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だ き し め る あ お ぞ ら [2016年03月18日(Fri)]

おはようございます。
おしらせです。お時間のある方はぜひ!

NHK/FM 今晩9時10分より
『DJクラシック - 千住真理子の恋するバイオリン』

の中で、私たち風の布・パピヨンともご縁をいただいている大船渡保育園 の園歌が放送されます。あの時、高台にあるこの保育園にもあと数十センチで津波が上がってくるところだったということです。昼寝中のこどもたちは起きると、後ろを見ずに更なる高台へと非難してみな無事でしたが、園庭から眺める市街地は壊滅。多くの犠牲者が出ました。その後は、魚の腐臭と、止むことのない重機の音、そして埃。園庭にはそのころ放射能の数値が高いスポットもあって、屋内での保育を余儀なくされ、こどもたちならず保護者やもちろん園スタッフの皆さんのストレスはいかばかりであったか想像を絶します。
私たちがご縁ができたのは2011年9月、第一回の野染旅で岩手沿岸を巡っていた時に大船渡の<うさぎのしっぽ>という名のキルト教室の庭で野染をさせてもらった時に、居合わせたこの保育園のスタッフから「今すぐにでも来てください」との切実な言葉を聴き、翌10月に訪問。マスクをしたこどもたち、保護者の方たちと、園庭にある大きな銀杏と桜の木に20メートルの布2本を張り夢中に、笑いながら走り回って染めました。
そののち此処を尋ねられた作曲家の千住明さんと、作詞家の覚 和歌子さんが、この素晴らしい園歌を作られました。
この歌は、<さかみちをのぼって、あのくもをつかもう  さかみちをのぼって、かぜのおかひだまり  さかみちをのぼって、だきしめるあおぞら>と、こどもたちが繰り返し唄うことによって、地震が起きたら、何をおいても先ずさかみちを登ろうという意識を、身体の芯にまで染み込ませたいという、切なる願いが込められています。今、私たちが訪れるとあちこちの部屋からこの歌が聴こえてきます。みんなこの歌が大好きな様子です。
この歌は、大船渡保育園だけに留まらず、広く多くのこどもたちに届き、歌い継がれて行ってほしいと願います。
このビデオは2012年9月12日に法然院でご縁ができた<邦楽普及団体えん>の三陸邦楽の旅にご一緒した際、私がデジカメで撮影したもので、音質など不十分ですが、<えん>の皆さんが直前に楽譜を渡されたにもかかわらず、いわばぶっつけ本番で伴奏してくださり、おこたちがもうすでに大好きな歌として唄っておられる様子が身に沁み、忘れがたき時間でした。

今夜の放送予定は
「さかみちをのぼって」
(歌)大船渡保育園 園児、(ピアノ)松田友美
「坂道のうた」
(歌)岩手県立高田高等学校 音楽部、(ピアノ)千住明


https://blog.canpan.info/shamurie/archive/75
https://blog.canpan.info/shamurie/archive/76
https://blog.canpan.info/shamurie/archive/248
https://blog.canpan.info/shamurie/archive/77
https://blog.canpan.info/shamurie/archive/198



追記・『DJクラシック - 千住真理子の恋するバイオリン』聴きました。
千住さんが現地に通う中で、一番胸に残っていること。それはちいさき人の心の中に宿っている、あの時の記憶。それを抱えていても表に出すことができないまま、今を必死に生きているこどもたちへの思いが、溢れてくるような語りに共感をいたしました。『さかみちをのぼって』の姉妹曲である『坂道のうた』も流されました。この歌は、辛くて向き合うことが出来ないと、保育園の方たちは話されていました。いまだ、受け入れることができない思い、行方不明の方たちもおられる中、そしてあの時のリアルな感情を色濃く抱えながら生きている人たちにとっては、ダイレクトに揺り動かすものがあったのかもしれません。5年を経た今、この歌を唄うことは出来ているのでしょうか。そしてこの歌詞を福島などから遠く移り住んでいる人たちはどう受け止めるでしょうか?
作詞者の覚和歌子さんと千住明さんが唄われているものがあります。歌は継がれつつ生き、長い時を必要としながら純化してゆくものかもしれませんね。





