱とする社会保障と税の一体改革関連法案は26日午後の衆院本会議で与党と自民、公明両党などの賛成多数で可決。


1995年の阪神淡路大震災から、17年に亘り被災地支援を続け、今回の複合巨大災害にも、いち早く現場に駆け付け、ボランティアを組織し、被災者の一番近い所で、身を粉にして活動してきた被災地NGO協働センターの皆さんは、被災者の方々は勿論、三陸に通う私達にとっても本当に頼もしく、ありがたい存在です。避難所や仮設での足湯ボランティア、そしてあのまけないぞう作り。山形など遠く避難生活をしている人たちへのきめ細かな、顔の見える活動は、常に私達も模範としているところです。今、リレーハンストをしている増島智子さんには昨6月、風の布・パピヨンとして活動を始める際、まず遠野まごころネットに詰めていた彼女にお会いし、アドヴァイスをしてもらいました。まけないぞうプロジェクトの中心メンバーとして今も精力的な活動している方です。またニュースレターで良くお名前を聞いている吉椿雅道さんは、四川大地震にも駆けつけ住民に寄り添った支援をされている様子が、テレビのドキュメンタリーにもなり、心に残っていました。彼も今ハンスト中です。
どうしても人間は、一人では自らの命を支え切れないことが時としてあります。今回の大惨事に駆け付け、地を這いずり回ってきた多くのボランティアたち。たとえ訓練されてなくても、一人一人の役割が、どんなに小さくても確かにあり、それが、打ちひしがれている一人一人の<手すり>となっていることは確かです。そのボランティアたちの先頭に立ってきた人たちが、今、食を断ってでも為そうとしていることを、見つめていかねばと思います。

あの国会議員480名。このリレーハンストに共感する人がいるだろうか。
彼らはどこに根拠地を置き、何を見ているのか。
今日可決された社会保障改革案。社会保障とは何か。
原発を維持することが社会保障となるのか。
税を絞りとって、何を守ろうとしているのか。
政治生命をかけるという。その政治とは、その生命とは何か。
国を守るとは何か。
そもそも国とは何か。

リレーハンストは静かな祈り、〈慈悲の怒り〉でもあります。
つないでいきたく思います。


添付写真(虞美人草)の作者、旧友の赤松桂(東京)も、もう一人の旧友と共に24時間と36時間、それぞれハンストを25日〜26日に亘ってしたみたいです。写真の使用許可を得ようと電話をして初めて知りました。前述の大分の山奥に住む夫婦と同じく大学時代から付き合いのある仲間です。ペコちゃんもそうですが、協働センターに届けることなく、人知れずハンストをしている友人がまだいそうです。
長い付き合いの中で、彼らが、極私的な行為とするのもよく分かりますが、今、自らの存在をかけてリレーハンストしている協働センター( ngo@pure.ne.jp)の人たちにも伝えてゆく意味合いもとても大きいと私は思います。出来たら外に向けても意思表示してくれたらと願っています


染まる時 寄稿 [2012年06月24日(Sun)]

niwa5.jpg


私たちの仲間ペコちゃん(澤畑明見さん)より寄稿が届きました。
彼女は昨6月から今年の5月まで、7回に及んだ三陸被災地への旅全てに参加。糸や布、そして植物の蔓などを使って作る様々は、独自なセンスに溢れ、そしてその才能を分かち合える人です。人の辛苦を全身で受け止める事の出来る人だとも思います。一つの旅が終わった後の心身への影響がいつも深くあって、そのコントロールに少なからぬ時間を必要としているように見受けます。そして驚いたのですが、彼女もこの20日に一日ハンストをしていたとのこと。今回の寄稿もそんな時間を経て届きました。

安渡02.jpg

   
 染まる時 3  5月10日(木)旧安渡小学校仮設にて

サンガ岩手の吉田律子さんの活動拠点の一つである旧安渡小仮設内での野染めで出会ったおばあちゃんはとても印象的でした。今でも時々思い出しては胸がキュンとするほど衝撃的でした。そんな場面に出会えたのも、野染めのもつ魅力的な鍵があるからだと思います。

