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みんなわすれてへんよ [2015年12月18日(Fri)]

今開催中のメモリアルキルト展のことをお伝えいたします。
風の布・パピヨンの仲間の、ポコもペコもそして私も、1990年に発足したメモリアル・キルト・ジャパンの活動に深く関わってきた者同士です。グループ名の由来も、みなさんと風の中で染めた布をベースに、失われた命に向けてキルトを縫えればとの願いから来ています。
かけがえのない大切な命を失った悲しみ寂しさ、やり場のない怒りを、身近な人たちが集まり、泣き、語り、時に笑い合う時間を、キルトを囲みながら共有していくこと。それは状況は違っても通じ合う行為なのではと信じております。

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キルトを一枚一枚広げ、やあ という。
キルト同士も やあ と 懐かしそう。
12歳のゆきちゃん、15歳の猫好きRくん、30歳のアルファや八十吉、39歳の平田豊さん、50歳を超えるまで頑張った赤瀬範保さんや石田吉明さん。ご夫婦のKW,KFさん、佐賀のこどもたち、阪神ファンと巨人ファンのおこたちもも久しぶりにプレーボール!好きだった北斎の波も・・
なんかにぎやかになってきたね。
京都華頂高校のテディたちもワイワイと集まってきたよ。
みんな、わすれてへんよ。
今年も、キルト展が始まる。
みんな会いに来てや。待ってるよ!


今年も恒例の、AIDSメモリアルキルト展が行われます。
クリスマスで賑わう四条河原町から南へ、五条下がった東側にある ひと・まち交流館京都のギャラリースペースです。
困難な病を抱え、生き、闘った人たちの命の記録メモリアル・キルトをできるだけたくさんの、特に若い人たちに見てほしいと願っております。
場・ひと・まち交流館京都 075-354-8711
時・12月18日(金)~20日(日) 10:00~17:00  20日は16:30まで
主催・メモリアル・キルト・ジャパン http://mqj.jp/
協賛・風工房・華頂女子中学高等学校
*入場無料*


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今までのメモリアル・キルトの記事もご覧ください。
https://blog.canpan.info/shamurie/category_3/1








ちいさきひとたちへ [2014年12月25日(Thu)]

AIDSメモリアル・キルト展終了しました。寒い中、足を運んでくださり、また思いを寄せてくださり感謝です。今年の会場では、非加熱の輸入血液製剤により苦しみの中、短い人生を閉ざされた幼き人たちと、ガザやシリヤなど多くの地域で虐殺され続けているちいさき人たちがダブり、またその向こうに放射能被害にさらされている我らがこどもたちの後ろ姿がみえ、個人的にはなにかとても重い気持ちの2日間でした。

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詩・深井ゆうじん


会場には、薬害エイズ訴訟の先頭に立って闘われた、赤瀬範保さん、石田吉明さんのキルト。30歳で逝くまで、彼ららしいやり方で国や製薬会社、医療現場と対峙し、小さな人たちに向けても尽力した、アルファと八十吉のキルト。10代で逝った少年たちの、その生きた証が美しい布で表現された数々のキルトたちも並んでいます。生まれつき血液凝固因子が極めて少ない体で生まれたかれらが、手足の関節や脳内の出血などに苦しんできた中で、登場した夢のような薬。アメリカからの非加熱の輸入血液製剤により多くの血友病を抱える人たちがHIV感染させられたあの地獄のような出来事。その中で、社会的には名も知られてない彼らがいかに生き闘い、何を残していってくれたのかをこのキルトたちは静かに、熱く伝えてくれています。

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そしてこの場にいると、どうしても今、放射能により苦しむちいさな人たちのことが重なって仕方ありません。あの厚生省を取り囲んだ、人間の鎖の先頭で闘い、いま、「子ども・被災者支援法」に尽力しておられる川田龍平さんの言葉を添えます。

