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耳を澄ます 3 [2011年12月31日(Sat)]


12月8日(木) わらび学園そして山崎耀樹さん


まごころ広場から川沿いを上流のほうに上ってゆくと、その川べりの僅かな田畑の上に、小さな仮設団地が、いくつも出来ている。買い物ができるような店はなく、いかにも湿気があり、日当たりの悪い所に住む人たちのご苦労はいかばかりであろうか。しばらくして右手に折れ、山道を少し上がると懐かしいわらび学園が見えてくる。



クリスマスに向け、近くで拾った松ぼっくりを素材に、ツリー作りにいそしんでいる人の背後には、てびらこつぎっこ、大切な<ともだち>がいます。

あれから9カ月が過ぎました。
これからますます寒さが厳しくなる冬に。今は浄土におられる友達と共に、みなさん寄り添って、その準備をされてるようにも感じました。




園庭で机を並べて、切干大根作りもされていました。袋の中にはニンジンやシイタケの干物も。写真の物は細切りですが、これよりもう少し幅のあるものと、2タイプがあります。お勧めです。是非皆さんでまとめて注文して頂ければありがたいです。値段等、精細は わらび学園(0193-42-7741)まで。(お問い合わせは、正月明けにお願いします)



9月にわらび学園にお邪魔した際、その帰りぎわに5分ほどお会いした方の印象が、強く残っていました。「ハックの家に行ってください」と山崎耀樹さんがおっしゃった声が胸の底にたまり、やがて田野畑村のハックの家と繋がることになりました。
今回の旅は、当地でしょうがいがある人たちのネットワークを作っておられる人に会い、話を伺うことを主なる目的としました。
遠方に住む私たちの動きが果たして被災地に住む人たち,特にしょうがいのある人たちにとって意味のあることであるのか、良かれと思いすることが見当違いにはなっていないだろうか。今、そしてこれから一体何を必要としているのかを、アドバイスして下さる人の存在が私たちにはどうしても必要です。そこでまず岩手湾岸地区障がい者を支援する会を立ち上げて活動されている山崎耀樹さんと、わらび学園でお会いし、話を伺うことになりました。


震災直後の物資支援から、資金活動に切り替えられ、今は行政が、がれきの木材を燃やした灰熱を利用したエネルギー政策が具体化され始めているみたいで、はなから、しょうがいがある人たちがそのプロジェクトには組み込まれていないので、今のうちにどうにかそこに参加できないか、動いておられるとのこと。また、ボランティアをつなぐコーディネート的な役割もしてこられたようです。行政のボランティアの受付業務もボランティアがしているような状況で、うまく機能していない現状があるということです。
20年ほど、養護学校(今は支援学校)の養護教員をされていた山崎さんが、鳥瞰図と虫瞰図(小田 実)を描きながら、三陸沿岸で生きる、しょうがいがある人たちの為に、尽力されている様子が、その穏やかな、しかし熱のある語り口からとてもよく伝わってきました。
切干大根や干しシイタケの商品化、作業所で作られる作品のレベルアップ、各作業所同士のネットワーク作りなど、一時は年間8トンもの藍を栽培されておられたという、クラフトにも造詣が深い山崎さんの見渡されている眼はとても深いものがあると思いました。このような方を行政がバックアップしてゆけば、かなり効果的で有意義なことができるのではないかと思いますが、硬直化した行政は、震災後も本質的には変わっていないのでしょうか・・


私たちは、しょうがいがある人たちの存在こそ、この危機的な状況の社会にとって、大きな希望であると今回ほど感じたことはありませんでした。
危機を乗り越えるためのスローガンとしてという言葉がもてはやされています。家族から国家へ繋がるイメージが私はこの言葉に強く感じます。絆から外れてしまう存在(時として、しょうがいがある人をそのように捉えてしまう人もある)はいわば反国家的な存在になるのかもしれません。人という存在を一つのイメージに独占してしまう<たが>のような機能としての絆という言葉(糸へんと牛の象形文字で構成されているこの文字は、牛や馬をつなぎ止める綱のことで、逃げられないように自由を奪い我が物にするというのが本来の意味です)。
でも仮設での離婚が増え、孤独死も相次ぐ被災地の状況を見る時、今必要とされているのは、そのようなきしんだ心と体を解くことのほうが大切なのではないでしょうか。この解く所に、しょうがいがある人たちが生きているように思えてなりません。

以前このブログにエッセイを載せてくれた神戸の詩人・季村敏夫さんもそのことを強く感じた人だと思います。2012年1月23日より京都新聞紙上にて季村さんのエッセイの連載が始まります。第一回目のタイトルは〈野染め〉だそうです。