犠牲 2 [2015年02月01日(Sun)]

胸が軋んでおります。
後藤さんから渡されたバトンをいかにせん。

以前、ブログ 風の布・パピヨン にて
秋田の木村正樹さんの作品を観た感想を
「犠牲」というタイトルで、書いたことがあります。
https://blog.canpan.info/shamurie/archive/292
今、木村正樹さんの作品を観ております。
その前文は以下 

人が人の存在を弄ぶこと
際限のない収奪
抹殺される いのち
それは3・11以降に始まったことではない
広島で水俣で六ケ所村で沖縄で
アウシュビッツでガザで・・・
そして今、福島で
怒り抗い絶望し、祈る
静かで凄絶な
「犠牲」という言葉が形となって在るような
作品を観た
作者は 木村正樹
場所はギャラリー「トーチカ」 
作者とギャラリーの了承を得て伝えます


目に余るイスラム国の傍若無人ぶりに嫌悪感を感じています。しかし、彼らをそこまで駆り立てているもがなんであるかを、知ろうとすることは、放棄してはいけないとも思っています。
あの殺戮の根拠をむざむざと与えてしまった安倍首相のどうしようもなさはどこか精神の破たんさえ感じております。危うい人が放し飼い状態で、裸の王様を諌める長老的な人が今の政権内にはおりませんね。国のトップの暴走をコントロールするための憲法も、国民をコントロールするための具にしようとしている今の大きな流れの危うさは半端じゃないですね。我が国のみならず世界的危機の引き金を引くのではないだろうかと心配です。
彼、そして彼を支持し、担ぎ上げている人たちがなぜあのような価値観を持つに至ったかも、やはり同じように知ることが必要なのは言うまでもありませんが。
因縁によっては私もイスラム国にも安倍にもなりえるということも肝に銘じたく思います。

のこしてゆくもの [2014年09月11日(Thu)]


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世田谷・羽根木公園


あの3・11から3年半が経ちました。
私たちが、被災地(主に岩手沿岸)に通う中でどうしても理不尽に思うのは、国や地方自治体の、金の使い方、その先に見える今苦しむ人たちへの目線の冷たさです。
高台への造成工事が進んでいますが、必要とされる復興住宅はいまだ一割にも届いていません。仮設などに住む一人住まいの高齢者の認知症がかなりの割合に上っていることが、今日(9月11日)の京都新聞、一面トップににも書かれておりました。

現地に行って勢いづいているのは、高速道と防潮堤建設などのゼネコンがかかわる土木工事です。三陸道建設の現場に行きますと、ブナやナラ、スギや白樺の豊かな森林がなぎ倒され、それが廃棄物として処理され、釜石だけでも60件を超える民家がつぶされます。「第二の津波」にやられるという言葉も聞きました。そのすぐ近くには立派な国道が、橋があり、8時過ぎると車の影さえも見えないところにです。

数百キロに及ぶ10mもの防潮堤が、立ちはだかり、住んでいる人たちの目線から海を消し去り、やがて腐食するであろうコンクリートの壁の撤去と廃棄、そして更なる防潮堤建設を、この少子化してゆく国の、こどもたちのこどもたちのこどもたちへ、残そうとしている、いまのおとなたちの責任はどうするのか。
3・11以降、我らが目指してきた文明・文化の根本的な見直しが始まると思っていました。特にあの福一原発の爆発・メルトダウンという取り返しのつかない大事故が続く中、できるだけ速く移動でき、もっと明るく街を照らし、手軽にうまいものをどこでも喰える人生、そのためにはもっともっと働き、低賃金で働いてくれる発展途上と呼ばれる国の人と土地を搾取し、利鞘を増やし何しろ金をもっともっと得てゆくという、止められない欲望列車に、強烈にストップがかかったと思っていました。
深く傷ついた山河は、さらなる儲けの対象でしかなかったのか。残念ながらそのようです。
いま、おとなの<わたし>が踏ん張らないでどうするのだと思います。