 『子どもたちが大人になって、後で甲状腺ガンなどの症状が出てしまった時に、国に補償してもらおうと思っても、裁判を起こし、因果関係を証明し・・・といった、途方もない労力がかかるのです。水俣病のときも、それがどれだけ大変なことだったか、過去の歴史からも明らかです。薬害エイズの裁判で、国を相手に戦ってきた経験からも、それだけは何としても避けたかった。もう、自分と同じような思いを子どもたちに二度と味合わせたくはなかったのです。
だから、この法律で、子どもたちの健康診断や治療を受けられるようにして、放射性物質から守れる体制を先に作っておきたかった。』
改めて考える!「子ども・被災者支援法」の“今” 川田龍平オフィシャルブログより


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今回も京都華頂女子高校の手芸部の生徒たち、卒業生たちがかわいいテディベアを作って参加してくれました。メモリアル・キルトのかかわって20年。持続こそ力。寺尾由美先生に感謝です。

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語らい [2014年12月20日(Sat)]


AIDSメモリアル・キルト展
セッティングできました。
新しいキルトも加わりました。
キルトどうしの賑やかなおしゃべりが聴こえてくるようです。
今日と明日の2日間です。
どうかお誘い合わせておこしください。
キルトたちともどもお待ちしております。


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キルトが街にやってくる! [2014年12月19日(Fri)]


耳を澄まし 見つめてください。

いのちの布・AIDSメモリアル・キルト展お越しください。
新しく仲間入りしたキルト、
華頂女子高等学校の皆さんの作られた、テディベア達も待ってます!

河原町五条下ル東側 ひと・まち交流館京都075-354-8711
12月20日(土)〜21日(日)10:00~17:00(21日は16:30まで)

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*メモリアル・キルトに関しては*
ブログ 風の布・パピヨン
https://blog.canpan.info/shamurie/category_3
メモリアル・キルト・ジャパン(MQJ)のホームページ
http://mqj.jp/
華頂女子高等学校のホームページなど、ご覧下さい。
http://www.kacho.ed.jp/20141220_kilt/



年の瀬のキルト展 [2013年12月23日(Mon)]

メモリアルキルト展(MQJ主催)、無事終了しました。
今ある人、浄土におられる人が、ワイワイ、ヒソヒソと語り合い、
泣き笑う時間が今年も持てました。
一年を無事にやり過ごすことの難しさ。
だからこそ情を交わし合うことの嬉しさが、
心に沁みた年の瀬でした。
報告をいたします。


病者が病者でいられる社会を!

石田吉明さんの言葉より



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2011年4月15日 赤瀬範保さんが制作した「愛のキルト」
その二ヵ月後に不帰の人となりました。今でも熱い太陽のよう。



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AIDSメモリアルキルト展inひとまち交流館京都
キルトのみんなも温かな居場所を得て、
お互いおしゃべりを始めたようです。



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華頂女子高等学校のテディベアも見つめるキルトたち。

飛び上がっている狐のキルトは、同性愛者であること、HIVに感染していることをカミングアウトし、数多くの短歌を残して逝った平田豊さんのものです。東京・東久留米のボランティアグループ<うんどうぐつ>のみんなが、大好きだった平田さんに向け縫って行きました。


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石田吉明さんのキルト(中央)

赤瀬範保さんが逝かれた後、原告の代表として先頭に立ち頑張られた人です。「京都からの手紙」という組織を作り、全国のこの病に苦しむ仲間に、最新の治療情報など、生き抜くための大切なメッセージを発信続けられました。カメラ好きな石田さんの写真を布にプリントしたものや、大好きだった琵琶湖の花火がデザインされ縫われています。


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19年前に作られた京都・華頂女子高等学校のメッセージキルトの前には、関わり続けて来られた寺尾先生(左)と手芸部のOG達。ことしもテディーベアを作って参加してくれました。中には、じぇじぇじぇベアーも!それぞれウニを抱えているレアもので、完売しました。


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制作中のメモリアルキルトには、彼が慈しんだ猫のキルトも。
その後10年、ご両親のもとで幸せな生活を送りました。



