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さいとうひろし
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タ〜ジ〜です [2012年10月24日(Wed)]

久しぶりのブログです。
夏の終わりの野染旅、三陸邦楽の旅、がら紡の会、広島行きと、矢継ぎ早のスケージュールの中、生業も忙しく、ブログを更新する体力が枯渇してしまいました。ところがなんと、がら紡の会に出席してくれたタ〜ジ〜こと、田島信二さん(京都在住)が「同行記」持参してくれました。本当にありがたいことです。30数年車いすを押し続け、常にしょうがいがある人たちの側で生きてきた彼のレポートはやさしさに溢れていました。
彼と出会ったのは20年以上前。薬害エイズ訴訟の矢面に立って頑張っていた原告の赤瀬範保さんや石田吉明さん達のご縁でした。この間付かず離れず、でも大切な節目節目では和してゆくようなおつき合いをさせてもらって来ました。
私のレポートの続きもこの後必ず書こうと思いますが、まずは彼の言葉をお読みください。
(写真はペコと斎藤、写真のコメントは斎藤です)

夏の終わりの陸奥野染め旅同行記
 
斎藤さんとポコさんに前からお願いしていた東北の野染め旅に 8月19日から連れて行ってもらいました
タ〜ジ〜です。
 19日、10時までに東京に来るように言われていたのですが、気合が入り過ぎていたのかいつになく早く目が覚めてしまって 9時前に品川に着いてしまいました。少し早めに ペコさん(澤畑さん)の所で合流して一路 宮城・気仙沼を目指して出発。
夕食は、映画のセットのような気仙沼の復興屋台村でとって、明日、野染めをする大谷小学校で子供達の支援をつづけている鶴見大学の学生さん達と雑魚寝です。
 
野染めの前に 子供達に覚易い愛称がいるということになり 友達の子供に付けてもらっていた田島のじいさんで タ〜ジ〜を使うことになりました。
 東北の夏は暑かった。子供たちが元気で楽しい野染めでした。野染めが終わると少し打ち解けるのか 子供達が体育館の横に打ち上げられた船のことやおばあちゃんと車で逃げたことなどを話してくれました。海のそばなのにプールにしか子供達がいないのはせつないものがあります。
 
今日は、大船渡へ移動です。陸前高田の瓦礫の山、何も残っていない町並みにも夏草が繁茂していて時の経過、自然の営み、根こそぎ波に持っていかれた人の命と生活、いろんなことが頭の中でくるくる廻っています。
 宿泊先の、福祉の里センターに行く前に大船渡保育園へ、震災の後に作られた園歌「坂道の歌」を聞かせて頂きました。良い歌です。歌い継いで残したい歌です。是非、機会があれば聞いてください。
 「大船渡は、陸前高田、大槌に比べれば、まだ良い」「陸前高田も大槌も福島に比べれば、まだ良い」と言う人がいるが、比べるのは、何の意味も無い。前を向くにはどうするのか、語り継いでいかなければならないものは何かやることはまだたくさんあるのになんとなく慰められているような、誤魔化されているように感じるという話になって同感しました。比べても意味の無い事や、比べてはいけない事ってありますよね。
 
21日、気仙光陵支援学校で、野染めです。今日も暑い。

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中等部の野染。お〜い!

小等部、中等部、高等部と分かれて行いました。人は、成長するものだと改めて思いました。12年の間にそれぞれの問題を抱えながら子供達は変わっていくし、しっかりと自分を主張できるように、周りともそれなりにうまくやれるようになっていくのがみえました。これからも 一人、一人にいろんなことが起こるだろうけどみんな乗り越えていけるように タ〜ジ〜は祈っています。こんなことしかできません。ごめんなさい。
 
