CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
« 2012年02月 | Main | 2012年04月»
プロフィール

さいとうひろしさんの画像
さいとうひろし
プロフィール
ブログ
<< 2012年03月 >>
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
カテゴリアーカイブ
リンク集
最新記事
最新コメント
成広のり子
風花 (03/11) ハックの家
つ ど う (09/17) 佐藤美紀子
梅雨展 (06/20) さいとうひろし
もうすぐ春だよ (03/17) chako@h2o
もうすぐ春だよ (03/16) さいとうひろし
アワワワワ〜! (12/11) さわだともこ
アワワワワ〜! (12/11) さいとうひろし
神様 仏様 (09/12) saito
神様 仏様 (09/11) うえむら
言葉 (07/11)
月別アーカイブ
日別アーカイブ
https://blog.canpan.info/shamurie/index1_0.rdf
https://blog.canpan.info/shamurie/index2_0.xml
いわきから京都へ そして釜石からも [2012年03月31日(Sat)]


臨在の海から光の鳥へ

no-title

クリックすると大きく見れます。


京都の現代美術を扱う老舗のギャラリー、射手座が昨5月に閉廊して、この町の文化がまた希薄になったような気がして、さびしい思いをしているのは私だけではないと思う。その射手座の最後の展示作品が福島・いわきの吉田重信さんによる<臨在の海>
床の砂の上に水を入れたペットボトルに背の高い1,000本の白菊が活けられ、左手奥に小さなホウズキのような赤い灯りのみがある。足元をふと見ると、こどもの靴が出口を探しているように置かれてある。
この光景を前にして、福島、宮城、岩手と被災地を巡り、帰って間もなかった私は、津波が引いた後の茫漠たる、それでいて何かとてもリアルなものに身体の奥底を揺らされるような、なんとも言えないあの風景と時間を思い出していました。ギャラリーの暗闇の中、目を凝らしているとその切り揃えられて水平線のように見える白い菊が、浪のようにうねり始め、やがて夜の波間に無数の蝶々が飛び交っているように見えてくる。その後、被災地で蝶のキルト(てびらこつぎっこ)を縫って行こうと思い至る、契機の一つとなった出来事が、この吉田重信さんの<臨在の海>であった。
昨4月の末に私はいわきで、吉田さんと会っている。行動を共にしていた私の二男も一緒に、福島の酒を飲みながら話を重ねた夜のことは、今でもしっかりと覚えている。名も知れぬ人たちが、この凄まじい出来事のただなかで為したであろう無私の行動について、宮澤賢治のこと、今この時のアートの意味などを夜更けまで語り合ったと思う。

<臨在の海>の後、吉田さんは光りを見出そうと、こどもたちと歩き始めたようだ。「知ることは、アートをより強く深くする」という彼の言葉は胸を打つ。

FUKUSHIMA ART プロジェクト 福島∞京都
元立誠小学校(京都市中京区)
4月3日〜15日

地図元・立誠小学校アクセスマップ.pdf

papillon1.jpg
風工房にくる黒アゲハ
海舞う蝶.pdf


岩手沿岸障がい者を支援する会山崎耀樹先生から初めて以下のようなメールが届きました。太字の万年筆でいつも味わいのあるお葉書を頂いていたのですが、いよいよPCの世界に一歩踏み出されたみたいです。遠く離れた私たちが、出来るだけ的外れのない状況に応じての対応をしてゆく上で、やはり現地でネットワークを作られている方とコミュニケーションを取りながら続けていくことがとても大切だと思います。確かな支援をされている人たちを後方支援していくことが、これからますます重要なことになります。山崎先生からの現地の生の声を随時お伝えさせてもらえればと思います。

こんにちは。御無沙汰をしています。
メールを何とか送れるようになりました。練習を兼ね、近況報告といたします。4月から「岩手沿岸障がい者を支援する会」を、受け持ちます。今までと同様の支援物資のお届けと、ボランテイアの繋ぎや、施設の支援等を続けていきたいとかんがえています。千葉の花の施設での販売は、好評でした。畑じまいをするキンセンカ・ストック・金魚草を、送料込1本20円での仕入れです。仮設を中心に販売されました。
ほかの団体の協力を得ながら、仮設の方々と「畑で遊ぼう」を企画しているところです。収穫したものを食べて楽しみながら、例の柿渋作りを忍び込ませたいと考えているところです。「岩手三陸復興の狼煙作戦」の連絡係をしています。釜石出身の方が、東京で立ち上げた団体です。訪問歯科診療やハンドリフレケア等を、提供してくださる団体です。災害時に、大槌・釜石・高田等で診療活動をしていました。
少しずつしかできませんが、続けていくことにしています。