野染めは、齋藤さんの長いなが〜い名前の自己紹介から入り、ダジャレの連発で参加されるみなさんの笑い声と共に始まります。染料の原液を使ってその日の野染用の染液づくりをする時の話とダジャレは何度聞いても新鮮でおかしく笑ってしまいます。
齋藤さんの「笑ってもらって何ぼやからなぁ〜!」[今日はどうやろかなぁ〜!」とボソッとご自身に気合いを入れているようなひとり言を耳にすることがあります。そこには齋藤さんのなみなみならぬ野染めへの決意・あるいは使命のようなものがあるのだなと感じます。みながそれぞれの染料を手に染めていくうちに、まるで気持ちがその色にすこしずつ染まっていくように、表情やことばやちょっとしたしぐさが、あかるく、晴れやかになっていくのがわかります。
それぞれが、それぞれの色を選んで、重ねていく・・・みんなで染め重ねていくことで、おもいもかけない色や風合いや発見がある、おどろき、意外性、そういった目の前の一つ一つが心を元気にしてくれるのかもしれません。

安渡03.jpg

そのおばあちゃんは染液が入ったバケツを持ち、片手に刷毛を持って、ひたすら手を動かしながら、「イマヲイキル、イマヲイキル、イマヲイキル、イマヲイキル、イマヲイキル、イマヲイキル、……」とまるで念仏を唱えているかのように、あるいは、心に浮かぶ雑念を払うため自分自身に言い聞かせているかのように、つぶやき続けていました。そして、しばらくして今度は赤い染液で染めながら、今度は「真っ赤に燃えた太陽だ〜から♪」と歌いながら、作業を続けています。そんな彼女のつぶやきと歌に強く惹かれるものを感じて、野染め後おばあちゃんとお話をしました。やはり震災で心に傷を深く負った方であることを、伺い知ることが出来ました。
あれから1年がとうに過ぎた今も、被災者の方々は、見通しのつかない生活を強いられています。現場には、国や行政の動きが全くというほど見えてこないのは何故でしょうか?

先日首相官邸前での集会に参加しました。
12、000人の人たちが集まり、皆それぞれに原発についての思いを発信しています。
その後も集会は続いていますが、マスコミはいっこうに報道しようとしません。テレビは、新聞は、雑誌はどうしたのでしょう。
いったい私たちの国はどこへ向かおうとしているのでしょうか?
むなしさにおしつぶされそうになるときもありますが、わたしなりに、祈りをもって、小さな行動を積み重ねていきたいと思っています。そして野染めのファンの一人として今後も多くの方々との出会いの旅を大切にしていきます。
私も倖せな色に染まりたいと思います。
 
ペコこと澤畑明見より 拝


私たちが被災地に通う中で、印象に残るのは女たちの存在です。その日の飯を都合しあう、皆で集まり〈まけないぞう〉をチクチク縫い、いくばくかの金も稼ぐ。劇的な変化をしてしまった環境の中、何より今日一日をつないでゆく上で、どうしても必要な他者と関わる能力が男とは比べようがないほど優れているように感じます。核武装を夢想しているような政治家達が、もしここにいたとして一体何が出来るのか。ペコちゃんが今回の文章で取り上げてくれた印象的なおばあちゃん。こんな人たちこそがこの国の最前線で踏ん張り支えている真の防人(さきもり)ではないのか・・・
ペコちゃんたちも参加した、首相官邸に向けての市民による圧倒的ななデモンストレーションが、電力会社に支配されているような国家により封印され、マスメディアの多くもその出先機関であることが露骨に証明された、ゾッとするような現実の前に、個としてどのような立脚地を持つべきか、一人一人試されているように思います。このようなネットでのコミュニケーションも規制の網がかかって来る日がやがて来そうです。社会が無粋になってきたら赤信号です。心したいと思います。


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ちょっと深呼吸 我が家のジャッキー



染まる時6 [2012年06月24日(Sun)]