11月・黒谷(金戒光明寺)にて



こんな大変な状況の中で、ただ強いものたちがイメージした社会を作っていくのではなく、よわきものの地平から、再構築してゆく世界を夢見たいと思います。



耳を澄ます 2 [2011年12月26日(Mon)]

12月8日(木) 大槌町・まごころ広場


一段と冷え込んだ朝、平田の集会場を出て、大槌のわらび学園に向かう。途中、避難所があった総合運動公園に立ち寄る。6月にお邪魔した時に野染をしたまごころ広場には、プレハブの診療所があり、12月10日オープン予定のお好み焼きや、から揚げ屋さんの建物が出来、開店に向けてのレクチャーがちょうど始まったところでした。広島のあの有名なオタフクソースの方が、これから店のスタッフになる為に集まった人たちを前に挨拶をしていました。その中には、見覚えのある、あの時野染をしたり、アミアミ会をした人たちの顔がありました。


私には祈りの場のように見えた。




わらび学園からの帰り、もう一度立ち寄ると、オタフクお好み焼きの実習が始まっていました。




熱心に説明に聞き入っている人の一人に、Sさんがいました。
「あの時の布でバッグを作ったから見て!」



わざわざ仮設に戻り、持って来てくれました。



見事な出来栄え。これから取っ手を付けられるとのこと。



Sさんはあの時「3月11日以前に撚りを戻したい」とつぶやかれた。お母さんと息子さんがまだ見つかっておりません。この9カ月に及ぶ日々の過酷さと、どうやって折り合いをつけて来られたのか。この美しいバッグを作る時間に思い至るには、私の過ごした時間とのあまりの違いがそこにはあります。
ただただ、申し訳なく、ありがたく、尊い。



耳を澄ます [2011年12月24日(Sat)]


 12月7日(水) 大船渡保育園から、平田地区集会所へ


再び、12月の三陸旅報告に戻ります。


大船渡保育園には、この日京都・宇治の三室戸保育園の杉本一久園長も来てくださいました。てびらこつぎっこの他に、矢澤さんの太鼓が急遽決まり、そして私たちも遅れて到着という、忙しない状況になってしまい、二つの保育園が膝を突き合わせてゆっくり出会うということが充分には出来ませんでした。遠方よりわざわざ来て下さった杉本先生には申し訳なく思っています。でもまず会うことからしか何事も始まりません。このような状況の中で、地域の拠点として踏ん張っておられるこの保育園の様子を、同じ「こどもとゆく現場」におられる方がつぶさに見られたことの意味は本当に大きなことと思います。これからどのような形で結びあってゆかれるか、楽しみです。



10月に園庭で染めた野染めが玄関に。 大船渡保育園



三陸の日没は早い。4時半にはもう暗くなる。通いなれたリアス式海岸を北へ、釜石平田仮設団地の手前にある集会所に到着。やはり冷気が覆っている。今晩は、ここに泊まらせてもらうことに。
嬉しいことに、9月に野染や、アミアミの会をした懐かしい顔ぶれが、仮設からの夜道を歩き集ってくれました。石油ストーブで温かくなった畳の部屋で、澤畑明見さんを囲んでの、即席の魔法の一本針講習会が始まりました。9月にお邪魔した時には、一本針が不足して、急いで100円ショップに走り、竹の割りばしを手に入れ、ヒゲさんや窪添さんが一本針を手作りしたのでした。今回は明見さんがたっぷりと持って来ていて、皆さんにお渡しすることができました。
こんな時は、やはりあっという間に時計の針は回ります。
「おやすみ、お元気で、また会いましょう」名残惜しく、挨拶を交わしました。鶴岡のおねえさんの「おから」を皆さんに少しずつ受け取っていただきました。

その夜は、集会所にあった、京都市からの支援の毛布を敷き寝袋に潜り込みました。

翌朝、昨夜来て下さった仮設に住む岩間さんが仕事に行く前に、出来たての<いなりずし>を抱えて訪ねて来て下さいました。小ぶりの美味しそうな物が箱にたくさん並んでいます。あれから帰られて、朝までの間にこれだけのことを仮設ですることの大変さを想います。
優しい味が心に沁みました。

もうひとつ報告・・・明見さんが車中で編んでいた、私のための完成間近なケータイケースは大船渡保育園に、ポコちゃんの老眼鏡はこの集会所に忘れてきました。(薄れてきたのは私だけじゃない・・・)






12月の三陸の旅 [2011年12月20日(Tue)]
 