葉書のお便りも楽しみにしております



pass22.jpg
35回児童画国際交流展(京都市美術館)より

こどもたちがいるから・・ [2012年03月29日(Thu)]


3月24日(土) 京都市立美術館
第35回 児童画国際交流展

私の家から歩いて5分ほどの所にある京都市立美術館で、知り合いが世話人となっている児童画展があるというので、覗いてみました。
<NPO法人The PASS 児童画の国際交流を進める画塾協会>主催のこの大規模な展覧会はもう35回にもなるといいます。会場は様々な国のこどもたちのエネルギーと瑞々しい色で溢れていました。

pass17.jpg


pass12.jpg


pass23.jpg


会場の一角に、この画塾協会が、一年間、
福島のこどもたちとの交流をしてきた様子が、
丁寧に分かりやすく展示してありました。

pass01.jpg
クリックすると拡大して見れます

pass02.jpg

震災直後に開かれた前回の展覧会の会場で、
先ず動き始めた様子が伝わってきます。
長年、こどもたちに寄り添ってこられた人たちの、
そしてこどもたちの必死さがあふれています。


pass04.jpg

あの後、転々としながら避難所や仮設を渡り歩いてきたこどもたち。
そのこどもたちのために、心をつくす大人たち。
そのこどもたちに救われる大人たち。


pass08.jpg

こんな時、画用紙が、絵の具や筆が大きな力になる。


ビルマとタイの国境沿いに点在する難民キャンプからも、
こどもたちの絵が届いていました。

pass10.jpg


pass11.jpg

昨年の夏、そのキャンプのいくつかが大規模な水害に襲われ、
深刻な被害を受けたということです。

pass13.jpg

軍事政権下のビルマ(ミャンマー)に生まれたこどもたちも
居場所を求め転々とする中でどんな夢を見ているのでしょうか。


贈り物 [2012年03月27日(Tue)]

嬉しい便りや贈り物が届きました。


img072.jpg

3月6日にお邪魔した、釜石祥雲支援学校。
中学部の送る会で楽しいゲームををさせてもらったのですが、
早速手紙が届きました。
春の便りです。


img067.jpg

中学部、リサイクル班の手による今年4月から来年3月までのカレンダー。
「紙すき班ですいた紙に、釜石の季節の魚などをデザインしました。
 スケジュールが書き込めるようになっています。
 一枚一枚心をこめて作りました」


img065.jpg

高等部の先輩たちのさすがの
手織コースター・ケータイストラップ・ビーズネックレス!


P1570026.JPG

なんと!私たちも随分と世話になっている釜石の銘酒・浜千鳥。
岩手・大槌産米の本醸造。
高等部紙工班が漉き描いたラベルが使われています!!
早速これからの花見にみんなで一杯頂きます。



img062.jpg

気仙沼・大谷小学校の藤村俊美校長先生からは、
卒業式に展示されたあの野染の布の写真が届きました。
卒業式前日の夜に届いた布を、
朝早くから教頭先生と共にディスプレーされたようです。


img063.jpg

「・・卒業式に向けて野染の布をお送りいただき大変お手数をおかけしました。お陰様で、別紙写真の通り、東からの太陽が差し込む中、早朝の会場に展示することができました。卒業式会場に素敵な雰囲気を醸しだし、会場をいっそう華やかにすることができました。本校職員や保護者から、大変好評でした。誠にありがとうございました。心より御礼申し上げます。・・・」
気仙沼市立大谷小学校長 藤村俊美先生の手紙より


img064.jpg

特別支援学校の児童による書も


卒業式後、大谷のこどもたちの分を残し、
あとはあの時参加したアジア17カ国・27人の人たちに向け、
国際交流基金より、早速送られました。

写真 (1).JPG

昨日、参加者に布を発送しました。
なんと、もうタイの参加者から届いたと連絡がありました!
何に使おうか考え中のようですが、とっても喜んでいました。
以上、ご報告でした。