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巨人ファンと阪神ファンだった二人のキルトが一緒に展示されています。10代前半と後半に、それぞれ若くして逝かれた二人は共に血友病という病を抱えて生まれ、その治療のための血液製剤からHIV感染させられ、AIDSを発症し亡くなられた薬害の被害者です。それぞれが好きだったものが多くの人の手で縫われています。二人の生きた時間を意味あるものとして表わしてゆこうとする、慈しみが溢れています。


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一人人形芝居・がらくた座のちいおばさんこと、木島知草さんの絵そして詩 1990年からメモリアルキルトに関わり、人形劇を通じて、性、身体、人権などの大切さをこどもに伝え歩く。3・11以降は、一カ月に一度は福島を中心に通い続けている。


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白い布にイニシャルだけを縫い付けられたご夫婦のキルトは、22年前に駒込病院の医師や、仲間たちにより作られた、日本で最初のAIDSメモリアルキルトです。


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薬害訴訟の原告番号一番の赤瀬範保さんのキルトたちです。名前を公表し、全国の血友病の仲間たちの先頭で頑張られた「四国の親分」です。
<愛のキルト>は亡くなられる2か月前に、相次いで倒れてゆく若き仲間に向け自らが書き遺したものです。赤い字の中には自らの血液を命の証のように少量混ぜられました。〈風よ雲よ伝えてよ〉赤瀬さんの叫びです。右のキルトは浄土に逝かれた後、多くの仲間が周りを取り囲み、メッセージを縫いつけた物です。その現場に立ち会った時の文章があります。いきまっせ.pdf


人はいつか死んで小さな布になって、
そして肩を並べていくのだ。

我がキルト青空を舞え胸を張れ
ゲイである事 エイズである事  

平田豊



命の布 [2013年12月16日(Mon)]

耳を澄まし 見つめてください


AIDSメモリアルキルト


場所・ひと・まち交流館京都 河原町五条下がる 075-354-8711
時・12月20日〜22日 10:00~17:00 (22日は16:30まで)
入場無料



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クリックしたら大きく見れます。コピー可


恒例のAIDSメモリアル・キルト展が今年も開催されます。
キルトによって残された人の中には、薬害で犠牲となった多くのこどもたちがおります。辛い状況の中でこどもたちとそれを支え続けた大人たちがどのようい闘ってきたのか、キルトは静かにそして熱く語りかけてくるようです。そのキルトを見つめると、原発被害を受け続けているこどもたちや家族を、どうしても想ってしまいます。
クリスマスで賑う河原町を南へ、五条を下がった東側、ひと・まち交流館京都まで、恋人同士で、家族みんなで「命の布」に会いにきませんか・・

子どもたちが大人になって、後で甲状腺ガンなどの症状が出てしまった時に、国に補償してもらおうと思っても、裁判を起こし、因果関係を証明し・・・といった、途方もない労力がかかるのです。
水俣病のときも、それがどれだけ大変なことだったか、過去の歴史からも明らかです。薬害エイズの裁判で、国を相手に戦ってきた経験からも、それだけは何としても避けたかった。もう、自分と同じような思いを子どもたちに二度と味合わせたくはなかったのです。
だから、この法律で、子どもたちの健康診断や治療を受けられるようにして、放射性物質から守れる体制を先に作っておきたかった。

改めて考える!「子ども・被災者支援法」の“今” 川田龍平オフィシャルブログより 


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photo by Maiko

華頂女子高等学校の生徒たちが作ったテディベア
この売り上げは、HIV/AIDSを抱え生きている人たちを支援する
「テディベア基金」に寄付されます。




耳を澄まし、見つめる [2013年12月02日(Mon)]