村井雅清さんのハンストは10日を超えました。そんな中から、冷静で、しかも温かみに満ちたメッセージを送って来られています。ありがとうございます。 昨日、その村井さんに送ったメッセージを添付します。

村井様
10日目ですね。
メッセージ読ませていただきました。
具体的な呼び掛けが気持ち良いです。

大学の時(お互い中退ですが)の旧友から電話がありました。
18日に夫婦でハンストをしたというのです。
彼は、大分の山奥で陶芸をしていますが、出身が相馬です。
3・11後、ショックで2週間ほど寝込んでしまいました。
夫婦とも身体の具合が今ひとつなので、それを聞いたときは驚きました。
「自己満足かもしれないけど、今まで何もできなかったし・・」と
公にすることなく、3世帯ほどしかない集落で、二人ハンストをしている様子を想い胸が詰まりました。
願い共感することから始まるものを信じます。

28日には、チャコとポコがリレーハンストで、バトンをつなぎます。

5月の三陸野染旅報告、続けます。
5月11日(金)釜石から大船渡へ


image016.jpg
釜石祥雲支援学校では、私達も良く授業に出席させてもらいます。
この日も、中学部の生徒さん達とダンスを。
ペコポコはまるで小学生みたいにはしゃいでいて、目立ちすぎ。

ネクタイ1.jpg

前回染めた布が、ネクタイに。
洋裁得意の刈屋先生のお母さんが、
こどもたちの為に仕立ててくださったそうです。

ネクタイ2.jpg

あの時が詰まっています。

ネクタイ3.jpg
野染の布ののびやかさが私は大好きです。
以上、写真提供・釜石祥雲支援学校


今回の野染とてびらこつぎっこ作りに、あの平田の仮設に住んでおられた岩間恒子さんが参加してくれました。昨6月にこのような活動を始めた時、お針箱を持って最初に訪れたのがその仮設でした。それ以来、必ずと言ってよいぐらい三陸の旅では立ち寄る場所となりました。彼女には昨9月に、仮設の方々とした野染をしたとき初めてお会いしました。野染後に、魔法の一本針で、靴下カバーを作るワークショップをペコちゃん中心に行った時も参加してくれ、その後、こちらから毛糸等を送る際の窓口となってくれた方でした。今は仮設を出られ、釜石市街に、お連れ合いと戻って来られた娘さんと共に、3人で住まわれています。以前より心なしか、ゆったりとしたものを感じました。

平田アミアミ.jpg
その岩間さんが私達に手渡してくれたのがこの新聞記事でした。あの手造りの魔法の一本針で編み始めて以来皆さんが集まり、アミアミ会を重ねた成果、セーターなど、100点余りの作品を展示する会が、仮設の集会所で開催されたのです。本当に嬉しいニュースでした。
 
釜石祥雲支援学校を出た私達は大船渡に向かいました。その途中、平田の仮設に坂本サトさんの部屋を訪ねました。突然の訪問にも快く迎えてくださいました。部屋にはお友達が訪ねて来ていて、お茶っこをしておられました。私たちがこの三陸で最初に出会ったのが阪本さん。穏やかで素敵な笑顔は変わらず、お元気そうでほっとしました。

そして旅の終わりはやはり大船渡保育園。
あの桜と大銀杏が迎えてくれました。

坂道1.jpg
北から南に下がりここに辿り着くのはいつも夕方。こどもたちが次々と帰宅する時間。一日走り回った先生たちは多分くたくた状態だと思いますが、いつもいつも温かく私達を迎えてくださいます。

私たちの本当に大切な止まり木が、ここです。

大船渡02.jpg

<パクパクナティン>の佐藤育子さんから、ペコちゃんが託された、かぼちゃの形をしたお鍋保温袋を受け取ってもらいました。パクパク・ナティン(Pakupaku Natin)とは★フィリピン語で「私たちの翼」と言う意味で、フィリピンとのフェアトレード(公正貿易)とフィリピン文化を日本に紹介し、市民同士のよりよいつながりを目指す開発教育活動に取り組むNGO(非営利団体)です。(パクパクナティン・ホームページより
「これを持っていつかみんなでピクニックに行きたいね」と、富澤郁子先生(前列右)しなやかで、強く心温かい私達も大ファンのこの園の大黒柱です。