国際交流基金の奥裕子さんから今日届いた便りです。





おめでとう! [2012年03月27日(Tue)]


今日は、大船渡保育園の卒園式です。



41.JPG


こんな祝電を送らせてもらいました(作文ペコちゃん)

ご卒園 おめでとうございます。
 保育園での生活で、たくさんの素敵な
 想い出があったことと思います。
 その中に、長いなが〜い白い布にみんなで染めた
 野染めのことも思い出の一つにしてくださいね。
 みなさんのキラキラと輝いた目、笑顔は宝物です。
 大船渡保育園のみなさんに出会えたことは私達の宝物です。
 遠くからみなさんのご卒園を心よりお祝い申し上げます。


京都の野染めとだじゃれのおっちゃん・ポコ・東京のペコより


42.JPG



みんなようがんばったね。





白き梅 [2012年03月24日(Sat)]



亀裂としての<3.11>


句・写真  赤松 桂


inotiumi.jpg

いのち産み いのちを奪ふ なゐの海
なゐ=古語 地震の意



ametuchi.jpg

あめつちの 制御は不能 原子の火



hitomigoku.jpg

福島の ひまわり 人身御供なる



sekkanno.jpg

石棺の チェルノブイリへ 曼珠沙華



fuyusumire.jpg

たましいは 除染さるるや 冬すみれ




michinokuno.jpg

みちのくの 海に手向けむ 白き梅


以前もこのブログで紹介させてもらった赤松桂。武蔵野に住む彼の行動範囲は極めて限られている。だから東北にも行けない。この世のタイムスケジュールからは逸脱している。だから朝の写真は撮れない。3・11以降体調を崩した。彼と同じく40数年のつき合いの共通の友、福島・相馬出身の作陶家のも九州の山奥の工房で寝込んだ。私たち三人は昨年春、東京で大学中退後初めて、それぞれの言葉と身体を持ち寄り三人展をした。会場には3人からつながる多くの人たちが訪れ、豊かな邂逅の場となった。作品展終了後2日を経て、大震災が起こり、そして原発が崩れた。


はなびらに2.jpg3人展の案内


原発的なる世の中を、結果的に容認してきたわれら。
それぞれの言葉と身体でそのおとしまえをつけていかなければならない。



東電、資本注入1兆円要請へ 8000億円追加援助も。 人事・議決権なお調整
2012/3/27 2:01日本経済新聞 電子版
東京電力は26日、週内にも政府の原子力損害賠償支援機構に1兆円の資本注入を要請する方向で調整に入った。福島第1原子力発電所事故の賠償資金として、8000億円台の追加資金援助も申請する。公的資金による支援は計3兆5000億円規模になる。東電と機構が策定中の「総合特別事業計画」に盛り込む。勝俣恒久会長の後任人事が遅れているため、枝野幸男経済産業相による総合計画の認定は4月にずれ込む見通しだ。


震災復興予算が10年で23兆円(この根拠も使い方も市民の側で徹底検証しなくてはいけない) 一年に換算すると2,3兆円。この復興予算に東電への資本注入は含まれているのか?これでまた東電の株価が上がるのか・・注視したい。



四国電原子力本部長「一つの通過点」 伊方3号機「妥当」判断   
2012/3/27 1:41 日本経済新聞 電子版
経済産業省原子力安全・保安院が26日、四国電力伊方原子力発電所3号機(愛媛県伊方町)の安全評価(ストレステスト)の1次評価結果を妥当とする審査書を原子力安全委員会に報告したことについて、四国電力の柿木一高・原子力本部長は同日、記者団に対し「国の審査の一つの通過点と認識している」と語った。安全委での今後の審査については、「審査が円滑に進むよう真摯に対応する」との方針を示した上で、「地元の理解を得て、一日も早い運転再開に向けて全力で臨む」と述べた。
 愛媛県の中村時広知事は、「原子力安全委員会は厳正に確認作業を進め、四国電力は国の指摘に真摯に対応するとともに伊方原発の安全確保に努めてほしい」というコメントを発表した。