彼女たちから託された物


今回、私は、二学期だけ臨時講師をしている、華頂女子高等学校の物作りコースの生徒7人に託された物を持ち、旅をしました。
9月から3カ月ほどの短い期間でしたが、その間私は、2回に亘る三陸への旅をしましたが、帰るごとに教室で待つ生徒たちに、被災地の様子や、出会った人たちのことなどを話しました。授業を重ねるごとにみんな、自分に深く向き合うようになってきたのが手に取るように分かりました。彼女たちの書くレポートもそれに連れ、長く豊かな内容になってきたように思います。そして私自身も、彼女たちとのやり取りの中で、ずいぶんと教えられたことがたくさんありました。





9月の初め、校庭で透け感のある綿ボイル20mを皆で染めました。




染めた布を皆で分け合い、
それぞれの作品(服やバッグ、シュシュなど)を作っていきます。
その中で、大きな蝶を作り始めた人がおりました。


てびらこつぎっこが始まりました。



最後はみんな居残り授業を何日も続け、美しく元気な作品が仕上がりました。
「縫っている時間の中でいろんな話が出来て、おっちゃんが言っていた、被災地でのみんなで縫うことの意味がわかるような気がしました」ある生徒の感想文にそう書いてありました。

私はこの作品を是非、ご縁が出来た三陸の方たちに見てほしいと思い、彼女たちに話すと、「おっちゃん持って行って」と嬉しそう。



私のコースは取っていない手芸クラブの生徒二人からも、手作りのお針箱6個も託されました。



大船渡保育園の、てびらこつぎっこの会で、見てもらいました。12月7日


被災地からの長旅から帰ると、私の身心はやはり疲れています。でも彼女たちの明るく、そしてひたむきな顔を見ると、いつも力がまた湧いてきて、どんなに助けられたかしれません。



彼女たちのそれぞれの思いもバッグに詰め12月の三陸旅は続きます。



福島から避難されている人たちと 1 [2011年12月18日(Sun)]

12月16日(金) 風工房


12月の三陸への旅レポート中ですが、昨日行われた堺での集いの報告をさせていただきます。この後引き続き三陸レポートをいたします。



こちらからの呼び掛けに、時間がない中各地から続々と、毛糸・編み針・お針箱が届いてきました。



小倉ゆき子先生からは、美しいお針箱が60箱も。先生のことなども書かれた、澤畑明見さんからのエッセイが届いています。後日このブログにてお伝えいたしますので楽しみに。



そのお針箱の中には、手作りの素晴らしい針山も。




16日、種分け、整理、準備をするチャコとポコ。



毛糸もたっぷりと届きました。
大量に届けて下さった、(社福)世田谷ボランティア協会やフェルケル寿々栄さん、鮎葉さん、そこに繋がる(社)日本編物文化協会、のことは後日お伝えします。

皆さまからの支援の数々を車いっぱいに詰め込み、堺に向かいます。


福島から避難されている人たちと 2 [2011年12月18日(Sun)]

12月17日(土) 快晴 堺・西原公園にて


12月にしては驚くほどのうららかな天気。気温は低いけど、まばゆい陽光が降り注ぎ、銀杏の黄色が敷き詰められた地面は、ふわふわとやわらかく温かい、絶好の野染め日和となりました。


私たちが通わせてもらっている、三陸とはまるで異質な状況がここにはあります。泉北ニュータウンという広大なベッドタウンに点在する府営住宅に、福島から来られた方たち300人ほどが散らばって生活をされているとのこと。先行きが見えない中で、どのように生活されているのか、語り合う相手もなかなか得られない中で、引きこもってしまう人たちがとても多いと聞きました。
今回の野染に参加して下さった方は、僅かでしたが、お知らせのチラシを見て、行こうと腰を上げるには、それなりの気持ちの切り替えが必要とされているのかもしれません。



それでも参加してくれたこどもたちは笑顔一杯
保護者の方たちも楽しそうに



お兄ちゃんはこの後、栂文化会館内にある図書室で、読書に没頭



見事な野染



今回の仕掛け人の一人、木下健治さん(左)は、生命保険会社に勤める傍ら、福島浪江町で被災された、語り部の吉川裕子さんと出合われ、一緒に許可なしでは入ることもできない現地まで行かれたりして、サポートを続けておられる方でした。
木下さんや窪添さんたちは、握りたてのおむすびと、暖かな味噌汁を用意してくれていました。


福島から避難されている人たちと 3 [2011年12月18日(Sun)]



栂文化会館でのチクチク・アミアミ会


文化会館の中にある視聴覚教室での集まりは、ごく少数の参加者となりました。
同時刻に、区役所のほうで、避難者のための物資を揃えた催しが行われていて、そちらのほうに多くの人たちが集中してしまいました。
そのため用意したお針箱や毛糸は、殆どお渡しすることはできませんでした。
それでも参加して下さった、郡山から例の水素爆発のすぐあとにこどもたちと避難されてきたお母さんの話をゆっくりと聞くことができました。