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花巻 photo by YUKI



今年、5月にポコ・ペコたちと行った野染旅でのこと。田野畑村・ハックの家の敷地内にきれいな林があります。薪ストーブの材料を集める場であり、流された児童館の代わりとして受け入れている児童たちの格好な遊び場であり、何よりこの豊かな林があってこそ、あのハックの家のすばらしい作品ができるのだと思っておりました。突如、国土交通省がたった3回ほどやってきて、すべての木にテープを巻きロープを張り、この秋にはあらゆる木が伐採されることになりました。高速のインターができるとのことです。

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近くには、津波被害など何もない立派な国道45号線が走っています。それと並行するようにさらに巨大な道を作ろうとしています。すでに豊かな森がかなりの幅にわたって壊されている現場を見てきました。
こういうおおきな土木事業は、一時現地に雇用をもたらし、お金も落ちます。漁業従事者の方たちの中にも、なれない道路工事などで、生活費を得ている人も少なからずおられると思います。しかし、森を壊すことは、海を壊すことにもなります。おいしいワカメのためには豊かな山や森が必要です。やはり、こんな時こそどのような国を作るのか、想像力が試されると思います。復興が現地の人たちにとって、やりがいのある誇りに満ちたものであれば、力も沸いてきます。そこにこそ政治や行政の存在意義があるのではと思います。
陸奥の山河・海は真に豊かです。豊かな水を利用した小電力事業や、伝統によって培ってきた粘り強い手業、世界に冠たるクラフト王国だって可能かもしれません。その場限りの儲け主義など、結局はもっともつまらぬ〈損〉なことと感じざるを得ません。


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自然(人間も含めて)への畏敬の念が極端に薄れてきていると感じています。木を切り倒す時、きこりの方は、まずお酒をささげ祈ってから作業をするということです。長く生きてきたもののいのちをいただくときの畏れと尊敬の念がそこにはあるのだと思います。山やさまざまな動植物への知恵が今より数段豊かな時代があったのだと思います。
これから着工されるリニアモーターカーは、できるだけ直線で走らせるので、地図上にまっすぐ線引きをし、その80%がトンネルになるということです。山の構造や人間を含めた動植物のことなどお構いなしに押し進められているこのような蛮行は、いずれ大きなしっぺ返しが来るのではと思います。
そういう私たちも被災地への行き帰り、自動車で2.500kもの道を高速道路を使い動きます。批判しながら自らもその「恩恵」にあずかっています。当初、2カ月に一度一週間ほど通っていました。いまは被災地のみなさんとも強いつながりをいただき、<ここでできること>が確かにあり、自らの生活も大切にしながら、できるだけ無駄な動きをせず、持続していければと願っています。なにも石器時代に戻ろうということではなく、行き過ぎた人間の営為を、歩みを緩めて見つめなおすことが何より大切なことと、つくづく思います。


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Portland Japanese Garden





いのり [2014年08月24日(Sun)]

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すべては祈りから始まると思う。
松本の一人人形芝居がらくた座の〈ちいおばさん〉こと木島知草さんのカレンダーを見ていて、いつもそう感じている。
月に一回、福島に通い、こどもたちに人形芝居を通じてわらいやなみだ、きぼうをともにし、歩いている。大切な友です。
よかったら今までちいおばさんのことを書かせてもらったブログもごらんください。

https://blog.canpan.info/shamurie/archive/5
https://blog.canpan.info/shamurie/archive/13
https://blog.canpan.info/shamurie/archive/277
https://blog.canpan.info/shamurie/archive/324
おいしい くうき [2014年08月07日(Thu)]