国とは 真摯とは何ぞや



ひなまつり [2012年03月21日(Wed)]

3月6日(火)
釜石祥雲支援学校→うさぎのしっぽパッチワーク教室→大船渡保育園


手業展に参加してくれたそれぞれ4か所の人たちに報告を済ませ、ホッとした一日が終わり、私たちは、その日の宿となる大船渡の県立福祉の里センターに辿り着きました。近くにはあの気仙光陵支援学校もあり、大船渡の福祉関係の施設が集まっているエリアです。
実は次の日のスケジュールの都合で釜石に宿となる所を探していたのですが、どこも空き部屋がない状態。沿岸のホテルや旅館は津波にやられているところが多く、今営業している数少ないところは土木関係や、他府県から来て長逗留している行政関係の人たちなどが一杯で、私たちが入り込む余地がなかなかありません。
今回の宿は、相談した大船渡保育園の富澤郁子先生のご尽力でようやく泊まることが出来ました。朝食付きで2千円ちょっと、バリヤフリーでしょうがいがある方優先の宿泊研修施設です。その日は、関西の生協のボランティアの人たちなどが利用しておられました。私の知り合いの京都に住むしょうがいがある人の何人かが、被災地に行きたいという強い気持ちを持っているので、このセンターなどは拠点としては最適のような気がします。
ゆったりとしたお風呂につかり、床に就くなり爆睡。

朝食は、若いボランティアの人たちと一緒に済ませ、9時には釜石駅の待合室で岩手湾岸地区障がい者を支援する会の山崎耀樹先生とお会いする。1年がたち、今の、特にしょうがいがある人たちを巡る状況をお聞きしたいと思ったのです。前回、昨12月にわらび学園でお会いした時よりも、複雑なお顔をしているような気がしました。行政とのやり取りなどで相当疲れておられるように私には感じられました。やはり、この1年の異常な事態の中で、福祉の世界で踏ん張っておられる人の大変さは私などの想像を超えます。いわゆる支援物資を届ける動きから、しょうがいがある人が生活し作業をしていく上での質を、さらに充実していくために必要なものは何かを探り、より実質的な動きにシフトされて行ってるようにも感じました。たとえば高機(たかはた)・長機(ながはた)の手織機があればとか、柿渋など、草木染のための材料を作って行けないだろうかなどを考えておられました。これからもより具体的な話を山崎先生に伺っていければと思いました。

ちょうどその日は釜石祥雲支援学校で、中学3年生を送る会が行われるということ。是非おいでくださいとの、お言葉に甘えて出席することになりました。

13.jpg

昨6月に、私たちが手探りで今のような活動を始めた時、
真っ先に受け入れてくださった、特別な思い出の学校です。
懐かしい顔が並んでいます。


12.jpg

そこではすでに在校生、卒業生、そして先生方が一緒になってのゲーム大会が行われていました。魚釣りや椅子取りゲーム。こじんまりした会でしたが、刈谷副校長先生を始めみんな一緒くたになっての送る会は、しょうがいの程度に差があってもああこんなふうに行ったらいいんだ。行けるやんか。と思わせてくれる、なかなか味わい深く、しみじみとした良い会でした。
こどもといつも歩いているヒゲさんは、こんな時一番張り切るみたいです。

14.jpg

渡り廊下には、あの時の野染が



16.jpg

教室にはみんなで作った卒業作品が。
光り輝く釜石の海です。


17.jpg

待ちわびる春、そして祭り


またとない良い会に思いもかけず寄せてもらったおじさんおばさん達は、釜石ラーメンが美味しい<あゆとく>で昼飯をたっぷり頂き、大船渡へと戻りました。
そして、どうしても素通りするわけにはいかないうさぎのしっぽパッチワーク教室に寄りました。主宰の熊谷和子さんは、大船渡の椿まつりに、生徒さん達と様々な椿の作品を作り、大きな作品展を終えたばかりとのこと。本物の椿の木を会場に持ち込み、その枝に一足早く布の椿の花を一面に飾り付けたということでした。写真を見せてもらいましたがそれは見事なものでした。

18.jpg

そして教室に集う皆さんの部屋には、
やはり阪本大雅さんの色紙が飾られていました。
大雅さんのお連れ合いは今辛い病の中に居ります。
そんなお二人から届いた想いは、
春を待ちわびる被災地の皆さんの心にしっかりと届いています。