大船渡01.jpg
私たちの活動をずっと支えてくださっている、ペコちゃんのお師匠さん小倉ゆき子先生から、保育園に直接送られてきた布を使って作った、美しいキルトを見せてもらいました。小倉先生のこと、そして魔法の一本針の高雄清子先生のことは、ペコちゃんが書いたエッセーがあります。是非お読みください。


大船渡を後に夜中の東北道を走り、世田谷の澤畑家に着いたのは5月12日早朝。仮眠をとり、ヒゲさん手作りのいつもの温かな朝食を頂き、ポコと二人、京都に辿り着いた時にはすでに陽が落ちていました。走行距離2,700キロメートルを超えた旅でしたが、今回も様々な大切な出会いに満ちた一週間でした。
私達は、当地の状況のほんの一部しか見ていません。でもずいぶんと前向きに明るくなってきたことも各地で、多々感じました。その一方でますます深刻な状況が進行しているのも事実です。特に放射能のことは、ここ岩手でも強く影響を受けています。今、政府・電力会社などが推し進めている再稼働の動きがいかに愚かなことなのかを実感する旅でもありました。



〜こどもたちの、こどもたちの、こどもたちのために〜 [2012年06月22日(Fri)]

絵6.jpg
涙を流す魚 田野畑村・ハックの家 松家圭輔さんの作品


被災地NGO恊働センターから発信された、リレーハンスト。私も連れ合いも呼応して第一回のハンストを行いました。水以外の一切の食べ物を体に入れないハンストは、続ければやがて命が尽きます。たった2日ほどのハンストでも、そのことが前提になっていることがリアルに感じます。
代表の村井雅清さんは、ハンストを始めて、現在6月22日午前1時30分、9日目に入りました。
彼の思いの深さの分、背負っているものの大きさの分、気の遠くなるような長さのハンストが続いているように私には感じます。彼の覚悟を見つめていかねばならない。でも、今すぐストップしてほしい。あなたにはまだ生きていてほしい。

下記は村井さんから昨夕届いた文章です。いよいよ核武装という巨大な闇が立ち現われてきたことを書かれています。私もずっと国が原発を国家戦略の重要な〈核〉としてきたその根っこにはこの核武装という目的があると、思っていました。「我が国の安全保障に資する」という文言が、より明確に示しています。国の中枢を担ってきた影響力のある政治家や官僚の少なからぬ人たちが、いや<国家>が、核武装を目指して来たことは紛れもない事実です。中国や北朝鮮の脅威が取りざたされている中、核武装はすべきだと思っている人たちもこの国にはかなりの割合でいるでしょう。今回の福島第一原発の崩壊の先に見えてきた国家というものの姿。
個に立ち返り、個がつなぐリレーハンストは、こどもたちの未来を見据えています。阪神淡路大震災以来、個の大切さを視つめ、個に寄りそう個であり続けようと、個の組織を作り上げてきたこの被災地NGO協働センターは、今回の大災害にもいち早く駆けつけ、被災地(宮崎・新燃岳)から被災地へ野菜を届ける動きや、アレルギー対応粉ミルクを集め送り続け、足湯やまけないぞう作りなど、また、中国・四川の大地震の現場にも駆けつけるなど、常に個と個、顔と顔が見えるヒューマンな活動を持続してこられました。その人たちが今、各地での支援活動を続けながら行っている、このハンストの意味を、わたしはしっかりと見つめ、和して行かねばと思っております。


脱原発ハンガーストライキ
〜子どもたちの、子どもたちの、子どもたちのために〜
VOL 8 (2012年6月21日)