お伝えするのが遅くなり、申し訳ありません。

下記の文章は、2011.05.20(金)のゴー!ゴー!ワクワクキャンプのブログからコピーさせていただきました。京都の学生さんが中心になり2011年に発足したこのキャンプも今回が5回目となるということです。卒業された人たちも継続されておられるとのこと。
今年は7月24日〜8月31日までの長期間、こども達を受け入れます。
わたしたち、風の布・パピヨンも野染めで参加させてもらいます。
.
素晴らしい活動の様子。ブログをご覧ください。

http://55wakuwaku.jugem.jp/

■ゴー!ゴー!ワクワクキャンプとは

 2011年3月11日、東日本大震災に伴う、福島第一原発事故により大量の放射能が放出されました。福島県をはじめとする、放射能汚染された地域に住むこどもたちを、一時的にでも放射能から遠ざけたい、保養をしてもらいたいという思いから、2011年G.W.に四日間、夏休みに一ヶ月間、こどもを京都に招き、保養を目的としたキャンプ(野外泊ではない)を開催しました。

 日々の暮らしを大切に、ゆったりと普通の生活を送れるようなキャンプをする。何よりも、放射線量の高い地域から離れて、汚染の心配のない食べ物を食べ、外で思い切り遊ぶことで、心身ともに元気になってもらいたい。

 こどもは、大人よりも何倍も放射能に対する感受性が強く、外部被ばくと内部被ばくを併せた放射線被曝による影響を受けやすいと言われています。
 こどもたちが長期的に保養をすると、生物学的半減期といって、体内に取り込まれている放射性物質を代謝作用で排出するという現象がみられ、これは放射能から身体を守るために有効であると考えられています。

 放射能汚染は、チェルノブイリなどの例から考えるとこれから何十年、それ以上の長期的な支援が必要になっていきます。
 私たちはそこに住むこどもがいる限り、放射能からこどもたちを守るための活動を継続していきます。


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お寺でなんかやってはる [2014年07月08日(Tue)]

やって来る巨大台風のせいで、居た堪れない様な蒸し暑さの京都です。
このところ、政治・社会状況のひどさに危機感を感じ、このブログ上でどうしても書かずにいられないこと多く、5月の野染旅の、丁寧な報告が出来ずじまいでおりました。
もうそろそろ書かねばと思っております。と言いながら今回も、お知らせしたいことがあります。次のブログでは必ず旅報告をいたします。


例年お伝えしています、法然院での「遊びの寺小屋」が今年も開かれます。
夏休みのひと時、お寺の森でこどもとおとなが、共に,作り、笑い、耳を澄ませ合うプログラムです。京都にも、原発事故より避難されているこども達もたくさんおられます。参加希望の方はどうかお申し込みください。避難中の皆様は全てのプログラムが無料です。
わたしは、野染め(天然染料)と、キルト作りをします。市内より数度、気温が低く、苔の匂い、鳥やセミの声が響く<善気山遊びの寺小屋>にどうぞ!!
https://blog.canpan.info/shamurie/archive/35


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木と木の間に20mの木綿布を張り、バケツに天然染料を入れ、鹿刷毛を持って、エイヤーッと走り染めます。色と色が混ざりあい、お寺の森の風を染めます。

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お寺の森の生きものキルト。法然院に住んだりやって来る動植物を、何年もかかってアップリケ。今年はそろそろ完成するかも・・  法然院の宝物になること間違いなし。チクチクチクチクしませんか。

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人間代表・梶田真章御住職と衣笠茸


今日一日、リレーハンストしています。

原発再稼働も集団的自衛権行使も、根は同じだと思っています。
どちらも こどもたちのこどもたちのこどもたちへ 残すまいぞ



ぼくらは生きたい! [2014年07月02日(Wed)]

