CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
«蝸牛さんの朝 | Main | 三陸・秋の野染旅»
プロフィール

さいとうひろしさんの画像
さいとうひろし
プロフィール
ブログ
<< 2021年03月 >>
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
カテゴリアーカイブ
リンク集
最新記事
最新コメント
成広のり子
風花 (03/11) ハックの家
つ ど う (09/17) 佐藤美紀子
梅雨展 (06/20) さいとうひろし
もうすぐ春だよ (03/17) chako@h2o
もうすぐ春だよ (03/16) さいとうひろし
アワワワワ〜! (12/11) さわだともこ
アワワワワ〜! (12/11) さいとうひろし
神様 仏様 (09/12) saito
神様 仏様 (09/11) うえむら
言葉 (07/11)
月別アーカイブ
日別アーカイブ
https://blog.canpan.info/shamurie/index1_0.rdf
https://blog.canpan.info/shamurie/index2_0.xml
クロアゲハ [2011年08月09日(Tue)]
 
このところ毎年のように私の工房にやってくるクロアゲハ。
12年前に亡くなった弟と重なって私には特別な存在となっている。


今回の大災害に否応なく関わっていく中で、私の中で結んでいったイメージが蝶々。「蝶舞う海」という文章の中でも少し触れたことがある。論理的には説明しづらいことなのだけれど、私の中でかなり大きな存在として、このクロアゲハという蝶がある。





この5月の初め、私が最初の東北への旅の直後に、友人のSさんがふらっと私の工房に来てくれた際、「これ読んでみませんか」と手渡してくれたのが、田口ランディ著「パピヨン」(角川学芸出版)。そのノンフィクションのキーになる物語が、あの世界的に知られる名著「死ぬ瞬間」の著者エリザベス・キューブラー・ロス博士が、若き日、第二次大戦後のポーランド、ユダヤ人収容所の壁に見た(幻視した)という無数の蝶々。
博士はこの世を去る直前に、「さなぎが蝶になるようにわたしも肉体を脱ぎ捨てる」とも述べている。(永遠の別れ・デーヴィッド・ケスラーとの共著・日本教文社刊)
そしてその本を読み終えたのち、福島の現代美術作家・吉田重信さんが京都で行った、〈臨在の海〉と題されたインスタレーションを見たことも私の中の蝶と結んでいく出来事となる。千本のペットボトルに高さ1メートルぐらいに切り揃えられた千本の白い菊が水平線のように並び立ち、漆黒の部屋の左隅下方にわずかな赤い灯り。じっと目を凝らすと千の白い蝶々がひらひら舞っているように見えてくる。その2週間ほど前に見た、相馬の海が重なる。





私は24年前、仕事(聖ヨハネ大聖堂での作品展)で行ったニューヨークで,AIDS・メモリアル・キルトに出会って以来、この病が原因で亡くなった少なからぬ人たちやその家族、支援者とのお付き合いの中で、たびたび登場したエリザベス・キューブラー・ロスの名前。決定的な治療方法がない時期に、死を眼前にして生きる人たちの中で、チベットの死者の書と「死ぬ瞬間」は、救いの書として大切に読まれていたと思う。

エイズを抱え生きるこども達の施設を作ろうとしていた彼女の家が、何者かによって放火されるなどの苦闘の中で、常に病に苦しむ人の側に寄り添い、その救いのために闘い続けた彼女の人生の根っこに「あの蝶」の存在があったのではないかなどと、思い巡らしているうちに、この何年か私の工房にやってきてはなかなか立ち去ろうとしない〈クロアゲハ〉のことが気になりだしていた。
もちろん花の蜜を吸いに来るのだけれど、あまりにも長い時間とどまり逃げようとしない、それもいつもクロアゲハ。弟のことを想う。50歳で逝った彼のその死の原因の一つを、私が彼に放った言葉にあるのではないかという、ぬぐい切れぬ悔悟がいつもあった。弟とクロアゲハを重ねて想いはじめた時あたりから、今まで感じたことのない解けて行くような安堵感が生まれてきたのは不思議だった。



2008年 風工房にて



私は今年の5月に、京都造形芸術大学で集中して授業を受け持っていた。被災地の様子も伝え、彼ら11人が染めた〈野染〉の布を当地で作るメモリアル・キルトのベースの布として使っていくことも了承し合っていた。授業に行く日のある朝、ふと「学生たちと蝶々のキルトを縫って被災地に持っていこう」とのイメージがわき上がってきた。そして私の家から北白川にある大学までいつものように自転車で向かっている時、どこから現れたのか小ぶりのクロアゲハがずっとひらひらと付いてくる。胸が一杯になったのを覚えている。
その布を抱えて6月に行った、岩手で随分お世話になった小原宅に着いてすぐ迎えてくれたのも、そしてたいまぐらの安倍さんの家に到着してすぐやってきたのもクロアゲハだった。
たぶん偶然なのだろう。でも蝶というものを通して、死の向こう側を想うことがこれほど今を生きる〈私〉に安らぎを与えてくれるとは・・・ありがたいとしみじみ思う。
そしててびらこつぎっこという言葉にも出会っていったのも・・



「原爆死没者名簿」
広島は8月6日現在275,230人、長崎は8月9日現在155,546人。

出来るだけ効率よく人を抹殺できる兵器を夢中になって作る人間という生き物に、私も連なっていることを心に刻む日。

トラックバック
※トラックバックの受付は終了しました

コメントする
コメント