そして今回の旅の締めくくりは、やはり大船渡保育園でした。
この場所に集う人たちのなんともいえない豊かさに、いつも心を動かされている私たち。どうしても会いたいのです。今回は何の<出し物>も私たちは用意していません。ご迷惑を承知でお邪魔しました。
そこで、まず皆さんが用意してくださっていたのは、何と鱈チリ鍋!食いしん坊の私たちはいくつもの<別腹>を持っているので、ありがたくご馳走になることに。保育だけでも大変なのにいつもこのようなおもてなし、心苦しくもなんとも身に沁みます。

19.jpg

目を見張るお雛様!!
やはり今年の春は特別なのでしょう。圧倒的な力です。
地域の人が集まるこの保育園。
さぞかしみんなに希望を与えてくれていることでしょう。


21.jpg

園児全員のそれぞれのおひなさまが並びます。
私は、仕事で作るものには、桃色はほとんど使いません。
でもこれからは染めてみようかな。


20.jpg

それぞれが それなりに生き 若菜摘み
祖母・大村あさ の句


ことのほか寒く雪の多い今年の三陸で苦しみを分かち合いながら、望みを持って生きる方たちの顔に励ましていただきながらの3月の旅も、これで終了。ヒゲさんペコちゃんは東京へ、ポコと私は宇都宮に住む40年来の友人、ヒコ・いもこ夫妻の所で一泊。
そこでも美味しい鍋を頂き、京都へと帰りました。


お届けしてきました。 [2012年03月20日(Tue)]

3月4日(日)〜5日(月)雪模様 
ハックの家→田老町仮設→ケアホーム希望→わらび学園


雪の気仙沼・大谷小学校校庭での野染が終わり、市内にある復興市場・仮設商店街で海鮮うどんなどを腹に入れ、一行4人(ポコ、ペコ、ヒゲ、ワタシ)は百数十キロ先の田野畑村・ハックの家に向かいます。
手業展に参加した人たちの所を巡り、報告をしてゆく旅です。手業展には本当に多くの方たちが来てくださり、芳名録にはほとんどの方たちがメッセージを添えて下さいました。そのコピーや、会場風景の写真、そして売り上げを出来るだけ早く受け取っていただきたい、あの熱い時間、空気を、出来るだけ早く皆さんにお伝えしたい気持ちで一杯でした。

夜8時、雪の田野畑・ハックの家に辿り着きました。
この日は、ここハックの家に北海道から手打ちそばのボランティアの人たちが来て、五百食も打ってくださったということです。村の人のみならず田老の仮設などからも皆さんハックの家に集まり、舌鼓をうったとの事。その中には田老のチクチクの会の大棒レオ子さんも。ハックのおかあさん・竹下美恵子さんは一目見て、レオ子さんと分かったみたいで、両巨匠(?)の歴史的出会いが実現しました。この出会いから何かが起こりそうな予感が私にはあります。そのおいしい手打ちそばを私たちもご馳走になったのはいうまでもありません。

03.jpg

雪の朝。いつものハックの家の二階からの眺め。
部屋は一晩中、薪ストーブを点けていてくれたので心地よい温かさ。
春間近になると、雪の少ない三陸沿岸も、湿った雪が降ることが多いとか。


04.jpg

この日は、千葉の医師会の関係の人たちが4人、
支援物資などを抱えて来られました。
この田野畑村で、かつて10数年、診療所を開いて尽くしてこられた先生の
お知り合いの方たちでした。
ハックの家の人たちもこの冬を乗り越え、皆踏ん張っている様子。