原発の安全規制を担う原子力規制委員会を設置する法案が、昨日20日参議院本会議で、民主、自民、公明3党などの賛成多数で可決、成立しました。
この原子力規制委員会設置に伴う原子力基本法には、目的(第1条)に「我が国の安全保障に資する」という文言が盛り込まれています。これにはこの国が「核武装への道を歩む」のかという懸念がもたれています。
「世界平和アピール7人委員会」は、この件で緊急アピールを発表しています。
アピールでは、<我が国の原子力関連の個別の法律は、すべて日本国憲法のもとにある原子力基本法の枠の中で作られている。周知のとおり、原子力基本法の基本方針(第2条)は「原子力の研究、開発及び利用は、平和の目的に限り、安全の確保を旨として、民主的な運営の下に、自主的にこれを行うものとし、その成果を公開し、進んで国際協力に資するものとする。」となっていて、歴代政府は、日本国憲法に抵触しない原子力の軍事利用ができないのは、この法律に抵触するからだとしてきた。>となっています。
にもかかわらず、今回の文言を忍ばせたことによって、ほんとに人間の安全保障について全く考えていないと言うことを露呈したと言わざるを得ないものです。重要な基本法だけに、この法律には断固として反対しなければなりません。
全国のみなさまと共に6月14日スタートした「大飯原発再稼働反対」のハンストですが、もちろん、「大飯原発」だけのことを言っているわけではありません。本ニュースなどでも何度も繰り返してきましたが、54基すべての原発を止めるということです。今回の原子力基本法改正によって、いよいよ長い24時間リレーハンストが続くことになりそうです。
                                 (村井雅清)
(脱原発ハンスト”ニュースVOL 8より)



木村原爆.jpg

木村正樹・作 
ART SPACE NIJI ノアの箱舟「私の場合」展より 2011 6/14〜19 
  


6月23日追記
東京新聞 2012年6月21日 朝刊より 
二十日に成立した原子力規制委員会設置法の付則で、「原子力の憲法」ともいわれる原子力基本法の基本方針が変更された。基本方針の変更は三十四年ぶり。法案は衆院を通過するまで国会のホームページに掲載されておらず、国民の目に触れない形で、ほとんど議論もなく重大な変更が行われていた。 
 設置法案は、民主党と自民、公明両党の修正協議を経て今月十五日、衆院環境委員長名で提出された。
 基本法の変更は、末尾にある付則の一二条に盛り込まれた。原子力の研究や利用を「平和の目的に限り、安全の確保を旨として、民主的な運営の下に」とした基本法二条に一項を追加。原子力利用の「安全確保」は「国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資することを目的として」行うとした。
 追加された「安全保障に資する」の部分は閣議決定された政府の法案にはなかったが、修正協議で自民党が入れるように主張。民主党が受け入れた。各党関係者によると、異論はなかったという。
 修正協議前に衆院に提出された自公案にも同様の表現があり、先月末の本会議で公明の江田康幸議員は「原子炉等規制法には、輸送時の核物質の防護に関する規定がある。核燃料の技術は軍事転用が可能で、(国際原子力機関=IAEAの)保障措置(査察)に関する規定もある。これらはわが国の安全保障にかかわるものなので、究極の目的として(基本法に)明記した」と答弁。あくまでも核防護の観点から追加したと説明している。
 一方、自公案作成の中心となった塩崎恭久衆院議員は「核の技術を持っているという安全保障上の意味はある」と指摘。「日本を守るため、原子力の技術を安全保障からも理解しないといけない。(反対は)見たくないものを見ない人たちの議論だ」と話した。
 日本初のノーベル賞受賞者となった湯川秀樹らが創設した知識人の集まり「世界平和アピール七人委員会」は十九日、「実質的な軍事利用に道を開く可能性を否定できない」「国益を損ない、禍根を残す」とする緊急アピールを発表した。
◆手続きやり直しを
 原子力規制委員会設置法の付則で原子力基本法が変更されたことは、二つの点で大きな問題がある。
 一つは手続きの問題だ。平和主義や「公開・民主・自主」の三原則を定めた基本法二条は、原子力開発の指針となる重要な条項だ。もし正面から改めることになれば、二〇〇六年に教育基本法が改定された時のように、国民の間で議論が起きることは間違いない。
 ましてや福島原発事故の後である。
 ところが、設置法の付則という形で、より上位にある基本法があっさりと変更されてしまった。設置法案の概要や要綱のどこを読んでも、基本法の変更は記されていない。
 法案は衆院通過後の今月十八日の時点でも国会のホームページに掲載されなかった。これでは国民はチェックのしようがない。
 もう一つの問題は、「安全確保」は「安全保障に資する」ことを目的とするという文言を挿入したことだ。
 ここで言う「安全保障」は、定義について明確な説明がなく、核の軍事利用につながる懸念がぬぐえない。
 この日は改正宇宙航空研究開発機構法も成立した。「平和目的」に限定された条項が変更され、防衛利用への参加を可能にした。
 これでは、どさくさに紛れ、政府が核や宇宙の軍事利用を進めようとしていると疑念を持たれるのも当然だ。
 今回のような手法は公正さに欠け、許されるべきではない。政府は付則を早急に撤廃し、手続きをやり直すべきだ。(加古陽治、宮尾幹成)
<原子力基本法> 原子力の研究と開発、利用の基本方針を掲げた法律。中曽根康弘元首相らが中心となって法案を作成し、1955(昭和30)年12月、自民、社会両党の共同提案で成立した。科学者の国会といわれる日本学術会議が主張した「公開・民主・自主」の3原則が盛り込まれている。原子力船むつの放射線漏れ事故(74年)を受け、原子力安全委員会を創設した78年の改正で、基本方針に「安全の確保を旨として」の文言が追加された。