夕刻、釜石で、日本テキスタイルデザイン協会の奈良平さん、木下さん、メモリアル・キルト・ジャパンの橋田さんと合流、総勢7名の賑やかな旅となります。
 今日、22日は、奈良平さん、木下さんに手作り製品のアドバイスを希望されている大槌町のサンガ岩手を訪問します。その前に、前日伺った、うさぎのしっぽの熊谷さんに紹介して頂いた、素敵な庭と森、おとぎ話にでてくるような石積みの図書館、あの日に亡くなった人に思いを伝える海の見える風の電話、ガーデン・・・・、ガーデン・・・う、う、う、ごめんなさい名前を忘れてしまった。でも、忘れられないくらい良い所です。作られたご夫婦もすごく素敵な方々です。

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ベル・ガーディア鯨山の佐々木 格さんを囲んで。
左から奈良平、橋田、木下、斎藤、タ〜ジ〜、ポコ、ペコ(敬称略)


 サンガ岩手では、大槌町の仮設に住んでおられる女性達が、全国から寄せられた布等を材料に手作り製品を作っておられます。お年をめした方が多かったですが、若いおかあさんもおられました。被災地、復興の冠をはずしても売れるような製品を目指してどのような工夫ができるのか、奈良平さん、木下さんとみなさん、話が賑やかに続いていました。一人のおかあさんが、何もかも無くなった所を故郷にしなければならない子供のことを考えるとかわいそうに思うけど、この子らと一緒にこの子らの故郷をつくると思うと楽しみもある。同じ所に二つも故郷ができるんだからと言われた時、うんだ、うんだ、笑いながらうなづいていたおかあさんたちなんか良かったな。

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サンガ岩手に集う人たち。右端が代表の吉田律子さん。

 この時、岩手沿岸部障害者を支援する会の山崎さんとお会いました。長く障害者の支援に係わってこられた方なので、震災からの立ち直りとこれからの障害者の支援について熱く語って頂いたのが今も胸に響きます。
 この後、震災で分園が流され、利用者に犠牲者が出てしまったわらび学園という通所施設の訪問です。無事だった本園で活動は、継続されています。新しくパン作りの仕事も始められたそうです。ハックの家でもパンを作っているそうです。でも、岩手は広いからパン作りが流行ってバッテングして関西のようなことはないようです。

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わらび学園のパンは大評判

 明日の野染めに備えて、これから田野畑村のハックの家へ移動です。途中、宮古の田老の仮設に寄って、手作りのグループの大棒さんと奈良平さん、木下さんを中心に暫し歓談、名残は尽きませんが、都合で、明日、帰られる奈良平さんと木下さん以外の4名は、明日も来ますと約束を交わしてハックの家へ
 ハックの家にたどり着くと、三陸鉄道の普代の駅にハックの家がだすお店をリホームするボランテアの青年たち、新潟から来ているボランテアの女子大生と焼肉で交流会。
 ポコさんは、建築の話で大盛り上がり、あんなに楽しそうなポコさんは、初めて見ました。青年達も楽しそうでしたね。
 岩手と言えば、賢治の銀河鉄道、私たちを運んでくれる車の名前もポンコツ銀河号、宴会の時、みんなで見上げたのは銀河。この旅は概ね天候に恵まれたので、夜、星を眺めるのは最上の贅沢でした。夜、星を見ているなんて久しぶりだったな。
 ハックの家の夜はここからが本番だったかもしれません。作業場に飾ってあったバックを奈良平さん、木下さんが手に取られて、これだけの物のつけている値が安すぎる倍の値でうれます。もう少しここを直せばもっと良くなるからと次々に話が膨らんでいき。さき織りをなるべく断たずに着物にするにはどうすれば良いのかとなると奈良平さん、木下さんからアイデアが溢れだし。ペコさん、ハックのおかあさん達も混じえて不思議なファションショウがはじまりました。不思議だったけど素敵なショウですね。

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野染の布を裂いて織った作品を纏う奈良平さん。
素晴らしい!!