音楽ライター 和田静香さん のTwitter シェアします。
ニュースステーション報道によると4万人ほどの人たちが首相官邸前で、それぞれの仕方で反対の意思を示したということです。年配の人たちが多かった今までの抗議行動も、今回は随分と若い人たちもツイッターなどのやり取りで集まったようです。和田静香さんの文章は、そこに集まった中高生たちの様子を、伝えてくれています。胸を打ちました。


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6月最後の月曜日夜、首相官邸前で集団的自衛権行使容認に反対する抗議行動が行われた。

官邸前での集団的自衛権行使に反対する抗議行動はすでに何回か行われているが、正直あまり人出は芳しくない。

しかし、いよいよ明日1日にも閣議決定か? と言われる30日は様子が違った。7時に国会議事堂前駅に着くと、すでに歩道は人で溢れ、身動きも取れないほど。どうにかぎゅうぎゅう詰めの歩道を後ろに抜けて、空いている場所を見つけて列に並んだ。

やっと余裕ができて周りを見ると60、70代とおぼしき高齢の男女ばかり。ああ、こんな日もまだ(日ごろの反原発などの運動と同じように)お年寄りが声を上げるだけで、若い人は知らん顔なのか? と残念に思っていたら、「すみません、入れてください」と、ドドドドと、子どもたちの集団がやって来た。その数30人以上。私といっしょにいた女性が「どこから来たの?」と尋ねると、「学校で呼びかけて集って来た」という中高生たちだ。すごい! 一気に辺りの温度が上がったよう。彼らがいるだけで熱気をメラメラと感じる。

そうだ!と思い、ちょうど私の後ろにいた熟年女性の集団が1台の小さなメガフォンを持っていたので、「すみません。それ、子どもたちに貸して、コールしてもらいませんか?」というと、喜んで差し出してくれた。そして子どもたちに手渡すと、そんなものを使って大声で公道で叫ぶなんてことなかった子どもたちは大喜びでシュプレヒコールを始めた。交代交代に生徒の1人の子が叫び、それにみんなが応える。

 その声は若い純粋なエネルギーに溢れ、実際にも子どもの声は甲高くて生き生きと元気で、もう、周囲は一気にパアアアと明るくなる。いっせいに廻りの大人たちもコールに応える。

子どもたちのコールは大人たちを模して「憲法変えるな」「安倍は辞めろ」「解釈改憲ぜったい反対」といったものもあったけれど、他は彼らの心の叫びそのもの。

「安倍さん、愛して! 安倍さん、愛して、子どもを愛して!」
「子どもを守って!」
「戦争いやだ!」
「ぼくらのたいせつな人をとらないで!」
「日本を守って!」
「憲法守って!」
「戦争行きたくない!」

大人たちのコールは否定的になりやすいのに、子どもたちはまっすぐで、安倍首相にも愛して!と求める。「安倍首相、アイ・ラブ・ユー」と叫んだ子もいた。愛をもらったら、愛で返すべきではないか、首相よ!

しかし、私もライターなら、彼らに「どうしてここに来たの?」とか質問をすべきだったかもしれない。いや、でも、ちがうな。彼らのこうした叫びがその答えだろう。彼らは自分たちで考え、それを訴えに来た。本来なら自宅で宿題をやったり、LINEをしたり、テレビを見ている時間をけずって。何も尋ねることはなかったろう。

子どもたちはみんな元気で、普通の子たちだった。1人の男の子はリュックにスケボーをくくりつけていた。

中学生たちは8時過ぎに先に帰り、その後、高校生たちは9時まで頑張った。途中から、抗議行動ではおなじみのドラム隊も加わり、子どもたちのコールとドラム隊の共演になった。周囲にたくさん人が集り、みんな、口々に「すばらしい」と言っている。子どもたちは大人たちを勇気づけた。