染まる時 5   [2012年06月19日(Tue)]


今日(19日)も連れ合いと共に、引き続きハンスト続けます。自らの無力を感じながらも、一日の食を断つことで、命のリレーをして行こうという人たちの側に立とうと思います。
ポコの旧友が経営していて、私達も何回か立ち寄ったことがある盛岡のブルースの店・クロスロードのブログでも呼び掛けをしています。


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釜石祥雲支援学校のこどもたちの作品


5月11日(金)釜石祥雲支援学校

私たちが昨年6月、初めて野染の旅を始めた時、まず最初にスタートしたのがこの釜石祥雲支援学校でした。はたして野染がこのような時に意味のあるものとして被災地の皆さんが受け入れてくださるのか、不安の中お邪魔しました。そんな不安を、見事に取っ払ってくれたこどもたちがここにはおりました。〈このまま行けばいいのだ〉私たちの背中を力強く押してくれたのがこの小さな学校でした。その後何回もお邪魔して行く中で、私たちにとってかけがいのないご縁を作っていただきました。しんどい時に〈ああ、あそこのこどもたちや先生方がいる〉と思うとなぜか朗らかで豊かな気持ちになるのです。
今回は、副校長の刈屋先生からの提案で、保護者の方たちだけで野染をしようということになりました。そうおっしゃった先生の気持ちは、分かるような気がしました。こどもたちは勿論ですが、保護者の方たちのこの間の大変さはいかばかりかと思います。こちらの眼もこどもに集中しがちですが、やはり大人が元気になることの大切さが、今回、野染をした後で強く感じました。

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この日も怪しい空模様。例によって「お願いしますだ〜っ!!」
春闘ではありません。


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ガリ(布を張るための道具)に1m×18mの木綿布をセットする。


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おかあちゃんたちの、この集中力を見よ!!



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刈屋真知子先生。温かくたくましい大黒柱。
「わらび学園に行ってください」
昨6月にお会いした時に先生から頼まれました。
本当に大変な思いをされている仲間を、
必死にどうにかしようと願っておられたのだなと、今わかります。
先生たちも今回はゆっくり参加できてよかった。
保護者の方たちと同様、やはり大変な時を過ごされてこられたのですね。


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恒例の〈持ち上げ陽かざし〉空には鯉のぼり


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おかあちゃんたちのパワーそのもの。勢いのある野染が終わりました。


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雨がぽつぽつと降って来たので、渡り廊下にみんなで協力して運び入れ乾かすことに。結局今回の野染の旅も、全て実施できました。昨6月から延べ20回の野染をしましたが、一度も中止がありません。25年野染をしてきた者にとって、これは奇跡としか言いようがありません。