11月23日(日)AIDS文化フォーラム にてキルト展示
陸前高田・第一中学校にて


陸前高田市は2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)の津波で市街地の約7割が壊滅する被害を受けた。 しかし、第一中学校は高台にある立地条件が幸いし、津波の被害は免れた。そのため、第一中学校の校舎や体育館は被災者の避難所(市内最大)となった。仮設住宅の建設は津波再来の危険性や用地不足などの影響により、阪神・淡路大震災の時よりも遅れたとされているが、第一中学校のグラウンドでは仮設住宅が被災地で最も早く着工された。仮設住宅36戸に対し1160世帯が入居を希望したため抽選が行われ、4月9日から入居を開始した。 震災の影響で2011年度の始業は4月22日までずれ込んだため、夏休みは8月6日から17日までとなった。Wikipediaより。*現在、仮設住宅数は150戸

1,000人を超える被災者の避難所となったこの中学校は、2011年4月1日には 矢作中学校を統合。岩手県内最も被害が甚大だったこの地の復興の拠点として、この2年9ヶ月踏ん張って来られました。
そこで開かれるこのフォーラムはとても大切な意義があると私は思います。
今世紀の最も深刻な医療課題とされるHIV/AIDSは、社会環境が厳しい場所であるほどその脅威は増してくるという事実があります。また、あまり公にはされて来なかった、3・11以降の劣悪な状況の中で家庭内暴力(DV)やレイプなどが、今になって大きな問題として語られてくるようになりました。あの阪神淡路大震災時では、いち早く復興したのは風俗営業店だとも言われました。表に出にくいこのようなことの中にこそ一番深刻な問題がはらんでいると思います。ややもすると綺麗ごとのみが話題となる被災地で、今だ社会的弱者といってよい女性や、同性愛者などの性的マイノリティの人たち。またしょうがいがある人たちや在日外国人などが、このような大災害のただなかで、より深刻な状況に置かれていることを見つめていかねばなりません。
AIDSメモリアル・キルトが作られて行った背景とまさに重なる社会が、被災地にも存在しているように感じています。
今の政治状況を見るとこの辺りの認識が欠如しているばかりか、男社会の権化のような施策を暴力的にたたみこんでいる様子は、まるで弱者を痛みつけるDVのようにも見えてきます。

今回、メモリアル・キルト・ジャパン(MQJ) からの依頼を受け、風の布・パピヨンのポコとペコが第一中学校のあの1,000人を超える避難所となった体育館に出かけ、メモリアル・キルトが展示されました。報告いたします。
私は今回も体調のことを考え、とてもとても行きたかったのですが自重しました。 写真は全てポコが撮ったものです。

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辛い病を抱えながら精一杯生きた人達のキルトが並びます。


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10代で逝った薬害被害者のキルトの中には、被災地を巡る木島知草さんが、いつも抱えている12歳で短い一生を終えた<ゆきちゃん>のキルトも

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薬害訴訟の先陣を切った、愛媛の〈親分〉赤瀬範保さんのキルト達。
没後22年を経た今も闘い続けています。
MQJの機関誌に書かせてもらった文章があります
行きまっせ.pdf

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一番最初に作られた、イニシャルのみのご夫婦の<ホワイト・キルト>は、今だ名前が無いまま旅を続けています。

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赤瀬さんが逝かれた後、薬害訴訟のリーダーとして闘った京都の石田吉明さん(左)そして、震災後共に旅をしている平田豊さんなど3枚のキルトも

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木島さんは、仲間と作っている被災地に届けるキルトを、
大船渡幼稚園の富澤・佐藤先生に手渡しました。


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風工房で作られたキルトを囲んで
左より、ペコ・木島さん(ちいおばさん)・佐藤先生・富澤先生

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一日中様々なプログラム


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会場に来てくれた仮設に住むおばちゃんたち。
ちいおばさんが、ずっと通って行くうちにご縁が出来た人達です。