 翌日は、久慈拓陽支援学校で野染めです。初めての野染めと言うことで先生方も子供達も興味しんしんです。染料と顔料の違いを聞いてこられても私は知らない。あれもこれもみんな斎藤さんに聞いてくれ。奈良平さんと木下さんも初めての体験だそうでなんだか楽しそうです。染料で汚れて慌てていた子もいたけど子供達は楽しんだかな。

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この日も快晴。中庭にこどもたちの歓声が響く。

 奈良平さんと木下さんとはここでお別れです。奈良平さん、久慈で支援学校でお別れする時、彼女と踊ってダンスのステップは、軽やかでした。お若い。
 今日の宿は、再び釜石です。普代駅に寄り、完成したお店に思いを馳せて、ハックの家でパンとコーヒーを頂き約束の田老には、遅ればせながら参上して、被災地障害者センター宮古でトライの情報を仕入れて宿へ
 24日、今日は、ハードな予定の比較的、余裕のある日です。午前中、釜石祥雲支援学校で、トライを応援に行く中等部の子供達を見送って、おかあさん達と交流です。私は、30年余り車イスを押しているのですが、今のおかあさん達は、堂々としてますね。子供のことでいろんなことはあるでしょうが、子供にも、ご自分についても否定的なところがあまりないように思います。以前とは、大きな違いですよ。これは、たぶん良いことでしょう。

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釜石祥雲支援学校の保護者の方たちや職員の人たちが縫っている
てびらこつぎっこ

 午後は、花巻のるんぴにい美術館でペコさんの「魔法の一本針」のワークショップです。他のメンバーは、館内の展示を観たり、カフェで寛いでのんびりしています。ペコさん申し訳ありません。ご苦労様です。

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るんびにい美術館でのタ〜ジ〜。
一階に美術館とレストラン。二階は工房になっている。

 
今日の宿は、花巻の支援学校で教師をされている佐々木さんのご実家にお世話になることになりました。昨日まで宿が見つからず山崎さんの紹介で無理をお願いすることになりました。ご案内いただいたご実家は、銀河鉄道が、すぐ前を通るというお家で一堂大感激、おとうさまが丹精された野菜とおかあさまの手料理の美味しいこと。お酒も入ってみんなで一番話しが弾んだ夜でした。佐々木さんご一家に深く感謝です。
 
東北の最後の日、花巻の通所施設「たんぽぽクラブ」で集まってくれたメンバーさんと夕べお世話になった佐々木さんと野染めをします。今日はあいにくの空模様ですが、無事に終了。
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素晴らしい庭。
こんな環境をお母さんたちの頑張りで確保するまでのことを想う。

 
橋田さんは、空路、大阪へ、4人は、ポンコツ銀河号で東京へかえります。
 東北は遠かった。行くさきざきで暖かく迎えてくださったみなさん本当にありがとうございました。こんなことは言ってはいけないのかもしれませんが、震災が無ければ、私は東北には行かなかったと思います。でも、今、私はみなさんに会いに行きたいです。東京に帰る時も、京都で仕事をしている時も会いたいのです。会いに行くまでどうぞ元気でいてください。
 
東京で、ペコさんの所で一泊お世話になり、翌日、東久留米の学芸大学付属支援学校で、うんどうぐつ、さかもと助産院共催の野染めに参加しました。これは、私も初めてのことでしたが、草木染めの野染めです。化学染料とは違って淡い優しい色で私はこちらの方が好きです。

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三つ又冒険遊び場に次いで二度目の草木野染め
20年以上も続いているこの場所での野染の歴史。
新しいページがめくられました。

 
26日の夜、3人、無事に京都に到着して旅を終えました。
 お世話になりました方方に深く感謝します。みなさんご苦労様でした。
       
                           タ〜ジ〜{田島信二}

明日、10月25日、原発再稼働阻止に向け、また大飯原発即時停止するよう、リレーハンストをします。この間、10月17日にはポコが、19日には私の連れ合いがリレーハンストしました。


子を連れて西へ西へと逃げてゆく 愚かな母と言うならば言え

仙台に住んでいた 歌人・俵万智さん。今は石垣島に移り住んでいる。


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