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夏の終わりの野染旅 8 [2013年01月10日(Thu)]

8月25日(金) 花巻・たんぽぽクラブ 野染


私がたんぽぽクラブを知ったのは、2011年の4月に被災地を巡った後、しょうがいのある人たちと野染をして行こうと思い立ち、岩手の福祉関係の学校や施設をネットで調べ始めた時に、恵理子ママの部屋という何か怪しげな名前のブログに遭遇したのがきっかけでした。
ブログの主は牛崎恵理子さん。プロフィールの写真を見るとピンクのヤッケにミラーサングラス。趣味はハードロックでホワイトスネークというバンドが好きとある。
私も福祉関係の人とは少なからずお会いしてきたけれど、こんな感じのぶっ飛んだ人はあまりいない。息子さんお二人がアンジェルマン症候群というしょうがいがあるとのこと。
ブログをあけると、3・11の数日後から被災地レポートが始まっていて、確かな支援を続けてこられた様子が、客観的に的を得た言葉で書かれていて、手に取るよう分かる。その後、私たちが通うことになる大槌のわらび学園や、岩手湾岸地区障がい者を支援する会を立ち上げられた山崎耀樹さんのこともたびたび登場してくる。このブログにより私は岩手沿岸のしょうがいがある人たちの様子をかなり知ることが出来た。
私のブログのように情緒的なところが少なく、日々の動きをとても的確に伝え続けている。しょうがいのある息子さんを二人も抱え、なおかつ母親たちと腕を組みながら、民間の施設たんぽぽクラブを作り、持続してきた時間により、鍛えあげてきたものが半端ではないのだと、それからのお付き合いを通じて知ることになる。

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たんぽぽクラブ・野染

魂をさらけ出すようなハードロックが好きなことが分かるような気がする。
ブログを読んでいて、いいなと思うのは、美味しいものに目がないことや、季節季節の遊びや祭りを息子さんや仲間たちと心から楽しんでいる様子が伝わって来ること。ホッとする。

今回、野染をしませんかと話したところ、「うちは被災地ではないから」と遠慮された。私は、牛崎さん達こそ、野染をし、楽しい時を持ち、思いっきり笑ってほしいと思った。

私たちが通う中で強く感じているのは、あの大災害直後から、被災されてない地域の方たちが自分たちの生活を投げ打って、それこそ死に物狂いで支援をして来られた、無数の人たちの無私の行為の尊さである。家にあるコメなどの食料品、布団、衣料、灯油まで抱えて避難所に何回も通われた人たちの話をたくさん聞いた。また津波が来たその境界線の先の難を逃れた家の多くは、たくさんの被災者を門戸を開いて受け入れられたという。
私たちが出会った、たいまぐらの安倍智穂さんや、大船渡のパッチワーク教室の熊谷和子さんなど、多くのそのような方たちの姿にはいつも胸を打たれている。
私達はどうしても津波・地震の直接的な被害者だけに目を奪われてしまうけど,その周辺で頑張って来られた方たちに向けての支援がどうしてもなおざりにされてしまう状況をやはり見つめていかなければと思う。

牛崎さん達のように、普段の生活を維持して行くだけでも大変な方たちが、この間どれだけ自らを犠牲にして走り回って来られたか、本当にありがたいと思う。

今回の野染は、ありがとう!の野染である。



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たんぽぽクラブの庭。素晴らしい芝生。
民間でこんな環境を確保するのは容易なことではない。


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曇ってあやしげな天気の中、野染スタート。
緑の芝生に真っ白な木綿布が目に沁みる。


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恵理子ママさんと息子さんの直さん

たんぽぽクラブでは、漢字表記によるマイナスイメージを避けるため、「障害」をひらがなで表記しています。また、本人たちは自分の意志でしょうがいを持っているわけではないので、しょうがいを「持つ」という言い方はしません。しょうがいが「ある」という表記をしています。
ブログ・恵理子ママの部屋より


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染め終わったころには青空が。

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ほどけとけあった時間がゆれている。



野染が終わり、私達にはどうしても食べたいものがあった。以前、食いしん坊の牛崎さんのブログにあった、花巻のメインストリートにある、マルカンデパートのアイスクリームである。前夜からお世話になり、共に野染をした、花巻清風支援学校の佐々木健先生が連れて行ってくださった。

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でかい!これで150円!!
なお且つみんな割りばしで削りながら喰うのである。
ラーメンが350円。ワンコインで腹一杯!


ここで大阪から参加していた橋田智子さんとはお別れ。私達、ペコ、ポコ、タ〜ジ〜4人は陸路、ポンコツ銀河号で最後の目的地、東京・東久留米の野染へと向かう。
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コメント
コメントありがとうございます。
超大作!本当に何でこんなにだらだら書くんでしょうね。
読んでくださる人たちに申し訳ないなと思うこと多々あります。
それも何カ月も前のことを・・・すまんことです。
そちらのブログには、あの時、皆さんがどんな思いでどんなふうに動かれたかの記録であり、大げさでなく、後の世の人たちにとっても大切なものになると思います。
私も繰り返して読ませてもらいます。
また野染できる日楽しみに!!
Posted by: さいとうひろし  at 2013年01月13日(Sun) 23:13

さいとうひろし 様

超大作のブログ更新、お疲れ様でした〜(笑)。
たんぽぽクラブでの野染め、とても楽しかったです!。

私ごときのブログを紹介して下さりありがとうございます。あとで読み返すと、稚拙な文章表現が目に付いたりして、読み手にわかりやすく伝えることの難しさをつくづく感じています(汗)。

今でこそ、3,11の全容が明らかになり、どの程度の規模の震災だったのか検証されていますが、震災当時は情報が全く入って来なくて、ガソリンも食料も無くて・・・、それでも、とにかく何か自分にもできることを・・・、という一心で、ただただ悪あがきしていたように感じます。結局たいしたことはできず、自分の事業所を守るだけで精一杯でした。

遠い京都の地から、継続的に支援されている斎藤さんたちの活動には本当に頭が下がります。今後とも、少しでも多くのみなさんに生きる希望や楽しみを提供していただきたいと思います。無理せずがんばって下さいね!。
Posted by: 牛崎恵理子  at 2013年01月13日(Sun) 13:51