陸前高田でメモリアル・キルトが展示されるなんて、なんともいえないご縁を感じます。
実は、2011年四月に初めて被災地を巡った時、私がお預かりしている三枚のキルトを抱えて共に旅をしました。そのおかげで一人きりの旅が、なにか心強い相棒と一緒のような気がしていました。その後何回となく通う中でも時に、キルトとは同行し、見たいという人には、回数は少ないですが広げて見てもらいました。抱えきれないような苦しみの中で、失われた命を想い、皆で集まり布を囲んで語り合うその時間と場所が、どんなにか悲しみの内にある人たちを慰め、力を与えてきたか、私たちはこのAIDSメモリアル・キルトとの長いお付き合いの中で感じてきました。布の、糸の、針の、そして縫うことの限りない力は、状況は違っても、この被災地の人たちにも届くと信じていました。

しかし、いまでも行方不明の方たちがおられるような状況で、あのキルトを見たらかなりしんどいと想い、ほとんど広げることもなく共に旅を続けてきました。それでも野染の布の上に一匹ずつ蝶々のキルトを縫ってゆくてびらこつぎっこはいろいろな場所で作られています。
今回、岩手県でも一番犠牲者が多く、被害も甚大な陸前高田でAIDSフォーラムが開催されることになり、メモリアル・キルト・ジャパン(MQJ)にも、お誘いが来て、たまたま、松家圭輔展に行く用事があったので、MQJから託された、たいせつなキルトを抱えポコ・ペコ コンビがポンコツ銀河号に積み込み会場に展示することになりました。
そして我らが大切な仲間の<一人人形芝居がらくた座>の木島知草さん、松沢たかひさんも福島を巡っているということで、急遽、フォーラムに参加することになりました。木島さんとは1990年5月、松本で出会って以来、良き友として、付かず離れず、歩いてきたキルトフレンズです。また、ポコも、メモリアル・キルト・ジャパンの初期に主要スタッフとして活動し、1992年ワシントンの「ザ・モール」で開催された大規模なキルト展示に、木島さんや今は亡き仙台の加藤哲夫さん達、60人を超えるメンバーで日本のキルトを持って参加しました。ペコもやはり世田谷をベースに今でも続けられている雑居まつりやプレーパーク活動の現場に是非キルトが来てほしいと招待され、20年以上前に出会った仲間です。
そして、今回、3・11以降出会った岩手の友人たちがキルトを囲んで集う、特別な時間となりました。

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帰り道、見事な富士が。
ポコ、ペコそしてキルト達 ポンコツ銀河号も
 お疲れさんでした!!

涙よいつか [2013年05月26日(Sun)]


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オレゴン・ポートランドのローズガーデンにて



5月29日は、平田豊さんの19年目の命日です。

同性愛者であり、HIVに感染し、AIDSを発症していることを最初にカミングアウトし、生きた人でした。
私は、彼のメモリアル・キルトと、いつも旅をしています。そのキルトを託してくれたのは、東京・東久留米のボランティアグループ<うんどうぐつ>の人たちです。生前、平田さんはここに集う若い人たちと随分と楽しいひと時を持ち、良きご縁を得ていました。うんどうぐつのメンバーも、恋のこと、性のこと、病気のことなど本音でざっくばらんに話す平田さんが大好きになってしまい、良き兄貴のように慕っていました。そのうち病状が悪化してゆく中で、平田さんは自分のためにメモリアル・キルトを作ってほしいと彼らに提案します。メモリアル・キルトは本来、その人が亡くなった後、その人を偲んで作ってゆくものなので、うんどうぐつのみんなは、彼の申し出でに戸惑いますが、それならば、ずっと頑張って生きていてほしいと、フレンドシップ・キルトを作ることに。そのあと一年もたたず彼は逝きました。そのキルトには、彼自ら書いた短歌も記されています。
私が、3・11以降、被災地に突き動かされるように出かけ、仲間と共に動き続けているその背後には、平田豊さんをはじめ、血友病という病を持ち、その治療の段階でHIVに感染し、AIDSを発症する中で、矢面に立って闘い亡くなって逝った、赤瀬範保さんや、石田吉明さんをはじめ、次々と若き命を燃やして行った薬害の被害者の人たちなどが、たしかにおられます。