すごく前向きにこの地域で生活されている様子はとても印象的でした。近くの図書館で、読み聞かせのボランティアまでしておられるとのことでした。
そして支援をしようとして下さる人たちに感謝をしつつも、自分たちを見て、すぐ涙する人が多く、どうしても思いこみによるステレオタイプ的な反応をしがちな傾向に違和感を感じることも多少あるみたいです。
やはり出会い、話すことから始めること、その大切さをここでも思いました。



チャコは、かぎ針編みを伝授



私たちは、今関わらせていただいている三陸の人たちとのご縁を大切にすることで、手一杯の状況ですが各地に避難されておられるこのような方々との交流も、時間の許される範囲でさせていただければと思いました。

皆さまから送って下さった大切な物は、木下さんたちの活動で出会われる人や、三陸の方たち、必要とされている方たちに受け取っていただけるようにいたします。これからも随時報告をいたします。。



すべて終わり文化会館の窓越しに見た夕焼け。美しい一日、ありがとう!





大船渡保育園 3 [2011年12月18日(Sun)]

 太鼓鳴る


四万騎農園での4人展で、毎日力のこもった太鼓を聞かせてくださった、矢澤啓史さんが大船渡保育園での<てびらこつぎっこチクチク会>に急遽参加してくれました。
軽トラックに、よくぞあれだけの量の太鼓をと、びっくりするぐらい詰め込んで霞ケ浦からやってきてくれました。
急な話にも関わらず、保育園のほうでも快く迎い入れて下さいました。
すぐ隣の陸前高田では、全国大会が開かれるほど、この辺りは太鼓が盛んなところだということです。でも今回の津波でその太鼓も随分流されたという話を、富澤郁子主任先生からお聞きしました。港町で培ってきた<音>を取り戻すことは、人の生活を取り戻すこと。容易ではないことは確かです。でも太鼓を打ち鳴らすことで、復興に向けて奮い立たす伝統の底力がここにはあることを、今回も、そして9月の旅の突破占めに聞いた花巻での鹿踊りの音にも確かに感じました。


チクチク会が終了後、こどもたちの瑞々しい色が溢れる絵に囲まれた会場に太鼓が鳴ります。




矢澤啓史さんが、身体ごと太鼓に向かいます。

太鼓はすべて彼の手作り、両足にはたくさんの鈴が。




撥(バチ)をたたくしぐさをすぐ始める男の子、気合いが満ちる。

今こそ船出を!と、矢澤さんが、今年3月に作った音曲が鳴り響く




こどもたちも太鼓祭り

矢澤さんのコントロールなど効かない





おとなは整然としつつも熱く




このこたちが太鼓を打ち鳴らす日が必ず来ます。



矢澤さんは南へ、私たちは北へ。釜石・平田の集会所に泊まらせてもらいます。


後日、保育園に電話をすると、その第一声が「おから美味しかった!ごちそうさま!!」



大船渡保育園 1 [2011年12月16日(Fri)]

12月7日(水)午後  大船渡保育園



大船渡保育園には、たくさんの保護者の方や地域の人たちがすでに集まってきてくれていました。まず最初にみんなでてびらこつぎっこをしよう、ということになり、全員で布を取り囲み縫い始めました。



この地域の大切なそして力強い拠点として
この保育園はあるのが分かります。




前回お邪魔した時に受け取っていただいたお針箱を持ってきた人も




子育て支援センターに集うお母さん方も




うさぎのしっぽパッチワーク教室の熊谷さんやお仲間も、
みんな一緒にてびらこつぎっこ




9月にうさぎのしっぽパッチワーク教室にお邪魔した時に縫い始めたてびらこつぎっこは、その後、陸前高田の仮設住宅などで、熊谷さん(中央)が集いをされたりして、ずいぶん沢山縫われ、こんな綺麗に。これからも縫い継がれてゆくことでしょう。右の方が、この保育園と私たちをつなげて下さった、以前は小学校の校長をされていた金野美智子先生。

大船渡保育園 2 [2011年12月16日(Fri)]

アミアミ会


前回お邪魔した時、子育て支援センターに集うお母さんたちが、背中に赤ちゃんを背負い、魔法の一本針で、その赤ちゃんたちの温かな毛糸の靴下を編んでいたのがとても印象に残っていました。この間、かわいい靴下を編みあげ、中には10足も作ったお母さんもおられて、友達の赤ちゃんにもプレゼントもされたということです。


保育園で作品展までされたとのこと




帽子や上着まで!
東京のおじいちゃん、おばあちゃん見てますか!!
元気だよ!!!




これから何を作ろうか、盛り上がるお母さんたち。



20年ぶりに編み物を始めたそうです。見事な出来栄え。



澤畑明見さんを囲んでの魔法の一本針によるアミアミ会は、今回も。




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