02.jpg

ハックの家の玄関には、野染の写真と
奈良の書家・阪本大雅さんのお雛さんの色紙が飾ってありました。


雪の45号線を南下、仮設のあるグリーンピア田老に向かいます。


0.jpg

仮設団地の集会所には、<ゆいとりの会>の人たちが今回も集まって、チクチク会をしておりました。お会いするごとに打ち解けてゆくようです。
感想がびっちり書かれた手業展の芳名録は、特に皆さん食い入るように見られていたのが印象的でした。手業展に来られた方たちの多くは、自らも布好き、針仕事好きの人たち。ダイレクトに伝わる言葉が多いのだと想いました。

img054.jpg

img055.jpg

手業展の感想より クリックしたら大きく見れます


今回は、京都の布問屋さんからの洋装生地をかなり大量に受け取ってもらいました。チクチクが出来る場所はこの集会所だけ。それもその会だけが専有できる部屋ではもちろんありません。そのような支援の荷物は、4畳半二間の個人の仮設の部屋ではとても保管できません。また建前としてですが、仮設に住めるのは2年に限られています。せっかく良いクラフト工房が出来てきているのに、いろんな面で難問が山積みされています。
それでも皆さんは、明るくお茶っこしながらチクチクと手を動かされています。これから迎える様々な困難を彼女たちだけで乗り越えていくには本当に大変だと思います。やはり丈夫な手すりのようなものを外の人たちと一緒に作っていく必要を感じます。

賑やかな集会所を出て、私たちが寄ったのは、仮設店舗のあのお店。どんこ唐揚げ丼、魚だしの絶品ラーメンを喰わずにここを去るわけにはいかない。特にここに初めて来たヒゲさんにとって、今回の旅の主たる目的はどうもこの店にあるのでは・・・喰い終わった後のヒゲさんの満ち足りた顔が、それを表していたよね。
ゆいとりの会から頂いたお菓子のお土産を車に積み、宮古を抜け山田町・ケアホーム希望へと向かいます。

06.jpg

山田町・ケアホーム希望
手業展でも多くの人たちが手に取った詩集「海をうらまない」の作者
佐藤啓子さん(右)と仲間が持っている色紙は、
阪本大雅さんが書いた佐藤さんの詩

07.jpg

刈谷さん達、男が今ハマっているのは手編み。
筒型マフラーを編んでいます。とても良く売れているとか。



08.jpg

この日最後にお邪魔したのは、大槌町のわらび学園
その前に一月にも行った、仮設店舗の広島風お好み焼きを仕入れようと
立ち寄ったところもうすっかり店員が板に付いた、
あのバッグの作者、Sさんとまたお会いしました。
「わらび学園に持って行くなら、焼きたてを出前しますよ」
との気持ち良い返事。甘えることにしました。



09.jpg

Sさんは、わざわざ仮設からいくつものバッグも持って来て、
見せてくれました。あの野染のバッグも見事完成!
そしてみんなで記念撮影。
おたふくソースの匂いと、みんなの笑顔がミックス。
〈おいしい夜〉でした。




こどもとおとなのあそびーば [2012年03月14日(Wed)]

EducationGroup_0049.jpg
大谷小学校での野染の一部


EducationGroup_0073.jpg

野染の行方


みんなの胸には、ハックの家の裂き織ネームプレート

np1.jpg


np2.jpg


np3.jpg




野染を終えた一行は、あそびーばへ。
そこには、ここにずっと詰めている、こども達が大好きな若いプレイリーダーのカンペイちゃん、そしてNPO法人<日本遊び場づくり協会>の日本最初のプレイリーダーとして約30年間こどもに関わってこられた天野さんが、こどもたちと共に出迎えてくれました。

EducationGroup_0082.jpg

EducationGroup_0076.jpg

前日から澤畑夫妻が仕込んでいたパンが、
たき火で焼かれ、皆舌鼓を打ち、そしてソリ遊びに興じる。



img053.jpg



プレイリーダーとは
こどもが自由に遊べるように見守る大人で
こどもの理解者であり
あそびの仕掛け人であり
応急処置係でもあり
こどもの立場で物事を考える大人であり
遊び仲間でもあります。