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平田豊さんのキルト 京都ひとまち交流館

うんどうぐつの中心メンバーあさこさんがデザインし、平田さんを囲んで縫って行きました。下の方には偏見に満ちた人々の目。そんなものに負けないで、今までのように軽々と飛んでいてほしい。キツネに象徴される平田さんには二枚の舌と三本のしっぽが・・みんなの願いがこのデザインには託されています。



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うんどうぐつのみんなとは、もう20年以上に亘って学芸大附属特別支援学校の庭で毎夏欠かさず、野染をしてきました。その野染の布のパッチワークが、狐のキルトの裏面に配され、その中央に平田さん自らが書いた歌が記されています。彼は多くの胸に響く歌を残しました。

平田さんのことについては、
以前ブログにもっと詳しく書きました。是非ご覧ください。



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風工房で作られたメモリアル・キルト

今までこの病で亡くなった人すべてに向け、多くの人により縫われていったキルトです。真ん中の〈白い人〉は、自らの命(ハート)を差し出し手渡そうとしています。それぞれが持ち寄った青い布は、それぞれにその人の物語がある布です。天地に配された鳥の布は、伏見の小学生たちと染めた野染の布です。基本的なデザインを京都の画家、畑ゑり子さんがしてくれました。



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The Names Project Washington DC Quilt Display
This is a file from the Wikimedia Commons.


このディスプレーには、日本から60人を超える患者や医師、ボランティアが、日本のキルトを持ち参加しました。あの一人人形芝居の木島知草さんや、仙台の故・加藤哲夫さん、そして仲間のポコも一緒でした。



[2013年04月19日(Fri)]


歌があるから


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東北 / 梅津和時(Solo吹き語りver.)2011年3月27日 PIT INN




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釜石祥雲支援学校作品





AIDSメモリアル・キルト展 [2012年12月13日(Thu)]




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京都・華頂女子高等学校手芸部作、テディベア photo by Maiko
売り上げは全てHIV/AIDSを抱えて生活している人たちへの支援基金となります。


毎年この時期に、京都・ひとまち交流館でAIDSメモリアル・キルト展が行われます。
今世紀最大の医療課題としてある、ヒト免疫不全症候群・HIV/AIDS。そのウイルスとの闘いの中から生まれてきたこのヒューマンな製作活動は、今や全世界に広がり、この病と共にある人や家族、失われた命への慈しみを静かに伝え続けています。
私がこのメモリアル・キルトと出会ったのは1988年。それ以来深い影響を受けてきました。被災地での<てびらこつぎっこ>作りも、このメモリアル・キルトが後押ししてくれたと思っています。
是非、会場に来られ、この病を抱え精一杯生きた人達と、その周りで支えてきた人たちの、それぞれの思いを、一枚一枚のキルトと出会いながら、対話をして頂けたらと願っております。



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クリックすると大きく見れます。

この案内をプリントアウトできます。キルト展チラシ_2012 修正2 (1).pdf

写真のキツネをデザインしたキルトは、同性愛者である事、AIDSを発症していることを公表し、人々にこの病の理解を訴え、多くの人々に深い影響を与え逝った平田豊さんのメモリアルキルトです。東京・東久留米のボランティアサークルうんどうぐつに集う、平田さんが大好きだった若い人たちの手により作られました。
その背後に顔を表現したキルトがあります。赤瀬範保さんのキルトです。血友病薬害被害者で国を相手に訴訟に踏みきり、京都の石田吉明さん達と共に先頭で闘い逝った人です。彼は亡くなる2か月前に命ほとばしるようなキルトを自らの手で書き遺しています。〈愛のキルト〉と私たちが読んでいるその作品に対しメモリアル・キルト・ジャパン(MQJ)の会報(MQJ・NEWS NO.71 2010・10・3発行) に寄せた私の拙文があります。興味のある方はお読みください。
行きまっせ.pdf

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