野染後、昨晩、宿となった学校の近くの〈憩いの家〉で、昼ご飯を皆で頂きました。野染の後は、皆、体や気持ちが解けていて、和やかです。そしててびらこつぎっこが始まります。
お一人お一人のこの一年二ヵ月を想います。しょうがいのあるこども達と共に生きることは、それだけで大変なことなのに、この大災害。言い尽くせぬ思いがあることでしょう。次第に熱がこもり、今までになく密度の濃いてびらこつぎっこだったように感じました。

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京都・論楽社で今年3月に、昨年12月に大阪・堺に福島から非難されている人たちと、それぞれ縫いはじめた蝶々のキルトが、今、ここで縫い継がれています。ポコもペコちゃんも私も、旅の終わりのてびらこつぎっこにほっこり。釜石の皆様ありがとうございました。

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糸と針で誰でも心を描くことが出来る
一人の手からつながりのある手へと広がって
語りながら 笑いながら
思い出しながら 泣きながら
その手は動き続け
いつしか 命を刻む布に仕上がっていく
赤ん坊をやさしくくるむ布があるように
死者をいたわり包む布がある
どんな運命であっても
一人一人の人生を祝福し 追悼しようと
メモリアルキルトは
縫われています


木島知草さんの〈つぶやきカレンダーより〉





リレーハンスト [2012年06月17日(Sun)]

下記のような呼び掛けが入りました。
明日私は一日ハンストをします。明後日は連れ合いがします。
それぞれの場所でリレーして行きませんか?




脱原発リレーハンストの参加者、賛同者を大募集!!
以下のように2012年6月14日午前9時より関西電力大飯原発再稼働に反対して、24時間リレーハンストを開始しました。


脱原発ハンガー・ストライキ
〜子どもたちの、子どもたちの、子どもたちのために〜


2011年3月11日の大地震・津波によって引き起こされた福島第一原発事故。見えぬ恐怖に怯え、福島の人たちは心も体もバラバラに引き裂かれた。今も尚、多くの人たちが故郷に戻れずにいる。この「フクシマ」の、言葉に言い尽くせない大惨事は、日本にある54基のすべての原発を停止するに至った。そして多くの人たちが、「フクシマ」を自分の事として捉え始めた。これまで私たちは、原発を抱えた市町村の方々に負担を押し付け、電力を消費してきた。そして、これまで原発の存在に無関心であった。ここに改めて反省とお詫びを申しあげたい。

 そんな矢先、政府は、福井県にある「関西電力大飯原発」を再稼働させようとしている。野田総理は、「関西電力大飯原発」再稼働の理由として、「経済活動の停滞とそのことによる国民の暮らしが立ちゆかなくなること」を挙げているが、何故そうなるのかを全く説明しようとしない。しかも安全基準は何よりも暫定的なものでしかない。

「3.11」がもたらした数々の悲劇を見る以上、いかなることがあっても原発を再稼働させてはならない。第二の「フクシマ」を繰り返す事は絶対に許されない。こうした声を上げることで、大飯原発立地地域の人たちには経済苦をはじめ、引き裂かれるような思いをさせてしまうことになるのは心苦しいが、敢えて「関西電力大飯原発」の再稼働を止めるべく行動に踏み切ることを決意した。
当然、原発立地地域の人たちの暮らしは、今後も補償されなければならない。電力会社と政府の責任は言うまでもないが、私たち一人ひとりもその責任を果していかなければならない。日本にあるすべての原発が止まった時点で、私たちは原発に依存しない社会へむけて、「まずはこの夏を原発ゼロで乗り切ろう!」と決意した人たちもいる。
 被災地NGO恊働センターは、1995年1月17日の阪神淡路大震災を機に立ち上がったNGOである。私たちは17年前に「かけがえのない いのちの尊さ」を学んだ。だからこそ、人としての尊厳を取り戻すために「関西電力大飯原発」再稼働に反対し、福島の人たちの痛みとおおいで暮らす人たちの苦悩を共有する為にも24時間ハンガーストライキのリレーに入る。