そして、子どもたちが発した最高のコールであり、そして彼らの心からの叫びのコールは、「ぼくらは生きたい!」だった。

「ぼくらは生きたい!」
「ぼくらは生きたい!」
「ぼくらは生きたい!」

何度も繰り返されたそのコールに、周囲の大人はみんな涙をぬぐった。

安倍首相、そして集団的自衛権行使を推し進めようとする政治家のみなさん、子どもたちのこの叫びを聞いてください。「ぼくらは生きたい!」という、もっともシンプルで、力強い、叫びを! この言葉に知らん顔ができる大人でいられるなんて、おかしい。

「ぼくらは生きたい!」
子どもたちにそんな叫びをさせる政治は、私は間違っていると思う。



ね む れ ぬ よ る [2014年07月01日(Tue)]

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集団的自衛権の行使容認・閣議決定 の朝
晴れ渡る青空の、なんという虚空

あの、巨大複合災害が続く
疲弊しきったこのクニと民が、
どうにか人間としての意味を見つけ、取り戻そうと
必死の今を生きようとしているただなかで、

水素爆発・メルトダウン   甲状腺癌
この地球の空と大地と海を犯し続ける
その端緒を作ってしまったこの国で

秘密保護法・武器輸出三原則の緩和
そして集団的自衛権の行使容認
たたみかけるように、戦争への道を、

これ以上ない汚い日本語を連ねて
作ってしまった、この朝

彼らの終末を見た朝



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東京・東久留米の学芸大附属特別養護学級の庭に集まったこども・そしておとなが、18mの布を二本張り、ワイワイと野染めをしました。9・11後のパンドラの箱を開けてしまったような危機的な空気が世界を覆っているような時期。2002年のことです。
その後、伏見にあった風工房で染めた布の一部を取り囲み、たくさんのこどもたちと縫って行った<せんそうあかん!> あれからどれだけの人たちが耐えられない痛みの中、大切な命を奪われたのだろう。あのとき小さな手で慣れない針を持ち、一生懸命縫っていたこども達も20歳になったあたり。この間「わたし」は何を為してきたのだろう。

この国から、こどもが抜け落とされたような思いの毎日です。
この布を持ち、アホなりに、歩いて行かなければならないと思っている。



鯉のぼり [2014年05月05日(Mon)]

2年前の5月5日こどもの日は泊原発3号機が停止して43年ぶりに原発0になった記念の日。この こどもの日を<原発全廃の日>としてこれから1年10年50年先でもずっと祝えるような日にしたい。
ご縁のある鶴見大学(神奈川)の気仙沼で学習指導活動「学びーば」を続けている学生ボランティアチームから便りが届きました。被害がひどかった鹿折小学校でこどもの日に向けて鯉のぼり作りをされたとのことです。京都の染料会社佐野さんの染色用顔料を使い皆で染めた楽しい写真が届きました。


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一、二,三 !!! [2014年04月21日(Mon)]


孫が3歳の誕生日を迎えた。3・11の一か月後に生まれた新しき命に背中を押され被災地へと通うきっかけとなった。「くたばるまでに、少しはましな娑婆を遺さねば」と、いいかげんに生きてきた爺は焦った。あれから三年が経った。ますます焦るばかりの爺がおる。爺は、祝いに習いたての藍染めでTシャツを染め、アンパンマンとドキンちゃんと、てっかのマキちゃんをベンガラで描いた。そして、孫は初めて墨を磨り、丹後の和紙に「三」と書いた。そして爺が頼りない右手で、初めて掘った落款を孫は必死で押した。


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孫のみならず、3歳ぐらいのこどもの、時折発する言葉や、しぐさに、胸を突かれることがあります。飽きません。

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彼女が一番気に行った一、二,三 !!!


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五月連休明けから一週間ほど、風の布・パピヨンは三陸の支援学校を中心とした野染旅に出ます。次回、精細をお伝えいたします。



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