私たちの震災物語 ―日本冒険遊び場づくり篇ーより


こどもは自らの気持ちや思っていることをなかなか言葉で表現することが出来ない、とても不器用な存在です。大人は価値観や想像力を独占し、一方的にこどもの世界をとらえる場合が極めて多いと思います。あそびの世界もこどもの窓から見ようとせず、大人目線で、狭く、安全で、健全なそして道徳的な世界に管理してゆく傾向があります(今人気な、あの関西の市長のように)。特に様々な理由で、はみ出したり、暴れたり、集団行動をとれないこども達を、その原因を見極めようとはせず、良くない存在として締め付け、選り分け、縛っていきがちです。
今回のような大きな災害を経験し、今も厳しい状況の中で揺れ動くこども達の過度なストレスや、怒り、悲しみなどを受け止める場所はとても必要とされています。
今まで、こどもと寄り添いながら30年以上に亘り冒険遊び場活動をしてきた人たちが、被災地・気仙沼であそびーばをいち早く作っていったことはとても大きな意味があると思います。
聞くところによると、大谷小学校の藤村俊美校長先生や、あそびーばを快く提供してくださった地主の方たち、ここでも、こどもに寄り添う大人の存在が大きかったということです。

その辺りの様子が、冒険遊び場協会のホームページに紹介されています。
特に、漫画家の井上きみどりさんが「私たちの震災物語」という本を出されていて、その中でこの大谷海岸にあるあそびーばについて、とても丁寧に描いています。ホームページで閲覧できますので、是非ご覧になってください。

「私たちの震災物語」 井上きみどり著(集英社刊)830円(税込)






写真.JPG

ニュージーランド・クライストチャーチより参加した小学校の先生より、
帰国後野染の様子が当地の新聞に掲載されたとレポートが入りました。


気仙の空 [2012年03月12日(Mon)]


気仙沼・大谷小学校 3月4日(日)快晴


大谷海岸は、三陸では珍しい遠浅の砂浜があり、夏は海水浴客で賑わう所だそうです。しかし今回の津波で砂は持って行かれ、地盤沈下も激しく様相が一変したということです。
その大谷海岸から内陸に入った所に、大谷小学校はあります。校庭には200戸を超える仮設があります。以前私たちは、その仮設や、その小学校よりさらに奥にあるあそびーばに来たことがあります。
今回、国際交流基金からの要請で、東アジア16カ国27人の人たち、そして地元のこどもたちと野染をすることになりいつものスタッフ(ポコ、ペコ、ヒゲさん)と共に気仙沼に出かけました。メモリアル・キルト・ジャパンのスタッフで南三陸町の近くに実家がある猪俣光江さんも東京から駆けつけ合流。この野染は、昨秋、毎年野染に呼ばれている川崎のフリースペース・えんで、今回のアジアの人たちのプログラム実行の中心的役割をされている永田佳之さん(聖心女子大学 教育学科準教授)にお会いしたことが直接的なきっかけでした。冒険遊び場(プレーパーク)に関しては以前このブログでも何回かお伝えしてきました。今回の野染の実現には、そこのスタッフのかたがたと、大谷小学校の校長先生が、今まで良い関係を作ってこられた事が、とても大きなことだったのではと、現地に行ってみて感じました。

kesen2.jpg
前々日までは大雪、そしてこの天気!
またしても晴れ女のペコちゃん(澤畑明見さん)の念力、恐るべし!!


kesen1.jpg
日本独特の染色道具ガリ(布を挟む、張り木)に興味しんしん。


kesen9.jpg
左から国際交流基金の奥裕子さん、ヒゲさん、ペコちゃん
奥さんはすっかりプレーパーク・フリークに


kesen3.jpg
おっちゃんの芸がどこまでアジアの人たちに通じるか
何しろ笑わせてナンボ・・・


kesen5.jpg
染め始めたら国も人種も年齢も関係ない。
35歳までの若いNPOのリーダーたち。
タイのあの津波の地域から来た人や、一年前大きな地震があった
ニュージーランド・クライストチャーチ市の小学校の先生も。


kesen7.jpg
気仙の青空に

kesen8.jpg
染め終わった布の上に、障子紙を転がしリプリント
以上、写真提供・久野兼児さん


kesen13.jpg
連日のレクチャーや、すさまじい津波の跡を見てきて、
少し疲れ気味の彼らも、こどもたちと共に、一気に笑顔に。


kesen14.jpg
風穏やかに、色冴えわたり


kesen12.jpg
リプリントされた障子紙には雪の結晶のような模様が
以上、写真提供・猪俣光江さん


そして彼らは、あそびーばに向かいました。


願い [2012年03月12日(Mon)]

hounenin8.jpg

法然院 photo 岡本千尋


yuujin2.jpg

クリックすると大きく見れます。


| 次へ