これは、「関西電力大飯原発」再稼働の反対のみならず、原発のない社会への未来に向けた私たちの願いである。そして、東日本大震災を忘れないことも改めてここに誓う。
 アメリカ先住民のイロコイ族は「大事なことは、7世代先の子どもたちにとって有益であるかどうかで決める」という。
今一度考えよう、子どもたちの子どもたちの子どもたちのために・・・・

呼びかけ人:阪神淡路大震災・被災地NGO恊働センター*24時間リレーの方法:
 この主旨に賛同いただける人たちで、「24時間ハンスト」をリレーします。24時間のハンスト(水のみを摂取)を一人ずつ行い、次の一人にバトンタッチしていきます。それぞれが、それぞれの暮らしの中でやれる範囲でハンストを行ってください。

*参加者募集!!
 私も24時間のリレーに参加したいという方を募集しています。ハンストを通じて原発や身の回りの暮らしに向き合って頂けたら幸いです。参加者でローテーションを組んで途切れる事なく行っていきます。一人また一人と思いの輪をつないで行きましょう!「今日はどこの誰がハンストしている。」などの情報も今後、HPやブログなどで発信していきます。

*賛同者募集!!
 ハンストまでは出来ないけど、主旨に賛同するという方も募集しています。個人、団体は問いません。賛同者として名前をあげさせていただきます。匿名でも構いません。

*メッセージ募集!!
 原発再稼働やハンスト、震災などについてメッセージを募集しています。福島の県外避難者の声なども紹介していきます。

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トピックス
6月7日 大飯原発再稼働に反対して首相官邸前でダイイン。そして内閣府に要望書提出。福島の女性たちが涙ながらに訴えています。
http://www.youtube.com/watch?v=zYQNd2ybiDg&feature=youtu.be

6月8日 首相官邸前で約4000人が抗議行動。
http://www.youtube.com/watch?v=Qbph_hLE9bw

ご参加、ご賛同、メッセージなどは下記まで
***********************************
連絡先:阪神淡路大震災・被災地NGO恊働センター
〒652-0801 兵庫県神戸市兵庫区中道通2−1−10
    TEL : 078‐574‐0701
    FAX : 078‐574‐0702
    MAIL : ngo@pure.ne.jp
WEB : http://www.pure.ne.jp/~ngo/



MLホームページ: http://www.freeml.com/ngo-kyodo-center


染まる時4 [2012年06月15日(Fri)]

5月10日(木) 大槌の風を染める 2

小雨の中わらび学園に向かう。途中、まごころ広場のあのお好み焼き屋さんにSさんを訪ねる。お元気そうでホッとする。昼飯をそこで食べ、わらび学園に。前回来た時は、新築工事中だったパン工房や、改装中の作業所などがきれいに出来上がっていて見違えるよう。田中静子先生も本当に嬉しそうに新しくなった園内を案内してくださいました。通園の人たちも今までになく明るい表情に見えました。この1年2カ月、それぞれに覆いかぶさって来た苦難。その重たい雲の隙間に確かに晴れ間が見えてきたように感じました。
出来たてのパンを頂きました。お世辞抜きにうまい!!パン生地に粘りがあり。パン好きなポコちゃんペコちゃんも驚きの声。田中先生を始め年季の入った食いしん坊が何人もこの学園には居る証拠。美味しいものは元気が出る。光を感じました。

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小雨は降っていましたが、やはり染めよう!
みんな楽しみにしていたんだから。


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ほぼ8か月ぶりの野染です。


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染めた布の上に優しい雨粒の跡が付いていきます。
津波も緑滴る山々も、そこに生きる人間も自然(じねん)


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新しく生まれ変わった工房に、染布を取り込み乾かします。
伸子にかけて干しているのは、色を写し取った障子紙。
布の乾きも早くなり、〈色紙の行方〉も楽しめます。
雨でもこんな野染が出来るんだ!


わらび学園にお邪魔したのは6度目。その帰り道はいつも胸がチクチクするようでした。でも今回、釜石に向かう夜道を走る〈ポンコツ銀河号〉車内はなにか温かなものが満ちていました。



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